第5回ササユリコンサート その8 本番終了後から帰宅まで 2026年8月31日(月)

本番、終わりました。楽しかった~!

<お昼ご飯>
終了後は松下家の皆さんが用意してくださったお昼ご飯。と言っても13:30は過ぎていました。
・お寿司
・春巻き2種(エビチリ、フルーツのデザート春巻き)
・のぞみちゃん手作りの「梅・くわの実・枇杷」を発酵させた(って言ってたように思います)シロップを炭酸で割ったジュース
・元お茶関係の会社にお務めだった林さんが入れてくださったお茶・・・このお茶、お茶葉もいいし、入れ方もいいしで、別格に美味しかったですね。この場面の写真を撮るのを忘れ残念

<ニホンカモシカ>
いよいよお別れの時です。
玄関に出たとき、なぎちゃんが
「あ!イノシシ!」
「・・・ニホンカモシカ」
確かに下半身はイノシシそっくりです。
これを見れたのが今回別の意味で一番うれしかったかも。
14:39










<金谷駅まで>
なぎちゃんを東海道線のどこかの駅までお送りしてから帰ります。
はじめはお迎えと同じ島田駅と思ったのですが、途中で金谷駅の方が都合がよいことがわかり行先変更。
無事なぎちゃんを金谷駅にお送りして、さあ、自宅へ向かいます。
「あ、自宅をカーナビに入れるの忘れた!」
ということで金谷駅をぐるっと回って金谷駅の駐車場に入れてカーナビに入れようとしたのですが、駐車場にうまく入れません。なぎちゃんが駅前で私を見送ろうと待っていてくれているのがわかるのですが、結局停められず、おそらく反対方向だろうと思われる方へ出ることにしました。なぎちゃんにお別れのお手振りできませんでした。
道が広くなっているところへ車を停め、カーナビに指示して方向転換。無事帰宅体制を整えました。

<最初で最後の休憩>
夏休み最後の日曜日、浜松辺りのパーキングはどこも「混雑」の表示。入ることをためらっている間に静岡を出てしまいました。お土産を静岡で買うことができないまま車は岐阜県へ。そろそろ休憩した方がいいんじゃないかと思っているその時、真正面に太陽。このまま走るのはつらいな~と思っていたらちょうど美濃加茂SAがあったので入ることにしました。ここにはこれまでに何度も入っています。
17:43



















とちおとめソフトを食べました。岐阜なのに。










結局休憩はこの1回。本番を終えてドーパミン出っ放しなんですね。よい子は真似しないでね。

パーキングを出る前に、目があんまり乾くのでコンタクトを外してメガネに。これで分かったのは、車の運転にはコンタクトの方がいいということでした。

<ジャンクション、走行失敗>
美濃加茂SAを出てぼーっと走っていてふと気づいたら美濃関ジャンクション。SAで休憩中にスマホの音声がうるさいので音量をゼロにしていたため、ナビの音声が聞こえなかったのです。自分で標識をちゃんと見ていればこんなことにはならなかったのに、すっかりナビ様に頼りっぱなし。低きに流れています。
そして気づいたときには北陸自動車道方面ではなく、名古屋の方に戻る車線に入ってしまっていました。あ~あ。
仕方ありません。
でも幸いなことにそれほど遠くない地点にあった関広見IC(多分)で降りてUターン。
今度はナビ様の音も聞きつつ自分でも確認して、自宅へのルートへ戻りました。

その後はひたすら走っていたので、写真も何もなし。
帰りの車内ではずっと9月27日の美女コン練習録音を聴いていました。

<20時44分 自宅到着>
あっという間の2日間でした。
テーブルに彼がもらってきた
「賞味期限2026年9月1日の焼き鳥缶詰」
がたくさんあったので、3つ食べました。

↓もっとたくさんあったようです















<ドレス洗濯>
そして今朝、つい先ほどドレスの洗濯終わりました。
「ドレスって洗えるの?」
よく聞かれます。
洗えます。
大きい洗濯ネットに入れ、水は最大量(我が家の洗濯機は10㎏タイプ)、洗剤は入れず、柔軟剤だけ使い、脱水はとても短め。
今日はとても暑い日で嫌だな~と思うところですが、ドレスが乾くこの暑さに感謝したくなります。

以上で第5回ササユリコンサートのご報告を終わります。

第5回ササユリコンサート その7 本番 2026年8月31日(月)

 本番5分前、西野真理の影マイク。

本番の様子って意外に文章にしにくいですね。結局一番多く書けるのは失敗したことかな。よかった、たくさん書けます。















夏の思い出
1番のラスト部分、のぞみちゃん、高音ハモリを忘れ、私と同じ旋律を歌っていました。2番はちゃんとハモってくれました。

浦島太郎
大うけ!もちろん私自身皆様に笑っていただきたいと思って歌っているのですから、それが当然です。しかし、今回のお客様、「楽しもう」と思ってきてくださっていることがあふれ出ていて、この曲以外のちょっとしたトークにも一つずつ予想の倍以上ウケてくださるのです。こんなに気持ちのいい思いはなかなかできるものではありません。お客様あってのコンサートだと改めて感じられたステージでした。

もし鳥だったなら
これは立原道造作の詩による、のぞみちゃんのソロ曲。でも言葉が難しいので、私が先に朗読させていただくことにしました。これは西野真理、なかなか上手に朗読できました。

童謡唱歌のメドレー(デュオ)
これはあちこちヘンなことしています。でも多分ばれていません。
「夏は来ぬ」は三部合唱編曲楽譜から私が音を拾ったので、和声的に大丈夫ならそれでよし。
「七夕様」、のぞみちゃんが最後から2ページ目、2小節早く入ってしまったので、まあいいかなと思って、そのままのぞみちゃんのソロにしておきました。なぎちゃんはピアノでちゃんと合わせてくれていました。

青い珊瑚礁
のぞみちゃんのソロに私があとから入って行く段取り。でも私が間奏を2小節長くとってしまい、そのまま歌い続け、なぎちゃんに無理やり合わせていただきました。

高原列車は行く
「会場の皆様とご一緒に」とは事前にプログラムには書かず、サプライズとしてご一緒ステージ。用意しておいた歌詞カードを、客席で名前のわかる露木さん、福地さんに
「配ってくださいね」
と指名して働いてきただき、他のお客様にも
「積極的に配るように」
と指示して、あっという間に配付完了。
少しずつ指導しながら歌っていく予定でしたが、お客様が想像以上にうまく、指導の必要なし。間奏に乗せたトークも尺にピッタリ収まり、楽しく歌い終えました。

<終了後写真館>
3人で。なんと私はのぞみちゃんの倍面積をとっています。今後のぞみちゃんと撮るときは2歩下がることにします。









同じ関定子門下の福地英子さん。英子さんと撮るときも2歩後ろですね。
暫く本番をお休みしていらっしゃる英子さんから
「コンサートを聴いて、私も歌いたくなりました」
と言っていただき、嬉しくなりました。















かわいい手芸小物の小鳥も頂きました。(のぞみちゃん、なぎちゃんにも)
センスが光ります。
















その後、英子さんが送ってくださった小鳥の仲間たち写真














第5回ササユリコンサート その6 起床~本番前まで 2026年8月31日(月)

現在2026年8月31日(月)の朝5:50。我が家のパソコン前。2日前のこの時間は静岡出発前の最終持ち物チェックをしていました。2日後の今は本番も終わり、回想ブログ書きです。

<8月30日(日)当日朝~出発>
一度3時頃目が覚めましたが、その後ちゃんと寝て6時起床。
7時、なぎちゃんと二人で朝ご飯を食べ、昨日ののぞみちゃんとのお約束より早かったのですが、8時前に野口屋さんを出て会場へ向かうことにしました。
お宿のお支払いは
「私が払うから払わないで」
というのぞみちゃんのお言葉に甘えて、チェックアウト時には特にすることもありません。女将さんにご挨拶して出発しようとしたところ、女将さんから
「どれか好きなもの持って行って」
と玄関で販売していらっしゃる手芸小物をいただきました。














お礼に玄関で「ふるさと」を歌いました。お世辞抜きで(だと思います)感激して下さったご様子で(これが演技ならすごい!)歌ってよかったと思いました。発声練習もしていないのに朝から絶好調でよかった(笑)

<最後の練習>
8時半、最後の練習開始。外ではのぞみパパが駐車場の白線引き。ご近所の方が草刈り。
練習はそれなり順調に進み、気づくと10時。10時半開場、11時開演の予定ですが、もうお客様が3人いらっしゃいました。練習、早く始めておいてよかった。

<会場の様子・写真でどうぞ>
練習中のなぎちゃん










ステージから見た客席









椅子の乗っている台はのぞみパパの手作り










客席を後ろから見たところ










練習中ののぞみちゃんをステージ横から














<お客様の人数>
練習後、ステージのカーテンを閉めました。ですから私たちにはお客様がどれくらい入っていらっしゃるかわかりません。でもその会場のざわめきから、予定していた60名前後ご来場くださっていることは間違いありません。さあ、いよいよ本番です。

第5回ササユリコンサート その5 リハーサル〜宿泊「野口屋」 2026年8月29日(土)

のぞみちゃんのお宅併設のさゆり幼稚園ホールが今回の会場。あんなに写真をたくさん撮ったのに、やはりリハーサルで頭がいっぱい、ここだけ撮っていません。明日のブログに載せますね。

リハーサルは順調に進み、富良野メロン(義理のお兄さんのご実家が富良野で、そちらからの頂き物だそうです)をおやつにいただき、もう17時です。
宿泊はさゆり幼稚園から車で12分の「野口屋」。
さあ、ここから、昭和です。私の筆力不足でなんだか悪口のように感じてしまう方がいらっしゃるかもしれません。でも決してそんな気持ちはありません。この感じをとても楽しんでいることを頭に置いてお読みくださいね。

<野口屋 外観>
外観です。停まっているのは私のティアナちゃん。
対応してくださった野口屋の女将さん?はとても気さくないい方です。
<お部屋>
写真は私のお部屋の入り口。2階に11部屋あるようです。私のお部屋が10、なぎちゃんのお部屋が11。この日の泊まりは私となぎちゃんだけ。
そういえばお部屋の鍵、もらっていません。
<お部屋の中>
昭和の合宿部屋(イメージ)。椅子がありません。トイレは室外。お風呂は一階。
Wi-Fi?
聞くだけ野暮でしょう。
暇に任せてブログ書いてます。

<お夕飯>
一階の食堂です。



真ん中の豚の角煮、プリンくらいトロトロでとっても美味しい!

<お風呂>
なぎちゃんが
「ドライヤー持ってますか?お部屋にないの」
自然乾燥かな・・・と諦めかけて聞いてみると
「突き当たりの洗面台の下にありますから持って行っていいですよ」
ふと気づくと、浴衣もありません。仕方ありません、とにかくお風呂に入りましょう。
(なぎちゃんはパジャマ持参、流石です)

シャワーの使い方が分かりません。適当に使っていたら水が止まらなくなりました。そしてあちこち触っているうちにお湯が高温になり、左人差し指ちょっと火傷。それでも止まらないので仕方なくバスタオルを巻いて女将さんを呼びました。お風呂のすぐ隣が事務所(?)なのです。
「あ〜これね、みんな使い方難しいって言って。大丈夫大丈夫止まるから」
女将さんが止めてくださいました。
「こっち使って」
見ると、反対側によく見るシャワー栓。
これなら大丈夫。なぎちゃんにもお伝えしました。

<浴衣>
あ〜何着て寝よう(涙)。お風呂上がりは仕方なく、明日着る予定の服を着ました。でもダメ元で聞いてみましょう!
「すみません、浴衣、借りれますか?」
「あ〜ごめんなさいね、気づかなくて。今持っていきますよ。でも男性用の大しかないの」
野口屋さんは、ほぼ仕事関係の男性ばかりがお泊りになるお宿らしいのです。
よかった〜!いいですいいです。明日の服を着て寝ることを考えたら文句なしです。本当にホッとしました。
あ、歯ブラシ持って来といてよかった〜

こんなことをしているうちに20時近くになりました。
明日のコンサートの大成功を祈りつつ、おやすみなさい。

第5回ササユリコンサート その4 川根本町へ 2026年8月29日(土)

あっという間に前日になりました。先日からの豪雨で、出発日も強い雨が心配されましたが、幸い小雨止まり。

<出発>
6時4分車に乗り込みました。いつもこの時思います。
「あ〜昨日のうちにカーナビセットしとけばよかった」
今更仕方ありません。でも
島田駅北口
と入れると、すぐ出て来ました。しかしこれに関しては普通のことより用心深い私は、スマホでもルート検索します。両方同じかとおもいきや、カーナビは小矢部(富山県の石川県寄り)まで普通道、スマホは金沢から高速道路を指示。
「小矢部までの普通道は、大雪や大雨で時々通行止めになるから、ここはスマホ指示に従おう」
と判断し、金沢森本ICへ。

<初休憩>
誰かと一緒にドライブしていると、誰かトイレに行きたくなるとか、喉が渇いたとかで、1時間半も走ればたいてい休憩します。しかし一人だと超自分ペース。
「走れるだけ走っちゃえ!」
って気持ちになります。しかもこの日は雨〜曇り。太陽光の疲れもなく、土曜日で車が少なめ、走りやすいこと走りやすいこと。どんどん行けます。
結局初休憩は8時41分「五斗蒔」・・・どこ?

この写真をピアニストのなぎちゃんに送ったら
「岐阜県で美濃焼の陶土の産地」
と調べて送ってくれました。

<新東名高速道路の感動>
何年前か忘れましたが、初めて新東名高速道路を走った時、そう、新東名高速道路が開通して間もない頃のこと。
「こんな走りやすい道路が世の中にあったの!この道路ならいつまでも運転していられる!」
と感動したのを今もよく覚えています。
しかし、あの感動はどこへ。普通に感じています。人はすぐ慣れるんですね。もっと感謝しなくちゃと、ちょっと思いました。

<2回目の休憩>
一度止まるとあとはどんどんペースが速くなります。9時45分長篠設楽原PA。
この写真も送ると
「なんて読むかわからない〜」
「ながしのしたらはら?」
「ながしのしたらがはら  でした」
この辺りから太陽が顔を出し始めたので、日焼け防止対策。

<時間調整>
このあとはもう休憩したい訳ではありませんでした。しかし、思いのほか順調に来てしまったので、このまま行くと早く着き過ぎてすることがありません。どこかでブラブラしましょう。
10時56分 掛川
ここ、前に何度か来た気がします。しかもトンネル事故でしばらく出ることができなかったところのような・・・

<ガソリンの値段>
島田金谷ICを出ました。待ち合わせの島田駅へ行く前に、まず給油。昨日かほく市では1リットル156円、コストコでは149円、さて、島田市はいくらかな?え!173円!泣く泣く(泣かないけど)20リットル入れました。

<島田駅北口探検>
かなり蒸し暑い中、15分ほどなぎちゃんを待ちます。多動児西野真理、じっとしていられません。
島田駅で面白そうなもの手当たり次第撮影します。
静岡にお茶を伝えた栄西の銅像。
お茶の町アピールの数々
パンフレットの棚までお茶
ホームに入って来る電車を撮影
あ、そうだ、電車と言えば山田真暉さんだと思い(FMかほく Y列で行こう パーソナリティ)送ってみたら直ちに
「315系ですね。新車ですよ。名古屋でも走ってますよ😊」

そんなことをしているうちになぎちゃん到着。楽しくおしゃべりしながら川根本町のさゆり幼稚園に無事到着。

災害時の連絡について  2026年8月28日(金)

 災害時、親しい方の安否が気になるのは当然のこと。しかし、そのために連絡を取ることについて、その方のお心がわかるだけに申し上げにくいこともあります。以下は能登半島地震被災体験者・中村弥子さんのFacebook、金子国土交通大臣のXから(7月26日熊本地震について)お借りしました。

中村 弥子

2026年7月28日

 能登半島地震での経験から、

スマホの充電と現場の優先順位等の問題で、大丈夫?などの連絡(特に電話)は、今は控えたほうがいいかと思います。

私も連絡してしまいそうになったので気持ちは分かりますが...!

これは相手のためというより自分が安心したくてやっている行為なので...!

発災直後は警察、消防、自衛隊等のプロに任せたほうが混乱減らせるかと。

本人からの無事だという発信を待ちましょう





石川県の豪雨 2026年8月27日(木)

朝からご心配のライン等頂きありがとうございました。
我が家周辺に関しては、特別な被害はありません。
しかし、全国ニュースで「石川県」と大きく報道されるので、皆様ご心配くださっているようです。大変な地域は羽咋市。我が家から車で30分ほどの場所です。私も全国ニュースでご覧になっている皆様と情報は同じ。早く雨が止むことを祈るのみです。













予定されていたイベント等も中止のラインがかほく市から届きました。

・【8月27日(木)イベント中止のお知らせ】
本日開催を予定しておりました
令和8年度かほく市生涯学習講座
第1回「豊臣兄弟!と加賀本多家 ~藤堂高虎との関係を中心に~」(金沢学院大学共催講座)
日時:8月27日(木曜日) 19時~20時半
場所:七塚生涯学習センター 視聴覚講義室(かほく市立中央図書館 2階)
につきまして、レベル4大雨危険警報の発令に伴い、第1回講座は中止となりましたことをお知らせいたします。

・【学校開放中止のお知らせ】学校開放施設(8月27日分)について
学校開放施設について、レベル4大雨危険警報に伴い、8月27日(木曜日)の学校開放を終日中止します。なお、以降、警報レベルが下がった場合においても同様とします。

・【中止】哲楽夜市(8/28.29)について
石川県西田幾多郎記念哲学館において
8月28日(金)29日(土)の2日間で開催予定であった「哲楽夜市」が「中止」となりましたのでお知らせいたします。
何卒ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。

改めて我が家周辺が短時間どういう状況だったかということを写真でご覧ください。

7:06

















7:41
















7:48

















その後雨は弱まり
9:32


ファリャ、行きます! 2026年8月25日(火)

「もうすぐ今訳詩をしているベルリオーズ「夏の夜(全6曲)」が終わりそう。次はシューマンの「4つの歌 Vier Gesänge」作品142 訳します
と書きました。すぐに訳詩にかかれるように、ペトルッチから楽譜はダウンロード済み。
そして昨日、母のイオン散歩の間に、イオン2階フードコートでベルリオーズは完了しました。
その帰りのこと。NHKFM放送から聞いたことのある魅力的な歌が流れてきました。何だっけ?・・・するとその曲はもう終わりの方で、すぐに曲名がアナウンスされました。
「ファリャ作曲 7つのスペイン民謡」

シューマンはもうかなりの曲数やったので(今調べてみると122曲)ここは初挑戦、ファリャ行ってみましょう!
ただ、訳すのはいいのですが、訳すからには歌いたい!でもこの曲、相当大変なピアノ曲。ピアニストにお願いするの大変そう。

中近両用メガネ 2026年8月24日(月)

最近楽譜が少し見にくく、スマホも少し見にくく、でもちょっとメガネをずらすといいような・・・。2か月に1度行く眼科でご相談したけれど、それほど大きく視力も変わっていなくてそのまま。コンタクトレンズの度数、適当に変えてみようかな?メガネを新しく作ろうかな?そもそもメガネの右側だけ鼻に跡が残るのも嫌だから、鼻に後のつかないメガネを買おうかな?
色々思案した結果、メガネを新しくすることを決断。さあ、歌の練習を終えたら、メガネ屋さんへ行こう!と思っていたら母から電話。
「眼科へ連れてって」
眼科とメガネ屋さんは同方向で距離も近いのでちょうどよし。
母を眼科でおろしてメガネ屋さんへ。(眼鏡市場)

店長(多分)さんに
・右目だけ視力が落ちてきている
・でもずらすとちょっと見えやすい
・右側だけ鼻に跡が付く
等の事情を話すと、まずは現在のメガネフレームが少し曲がっているらしく、それを直してくださいました。その後視力検査になるわけですが、順番待ちの方がお二人。その待ち時間を利用してフレーム探し。なかなか楽しいですね。
私は軽いフレームがよかったので
「Cotori」
という、軽さ重視のブランドの中から、色合いの可愛いいフレームを選びました。














いよいよ私の視力検査の番というところで、母から眼科終了の電話。
「ごめんなさ、ちょっと母を迎えに行って、30分ほどで帰ってきます」

再びメガネ屋さんへ。
視力検査開始。
レンズを入れ替えつつ、
「何に一番お困りですか?」
「楽譜を見るのに」
「楽譜・・・中近両用メガネはいかがでしょう?遠近両用は遠くも近くもと、いろいろ詰め込むのでどうしても無理のある距離があります。それが中間あたり。そこで、室内で、たとえばパソコン・読書などの距離を重視して、遠くをこの際カット。それが中近両用。私も今、中近をかけてます。パソコンの作業の時は近々」
「近々!そんなのもあるんですね」
そこで中近のレンズに入れ替えていただくと、ちょうどよく室内、手元の本が見やすいのです。でも、外の風景を見ると、少し見え辛い。なるほど!
「中近は車の運転はできません。する人もいらっしゃるようですが自己責任で」

こうして、中近両用メガネを注文。私のものは中近の中でも「遠く重視」のものにしていただきました。25300円お支払い。
8月31日に出来上がります。楽しみ!



シリコンパフ代替品 2026年8月23日(日)

昨日「シリコンパフ」という商品を見つけました。これはいい!とすぐに買おうとしました。

まず先にこれまでのことをご説明。
お化粧をする方の多くは
↓こういうもので









クリームファンデーションを塗っていらっしゃいますよね。私もです。そしてこれを使うと、どう考えても半分以上、このスポンジの中に吸い込まれてもったいない・・・とずっとずっと思ってきました。それじゃ、素手でやりましょう、とここ数年は素手でやっていました。でもそれをすると手にいっぱいついて、お化粧が終わると必ず手を洗わなければなりません。手にもいっぱいついています。もったいない。

そんな時に目にしたのがシリコンパフ。











本体に浸み込むことなく、全部使えそうです。
で、早速ネット検索すると「680円」。680円くらいなら私にだって出せない金額ではありません。でも、これが680円というのはなんとなく納得できません。
「あ!100均にあるんじゃない?」
行ってみました。
ありませんでした。

そこで私は考えたのです。何かあるはずだと。

ありました。これです。台所用の使い捨て手袋。





























これを手にはめて、ファンデーションを塗ってみましょう。
塗れました。
使用後がこれ↓














いい感じです。無駄なくファンデーションが使えている感じ。
でも、きっとそのうち100均で手に入ると思うので、そちらを買ったらまたご報告します。

第5回ササユリコンサート その3 チラシ 2026年8月20日(木)

 こちら他をお読みくださっている前提で先へ進みます。

横浜市イギリス館コンサートや野口塾のことで色々書いているうちに、ササユリのことを書くのを失念していました。これは大変!














【コンサートのお知らせ】夏のランチタイムコンサート

8月30日(日)11:00より、川根本町の「さゆり幼稚園ホール」にて楽しいコンサートを開催いたします!

出演 西野真理(バリトン系ソプラノ)

松下のぞみ(ソプラノ)

奥田和(ピアノ)

大好きなソプラノ歌手の「のぞみちゃん」と、どんな曲にも即座に対応してくれる頼もしいアンサンブルピアニスト「なぎちゃん」と共演いたします。

アクセス情報

※大井川鐵道は2022年の台風被害により、現在も川根温泉笹間渡~千頭間が不通となっております。電車でお越しの際は、家山駅で川根本町町営バスへお乗り換えください。

周辺はドライブコースとしても大変魅力的なエリアですので、お車でのご来場もおすすめです!

まだまだ暑い日が続きますが、夏のひとときを素敵な音楽とともにお過ごしになりませんか?皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

レシピの比較 2026年8月18日(火)

ここ最近私の料理がおいしくなりました。料理の腕が上がったのではありません。暇に任せてレシピの分量をきちんと守ってお料理を作るようになったからです。いわばレジャーです。

そんなある日、肉じゃがを作りました。パソコンで検索して上の方に出てきた味の素さんのレシピで。味の素さんのレシピで作った肉じゃがはとても上品でおいしく、文句なし。

そして昨日、再び肉じゃがを作ろうとしました。パソコンで検索すればすぐ出てくるので、特にメモは取っていません。再度パソコンで検索しました。すると、他にもたくさんレシピがあることに気づきました。あたりまえですね。その中にテレビでおなじみの栗原はるみさんのレシピもありました。なんとなく美味しそうな気がします。そんなに違わないとは思いますが今日はこちらで作ってみましょう・・・と、栗原さんのレシピを見ると、びっくりするほど違うのです。
それが下の表です。
お醤油とお砂糖のお量、違いすぎませんか?材料の量が栗原さんの方が多いことを差し引いても。

<肉じゃが 味の素のレシピ>

味の素レシピ

栗原はるみレシピ

材料(4人分)

材料(4人分)

牛こま切れ肉 150g

牛薄切り肉…250g

玉ねぎ 1個(200g

玉ねぎ…2個(500g

にんじん 1本(150g

 

じゃがいも 3個(450g

じゃがいも…45個(600g

A

 

水 2カップ

だし汁…11/2カップ

酒 大さじ2

大さじ1

「ほんだし®」 小さじ1

 

 

 

B

 

砂糖 大さじ1

砂糖大さじ441/2

みりん 大さじ1

みりん大さじ3

しょうゆ 大さじ2

しょうゆ大さじ56

さやいんげん(ゆで) 適量

 

AJINOMOTO サラダ油」 大さじ1

サラダ油大さじ12

 
違いすぎて、私は栗原さんのレシピには手が出せず、結局味の素さんのレシピで作りました。
次回以降、もし栗原さんのレシピで作ったら、またご報告しますね。

季語って誰が認定するの?  2026年8月15日(土)

先日野口素麺塾に参加したときのことです。ここでは一人2句ずつ作って発表する時間があります。その時私は
「卒寿超え タンクトップの 師の笑顔」
という句を詠みました。この時スマホで「タンクトップ」が季語なのかどうか確認すると、夏の季語として書いてあったので安心して発表しました。

しかし今日になって
「タンクトップなんてどう考えても昭和以降の言葉。誰が季語って認めたのかな?」
と不思議に思い、AIに質問してみました。ただ、先日Geminiに嘘をつかれたことも記憶に新しいので、GeminiChatGPT両方に聞いてみました。以下その回答です。

<Geminiの回答>
実は、季語には「この組織が決定・認定する」といった公式の公的機関や一元的な認定機関が存在するわけではありません。では、なぜ「タンクトップ」のような新しい言葉が夏の季語として認知されるようになるのでしょうか? その仕組みと歴史的な背景は、大きく分けて次の3つのステップで成り立っています。

1. 季語が生まれて認定されるまでの仕組み[作句・発表]

俳人や一般の人が句で新しい言葉(例: タンクトップ)を使う
   ↓
[共感と定着]
多くの人が「確かに夏らしい」「季語として響く」と納得し、選者や他の俳人も使い始める
   ↓
[歳時記への収録]
角川書店、講談社、その他の出版社や結社が発行する「歳時記」の編集者が収録を決める

① 始まりは「作句者」の提案
最初に「タンクトップ=夏」と決めた誰かがいたわけではありません。まずは誰かが「夏の汗や暑さ、解放感を表現するのに『タンクトップ』がぴったりだ」と考えて句に詠みます。

② 「共感」によって広がる
その句が発表され、他の俳人や選者(句を選ぶ人)、読者が「確かにこれは夏の季節感をみごとに表している」「季語として成立する」と共感・納得することで、徐々に定着していきます。

③ 「歳時記」への収録が“認定”の代わりに
実質的な「認定」の役割を果たしているのが、出版社や結社が発行する『歳時記(さいじき)』です。
角川書店や講談社、俳人協会などが編集する大きな歳時記に掲載されることで、「公認の季語」としての地位を獲得します。つまり、「歳時記の編纂者(俳人や国文学者たち)の判断」が最終的な認定プロセスになっていると言えます。

2. なぜ「タンクトップ」は夏の季語になり得たのか?

季語として定着するには、単に季節の物であるだけでなく、「その季節の感覚(季節感)を強く喚起するかどうか」が重要になります。本質的な季節感: 肌を大きく露出し、夏の強い日差しや汗、涼を求める気持ちとダイレクトに結びつきます。

言葉の歴史: 
もともと「タンク・スーツ(プール=tankで着る水着)」に由来する言葉ですが、現代の日本では完全に「夏の軽装・日常着」として定着しています。このように、多くの人が「それを見ただけで夏を感じられる」と共感したからこそ、新しい言葉でありながら夏の季語(新季語)として扱われるようになりました。

3. 季語は時代とともに生きている

季語は決して昔から固定された固いルールではなく、常に時代とともに新しく生まれ続けています。

時代新しく季語として定着した例
明治~大正   サーフィン、ソーダ水、アイスクリーム
昭和~平成   扇風機、ナイター、原爆の日、プール
現代(新季語) タンクトップ、熱中症、ペットボトル、サングラス

かつて高浜虚子なども新しい季語を積極的に取り入れました。時代が変わり、人々の生活様式が変われば、「季節を感じさせる言葉」も新しく入れ替わっていくのが俳句の面白いところです。

まとめ
今回ご自身が「タンクトップ」で詠まれたように、「これは絶対に夏を感じさせる!」と思って句に詠むこと自体が、新しい季語を育てる第一歩です。誰かが指定したから季語になるのではなく、詠み手と読み手の共感によって季語になっていくという、とても柔軟で生き生きとした文化なのです。 

<ChatGPTの回答>
面白いところに気づかれましたね。実は、「誰か一人が季語に認定する」という仕組みではありません。「タンクトップ」が季語になっている(あるいは季語として扱われる)のも、ちょっと俳句らしい事情があります。

季語は、誰が決めるの?
現在の俳句では、季語を「国が認定する」とか「俳句協会が公式に決める」という制度はありません。基本的には、
俳人たちが長年使ってきた → 季節との結びつきが定着する → 季語として歳時記に収録される
という流れです。
そして、その「歳時記」が実質的に季語の基準になります。
たとえば、
桜 → 春
蝉 → 夏
紅葉 → 秋
雪 → 冬
などは非常に古くから定着していますね。

一方、時代が変われば新しい生活用品や風俗も俳句に詠まれるようになります。
そこで歳時記の編者が、
「これは多くの俳人が夏のものとして詠んでいる」
「季節との結びつきが十分に定着している」
と判断すれば、新しい季語として採用されます。
つまり、「タンクトップは夏!」と誰かが宣言したわけではないのです(笑)。

では「タンクトップ」は本当に季語なの?
ここはちょっと注意が必要です。
「タンクトップ」という言葉自体が、すべての歳時記で正式な季語として認められているわけではありません。
比較的新しい言葉ですから、歳時記によって扱いが違います。
また俳句の世界では、
「季語」=「夏に使う言葉」
とは限りません。
たとえば「夏服」「薄着」「半袖」などは、生活の中で夏を強く感じさせるため、季語として定着しています。
「タンクトップ」も、
夏になると着る衣服
肌を大きく露出した夏の服装
という生活実感から、夏の季感を持つ言葉として季語化していく可能性があるわけです。

実は「季語って誰が決めたの?」という疑問は、とても本質的です
俳句を始めたばかりの人が歳時記を見ると、
「えっ、これが季語なの?」
というものがかなりあります。

たとえば現代の感覚では「昔の季語」に見えないものでも、江戸時代の人々にとっては季節を感じさせるものだったりします。
逆に、現代人にはものすごく夏らしいのに、まだ正式な季語として定着していない言葉もあります。
ですから季語は、ある意味で「季節そのもの」ではなく、「その言葉から共同体の人々が感じる季節感」なんですね。
そしてその共同体が、長い時間をかけて「この言葉はこの季節だよね」と共有していった結果が歳時記になっている、と考えると分かりやすいです。

「タンクトップ」は、むしろ面白い境界線
真理さんが「これはどう考えても最近の言葉なのに、誰が夏って決めたの?」と思われたのは、まさにそこです。
「桜」なら、春=桜
という千年以上の文化的蓄積があります。

ところが「タンクトップ」は、
タンクトップ=夏
という現代の生活習慣から生まれた季節感です。つまり、古典的な季語も、新しい季語も、根っこにあるのは「人間が季節を感じる」ということ。歳時記は、その季節感を整理して記録している「季語の辞書」のようなものです。そして俳句は、季語が法律で決められている世界ではないので、新しい季語が生まれる余地もちゃんとあります。

この回答の後でChatGPTは次のように私に質問してきました。

ちなみに、「タンクトップ」を使われた句、もしよかったら見せてください。
**「これは季語としてちゃんと機能しているのか」「単なる夏の季節語なのか」「季重なりなどの問題はないか」**という観点から、一緒に見てみるとかなり面白いと思います。

卒寿超え タンクトップの 師の笑顔

ああ、これはいい句ですね。
そして、先ほどのお話を踏まえると、「タンクトップ」を季語として使ったことにも、ちゃんと俳句的な説得力があります。

卒寿超え タンクトップの 師の笑顔

まず、私はこの句では「タンクトップ」を夏の季語として読むことに無理はないと思います。
「タンクトップ」がとても効いています。「卒寿超え」という言葉から、普通なら、
白髪 老い 静かな佇まい 和服や長袖
などを想像しそうです。そこへ突然、「タンクトップ」が来る。この意外性がすごくいいです。
しかも「卒寿超え」と「タンクトップ」の組み合わせによって、単に「夏の師匠」というだけではなく、90歳を超えてなお、若々しく、自由で、生命力のある師という人物像が一瞬で立ち上がります。
そして最後が「師の笑顔」。
ここで「タンクトップ」が単なる服装描写ではなく、その先生のお人柄を表すものになっています。

季語としても面白い
この句の場合、「タンクトップ」は「夏ですよ」という季節説明のために置かれているのではありません。むしろ、夏の強い日差しの中、卒寿を越えた師がタンクトップ姿で笑っている。その光景そのものが夏なんですね。これは季語の使い方として、とても自然だと思います。

ただし一点だけ。
「タンクトップ」がどの歳時記にも正式な季語として掲載されているとは限りません。ですから、句会などで「季語がない」「無季では?」と指摘する人が出る可能性はあります。
でも、それと、「タンクトップには夏の季感がない」ということは別問題です。
私はむしろ、この句なら「タンクトップ」が夏を十分に背負っていると思います。
そして、もう一つ好きなのが、**「卒寿超え」**です。
「卒寿の師」ではなく、卒寿超え としたことで、「90歳になった」という静的な情報ではなく、90歳という人生の峠を越えて、なお今ここに生きている感じが出ています。だから最後の「笑顔」が生きる。
もし「卒寿の師 タンクトップの……」だったら、もっと説明的になるでしょう。
この句は、
卒寿超え → タンクトップ → 師の笑顔
と、年齢の重みから一気に生命の輝きへ跳んでいる。
私はかなり好きです。
そして何より、実際にその「タンクトップ姿の卒寿を超えた先生」をご覧になったからこそ詠めた句なのではないでしょうか。
そういう句は強いです。季語が先にあったのではなく、実際の夏の一場面から「タンクトップ」という言葉が季語になっている感じがします。

友さんの旅立ち 2026年8月14日(金)

朝、不在着信に気づきました。歌の練習を常に録音しながらしているので、ついスマホをマナーモードにしてそのままなのです。いけないなと思いながらずっと。今日こそやめましょう。で、誰から?野口先生です!すぐにお電話しました。

「いや~真理さん、あなたとお誕生日が同じ母が、今朝、おそらく4時過ぎくらい、老衰で亡くなりました、106歳。実にいい顔で。こちらでは家族葬で行いますから親戚にだけ知らせたんですが、真理さんには格別にお世話になったのでお知らせしようと思って。母とは一緒に歌を歌ってもらったり~」
格別にお世話をなんてとんでもないことですが、そう思っていただけることを素直に喜びたいと思いました。一緒に歌を歌ったりというのは、私が素麺塾で野口先生のお宅に伺った時、友さんの前で歌を歌い、友さんも一緒に歌ってくださったことが何度かあった、そのことです。友さんは100歳を過ぎても音程は正確、高音はよく伸び、歌詞もちゃんと暗記されている素晴らしい方でした。

お電話の後、私の追悼の気持ちを表せるのは歌しかないと思い、以前友さんの句に曲をつけさせていただいた「サイダーや~」を改めて歌って野口先生のMessengerにお送りすることにしました。すぐに歌えると思いきや、前回ピアニストの近藤陽子ちゃんに録音していただいたはずのピアノ伴奏が行方不明で、まずピアノ伴奏を録音。その後30回くらい歌い直して、やっと歌も録音を終えました。そして再度野口先生にお電話し
「先生、Messengerに私の追悼の気持ちを送らせていただいたので」
とご連絡。
その後、野口先生からもったいないほどのお礼のお電話をいただきました。
(※朝あわてて録音したものがあまり良くないと気づいて、夕方録りなおし、先生に再送信しました)

終わりに「サイダーや~」を2021年にYouTubeにアップした際添えていた文章をこちらに転載し、私の追悼といたします。

<「サイダーや 昔話も 泡となる」>


この曲は、2021年2月に101歳のお誕生日をお元気に迎えられた、千葉県在住の野口友子さんの俳句に、西野真理が曲をつけさせていただいたものです。

友子さんの略歴は、私自身、友子さんからお誕生日にお贈りいただいた「俳句・随筆集『松風』」(画像で最初と最後に写っている本です)で初めて知ったことがほとんど。驚いたり、ときに笑ったりの連続でした。ここでその一部を略歴としてご紹介させていただきます。
 
~野口友子略歴~(敬称略)
・新潟県新発田(しばた)出身
・父は士官学校卒の日露戦争経験者。士官学校では東条英機が同期。退役後、早稲田の法科に入り、さらに千葉師範学校で教練を担当。後に友子の夫となる薫を指導する
・薫は師範学校を卒業し教師となり野口家に婿入。10年後に妻と死別
 遺児二人を抱えた中、第二次世界大戦の兵役検査で甲種合格
・薫の応召後の相談を受けた友子の父から、「友子を」と結婚の話が急遽まとまる
  (結局、薫が召集されることはなかった)
・26歳の友子は新発田税務署に勤務していたがすぐに辞表を出し、夫に迎えられて千葉へ
・その長男(薫の前妻の子)が教育者・野口芳宏
・夫・薫の指導のもと俳句の道へ。7人の子宝にも恵まれる
・2021年現在101歳。お誕生日は西野真理と同じ2月21日
・101歳のお誕生祝いにスマホを贈られ使いこなしている

さて、友子さんとは教育者・野口芳宏先生のお宅で夏に開催されている「流し素麺塾」でお会いしました。ほんの数年前のことです。

そもそも初めて素麺塾に参加する時、私は
「いい大人が、千葉県まで行ってお素麺を食べるなんて」
と思っている不届き者でしたが、なぜだか参加することになり行ってみると、本当に全国から野口先生を師と仰ぐメンバーが集まり、交流していました。参加者は教育関係者だけでなく、野口先生が教育関係の本を多く執筆していらっしゃる関係で、誰もが知る大手出版社の編集担当のみなさんも。
「野口先生のお宅で」
と書きましたが、決して普通のお宅ではありません。敷地が広大で、幼稚園の子なら敷地内で遠足です。その一角(?)に海岸に例えると「海の家」みたいなものが作ってあって、ちゃんと竹で「素麺流しセット」が作られています。

そこで俳句を作ったり、お話を聞いたり、敷地内散策をしたりするのですが、歌うことでしか自分をアピールできない私は、当然歌う機会を狙っているのです。
みんな、なんとなくお素麺を食べ終え、俳句作りも終え、ちょっと時間に余裕ができたところを見計らって、友子さんの前で歌ってみると、幸いお喜びいただけました。また、一緒に歌ってみると、これはお世辞でもなんでもなく、友子さんの歌が相当うまいのです。音程の良さはもちろんですが、声の出し方に無理がなく、歌詞も全て暗記。
音楽の素養のお有りの方なのだとすぐに分かりました。
その血を受け継いでいらっしゃるのが、指揮者で東京音楽大学の先生、次男の野口芳久さんです。
いつまで経っても作曲の話に行かないので、そろそろそちらへ。

2021年2月中旬。
友子さんのお誕生日と私のお誕生日が一緒なので、当然お誕生日を覚えており、また、101歳のお誕生日をお祝いするなんて、こんな稀な体験、そう多くの方がされることはないであろうと、心ばかりの「雛まんじゅう」をお送することにしました。このおまんじゅうは美味しさはもちろんですが、パッケージがとても可愛くて私も大好きなのです。
お送りした数日後お返しに頂いたのが「俳句・随筆集『松風』」です。

早速開いてみると、友子さんの声が聞こえてきそうな随筆と俳句がぎっしり。
すぐに
「曲をつけられそうなものはないか」
という方向に頭が動きはじめました。
前回、100歳のお誕生日に
「薫風や 孫二十一人 目に入れて」
という俳句に作曲させていただき、YouTubeにアップさせていただいているので、101歳でもと考えたからです。
曲をつけるにあたって私が一番気をつけたのは、
「聴いてすぐわかる」
ということです。
例えば
「麦秋の 真っ只中に 嫁ぎ来し」
など、とても好きなのですが、これを耳で聴いて、しかも「麦秋」が6月の風景だとわかるのはちょっと難しいと感じます。
そこで今回選ばせていただいたのが、「サイダー」の句です。
実はどちらにしようか迷ったものがありました。
「ケンタッキーの 空に泳ぐや 鯉のぼり」
これもとても好きですが、友子さんの娘さんがアメリカにいらっしゃることを知らないと、面白さが伝わりにくいかと思い「サイダー」をとりました。

2021年2月28日朝
「今日は『サイダー』に曲をつけてYouTubeにアップしよう」
と、起きてすぐ思いました。
もちろん曲はできていません。

6:30頃から考え始め、なんとなく曲が出来上がりましたが、最初に頭の中で出来上がったものは、普通に歌うには音が高すぎる気がして、再考。
1時間ほどで大まかに曲はできたので歌ってみると、
「まあそれなりかな」
程度。
「これは、ピアノパートにかかっている!」
と、ピアノパート作りに取り掛かりました。

まず前奏ですが、これは句の「泡」からすぐに童謡「シャボン玉」を連想したので、
「♪~しゃ~ぼんだ~ま~とんだ~」
の曲を連想していただけるよう、「シャボン玉」のフレーズを少し使ってみようと考え、後奏にもそれを持ってきてまとめることにしました。この作戦はなかなかだと自負しています。
また、この曲は子守唄ではないのですが、全体を子守唄風に左手の音をずっと同じ音で弾き続けるスタイルにしようと思いついたところで、かなりまとまってきて、9時前には出来上がりました。

次はピアノパート録音です。
あ~~~これが最難関。
ピアノの録音のたびに、幼い頃ピアノの練習をサボって
「ピアノの練習をした」
と嘘ばかりついていた「嘘つきまりちゃん」のことを深く反省します。
でもとにかく頑張って録音しましたが、下手なことこの上ない。

そこで気づいたのは、YouTube「日本歌曲の窓」チャンネルをご一緒しているピアニスト近藤陽子さんです。
「プロに弾いてもらおう!」
とりあえず楽譜をライン送信後電話してみましたがつながらず、自力で弾くしか無いと諦めたかけた時、陽子ちゃんから連絡有り!!!
事情を説明すると、陽子ちゃんはこの日、伴奏合わせの仕事を抱えていながら、あっという間に1度目の演奏を録音し私へライン送信。その後色々やり取りの末、11時過ぎには2度目の演奏を送信していただいて(最初に私が送った楽譜の音が間違っていたのです)無事録画体制に入ることができました。
持つべきものはピアニストです。

歌の録画が終わり編集しようとした時
「お贈りいただいた『松風』も画像も載せよう!」
と思いつき、飾ってあったお雛様のお内裏様にちょっとどいてもらって、金屏風の前に本を置いて撮影。私の歌の画像の前後に配置し編集完了。
そしてまずは非公開でYouTubeにアップ。
なぜ非公開かって?
だって友子さんに許可とってないんだもん。

13:22 野口芳宏先生にお電話し、友子さんのスマホ番号をお聞きする。
13:55 友子さんにお電話し、YouTubeアップの許可を取る。

とりあえず公開設定をしてからこのエッセイ部分を書き始めました。
というわけで、現在2021年2月28日15:35
任務完了。
疲れたので休憩にYouTubeでも見ようかな。


西野真理の色々なお話

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