カント「純粋理性批判」2 2022年2月4日

NHK 「100de名著」

カント『純粋理性批判』書き起こし 要約版 2


<第2回 科学の知は、なぜ共有できるのか>

カントによれば、私たちが物事を認識する時、それは3つの判断に分類できるという。

1つ目は「分析判断」

主語の中にもともと含まれているものを述語として取り出した判断のこと。例えば

「富士は山である」

という文章。学術的に誰もが共有できる文章ですが知識は増えない。

 

2つ目は経験的総合判断

実際に調べることによってあらたな情報を主語に加えた判断で、知識は増えていくが、その反面経験が積み重なることで、で以下が変わり、確実性が担保されないという欠点がある。

 

3つ目の判断「ア・プリオリな総合判断」

カントによれば、経験に基づかずに新たな情報を主語に付け加えられ、かつ、誰もが信頼できる判断があるという。それが「ア・プリオリな総合判断」。ア・プリオリとは(※a priori先天的)

「先天的で経験を必要とせずどのような状況下でも成り立つこと」。

カントによればこの性質は私たち人間の共通規格から生まれる。

例えば

2つの点を結ぶ直線は1本しか引けない」

という行為。この行為は経験せずとも誰もが共有でき、しかも主語にない情報を付け加えているのでア・プリオリな総合判断。そしてこの行為は幾何学の土台となりあらゆる知識へと発展していく。

 

もう一つの代表例が「因果律」

「あらゆる変化には必ず原因があり偶然に物事が生じることは決してない」

という、人類共通に備わった思考パターン。これによって人は自然法則を導き出してきたので、自然科学は共有しうる知識になるとカントは考えた。

 

カントは自然科学や数学が皆に共有しうる知識である、とその証明に力を注いだ。その最後に

「これらあらゆるものの根本に『私』という存在があり、それがすべての認識をまとめているのだ」

と結論づけている。


0 件のコメント:

西野真理の色々なお話

「春の横浜に歌う」その9 本番を終えて 2026年4月1日(水)

<ロビーあいさつ> 本番を終え、ロビーでお客様にご挨拶。 私がご案内差し上げた皆さま ・大学同門下同級生のS谷さんと、存じ上げないけれど同門下のT本さん ・石川県出身で彼の高校の同級生、私と同大学出身のS村さん ・小中学校の同級生F士さんと、F士さんのお友だち  ・彼と娘の彼のご...