加茂整形外科(加茂先生追悼 加茂先生との出会いのエッセイ)2026年2月26日(木)

 一つ前のブログに、加茂先生のことを最初に書いたものを貼り付けていなかったので、ここに投稿いたします。(紙媒体エッセイ時のもので、現在のものと文体が違います)

体の痛みでお困りの皆さん!

・顎関節症・五十肩・緊張型頭痛・テニス肘・椎間板ヘルニア

・脊柱管狭窄症・椎間板症・腰椎すべり症・変形性膝関節症

・変形性股関節症・頸肩腕症候群・腱鞘炎・半月板障害 他

   ※このエッセイは当初「腰痛でお困りの~」という題でしたが、

腰痛に限らないため途中から現在の題に変更しました。 

<きっかけ>

それは47歳の冬、2009年2月1日のこと。

NHKの教育テレビ「趣味の園芸」を特に見るともなしに見ていたら、

「寒おこし」という畑作業を紹介していた。これはまだ寒いうちに地面を掘り返しておくと、地面の水分が凍ったり溶けたりを繰り返し、春には地面がとても良い状態になるというものだ。掘り返すといってもスコップを地面に突っ込んでは持ち上げ、突っ込んでは持ち上げを繰り返すだけで、特にコツもいらない。暇な日曜日の午後を過ごしていた私は、すぐに作業着に着替えて庭に出て「寒おこし」にとりかかった。

大して広くもない庭だが、実働時間1時間半。充実感いっぱいで作業を終えた。寒い日だったが汗だくになったので、夕方からお風呂に入った。


翌日。

学校の階段を上がるのがやっと。車を運転するとき座っているのが苦痛。

私の腰痛との戦いの日々が始まった。

痛み止め。接骨院。湿布。腰痛に効くという薬。鍼治療(1回だけ)

ストレッチ。腰に巻くベルト・・・・。


<情報>

・・・・で、49歳になった。

もちろん最初のような激痛ではなくなったが

「あ~この痛みがなければな~」

といつも思っていたそんなある日、内灘中学校の同僚、能岡さんから次のような話を聞いた。

「とても肩こりがひどいんだけど、あんまりひどいときは、小松にある外科に行って注射を打ってもらうと治る」

その時はそれが腰痛にも有効だと思っておらず、一時的にごまかす強力な痛み止めを打っていただくのだろうくらいにしか捉えていなかった。


それからしばらくしたある日、やはり同僚の岡本さんが肩の激痛に苦しんでおり、それを見た能岡さんが、以前話してくれた外科を強く勧めていた。

そして、前回より詳しくその外科のことを話してくれた。

「痛みって神経が何かにぶつかっておこるなんてことじゃなくて、筋肉の強ばりでおこるから、軽い麻酔を打って、痛みを脳に送らせないようにするってことらしいですよ」

その話を聞いて私は興味津々・半信半疑。

仕事を終えて家に帰ると早速その外科をネットで検索してみた。


<加茂整形外科>

石川県小松市にある「加茂整形外科」のホームページはすぐに見つかった。

結論から言えば、私は加茂淳先生のお考えに納得し、いつか治療を受けようと決めたのだった。

以下は加茂先生のホームページで勉強した、腰痛についての考え方や治療法についてである。が、何しろ西野真理の勉強なので、詳しくお知りになりたい方は「加茂整形外科」で検索して、ご自分でご確認くださいね。


~「ヘルニア」が原因で腰痛は起こらない~

「背骨と背骨の間に、無理な作業をしたために神経が飛び出し、それが挟まって痛い」

という具合に私は解釈してきた。だから接骨院に通って牽引治療もしたの

だ。しかし、

「ヘルニアが原因で神経が炎症を起こして痛みやしびれを感じることはありません。痛みの本態は筋肉の痙攣です。手術で治ることがあるのは、全身麻酔による筋弛緩によって筋肉の痙攣が止まってしまうことがあるからだと思われます。・・・」※この部分については後述

と書かれているのを読んだとき、はじめのうち頭の整理がつかなかった。なにか騙されているような気さえした。

そこでホームページ内にある

「トリガーポイント研究所」

の部分も含めて何度も読んだところ、私の疑問に答えるような内容の文章がたくさん現れた。


・幼児にもヘルニア状態がみられ、もちろん大人にもたくさんいるが、その人が皆痛いわけではない。もしそれが原因なら全員痛いはず。

・痛みやしびれを感じているということは、痛覚を伝える神経が脱分極・再分極を繰り返しているということ。神経が圧迫されたり炎症を起こしたり、または神経が癒着したり神経の血行が悪くなったりすると脱分極・再分極が繰り返して起きるという生理学的事実は存在しない。

・一般に「ヘルニアでの末梢神経麻痺」だと思われているのは、痛みのための筋力低下。ヘルニアは直接痛みの原因ではない。

・神経線維は通常、その末端にある受容器から信号を伝えるものであって、その途中が興奮を起こしたりするようなことはありません。


~トリガーポイントブロックによる治療~

西野真理の理解した範囲で書けば「トリガー」とは「引き金」のことで、痛みを引き起こしているその部分が「トリガーポイント」。そのポイントに局部麻酔を打つのが具体的な治療らしい。目的は

①発痛物質を洗い流す。

②運動神経をブロックして筋肉の強ばりを取る

③知覚神経をブロックして痛みの信号が脳に到達しないようにする

④交感神経をブロックして血流を改善する

・・・と、ここまで読んで

「あれ、麻酔で痛みを一時的に忘れさせるだけなら、麻酔切れたらまた痛いんじゃないのかな・・・」

と思っている私の気持ちを見透かしたように続けてこう書かれていた。

「これらは一時抑えではなく、痛みの悪循環を遮断して、治療へと導くのです」


ここにちゃんとした説明を抜粋で貼りつけておきます。 

 ↑ここのホームページから抜粋させていただきました。加茂整形外科の加茂淳先生は、この研究会の名誉会長です。

筋肉に対する過負荷により筋肉内部に微小損傷が発生します。通常、この微小損傷は数日で自己回復しますが、自己回復できなかった場合に、その微小損傷が筋肉に痙攣(けいれん)を発生させ、筋肉が収縮、硬直をしてゆき痛みが発生します。

この状態になった筋肉の中には「筋硬結(きんこうけつ)」又は「索状硬結(さくじょうこうけつ」と呼ばれる部位が発生します。これらの中に物理的に力を加えると痛みを強く感じる圧痛点が認められ、その中でも特に周辺を含めた広範囲に痛みを発生させる圧痛点を発痛点(トリガーポイント)と呼びます。

筋筋膜性疼痛症候群(きんきんまくせいとうつうしょうこうぐん)の治療においては有効な医薬品はまだなく、治療により筋肉内の痙攣(けいれん)を解く治療が一般的です。

筋肉の痙攣(けいれん)部位に局部麻酔注射をすることにより、筋肉の痙攣(けいれん)を解き、血流を改善する方法です。(一般的に痛みの治療で行われる、「硬膜外ブロック注射」「神経根ブロック注射」とは異なります)

筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は以下の病気として、誤った診断をされることがあります。

・顎関節症・五十肩・緊張型頭痛・テニス肘・椎間板ヘルニア

・脊柱管狭窄症・椎間板症・腰椎すべり症・変形性膝関節症

・変形性股関節症・頸肩腕症候群・腱鞘炎・半月板障害 他


<初診>

4月14日。加茂整形外科受診を決意した。先日の岡本さんが一度の治療で痛みが引き、満面の笑顔で出勤してきたからだ。

1時間の年休を取り高速道路を使って小松へ向かった。

いつものことだが、運転するとき太ももの裏側が痛くて、常に体の方向を変えるためにモゾモゾしている。


病院は心配したほど混雑してない・・っていうか空いていた。ネット情報では、県外からもたくさんの患者さんが来院し混雑しているということだったが、16時ころって狙い目かもしれない。きっと午前中とか土曜日あたりは大変なんだろうな。


診察が始まった。

加茂先生は私の痛い場所を聞くと、次々に注射を打ち始めた。正直注射は49歳になっても怖いが、意外なほど痛くなかった事に驚いた。とっても細い針を使用するかららしい。

そして一番の驚きの時がやってきた。

「それじゃ起き上がって、動いてみてください」

「あれ?・・・」

痛くないのだ。腰、お尻、太ももの裏、足の側面。

その後先生から痛みの仕組みの説明を受けて、その日の治療はあっという間に終わった。そして最後に加茂先生はこうおっしゃった。

「一度の注射で治る人もいれば、なんどもかかる人もいる。でもそれは36年医者をやっていても判らない」※この部分は後に補足あり

とても信用できると思った。

治療費は初診料込みで1600円。

その日の帰りの運転は快適。だってどこも痛くないんだもん。


<2回目の受診>

しかし、2年を経過した慢性の痛みはそう簡単には治ってくれなかった。もちろんそれは想定内だし、腰とお尻の痛みの程度は以前よりはるかに軽くなっており、太もも裏の痛みはゼロに近くなっていた。毎日の通勤がとても楽になった。ある日全ての痛みがなくなればもちろん嬉しいが、少しずつ軽くなってくれることを期待しつつ、しばらくは通院を続けるつもりである。

2回目の治療費は670円。

近所にある和菓子屋さんで田舎饅頭を買い、普通道で家路についた。

高速で帰るより20分以上多く時間がかかったが、モゾモゾはなかった。


<3回目の受診>

このエッセイは2回目受診後から書き始め、受診毎に少しずつ書き加えている。

目的はもちろん次回発売のエッセイ集に載せることではあるが、このエッセイに限っては、この部分だけを腰痛に悩む人に配る気満々。つまりそれくらいこの治療は効果があったのである。

ただ、このエッセイの内容は「医療」関することであるから、万一間違ったことを書いていると大変だ。また、加茂先生の実名もお出ししているから、加茂先生の許可も取らねばならない・・・というわけで、何としても3回目の受診までにある程度書いておきたかった。


「西野さんどうぞ」

と呼ばれて診察室に入るやいなや、私は封筒に入れたこのエッセイとおまけの「美女エッセイPART9」、写真入りの名刺を渡しながら加茂先生にこう話しかけた。

「先生、わたし趣味でエッセイを書いてて、ここの治療のこと書かせていただいたんです。次に発売するエッセイ集に載せたいと思ってるんですけど、すみませんがお読み頂いて、もし変なところがあれば教えていただけませんか?」

先生は笑顔で受けとりながら

「これ、君?」

エッセイより名刺の写真の方に

興味を持たれたようだ。

こんな写真だから→

「はい、私歌手なんです(笑)。先生が

研究会とか開かれるときがあったら、

歌わせてください!」

ベッドに腹ばいになり、シャツをたくし上げながら言った。


その後先生はあっという間に読んでくださり(<3回目の受診>の前まで)

「いいよ(笑)」

「エッセイ集に載せてもいいですか?」

「いいよ。でも、ここんとこ・・・全身麻酔のとこに、『儀式的効果』も入れとくといいかな」

先生がおっしゃる事を要約すると、

「『手術までした』ということがその人の痛みを取る効果がある。この病院での治療にもそういう効果がある」

その後痛みのことについて色々教えていただいたが、一度のご教授でそれをきちんと書き留めるのは私には無理。あ~また聞きたい。先生どこかでセミナーでもやってくださらないかな。


その後、いつものように注射を打っていただいて、治療は終わった。

湿布をいただいたので、今回は1020円。

近所の和菓子屋さんで、柏餅といちご大福と地酒飴を買って、普通道で家路についた。痛みは全くなかった。

あまりに快適なので、帰宅後すぐにこのエッセイの<3回目の受診>以降を書き始めたが、運転を1時間したあとなのに、椅子に座っても痛みはなかった。


<終わりに>

4回目の治療の時、ふと思いついて、左手の軽い痺れ(2年ほど前から?)のことをご相談すると、それも原因は腰と同様、筋肉の問題。

腕に注射をしていただいたところ、この1回で完治。久しぶりに両手の体感温度が同じになって感動!

この治療を終え家に帰ると、アマゾンで注文した加茂淳先生の貴著

「トリガーポイントブロックで腰痛は治る!」(風雲舎 1575円)

が届いており夕飯の後、一気に読み終えた。

多くの方にこの本を手にとっていただきたいと願い、内容の抜粋を以下に書かせていただき、このエッセイを終わります。(以下にその部分が載せられていたら、加茂先生の許可を得たとご理解ください)


・腰痛など、筋骨格系の痛みの殆どは、筋肉の痙攣から来る「筋痛症」

・一般にいう「麻痺」とは神経麻痺のことで、触っても針で突いても感覚が鈍いまたは、感覚がないもの。一方「しびれ」は「異常知覚」のことで、正座のあとのジンジンがそれ。筋痛症のときの「しびれ」はほとんどが「異常知覚」

・ケネディ大統領は腰の椎間板ヘルニアの手術、続いて固定手術をしたが良くならず、トラベル先生によるトリガーポイントブロック(TPB)の治療と助言により症状が改善され、人生を変えた。

・数えきれないほど医学系学会があるのに筋痛症の学会はない。

(西野補足:先生はご自分で「筋筋膜性疼痛症候群(MPS) 研究会」を立ち上げていらっしゃいます)

・患者さんが痛みを訴えて来院されたら、まずその日のうちに痛みの何割かは必ず軽減させて少しでも楽になってもらう・・・これが整形外科医が行う治療の大原則だと思います。

・私は勤務医時代の臨床経験でこの療法(TPB)に密かに自信を持っていました。何しろその注射が一番効き目があったからです。私は当然他の医師も同じことをやっているのだろうと思っていました。ところが私のような治療をやっている医師は整形医の中には殆どいないことがわかったのです。(中略)こんなに効果があるのに。私が自分の治療法の理論化に取り組んだのは、それからのことです。

・焚き火を消す時でも最初の火(急性痛)は、バケツ1杯の水で消火できますが、次第に火の手が大きくなると手に負えなくなってしまう(慢性痛)ことがあるのです。

・痛みは神経根部で生じているのではないのです。正常な神経線維の途中で痛みの信号が発生することはありません。たとえていうと、マイクのコードに向かっていくら声を出しても音は出ませんよね。

・半月板手術の後いつまでも痛みが消えない人を何人も診てきました。このケースこそ「損傷(外傷)の治療と痛みの治療は別の物」という典型例です。

<後日談・・・後日っていっても、最後の部分を書いてすぐ>

加茂先生にメールを送信した。


先日、お忙しい折にお読みいただいた6ページのエッセイですが 

少し書き足し、しかもその中に先生の貴著からの抜粋もあります。 

それはまずいと思われるようでしたらもちろん 

削除いたしますので、申し訳ございませんが 

ご一読お願い申し上げます。 

(どんなに早くても自費出版は夏以降です)


加茂先生から2時間弱で直ぐに返信が!  














たいへんよくできました のあとの◎は

     本当に加茂先生が入れてくださったものです(自慢)


加茂淳先生急逝 2026年2月26日(木)

 加茂整形外科医院 since1982


閉院のお知らせ

院長 加茂 淳が令和8年2月8日に急逝いたしましたため、当院は閉院となります。
突然のことで患者様にはご迷惑をおかけしますこと、深くお詫び申し上げます。


腰の調子が今一つ。加茂整形外科は木曜日の午後は休診だったはず。午前中に行こうかな。一応ネット検索して確かめてから・・・・と出てきたのが上記。
加茂先生がいらっしゃらなかったら、私は今こんなに元気に動き回っていられませんでした。
先生の追悼、そして先生の痛みに関する考え方を今一度皆様に知っていただく意味を込めて、過去のブログのリンク(たくさんありますがその一部)をここに貼り付けます。
加茂淳先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

https://singkitarooo2022.blogspot.com/2022/04/blog-post_15.html

https://singkitarooo2022.blogspot.com/2023/08/202389.html

https://singkitarooo2022.blogspot.com/2024/03/2024311.html




















<Wikipedia情報>

加茂 淳(かも じゅん、1947年5月22日 - 2026年2月8日)は、石川県出身の医師

概要

1947年石川県生まれ。整形外科医、医学博士。金沢大学医学部卒業。

1982年小松市にて加茂整形外科医院を開業。整形外科専門医、リウマチ専門医、心療内科登録医。筋筋膜性疼痛症候群(MPS) 研究会名誉会長。

腰痛の原因は、神経が圧迫されることや脊椎の構造異常などとされていることに疑問を抱き、真因は筋肉の痙攣ではないかと考え、それに基づく治療法で多くの腰痛患者を救済してきた。ホームページは腰痛など筋骨格系の痛みを抱える人々の“駆け込み寺”的存在となっている[1]

以下のように、現在の医学的認識の誤りを指摘し、画像診断(レントゲン、MRIなど)は骨折や悪性腫瘍、感染症の除外診断の意味しかないとしており、最近になって徐々にその指摘が一部の医師の間に浸透しはじめた[2]

  • 椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄が痛みやしびれの原因となることはない。
  • 痛みやしびれは神経症状ではない。
  • 腰椎すべり症、分離症(初期の疲労骨折は除く)、椎間板や軟骨の変性が痛みの原因となることはない。
  • 筋骨格系の痛みやしびれのほとんどは筋性疼痛(攣り、引っ張り、こわばり、凝り、痙攣、攣縮、スパズム)が原因である。すなわち、筋肉の微小損傷が始まりである。

急性痛だけでなく、筋筋膜性疼痛症候群線維筋痛症などの慢性疼痛の治療にも積極的であり、「痛みは早く取り除く」「痛みの悪循環を断ち切る」ことが大切としている。

特に慢性疼痛に対しては、「痛みを全人的に診る(痛みの生物・心理・社会的医学モデル)」ことが重要だとしている。

「春の横浜に歌う」その4 前日合わせの計画 2026年2月25日(水)

※このブログは「春の横浜に歌う」シリーズをお読みになった前提で進めます

塚田先生のレッスンもうまくいき、あとはそれぞれ練習。私の場合は3月の八ヶ岳声楽セミナーで関先生、青山先生にも見ていただけるので、すでに大船に乗ったつもりになっており、体さえ大丈夫なら問題なし。ただ、当日直前のリハーサルまで陽子ちゃんとの練習なしということを、慎重な陽子ちゃんは少々ご心配のご様子。

そんな今日の夕方、私から陽子ちゃんにご提案しました。
「陽子ちゃん 春の横浜~の前日合わせしましょうか?陽子ちゃんのお宅へ伺うか、どこかのスタジオを借りるとか?」
すぐに陽子ちゃんから返信。
「ラフィネ横浜ピアノスタジオ  
 私はこちらを時々利用しますが、横浜駅から一駅で、なかなか綺麗で落ち着いた所です✨
もし、こちらでも宜しかったら、予約してみます!お時間は1時間半くらい、余裕をもって取りましょうか?何時からが良いでしょう?」
と、てきぱきと進んで、あとは前日ちゃんと横浜へ行くだけ・・・と思っていたら陽子ちゃんから
「真理さん‼️ごめんなさい。今、大変なことに気がつきました。その日、午後にTさんの生徒さんの発表会があるのでした😣💦💦💦申し訳ございません」

まあそれならそれで仕方ないでしょう。当日リハーサルもあるのだし、いつも陽子ちゃんのカラピアノで合わせているのですから、問題ありません。

しかし、こういう時の私の閃きは天才的なのです。
「今ちょっと閃いたこと。Tさんの発表会の場所がそんなに遠くなければ、その発表会が終わった後、私がそちらへ伺ってその発表会の会場を15分ほど使わせていただいて合わせをさせていただくってことはできないでしょうか?」
その後陽子ちゃんはTさんにお願いしてくださって
「発表会の終わるのは17時ころ。1時間くらいなら、そのまま続きの時間を使わせてくださるそうです」
Tさんにお土産を買って行かなくちゃ!

その5に続く

64歳記念「花屋の爺さん」 2026年2月21日(土)

YouTubeを始めてから、お誕生日には記念動画をアップすることにしています。
今年は3月8日の美女コンと4月1日の「春の横浜で歌う」での演奏曲にもしている「花屋の爺さん」。この曲は詩が金子みすゞ、曲は廣木良行。

廣木さんについてはどこかに書いてあるはずです。でも一応簡単に書いておきましょう。
2003年、奏楽堂日本歌曲コンクールで2位になっとき、その作曲部門で1位だったのが廣木さん。結果発表後の簡単なパーティー会場で廣木さんから声をかけていただき
「僕の中では西野さんが1位でした」
それは仲良くなるでしょう!それ以来のお付き合いです。とは言っても、何年もお会いすることのない時の方が多いくらいです。

さて、ピアニストの近藤陽子ちゃん。作曲家の方を交えた音楽の会で廣木さんとの交流を持たれていて、廣木さんの楽譜もお持ちであることがわかりました。そんなこともあって「春の横浜に歌う」では廣木良行作品に決めたという経緯があります。
その曲のレッスンに伺ったのが先日2月18日。レッスン後は廣木さんと3人でランチ。(詳細はこちらを)

その時、レッスンで塚田先生からいただいた作品へのアドバイスのお話になりました。
・「売れた」という言葉のアクセントを喋りのアクセントに変えた方がいいのではないか
・「ぽっつり」「売った」の促音部分を完全な音にしてしまわない方がいいのではないか

始めは私も陽子ちゃんも塚田先生のご提案をなるほどそうだなと思い、廣木さんへご説明。廣木さんからは「演奏しやすいように」ということでご了解をいただいていました。
ところが廣木さんから次のお話を聞いて、私は少し気持ちが変わり始めました。
「以前作曲家の勉強会で、『日本語のアクセントに忠実に』のようなことになった。するとその後、みんな同じような曲になってしまった」
確かに日本語のアクセントは大事です。私もその方が歌いやすいことも確か。でも、「音楽」ですから。時には言葉のアクセントを犠牲にしても音の流れを止めない方がいいんじゃないでしょうか?そして演奏者は、仮にアクセントが日本語に忠実でなくても、お客様にその言葉が伝わるように工夫すべきなのではないでしょうか。

そんなことも考えながらのお誕生日当日、カラピアノを送って(贈って・・・お誕生日プレゼントとして)くださった陽子ちゃんと廣木さんへ、次のようにラインを送信しました。

先日から考えていたことをお伝えしておこうと思います。

①「育てたお花が皆売れた」の音について
塚田先生のレッスンで「売れた」の音を共通語のアクセントに沿って、ということで
廣木さんにもお話して、あの時はそのように(ファファソ)と思いました。
しかし、その時気になったのは廣木さんの言葉
「アクセントに忠実にしていると、みんな同じような曲になる」
なるほど。
そういう視点でもう一度「花屋の爺さん」のメロディーを頭の中で繰り返し歌ってみると
「花屋の爺さん」「寂しいな」「育てた」「お花が」「皆売れた」
この流れが、音楽としてとても自然で、言葉のアクセントに忠実にすると、
流れを止めてしまうように思いました。
そこで私は、元の廣木さんの音で歌おうと思います。

②「ぽっつり」「売った」の促音部分の音
これは塚田先生のアドバイスと廣木さんの元の音の中庸を狙えると思いました。

③金子みすゞの「幸せ」の読み「しやわせ」
私は金子みすゞと同じ山口県出身ですので「しやわせ」のニュアンスはわかります。
これも「しや」と「しあ」の中間位の発音で歌おうと思っています。

以上長くなりましたが、64歳当日の私の考えの歌い方です。
「春の横浜」まではまだ間がありますから、その時はまた考えが変わっているかもしれません。お二人の意見も取り入れて横浜ではよりよく演奏したいと思っています。

さあ、その成果が出ているかどうか、YouTubeどうぞご覧くださいませ。








お誕生日記念








2026年石川県知事選についてGeminiちゃんに聞く 2026年2月21日(土)

3月8日に石川県知事選挙があります。一人は現役石川県知事、一人は11年金沢市長経験者。どちらも素晴らしい方であることは間違いないでしょう。でも私には相違点がわからず、どちらの候補に大事な一票を投じればいいかわかりません。
そうだ、こんな時こそGeminiちゃん。こういうことは得意なはず。
それでは聞いてみましょう。

石川県知事選挙に立候補している二人の相違点を整理してください。

2026年の石川県知事選挙における、現職の馳浩(はせ ひろし)氏と、新人の山野之義(やまの ゆきよし)氏の主な相違点を整理しました。

今回の選挙は、2024年に発生した能登半島地震からの「復興の加速」と「手法」が最大の争点となっています。


1. 基本プロフィールと政治スタンス

両者ともに自民党をルーツに持つ保守系ですが、支援勢力や政治背景に違いがあります。

項目馳 浩(現職)山野 之義(新人)
主な経歴元衆議院議員、元文部科学大臣前金沢市長(3期)
主な支援自民党、日本維新の会(推薦)国民民主党県連(支持)
政治的強み国とのパイプ: 大臣経験を活かし、官邸や各省庁と直接交渉できる点。実務経験: 金沢市長として3期11年、地方自治の現場を指揮した経験。

2. 政策・主張の主な相違点

復興へのアプローチや、県政運営のスタイルにおいて対照的な姿勢が見られます。

能登半島地震からの復興

  • 馳 浩 氏: 「創造的復興」を掲げ、単なる復旧にとどまらないインフラ整備や産業振興を推進。国からの大規模な財政支援を背景に、迅速かつ大胆な施策を強調しています。

  • 山野 氏: 「生活再建第一」を主張。現政権の復興スピードや、被災者の意向が十分に反映されていない現状を批判し、より市町や現場の声に寄り添った「ボトムアップ型」の支援を訴えています。

県政運営のスタイル

  • 馳 浩 氏: トップダウン型。強いリーダーシップで決定を下し、国や他県との広域連携を重視するスタイルです。

  • 山野 氏: 対話・合意形成型。金沢市長時代の経験から、基礎自治体(市町)との連携や、県民との対話を重視する姿勢を前面に出しています。

重点項目

  • 馳 浩 氏: 教育改革、文化・スポーツの振興、北陸新幹線の延伸を活かした広域観光。

  • 山野 氏: 子育て支援の拡充(給食費無償化など)、県都・金沢と地方(能登・加賀)の均衡ある発展。


3. 選挙の構図としての違い

  • 馳氏は「現職としての継続性」と「国との強力な連携」をアピールし、安定感を強調しています。

  • 山野氏は「県民目線の刷新」を掲げ、現職の手法に不満を持つ層や、よりきめ細やかな福祉・教育を求める層の取り込みを図っています。

前回の知事選(2022年)では約8,000票という僅差での決着だったため、今回の再対決では「震災対応への評価」が勝敗を分ける決定的な要因となります。

味覚の混乱 2026年2月20日(金)

娘からお菓子を送ってもらいました。
これです。↓













見た目からちょっとシュール。
そして、そのお菓子の名前をよく見もしないで封を切りました。
よく見ないでというのは
「POTATO~」
までは見たということ。
そうです、私はポテトチップスだと思って口に入れたのです。封を切って取り出したものの形状は確かにポテトチップスのそれでした。
ところが・・・!
甘い、ん?辛い?ポテト?サツマイモ?芋ケンピ?いや、ポテトチップス?
頭の中が混乱して、甘いのか辛いのか、美味しいのかまずいのかよくわかりません。
そこで改めてちゃんとパッケージを見ると
「POTATO KENPI」
と書いてあります。
これ、よくサツマイモで作られている芋ケンピのジャガイモ版!
それを自分の脳に言い聞かせて改めて次の一枚を口に入れると、あっさりしたジャガイモのポテトチップスにほのかな甘みがつけられたなかなかおいしいお菓子です。
これが昨日のお話。

本日、次の1つの封を切りました。昨日のはプレーン味、今日のは・・・
「塩トリュフ味」
と書いてあります。「塩」と明記されているのですから、今度は大丈夫、普通のポテトチップスですね。
ん?・・・またです。味覚の混乱。再度パッケージを見ると、「塩トリュフ味」ではありますが、あくまでも
「POTATO  KENPI」
なのです。甘いのです。しかもよく知らない「トリュフ」なるものの香りがします。
「これは甘くて塩辛くてトリュフの香りなのだ」
と自分に言い聞かせながら食べ終えました。

明日は「スパイスカレー味」の予定。甘くて辛くてカレー味であることを頭において臨みます!

「春の横浜に歌う」その3 ペアレッスンの1日 2026年2月18日(水)

このブログはこちらこちらをお読みになってからどうぞ。

<出演決定>
昨年11月に「結果はブログに書きます」と書いておきながら、すっかり忘れていました。お陰様で「春の横浜に歌う」の出演、昨年12月22日に決まりました。
お世話くださるNさんからのメール。
「昨日塚田先生の方からご連絡があり、みなとみらいのコンサートにご出演して頂く事となりましたので、ご連絡申し上げます。曲目もご提出頂いたものでオーケーです。細かいことは、またご連絡いたします。とりあえずお知らせいたしますどうぞ良いお年を!」

























<レッスン予約>
このコンサート出演の条件・・・と言うほどでもないのですが、歌い手とピアニストで塚田先生のレッスンを受けてから臨むことになっています。
すぐにピアニストの陽子ちゃんとご相談。2月18日にレッスンしていただくことになりました。その際、陽子ちゃんに大事な一言。
「もし大雪で新幹線が動かなかったら、陽子ちゃん、1人で行ってね」
今日の石川県、快晴です。(と言っても家を出る時点では星空でした)

<2日前の計画>
レッスンの2日前、私たちの今回の演奏曲の作曲者・廣木良行さんからライン。
「3/8の美女コン、伺わせていただきます。4/1に拙作を3曲も歌ってくださって、ぜひお礼をしたいのです(後略)」
ラインを読み終えた途端、言葉が口から出ました!
「来なくていい!廣木さんに来ていただくような会場じゃないし、こちらがお礼しなくちゃいけないくらい!」
すぐに電話して、私の美女コンがどのようなものか説明し、(会場は学校の教室程度の場所、ピアニストは不在でカラピアノ)思いとどまっていただきました。
その後の雑談で
「2日後に東京へレッスンに行くこと。それは陽子ちゃんも一緒であること」
を話すうち、
「では3人でランチでも、大船に乗ったつもりで」と楽しい計画も加わりました。もちろん大船はご遠慮し、こちらの小船(泥船)にお乗りいただきますけど。

<出発>
6時16分発「はくたか」。最初はもう1本遅いけれど乗車時間的には30分短い「かがやき」のつもりでした。でも、朝のラッシュに少しかかりそうなことと、それほど急いでいないことで「はくたか」に。
結果的にとても良かったのは、6時16分の「はくたか」は金沢始発だったこと。家を出るときはマイナス2℃。ホームで寒い中立ってるの嫌だなあと思っていたら、私がホームに着いた発車8分前には新幹線、暖かくして待っていてくれました。

↓富山駅あたりから見える立山連峰(新幹線車窓から)














↓日本は広い!と思った新潟あたりの風景(新幹線車窓より)














ここまで、新幹線出発から50分程度で書きました。
続きは帰りの新幹線で。
これから東京駅到着の9時20分まで、訳詩の時間となります。(ちょっと寝ようかな)

<訳詩>
うまく眠れないまま、やっぱり訳詩しようと楽譜を取り出しました。楽しい!眠れないならさっさと訳詩すれば良かった。(サン・サーンスのヴィラネル)
もう東京駅。

<マックアップルパイ>
駅で陽子ちゃんを待つ間、久しぶりにマックへ。そして何十年かぶりにマックアップルパイを食べてみました。とても正直に書きます。その何十年か前にマックのアップルパイを食べた時、あまりの自分との嗜好の違いに驚き「もう二度と食べない!」と決めたのでした。禁を解いて何十年かぶりに食べてみたマックアップルパイさん、待ち合わせの時間まで場所を貸してくださってありがとう。




















<塚田先生レッスン>
※この部分から、帰りの新幹線待合室や新幹線内で書いています

塚田先生のお宅への向かう途中、紅白の梅が満開。
↓近所の神社























~レッスン前のおしゃべり 今日のレッスンは?~
塚田先生、明日は音楽之友ホール日本歌曲シリーズ本番。私たちのレッスン後に出演者全員いらっしゃるというので、なんとなくですが気合い?緊張?ぎみ。本番を頻繁に抱える演奏家のストレスって大変なものだとお察しいたします。先生、それを何十年も続けていらしたかと思うとただただ尊敬。

「で、今日は何のレッスンに来たの?」
「先生、『春の横浜に歌う』の演奏曲です。先生選んでくださったじゃないですか!」
「忘れちゃってた」

忘れられてはいたものの、本当にいいレッスンでした。この成果はどうぞ「春の横浜に歌う」会場で。
ご来場くださる方、ご連絡くださいませ。先着順でご招待いたします。(残りわずかかも)

~レッスン前のおしゃべり ツェムリンスキー~
先生とおしゃべりしながら、ふとツェムリンスキーのことを思い出しました。(詳細はこちら)先生ならツェムリンスキーをご存じかも知れない。
「先生、ツェムリンスキーってご存じですか?」
「あ~知ってる」
「え!さすがですね!!でもどうして?」
「芸大に勤めていたころ、大学院の学生がやってたんで、その伴奏を弾いたことがあったから」
やっぱり塚田佳男はただものではありません。
↓塚田先生のお宅内の壁




















~レッスン後 手作りデザート~
レッスンが終わり
「僕の作ったデザート、食べたことある?」
と、出してくださったのは、皮ごとのリンゴを一口大に切り、生のブルーベリーと一緒にお砂糖なしで煮て冷やし、ホイップクリームをかけた、名もなきデザート。




















お世辞抜きに自然な甘さと酸味でとても美味しいです。果実部分もおいしいのですが、私はシロップ部分、どこかのメーカーがペットボトルに入れて売ってくださらないかなと思ったくらいです。
ただ一つご注意。これ、色がとても濃いので、薄い色の服にこぼすと落ちない気がします。注意してお召し上がりください。私はこの日、白っぽい服だったので、それはそれは注意していただきました。

~帰りに ルビーロマンキャンディ~
帰るとき、塚田先生宅のテーブルに「ルビーロマンキャンディ」(石川県限定発売品。石川県の高級ブランド葡萄ルビーロマン味)を、今日合わせにいらっしゃる歌手の皆さんへのささやかなプレゼントとして置きました。師匠・関定子もいらっしゃるので。本当は廣木さんにあげるつもりだったんですけど。廣木さんにはまた今度。

<東京・丸の内KITTE 千疋屋>
さあ、ランチです。
待ち合わせ時間の13時半ちょうどに到着してみると、10人ほどの列。まもなく廣木さんも合流。廣木さんの曲のレッスンを受けたばかりで、話も弾み、この時ばかりは行列に感謝。

ランチはもちろん
「カレー フルーツサンド パフェ 紅茶のセット」





















おしゃべりもお腹も大満足。
おしゃべりと言えば、3月8日のコンサートでお話する内容がやや不安だったので、お二人に聞いていただきました。
・話が散らばっている
・主役がはっきりしない
・つかみが回収されないまま
であることがわかりました。
聞いて頂いて本当に良かった!

<帰りの新幹線>
自由席のチケットを購入していたので、「かがやき」でなければどれでも大丈夫。改札に行ってみるとちょうど「はくたか」が出たところ。1時間待って16時32分の「はくたか」に乗り、あとは座っているだけ。しかも金沢止まりなので寝過ごしても大丈夫。自由席は想像より混んではいましたが、特に問題なし。こうしてブログ書いています。
では、訳詩の続き始めます。

<サン・サーンス作曲「昔の歌」(全3曲)訳詩終了>
サン・サーンス作曲組曲「昔の歌」。とても可憐な3曲の組曲。1、2曲目は終わっていて、3曲目の訳詩途中から行きの新幹線。帰りにその後半。17時13分、終わりました。早く歌ってみたいなあ〜。
あ、高崎に着きました。

その後少しリムスキー・コルサコフの訳詩をし始めましたが、途中で放棄。
あとはダラダラ過ごして終点金沢。

帰ってお土産に買ったこれ↓食べるの楽しみ!














<今日の特記事項 新幹線のコンセント差し込み口>
行きの新幹線、3列席の窓際(A席)でした。北陸新幹線は全席にコンセント差し込み口がありとても便利。
さあ、充電しましょう、と差し込もうとすると、入りません!A席の差し込み口は壁にあり、上の部分が出っ張っていて、私の持っていったタイプのものは出っ張った部分が邪魔してはいらないのです。仕方ないので、まだ座っていらっしゃらなかったB席の差し込み口(これは前の椅子のところにあって、周りに出っ張っりがないので大丈夫)をしばらく使いました。

帰りの新幹線もA席に座ったので、充電は諦め・・・なくて良かったのです。なんと帰りの新幹線にはあの嫌な出っ張りがないではありませんか。
「ひょっとして、この席だけかも」
と、空いてきた車内を少し探検。他のA席にも出っ張りはありませんでした。
どっちにしても、私の今回持っていったタイプは避けたほうが良いでしょう。

↓これは帰りの差込口。行きのは撮り忘れました。行きのは緑のランプがついている部分横全体が前に出ていました




















↓ネットに出っ張った方の画像がありました
















↓私の持って行ったこのタイプは使わない方が無難














その4に続く

防災士会議での真面目な発言 2026年2月16日(月)

能登半島地震の2か月ほど前の2023年10月に防災士となった西野真理。かほく市の防災士として登録されているため、防災士講習や防災士会議等のご案内が時々あります。全部ではありませんが、できるだけ出席しながら現在に至っています。つまりそれ以上のことは特にしていないということ。防災士はあくまで「自発的な志」に基づいていて、義務ではないからです。

そんな私の今年度最後のかほく市宇野気区(「宇野気区」というのは法的な住所ではなくて、こういうのなんて言うんでしょうね・・・町内会のやや規模の大きい区割り)の会議(2026年2月15日)での発言です。まじめな内容ですので、面白くもなければ落ちもありません。ご了承ください。

私は行く前から、ずっと感じていたこの会議の問題点を発言するつもりで参加しました。
問題点は3つ
①出席者の名前がわからない
宇野気区防災士会というのは私が防災士になる結構前から存在しているようです。ですから、長年の会員はそれに誇りを持ち、活動もかなりしていらっしゃるであろうことは感じられます。しかし、そのために、「自分のことはみんな知っている」くらいに思っていらっしゃるのだろうなということも感じられます。
ところがこの防災士会、国全体として防災意識が高まる中、毎年少しずつ会員が増えています。今回も新会員が3名(全員女性)いらっしゃいました。おわかりのように、そんな場所に数年前から参加した私、もちろん、今日始めた参加された方に、名札をつけているわけでも、知り合いでも、紹介もされない多くの会員がわかるはずはないのです。

②出席者の顔が見えない
①の原因の一つが名札もなければ紹介もないこと。それに加えて座席が学校の教室のように全員が前を向いている形なので、顔を見ることもできません。

③発言時の最低ルールを示されていない
これも①が原因の一つです。たまに発言されるのは長期会員の方。ですから発言の際に自身の名前を名乗る必要性を感じていらっしゃいません。申し訳ないですが私はあなたを存じ上げません。これは会議運営側が
「発言の際には町名と名前を名乗ってからお願いします」
とルールを言ってくださるしかないでしょう。

2026年2月15日9時 会議開始。
10時、会議もほぼ終わり
「どなたかご意見のある方はどうぞ」
の時間になりました。いつものように「みんな自分を知っていると思っている系」のベテラン男性が発言されました。もちろん名乗られることはありません。私の斜め後ろで、顔もよく見えません。その後ろの方々は全く見えないでしょう。おっしゃること自体は間違っていませんが、私の頭の中は
「あなただれ?」
のままです。次にお会いしてもわからないでしょう。

ベテラン男性の発言が終わったので、西野真理、挙手しました。そして立ち上がりました。この座席では、せめて立たなければ皆さんに私の顔は見えないからです。そして話し始めました。
「本町の西野真理です。この会議について少し考えていることをお話します。

この会議は防災会議という名前ですが、残念ながら天災を防ぐことはできません。防げるのは人災であると思います。混乱の際どこからともなくやって来る『怪しい自称ボランティア』への対策です。その対策として重要なのは「この人は近所の〇〇さんだ」という顔見知りであることです。それは特別なことではなくて、夏祭りだったり各種会合だったり、そういうことに防災の視点を見出すことが大切だと思います

……と言う私自身、今この会議に参加している皆様の顔と名前がほぼ一致しておりません。正直、私は、コミュニケーション能力が高いわけではないからです。でも、まずはこの会議からお互いを知る機会、お名前と顔を一致させる機会にできればと考えます。

そこで、まずはこの会議を『お互いの顔が見える場』にアップデートしてはと考えます。

一つは名札をつけること、もう一つは座席の工夫です。全員前向きではなく、円形にするなど工夫できると考えます。


また私の発言の前に区長さんから「防災士会にほとんど参加しない人は、名前を外してはどうか」という発言があったことに対して


防災士は「自発的な志」であるということで私自身、大したことをしないまま今日まで来ています。また防災士の資格を取ることは、極論ですが、「日本人全員が防災士の資格を持っている」くらいに防災知識を広く一般に広められればいいなという風に私はとらえています。ですから会議の参加不参加で排除するのではなく、ひろく受け入れればいいと考えます。


※本当は「発言の際に名前を名乗る必要性」も言いたかったのですが、今日発言されたベテラン男性に配慮しやめました。そこで会議終了後、区長さんに「会議のルールとして発言の際には名前を名乗ることを皆さんに言ってほしい」とお願いしておきました。 せっかくなので、震災後の宇野気区に残っている小さな被害写真。

信号の柱が沈んで、踏切前に車を停めていると、手前の信号と向こうの信号が重なって見えません。


踏切で一旦停止をしているところ

信号の裏側だけ見ています。






















踏切を渡ると、重なりが解消されてやっと信号が見えます。







所有権移転登記、自分でやってみました その3 2026年2月9日(月)

 ※このブログは、所有権移転登記、自分でやってみました その1その2をお読みになってからどうぞ 

昨夜は(?今日は)3時に寝たので3時間しか寝ていません。(理由はこちらなどを)でも元気です。今日は先日指摘された所有権移転登記の不備を訂正に行きます。



















行ってみると色々違っていました。でも先日電話で担当すると言われたK田さんが一つずつ丁寧に教えてくださるので何の問題もありません。言われたとおりにするだけです。
・ここに二重線を引いてください
・その横に○○と書いてください
・訂正印をこことここに押してください
・お兄さんの書類預かります
・ここに日付入れてください
など。全部で10分かかったでしょうか。
そもそも表題から違っていました。
「所有権移転」ではなく「西野○○持分全部移転」でした。
帰って来てGeminiちゃんの作ってくれた文書を見ると
登記の目的:母 〇〇 〇〇 持分全部移転
と書いてありました。Geminiちゃんの指示通りちゃんと書けばよかったのです。(私はこのGeminiちゃんの言葉を「そういうことをするんだよ」という理由が書いてあるものと思っていました)
・・・というように、間違ってもかなり大丈夫なので、皆さん自分でやってみましょう。

<追記>
その日のうちに法務局から
「受理されました」
のメールをいただき、本当に完了しました。


2026年冬季衆議院選挙回想 その3 開票 2026年2月9日公開

※ このブログは 2026年冬季衆議院選挙回想 その1 その2 をお読みになってからどうぞ(このシリーズはこれで終わりです)

<大雪予報>
投開票日も大雪予報。当選の瞬間を近藤さんの事務所で見届けたいとは思うものの、七尾まで吹雪の中、車を走らせるのはちょっと怖いのが本音。テレビ応援にしようかな・・・。そんな時、かほく市議で近藤和也選挙対策委員(なのかな?)のT本さんからライン。
「IさんAさんが乗せてってと。西野さんも一緒に行きますか」
もちろん、お願いします!
T本さん、吹雪をものともしない、しかし、安全運転でゆっくり七尾事務所に到着。
19:00。
開票を見守る部屋にはすでに報道陣がたくさん。















<開票>
・20時、投票が締め切られると石川2区は早々当確。続いて石川1区も当確(ここは石川3区)
・21時半頃、朝日新聞のネット版が西田候補に当確をつける。他の新聞社は慎重姿勢
・23:15ころ。各社西田候補の当確を伝える
(最終:西田73034票 近藤64893票)
・近藤和也さん到着。敗退挨拶。比例復活を待つ
・23時半過ぎ、近藤さんの比例復活確定!
・23:58 近藤さん今度は比例復活お礼のあいさつ
「日付が変わる前に復活できてよかった。小選挙区での当選はならなかったけれど、これで国会で仕事ができます!」(惜敗率88.852%)












↓娘さんがfacebookに投稿されたご家族のお写真。嬉しそうでこちらも楽しくなります








































<帰宅>
19:00に事務所に到着して比例復活が出るまで、とても長いような短いような不思議な時間を過ごしました。途中眠い時間もありましたが、いつしか眠気も飛び、T本さんの車に乗せていただいて、おしゃべりしながら楽しく帰ります。もう2月9日になっていました。

我が家に到着したのは1:40。
チキンラーメンを食べました。

<全体の選挙結果>
今回の選挙は自民党圧勝で幕を閉じました。
元立憲民主からは西野真理でも知っている方々が落選。
(敬称略)
・小沢一郎
・枝野幸男
・岡田克也
・安住淳
・吉田晴美
・海江田万里

出典・時事通信2月9日

















<選挙を終えて、西野真理、本音のつぶやき>
・立憲公明連立?!それはないでしょう。近藤さんは応援するけど・・・。公明党の主張は理解できる面もあるけれど、やはり宗教が絡むと話が違ってきます。
・となると政党をどこにするか?実は中道ができる前から「チーム未来」に関心を寄せていました。中道結成が決まった時、「近藤さん、『チーム未来』に入ってくださらないかな?」と思っていました。今も思っています。ただ今回、チーム未来は北陸信越選挙区には立候補者を立てていらっしゃらなくて、どちらにしても投票はできませんでした。
・選挙報道でとても気になったのが「18,19歳の票がどこへ動いたか?」でした。石川県の場合、7割自民党。近藤さん、次回(4年後)はここへのテコ入れが必要ではないでしょうか。

<近藤和也プロフィール>
・石川県中能登町出身 1973年生まれ(2026年現在52歳)
・京都大学経済学部卒業
・野村証券採用面接で「10年経ったら辞めます」と言ったのに採用され、トップセールスマンに
・2007年、民主党に公募に合格して、石川県第3区の総支部長に就任。政治活動をスタート。1年後の2009年第45回衆院選初当選
・2012年、第46回衆院選。2014年第47回衆院選(惜敗率9割超)にて落選。それでも翌朝から月100回の辻立ち街宣を続け、2017年第48回衆院選にて比例当選(惜敗率97%)し、2期目の議員活動をスタート
・衆議院議員2期目の政治活動
4年間で本会議、委員会計46回登壇。
2020年:家畜伝染病予防法改正法、ため池整備促進法の成立に尽力。漁業法改定時、附帯決議で違法操業問題を明記させた。災害対策委員会野党筆頭理事として、2021年、義援金差押禁止法の成立に尽力。
・3期目の当選、政治活動
2021年第49回衆院選にて、比例当選(惜敗率95.11%)し、3期目の議員活動をスタート。農林水産委員会、災害対策特別委員会にて筆頭理事を務め、いくつもの法案を実現。能登半島地震において、地元議員として先頭に立ち、被災者によりそい続ける。
・4期目の当選
2024年第50回衆院選にて、投票締め切りの20時直後にNHKは近藤の当選確実を報じ、小選挙区(石川3区)で4期目の当選を果たした。
・5期目の当選
2026年第51回衆院選にて、選挙区で西田候補に惜敗。その後23時30分頃、比例復活で当選。

2026年冬季衆議院選挙回想 その2 車上運動員2日目~応援ボランティア  2026年2月9日公開

※ このブログは 2026年冬季衆議院選挙回想 その1 をお読みになってからどうぞ(その3まであります)

<車上運動員2日目 2026年1月31日>

①はまなすクリニックへ
今回の車上運動員は1月29日、31の2日間だけ。
実は先日から彼も息子も風邪気味で、私も咳が!1月30日17:30いつもの耳鼻科へ。
「先生、選挙カーに乗らなくちゃいけないんです。咳、止めたいんです!」
寺口奏子先生は、お目々ぱっちりでフレンドリーで相談しやすい先生。
「色々やってるね~」
強めの咳止めと鼻水止めを処方していただきました。

②事務所集合
7:10。1日目は1時間も早く着いたので30分遅く出発しようと思っていたら彼に
「雪、わからないよ」
と言われ、20分遅く5:20出発。6:20到着。

③異文化に触れる
解散が発表されると、立憲民主党と公明党が仲良しになり、「中道」になりました。そして近藤和也さんも中道にお入りになりました。そうなると、近藤和也さんの応援に旧公明党が加わります。
私が選挙カーに乗った1月31日、近藤さんは中能登町で街頭演説。その応援に立憲民主党(参議院にはまだ立憲民主党が残っているので)代表:水岡俊一さん、公明党(参議院にはまだ公明党が残っているので)代表:竹谷 とし子さんがいらっしゃいました。
その街頭演説の交差点にお集まりくださった皆さんの半数くらいが、前回選挙時の「近藤和也ファン」とは明らかに雰囲気が違います。また、私が石川県選挙管理委員会のシールが張られたビラ(シールが貼ってないと配ってはいけないのです)を配ろうとしていると一人の男性が
「半分配りますよ」
と、おそらく近藤事務所関係ではない聴衆の皆さんに配ってくださいました。









←このシールが大事









実は以前から思っていたことがあります。お辞めになった公明党の山口代表。彼はいつも選挙の時、他の政党代表者は声を枯らす中、ただ一人最後まで声帯の状態がいいのです。どうして?何か特別薬でも飲んでるのかな?と不思議でした。そこでニュースで流れる街灯演説報道を見てみると、(旧)公明党の議員(弁者)の方は皆さんシャウトしないのです。今回の街頭演説で竹谷さんは一瞬だけそういう声もありましたが、あとはずっと声帯の使い方がソフト。ほかの(旧)公明党の応援演説者も皆さん柔らかな声使い。これは勉強になりました。

④体の調子
私はちょっと辛いとすぐ休みます。体に鞭打って頑張るなんて、まあしません。でも今回はしました。31日午前中の辛かったこと。頭が痛い、喉が痛い、全体的に調子が悪い。薬の多量服用でやや吐き気もする。でも寺口先生に処方していただいた咳止めのおかげで、咳は何とか収まり、鼻は詰まるもののセーフレベル。咳止めを5時間おきに飲んで頭痛薬も飲んで、ごまかしつつ午後になると、どんどん調子は上向いてきました。

⑤グルメ運転手・浜谷直樹さん(実名承認済み)
今回の運転手・浜谷さんはバスの運転手さん。ワゴン車を軽4のように軽々運転。その車内での待ち時間で、食べ物の話になりました。すると浜谷さん、観光バスで日本中走っていらっしゃるので各地域の「安くておいしくて石川県でも手に入る食べもの」をたくさんご存じ。すぐにメモしました。
・橋栄醤油の淡口(大野のお醤油街にある)
















・トチオの油揚げ(新潟産、イオンかほくとAコープにある)


















⑥帰宅
1日目のM輪さんルートで帰りたかったのですが、あの時は何も考えずただついて行ったのでよくわかりません。吹雪の中ですから安全策を取り、来た道を帰りました。

<翌日>
①朝のお手振り
昨日の帰り際、秘書のK田さんから
「西野さん、明日の朝7:30、津幡のAコープ前でお手振りどうですか?」
乗り掛かった舟、行きましょう。
そこでお会いした昨日の運転手・浜谷さん。
「昨日の帰り吹雪いてたいへんだったね~」
「私は千里浜インタールートで帰りましたから、特に困りませんでしたけど・・・」
「それは正解。俺は上棚矢駄インターで帰ったからかなり大変だったよ」
※上棚矢駄ICまで行く道は山の中で、この時はここ辺りにかなり雪が降ったようです

濃い紫ルート 上棚矢駄インターコース
薄い水色   千里浜インターコース


















②朝のお習字タイム
退職後、書初めもしなくなって、お習字自体全くしていません。
今日は近藤さんがかほく市を回られる日。せっかくなので玄関前で何かして待ちましょう。
これ↓書きました。




















※これを持って待ち構えていたのに、街宣カーのスピードが速すぎて、玄関に出たときにはすでに向こうの曲がり角・・・(涙)

<出口調査>
2月4日(水)雪もひと段落したので、彼と母と3人で期日前投票に行ってきました。




















その会場入り口に、女性が一人。特にそれ以上考えず、投票を終えて出てくると先に終えた彼が
「出口調査の人いるよ」
あ~あの人、出口調査員さんだったんだ。これはブログのネタでしょう。
「出口調査お願いできますか?」
「前からやってみたかったんです。顔は写さないので、その胸のタグ『NHK出口調査員』写真撮っていいですか?ブログに載せたいので」
「それはちょっと・・・」
「調査、皆さん答えてくださいますか?」
「この地区の人は優しくて、結構答えてくださいます」
調査方法はアイパッドに出てくるアンケートの選択肢をタッチペンでタッチする方式。全国調査だからだと思いますが、「重視する政策」のような問いの選択肢に「震災復興」に関することはありませんでした。忘れられているのか、全国区の質問だからか・・・そうなるとますます近藤さんに頑張っていただくなくちゃ。

<ささやかな応援>
2月5日。車上運動員スケジュール表で、今日の午前中かほく市を車で回られると知っていたので、今度こそと朝から待ち構えていました。前回同様お習字をして。
前日、近藤和也応援ラインで「4000票負けている!」とのことでしたので、なんだか私もあせった気持ちになってきました。そんなところへ、政見放送を見た方から応援のライン。ありがたいことです。
結局この日も、家の前を通られることはありませんでした(涙)




















<電話ボランティア>
お昼頃から近藤和也かほく事務局へ電話ボランティアへ行きました。名簿の電話番号はすべて固定電話。かけてもかけても
「この電話は現在使われておりません」
我が家もとっくに固定電話は解約しています。この方式はそろそろ何とかしなければならないでしょう。
電話ボランティアに行ってちょっと良かったことは、そこでお知り合いになったかたへ、私のチラシを渡せたことかな。近藤さんご縁を作ってくださってありがとうございます。

<最終日 朝のお手振り>
2月7日(土)。今回の選挙戦、はじまってからずっと近藤和也の劣勢が伝えられています。私が手を振ったからどうということはないことはよくわかっていますが、せめての気持ち!朝のお手振りに行こうではありませんか。7:30、内灘清湖大橋のたもと。私は内灘中学校に延べ18年いたので、もしかすると一人くらい「あ!西野先生だ」と思ってくれる過去の教え子がいるかもしれません。

歩道にはまだガチガチ雪がいっぱい。
通り過ぎる車の50台に1台くらい手を振り返してくださる方がいらして、本当にありがたく感じられます。

<最後の近藤和也演説と電話ボランティアとお手振り>
本当にいろいろラストです。
12:00 かほく市の近藤和也事務所に街宣車到着。




















近藤さんの演説を聞き、近藤ファンの皆さんの激励を受けて次の街宣へ向かわれました。その後事務所で新聞社の人や集まった方とお話をし、電話。
16:30 かほく市高松町の交差点でお手振り。海風がまっすぐ吹いてくる交差点の寒いことと言ったら。それでも手を振り返してくださる方が結構たくさんいらしたのでとても励まされました。
これで私の応援はすべて終わりました。

←赤い看板の向こうを降りたところは海





雪のたくさん残る駐車場
















右の白いのが西野真理
https://www.facebook.com/share/r/1KMnbzBjFY/



西野真理の色々なお話

加茂整形外科(加茂先生追悼 加茂先生との出会いのエッセイ)2026年2月26日(木)

 一つ前のブログに、加茂先生のことを最初に書いたものを貼り付けていなかったので、ここに投稿いたします。(紙媒体エッセイ時のもので、現在のものと文体が違います) 体の痛みでお困りの皆さん! ・顎関節症・五十肩・緊張型頭痛・テニス肘・椎間板ヘルニア ・脊柱管狭窄症・椎間板症・腰椎すべ...