今日のブログはFMかほくの放送のために書いた原稿そのままです。読むのが面倒な方はYouTubeをどうぞ。
今日は私の大好きなYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」から「日本語の乱れ」です。
ではまず初めに、私・西野真理の結論を申し上げておきます。私自身は「日本語は乱れていない派」です。そして、この動画もきっと私と同じ考えであるに違いないと思い見始め、それは正解でした。
日本語の乱れと感じられることの多くは、言葉が生きているから。言葉を使っているからこそ生まれること。一つだけ例を挙げますと「サザンカ」という花の名前、漢字で書くと「山」「茶」「「花」そのまま読むと「サンザカ」です。そうです、サンザカが元々の名前だったのですが、いつの間にか「サザンカ」に変化し現在に至っています。
ちなみに金田一京助(言語学者)を祖父に金田一春彦(国語学者)を父に持つ、日本語研究の第一人者・金田一秀穂先生も乱れていない派です。
というわけで、今日の結論は
「日本語の乱れは、実は乱れじゃない!?」
ということです。
さて、この日の動画のゲストは言語学者の高田昌司(たかだ・しょうじ)先生。「日本語の乱れを全力で擁護する!」という面白いスタンスでのお話しでした。この段階で私と同じ派閥でほっとしました。
<最初の事例 「違くない?」>
「それ、違くない?」
って、よく聞く言い回しですね。でもよく考えると、「違う」っていうのは「ウ段」で終わる動詞。ですから本来、否定するなら「違わない」が正解。「〜くない」というのは、「美しい」とか「長い」みたいな『形容詞』にくっつく言葉です。
「それじゃあ、なぜ動詞の『違う』に『〜くない』がつくの?やっぱり言葉の乱れでしょ」
って思ってしまいます。
しかし、これにはちゃんとした言語学的な理由があるようです。
動画の中で高田先生は次のように解説されました。
「『違う』には『違い』という名詞の形がありますよね。『違いがわかる』みたいな。この『違い』って『い』で終わるから、なんとなく『美しい』とか『長い』みたいな形容詞っぽい形に見えてくる」
ということなのだそうです。
さらに面白いのが、「違う」というのは動詞なのに、動きではなく「状態」を表してますよね。英語でも「be different」のような形容詞を使うように、意味的にも「違う」はとても形容詞に近いんです。つまり、形も「違い」で形容詞っぽいし、意味も形容詞っぽい。だから、自然と「形容詞化」して、「違くない?」って言われるようになったという分析です。
流石言語学者さんですね。
他にも
「それちげえよ!」
という言い方もよく聞きますね。「長い」が「なげえ」になるのと同じで、「違い」が形容詞っぽく扱われてる証拠のようです。
さて、この「〜くない」の進化はまだまだ止まりません。
最近だと、「これ良くない?」を超えて、「それ、無理くない?」とか、「あの人、ちょっと猫くない?」みたいに、ついに名詞にまで「〜くない」をつけるようになっていると。なぜこうなったのでしょうか?
高田先生によると、
「『違くない』などで使われているうちに、『〜くない』というパーツだけが切り離されて、『相手に確認を取るための便利な表現』として独り歩きし始めた」
ということのようなのです。
「言葉の途中で勝手に切って独立させるなんて、やっぱり乱れてる」
と思うのは早とちり。これ、昔から日本語で起きている自然な現象らしいんです。
例えば、「〜だけれども」という言葉。「きついことを言うけれども」の「けれども」。これ、実は元々「高けれ・ども」みたいに、形容詞の「高けれ」に「ども」がくっついたものだったんです。それを昔の人が「高・けれども」って、変なところで切って、そのうち「けれども」が独立したんだそうです。
ですから、厳密にいえば「猫くない?はおかしい!」と怒る人は、「けれども」にも怒らないと筋が通らないってことになります。言葉は、そうやって「切り間違え」からも進化していくのです。これ、動画の中でパーソナリティのお二人も大盛り上がりしていました。あの盛り上がりの空気感は、ぜひ本編の動画で直接味わってほしいと思います。
<やばみ おかしみ>
次は、最近よく見る「やばみ」とか「嬉しみ」といった、言葉の最後に「み」をつける表現についてです。「やばみがある」とか「眠みが深い」とか。これも「乱れてる!」と言われがちです。
そもそも「やばい」をポジティブな意味で使うこと自体がけしからん、という声もありますが、言語学的にはよくあることだそうです。「すごい」も元々は「ぞっとするほどひどい」というネガティブな意味でしたし、そういえば古文で習った「いみじ」もそうですよね。ネガティブからポジティブへの変化は、言葉の歴史の王道なんです。
ではなぜ「やばさ」じゃなくて「やばみ」なのか。「眠さ」じゃなくて「眠み」なのでしょうか。
ここからが、今日私が一番感動したポイントです。
ちょっと考えてみてください。「深さ」と「深み」って、どう違いますか?
「プールの深さは4メートルです」
とは言いますけれど、
「プールの深みは4メートルです」
とは言わないですよね。
逆に「言葉の深み」とは言うけど、「言葉の深さ」だとちょっとニュアンスが変わります。
動画の解説によると、「〜さ」は客観的・定量的で、「〜み」は主観的な感情なんだそうです。
ですから、「眠さ」と言うとちょっと他人行儀というか、客観的な感じがします。でも「眠み」と言うと、「私自身が今、強烈に眠いと感じている」という主観的な実感が出るのだそうです。
そしてもう一つ。若者が「み」を使う理由。
「嬉しい!」って言い切るよりも、「嬉しみがある」と言った方が、表現が少しぼやけて、柔らかくなりますよね。SNS時代で断定を避ける傾向がある中、この「〜み」をつけることで、相手に配慮しながらマイルドに自分の感情を伝えているのだそうです。
これって、現代人のコミュニケーションの知恵ですね。単なる「乱れ」じゃなくて、ちゃんと意味や理由があって変化している。言葉って生き物なんだなーと改めて感じました。
今日は、YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」の『結局、日本語は乱れているのか?』という動画のご紹介でした。
私がこうやって一人で喋るよりも、パーソナリティの水野さんと堀元さん、そしてゲストの高田昌司先生の3人の掛け合いがとても面白いので面白く、知的な興奮が止まりません。私のお話で少しでも興味を持ってくださった方は、ぜひ!YouTubeで「ゆる言語学ラジオ 日本語の乱れ」で検索して、実際の動画をご覧ください。動画時間は約32分なので、ラジオ感覚で楽しめます。
ちなみに動画の最後で告知されていたのですが、今日解説してくださった高田昌司先生の新しい本『文法、どこにありますか?』も発売中だそうです。「日本語」というキャラクターと対話形式で文法を学べる、とても読みやすい本のようです。
言葉の乱れに腹を立てるより、「なぜこう変化したのかな?」と考える方が、世界がもっと面白く見えてきますね。私もこれからは、「それ、面白みがあるね」など、使っていくかもしれません。
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