追悼・三林輝夫先生 2025年11月15日(土)

今日は義父の49日と納骨。快晴の中、無事納骨も済みました。
お夕飯は49日でいただいた豪華なお弁当。
美味しく食べ終えたところで、なんとなくfacebookを見ると関定子先生の投稿。
「二期会でお世話になり 奏楽堂コンクールでもお世話になった 三林輝夫先生がお亡くなりになった 楽しいお話が思い出される先生であった 残念である」(2025年11月14日)

ああ~・・・そうなんですね。
私は三林先生の直接の弟子ではありません。でも、福光声楽セミナーフランス歌曲コースで先生のお教えを受けるチャンスが何度かありました。そこでフランス歌曲を教えてくださる先生から感じたのは
「フランス音楽が好きで好きでたまらない」
というお気持ち。その時歌ってくださった「ヴィラネル」(ヴェルリオーズ作曲)という曲、今も私ははっきり覚えています。その時初めて聞いた曲ではありましたが、あまりに先生が楽しそうにお歌いになるので、私は1度でその曲が大好きになりました。そして、その2日後に行われるフランス歌曲コースの簡単な発表会に向けての選曲のとき
「君これ歌う?」
と言われ、2日でその曲を歌いました。今思えば無謀ではありますが、先生の楽しさに乗せられた大切な思い出です。そしてその後その曲は日本語訳詩をし、今も時々美女コンで歌っています。

このブログに書いてありますように、明日の第43回美女コンで私は「赤とんぼ」を歌います。もちろん「赤とんぼ」は三木露風作詩の日本語の曲です。でも今回はまず、フランス語で歌ってから(1番だけ)日本語の「赤とんぼ」を歌う計画を立てています。私が取り組んでいる「西野真理オリジナル訳詩による外国オペラ・歌曲・・・『わかって歌いたい』『わかって聴いていただきたい』」を逆の立場で体感していただくためです。
そのフランス語の楽譜を下さったのが、三林先生。
明日の美女コンの「赤とんぼ」のコーナー、私の三林先生へのせめてもの追悼とさせていただきます。

↓おそらく40歳代半ばころの西野真理と三林先生
(福光声楽セミナー最終日のパーティー)














Wikipedia情報
<三林輝夫>
三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月2日 -2025年11月 87歳 )は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者、合唱指揮者、公演監督。

経歴
新潟県出身。1961年(昭和36年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業、1963年(昭和38年)同校声楽専攻科修了。木下保、渡邊高之助、古沢淑子に師事。デビューは1963年の東京労音のオペラ『フィガロの結婚』でのバジリオ役で、これ以降二期会や東京室内歌劇場他で数多くのオペラ、オペレッタ、創作歌劇に活躍している。

また、日本におけるフランス歌曲の第一人者として十数回にわたるリサイタルで高い評価を得ている。日本歌曲の演奏でも、その明瞭なディクションと深い表現には定評があり「ビロードのような」と定評のある美しい声を披露してきた。



0 件のコメント:

西野真理の色々なお話

2026年SNSお年賀状 2026年1月1日(木)