ラベル 音楽関係 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 音楽関係 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

指揮法指導 2026年10月7日(水)

 こちらをお読みいただいている前提で進めます。

指揮法指導についてのお話です。

今回病休の先生は、夏休み明けに指揮法の授業を計画されていたと思われます。しかしお休みになったので、指導の無いまま私の着任日を迎えました。9月末です。合唱コンクールまで各クラスの授業は5回(4回のクラスも1つ)。本来なら全クラスで指揮法指導を行いたいところですが、そんな時間はありません。

<指揮法指導のきっかけ>
さて、私は在職中、かなり真剣に指揮法指導を行っていました。過去のこんな思い出が発端です。
教員になって1、2年目、24歳の頃、一人の生徒に
「町の文化祭でママさんコーラスの助っ人で歌うから聞きに来て」
と言われ出かけました。
そこで見たのは、どう見ても素人のおばさんによる、自己流の指揮でした。
その時、私は
「この素人のおばさんがこんな指揮をしてしまうのは、義務教育で合唱指揮の基礎をきちんと教えなかった音楽教師の責任ではないか」
と思いました。この経験から私は在職中ずっと、合唱コンクールが始まる前に必ずきちんと時間をとって指揮法指導を続けました。

また、合唱コンクールでどの学校でも設けられていた「指揮者賞」は、私(音楽科)で選ばせてもらっていました。これは、ノリやパフォーマンス的な意味合いの指揮者が評価されるのではなく、私が教えたことをきちんと実践している生徒が評価されるということを指揮者本人にも、他の生徒にもわかっていただくためです。

<内灘中での指揮者指導の提案>
本当は全員に指揮法の指導をしたいところですが、そんな時間はありません。でも、せめて6クラスの指揮生徒にだけでも、ある程度時間をとって教えたい。しかしこの1ヶ月半の私の勤務は、いわゆる「パート」。一日2時間。それ以上はボランティアです。ボランティアでもなんでもこれはやらなければ私の音楽人生に関わります。でもその時間をどう確保するか・・・?
こんな時、私は天才的に頭が働くのです。どうしてこれをお勉強に生かせなかったのでしょうか。
・10月7日(水)は3、4時間目に授業
・この日の午後、音楽室のピアノ調律に調律師さん来校。さすがに私も帰れない
・10月7日(水)午後、先生たちは郡市教科部会で出張。生徒は放課。(2年生の1クラスだけ体育の研究授業で残り)
ここでしょう!
・指揮法を教えるための教室はどこでも使いたい放題(ピアノは電子ピアノを運べばいい)
・6人の指揮者生徒で、もし塾などでダメな生徒がいても強要しない



















この提案文書を、月曜日に3年の先生と管理職机上に置きました。
火曜日、私は授業がないので学校へは行きません。

<当日>
本日、10月7日(水)。登校してみると提案は受け入れられ、指揮法指導をさせていただけることになっていました。もちろん生徒にも知らせていただいてあります。私が生徒を送っていくという提案部分は、非常勤講師の立場で問題があるので、他の先生が送ってくださる手はずも整えて下さっていました。

4時間目が終わり給食も終わり帰りHRも終わり、いよいよ指揮法指導の時間です。
ここでちょっと楽しい(?)一コマ。
指揮者の一人A君が
「今日はこれから病院へ行くので残れません」
この子が本当に大変な病気で今すぐに病院へ行かなければならないかどうか、37年間の教員生活中、内灘中に18年いた西野真理がわからないはずがありません。
「どこの病院へ行くの?」
「わかりません」
「何科を受診するの?皮膚科?インフルエンザの予防接種?」
「わかりません」
「誰と行くの?」
「ママと」
「病院って、まあ、17時か17時半までは少なくともやってるわね。ママに電話して時間を遅らせてもらって。職員室で電話使わせてもらえばいいわよ」
「・・・・」
「私は今回の講師、いわばパート勤務。今日の指揮法指導だってボランティア。今日以外にできる日はもうないの。一人だけ指揮ができなくてあなたは平気かもしれないけど、クラスのみんなは困るのよ。ママに電話して、時間遅らせてもらって」
担任の先生が職員室へ電話しに連れて行ってくださいました。

A君のママ、時間を遅らせてくださったようです。

<指揮指導1時間の進歩>
若いって素晴らしい!この1時間でメキメキ上手になりました。
特にA君。最初と比べると、椅子に座っている姿勢も顔つきも、1時間の指導を終えたときには別人。
もう一人、やややる気にかけた、「ノリだけで指揮者になっちゃった」という感じのB君も、チャラさが消えてやる気が見え、指揮者の腕の動きに見えてきました。
元々やる気の4人の生徒は、注意点を楽譜に書き込んだり他の生徒の指導される様子をきちんと見ていたりと、とても気持ちのいい受講態度で今後が楽しみ。

<遅めのお昼ご飯>
昼食もとらず、学校を出たのは15時過ぎ。帰りに近所のスーパーでシュークリームとカフェラテを買って食べました。とてもおいしい遅めのお昼ご飯になりました。



ピアノの先生方にお願い「楽譜を立てる」指導を 2026年10月7日(水)

こちらをお読みいただいている前提で進めます。

私が着任するまでに、各クラスの指揮者もピアニストも決まっていました。これはありがたいことです。また、どのクラスのピアニストも想像以上にうまくてびっくり。

在職中から合唱伴奏を引き受けてくれた生徒に言い続けたことを、是非、ピアノの先生からもご指導をお願いします。
「アンサンブルピアニストは、必ず楽譜を立てる」
音楽関係者にとっては常識。また、ピアノのレッスンの時、生徒さんは楽譜を立てているのでお気づきになれないと思います。しかし、伴奏を引き受けてくれた生徒の、それも、うまい生徒に時々、楽譜を立てない生徒がいるのです。
「楽譜は?」
と聞くと
「暗譜できているので」
と、自信満々。そう聞かれて明らかに不機嫌になる生徒さえいます。
そこでこう説明します。
・練習の時は、指揮者や指導者が「ここから」と指示して、すぐに弾いてもらわなければならない。そのためにも楽譜が必要
・練習の時に「ここで息継ぎの間」「ここはゆっくり」「ここは弱く」など、書き込んでおいてもらわないと忘れてしまう
・本番の時、万一止まってしまったり、やり直さなければならなくなった時も「ここから」と指揮者が指示して弾き直してもらわなければならない
・私のこれまで共演したプロのピアニストで、練習や本番に楽譜を持ってこなかった方はいらっしゃらない。間違いなく暗譜できていらっしゃっても

もう一つ、ごく一部の生徒さんが、工夫しすぎて困ったことになった例。
合唱の楽譜ってページ数が多いですよね。譜めくりも大変。そこである生徒は工夫したのです。
「歌のパート部分を切り取って伴奏部分だけにすればページを減らせる」
初めて見た時、びっくりしました。
確かにページは減りますが、それはダメ。歌のどの部分を弾いているのか全く分かりません。授業中に
「ここから弾いて」
と指示しようとして楽譜を見たら歌パートなし。もちろんその生徒は熱心さゆえにしてしまったこと。説明して、歌パート付きのものに変更してもらいました。

学校では、ピアノの先生には想像もつかないことが行われているというお話でした。

授業初日と「詩人の恋」 2026年9月28日(月)

 こちらをお読みになってからどうぞ。

久し振り!車内で発声練習をしながらの出勤です。

全校集会等で西野真理を紹介されることもなく、突然授業日を迎えました。仕方ありません。その状況でベストを尽くしましょう。以下、初回準備です。

①音楽室のレイアウトを変えたので、その座席表を事前に学級担任の先生にお渡し。初回授業前に「なんだか席が変更されているらしいぞ」と先手を打っておく

②音楽室のホワイトボードに
  西野真理 64歳 52㎏
  よろしくお願いします
 と書いて貼っておく
生徒が先生について知りたいのはこれがすべて

③おしゃべりしたい気持ちを押さえて・・・時間短縮の意味もあり、西野真理のプロフィールを印刷して最初に配る。なにしろ授業は各クラス5回しかありませんから

これらの準備は成功したと言ってよいでしょう(憶測)。
その後すぐに合唱コンクール音取り開始。
私は教室のあちこちに分かれて、各パート勝手にパート練習をするのがとても嫌い。音がごちゃ混ぜになって、気分が悪くなるからです。一つのパートだけ準備室に入れるのも嫌。さぼるに決まっていますから。
では私のやり方はと言えば、
「同時パート練習」
そのための下準備は完了しています。(興味のある方はこちらを)

簡単に説明しますと
「一つのパートのメトロノーム音声入りパート録音をCDで再生して聴きながら、他のパートも同時にパート練習をする」
という方法です。
CDはソプラノ、電子ピアノはアルト、ピアノは男声
これを3回やったら場所をローテーション
CDはアルト、電子ピアノは男子、ピアノはソプラノ
という具合です。
私は男声かアルトに付き、ピアニストの生徒にはアルトかソプラノのパートを弾いてもらいます。

本日、相当無理やりですが3年4組、3年6組共に、曲の最後まで音を入れてみました。もちろんまだまだですが、完璧を目指していると最後まで行きつきません。ざっくりとでもまずは最後まで。授業終了時に
「今日使ったCDと同じ音源をYouTubeにアップしといたから、お家で聴いてね」

2時間授業をしただけで帰宅できるって、なんて幸せなんでしょう。

ここまでは今日本当に書きたいことの前振り。
私は授業を2時間終えた後、ちゃんと「詩人の恋」全曲通して歌えるかどうか(←興味のある方はこちらのリンクを)それを試すのが今日一番のタスク。きっと歌えると思いながら、帰りの車内、改めて発声練習。
家に着くとすぐ「詩人の恋」。
歌えました!
喉の漢方薬も一応飲んでおきました。(ツムラ109 小柴胡湯加桔梗石膏)

このあと、母のイオン散歩中訳詩リズム譜づくり。
さらにそのあと、コストコへ行きました。その帰りに金沢港に止まっている豪華客船「シルバームーン」を見ました。
楽しい1日でした。


講師準備着々と 2026年9月22日(火・祝)

こちらをお読みになってからどうぞ。

今日は国民の祝日のようです。
朝から、昨日完了したメトロノーム入り音取り録音をCDに焼く作業。

①まずはそれらがちゃんと順番通りにCDに入るように番号をつける作業。この番号のつけ方、ちょっとしたコツがあります。
今回の場合、1~56まであります。それに、1~56とつけてはいけません。001~056とつけましょう。経験から学びました。そうしないと、パソコンが妙な並べ替えをするのです。

②番号をつけ終えたら、それをCDの表紙としてCDジャケットにうまく並ぶように作ってプリントアウトしてCDケースに入れます。

③CDを焼きます
このCDを作るために、ヤマダ電機へ空のCDを買いに行きました。その時店員さんに
「生のCDどこですか?」
と聞くと
「生のCD・・・?ブラックCDのことですね」
焼く前のCDをブラックCDと呼ぶことを初めて知りました。

④ケースに収めて悦に入ります










1枚のCDに全クラス分入れてあります。分けるのが面倒なのと、入っているとつい聞きたくなる、それが狙いです。これを各クラスの担任の先生に渡して、クラス練習の時や給食を食べながら聞いていただく。飽きたら、他のクラスのものも聞く、これがいいのです。

さあ、着任日に持って行く手土産を買いに行きましょう。

ビブラート禁止?! 「中学校での合唱」~中学校講師として急に勤務することになって、改めて考えてみました 2026年9月14日(月)

 中学校講師として急に勤務することになって、改めて「中学校での合唱」を考えて文章にしてみました。

<先に、言い訳>
最初に、言い訳をしておきます。
私は、音楽としての「合唱」が大好きです。
合唱をしている人たちを敵に回そうなどという気持ちは、まったくありません。
ここで書きたいのは、あくまでも
「中学校の音楽の授業における合唱」
についての私の考えです。
長年、音楽教師として中学生と歌ってきました。そして自分自身は、今も声楽を学び、歌っています。そんな私が、今回、中学校講師として急きょ現場に戻ることになり、改めて考えました。そして、行き着いた結論がこれです。
「中学校の音楽授業での合唱は、男女二部合唱でいい」
私は、そう思っています。

①音楽の時間には、まず「歌唱指導」を
そもそも、文部科学省の音楽科学習指導要領に「合唱させなさい」と書いてあるわけではありません。
「合わせて歌う」という活動(表記)はありますが、指導の基本はあくまでも歌唱です。
ところが、学校現場では、いつの間にか「合唱指導」が中心になっているように思います。
私自身も、教員になった当初は何の疑問も持たずにそうしていました。
しかし、自分自身が声楽を学び続ける中で、少しずつ疑問を持つようになりました。
たとえば、「1年2組合唱団」を一生懸命育てたとしても、次の年度にはクラスがばらばらになります。
それよりも、まず一人ひとりが「歌える人」になることのほうが大切なのではないでしょうか。
もちろん、ハーモニーを聴くことは楽しいです。
でも、ハーモニーを歌っていて楽しいのは、主に音楽が得意な生徒です。
私もそうでした。
一方、多くの生徒にとっては、
・人前で歌うなんて、とんでもない
・大きな声が出せない
・高い声が出ない
・音が取れない
・旋律以外を歌っても面白くない
というのが現実です。
だったら、まずは
「一人ひとりの歌唱技能を高める。少なくとも、自分の旋律を自信を持って歌えるようにする」
私は、これが音楽の授業で最初に目指すべきことではないかと思っています。
音楽の先生方、音楽の時間には、まずしっかり「歌唱指導」をしましょうよ。

② ビブラートを教えるということ
ここで、少しビブラートの話をします。
ビブラートとは、簡単に言えば「音の揺れ」です。
正確に言えば、基準となる音の上下に音程の揺れが生じています。
ところが、この「揺れ」が、人の心を揺さぶる大きな表現効果を生みます。
そしてビブラートをかけることができれば、あえてビブラートをかけないという技術も選択できます。つまり、ビブラートは単なる癖ではなく、歌唱表現のためにコントロールできる技術なのです。

私は、歌の師であるオペラ歌手・関定子先生から、ビブラートを徹底的に教えていただきました。歌唱技術の中でも、ビブラートをコントロールすることは、とても重要なことだと思っています。
ところが、多くのオペラ歌手の方には、
「ビブラートをコントロールする」
という感覚そのものが、あまりないように思います。
なぜなら、最初から自然にビブラートがかかり、しかも自在に使えているからです。
いわば、天才です。
「ビブラートをどうやってコントロールするんですか?」
と聞かれても、
「自然にかかるものだから~」
と発言されるオペラ歌手の方もいらっしゃいます。
その点、私の師である関先生は、ご自身ができるだけでなく、それを「技術」として理解し、弟子に伝えることができる、とても貴重な先生です。
もし私が関先生に出会っていなければ、私は一生、ビブラートを使えなかったかもしれません。

③合唱ではビブラートをかけない。でも、それを個人の歌唱指導にまで持ち込んでいいのか
ここで、アマチュア合唱団とビブラートの関係です。
先ほども書いたように、ビブラートは「音の揺れ」です。
複数の人が一緒に歌う場合、一人ひとりのビブラートの揺れが重なると、音程の揺れも重なります。
そのため、合唱では一般に、ビブラートを抑えた、あるいはかけない歌唱が求められます。
これは、合唱という音楽を成立させるための大切な考え方です。

昨年、加賀市の中学校の先生方の研修会に講師としてお招きいただき、短時間ですが個人レッスンもしました。
もちろん、ビブラートについても指導しました。
すると、若い先生から、
「ビブラートはかけちゃいけない、と言われてきたんですけど……」
という質問がありました。
そのときは時間がなく、十分に説明できなかったのですが、私は、
「まず個人の歌唱技術としてビブラートを習得して、必要に応じて、かける・外すができるようになるといい」
というようなことを答えたと思います。
私は、これが大事だと思っています。
「合唱ではビブラートをかけない」
ことと、
「ビブラートを知らなくていい」
ことは、まったく別だからです。
ところが、合唱の世界で培われてきた考え方が、そのまま中学校の音楽授業にも持ち込まれているように感じます。

音楽の先生の中には、合唱を専門にしてきた方も少なくありません。
その方々が「ビブラート反対」という考えを持つこと自体は、私は否定しません。
私は合唱団の歌い方を否定しているのではないからです。
合唱団は、合唱団の音楽として、ビブラートを抑えた歌唱でいいのです。
でも、中学校の音楽授業は、合唱団を育てるための時間ではありません。
あくまでも、一人ひとりの生徒に歌唱技術を身につけさせ、その上で「合わせて歌う」時間なのです。
この違いは、とても大きいと思っています。

④ ビブラートを知ると、歌うことが「暇」ではなくなる
ここで、私自身の話をします。
私は子どものころから、歌の得意な子でした。
でも、歌う技術をきちんと学んだのは、関先生に出会ってからです。
それまでは、
「歌を歌うって、なんて暇なんだろう」
と思っていました。
「音を覚えて、歌詞を覚えて……。ほかにすることがないじゃない」
ところが、ビブラートを教えていただいた途端、歌がものすごく忙しくなりました。
そして、それがとても面白かった。
「ここではかける。ここではかけない」
「もう少し揺れを大きくする」
「ここはまっすぐにする」
歌っている間に、やることがたくさんあるのです。
私は、歌うことの楽しさの一つは、こうした歌唱技術を自分で操れることにあると思っています。
そして、これは中学生にも当てはまります。
生徒にビブラートの技術を教えると、すぐにできる「天才」が結構います。
そういう生徒は、嬉しくなって、得意になってビブラートを披露し始めます。
すると、歌っている間が「暇」ではなくなる。
「ここでかけてみよう」
「今度は外してみよう」
と、自分の声をコントロールし始めます。
それが周りの生徒にも伝わって、次第にビブラートを使える生徒が増えていく。
技術を知ることで、歌うことそのものが楽しくなる。
私は、これを中学校の音楽授業でも大切にしたいのです。

⑤だから、中学校の合唱は「男女二部合唱」でいい
ここまでビブラートの話をしてきましたが、いよいよ最初の結論に戻ります。
歌唱技術を身につけ、歌うことが楽しくなると、生徒は当然、声も出すようになります。
特に、それまであまり声を出さなかった男子生徒が変わってきます。
そして、中学3年生にもなると、男子生徒の体格かなり大きくなります。当然、声量も男子生徒が上回ります。
そんな40人ほどの集団を、
「女声二部+男声一部の三部合唱」
にしたらどうなるでしょう。
……説明するまでもないと思います。

そこで私は、
「男女二部合唱。男子は旋律、女子は副旋律」
という形でやってみることにしました。
これが、実にうまくいきました。
それまで、文化祭の合唱コンクールの練習といえば、
「先生、男子が声を出しません!」
という訴えが、クラス練習でよく聞かれました。
それは、ある意味当然です。
思春期の男子にとって、人前で口を大きく開けて歌うこと自体、かなりのハードルです。
そんな男子生徒に、
「さあ、あなたたちは副旋律を歌ってください」
と言っても、なかなか歌う気にはなりません。
ところが、
男子=旋律
にすると、状況が変わります。
まず、音取りが圧倒的に楽です。
しかも、中学校の音楽の授業は週1時間。
合唱コンクールまでに、授業で合唱を扱えるのはせいぜい6~7回程度です。
その限られた時間で、三部合唱を仕上げるよりも、二部合唱のほうが現実的です。
そして何より、男子がしっかり声を出せます。これは大きなメリットです。
女子は副旋律を歌うことで、ハーモニーを作る楽しさも味わえます。
男子は旋律をしっかり歌い、女子がそこに別の旋律を重ねる。
結果として、無理なく「合わせて歌う」ことができます。

<終わりに>
私は、合唱を否定したいわけではありません。
むしろ、合唱は大好きです。
だからこそ、「合唱団のための合唱」と「中学校の音楽授業で行う合唱」は、分けて考えたほうがいいと思っています。
音楽の授業では、まず一人ひとりがしっかり歌えるようにする。
そのための「歌唱指導」を大切にする。
ビブラートについても、合唱では外すことがあるということを教えながら、個人の歌唱技術としては「かける・外す」を身につけさせる。
そうすれば、生徒は「歌わされる」のではなく、自分の声を自分で操る楽しさを知ることができます。
そして、合唱コンクールでは、
・授業時数が限られている
・男女で声量に差がある
・思春期の男子は人前で歌うことに抵抗がある
・何より、一人ひとりが無理なく歌えることが大切
ということを考え、
「男女二部合唱――男子は旋律、女子は副旋律」
を、私はお勧めしたいと思います。
「合唱をするために歌唱を学ぶ」
のではなく、
「一人ひとりが歌えるようになった、その先に合唱がある」
中学校の音楽授業では、その順番を大切にしたいのです。

横浜市イギリス館コンサート その14  塚田先生レッスン 2026年9月11日(金)

※このブログは「横浜市イギリス館コンサート その1」からここまでをお読みくださっている前提で進めます。

今日のブログは特別面白くもない、ただの西野真理の日記です。帰りの新幹線ホームに立ったまま書き始めました。

前回、陽子ちゃんと一緒に塚田先生のレッスンを受けた時、受けている間から
「これはこの1回じゃダメ。最低あと1回」
と感じ、それを陽子ちゃんに伝えると陽子ちゃんも同じ気持ち。2人で帰りながら早めに先生にあと2回、レッスンをお願いしましょうと決め、陽子ちゃん、それから間もなくあと2回のレッスン予約完了。

そのレッスンが本日、9月11日16時。日帰りでも十分余裕があるので、レッスン前に陽子ちゃんと合わせをしてからという無駄のない計画です。

<行き>
10時05分金沢発 かがやき508号。金沢駅まで彼に送ってもらいました。
さあ、乗車している2時間31分間は訳詩の時間。とても無駄がありません。
・レーヴェ作曲 詩人トム 
・チャイコフスキー作曲 憧れを知るものだけが













途中シュークリームを食べました。
上記2作は大宮までに訳詩終え、シューマン作曲『4つの歌』にちょっとだけ入りました。

~この辺りまで新幹線ホームで書き、この後は翌12日(土)の朝から書いています~

そうそう、乗車中に作曲家の廣木良行さんから、チケットご予約のラインをいただきました。今回廣木さんの曲を3曲演奏するだけなのに、廣木さん、たくさんの方にお声掛けくださって、これまでに6名お誘いくださっています。本当に勇気づけられます。

<合わせ>
東京駅に12:36着 13:00、中野駅着。まもなく陽子ちゃんも到着。小雨の中ピアノスタジオへ。途中の道、昼間でも電飾が施されていてとてもきれい。写真を撮ったのですが、あんまりきれいさが伝わりませんね、ごめんなさい。


















13:30~15:30。中野のピアノスタジオノアで合わせ。
とても綺麗なスタジオ。

















陽子ちゃんにここのお代金全部払っていただいてしまいました。私の新幹線料金のことを考えてのご配慮。ありがとう!途中のパン屋さんで、アンパンも買っていただきました。これは帰りの新幹線で食べます。楽しみ!

合わせが一通り終わったあと、西野真理・ピアノ、近藤陽子・歌で『詩人の恋』を演奏。とっても楽しいひと時でした。お互い、意外に勉強になったかも。

<来年の計画>
二人で歩きながら
「コンサート最後のご挨拶の時『来年、日時は未定ですがこの会場で、リーダークライス作品24・西野真理訳詩版全曲コンサートします』って言っちゃおうか?」

「シューマン作曲 リーダークライス作品24・西野真理訳詩版全曲演奏」は2年前(2024年7月14日)石川県かほく市宇野気本町コミュニティセンターという学校の教室のような広さのピアノの無い会場で、陽子ちゃんに電子ピアノを弾いていただいて開催しています。それを横浜市イギリス館でもできたらどんなに素敵でしょう。

<塚田先生レッスン>
結局いつも、レッスンのことってちゃんと書けません。でも、本当に来てよかった!と思えるレッスンでした。一つ大きな宿題になったこと。それは『詩人の恋』終曲の訳詩リズム割が
8か所変更になったこと。
暗譜はかなり進んでいるので、これからそちらに切り替えられるかやや心配ではあります。でも確かにその方がわかりやすいですし、塚田先生が真剣に考えてくださっていることがひしひしと伝わってきます。これは何としても頭に入れ直しましょう。

具体的にどう変更されたかという一例。
「ケルン大聖堂」という言葉を楽譜のリズムに合わせて「ケ  ルーン」と入れていたところを
「ケルンー」。文章ではちょっとわかりにくいですね。「ケル」を一つの♩内で歌い切ってしまう方が、「ケルン」に聞こえやすい。
他の場所も訳詩の言葉そのものの訂正ではなく、より言葉がわかりやすくなるように、一つの♩や♪で歌い切ってしまう系の変更です。

このブログを書き終えたら早速リズム譜の作り直し。自分だけなら楽譜を書き直してそれで終わりでいいのです。でも私はこの訳詩リズム譜をすでにお二人に販売しています。そのアフターケアとして、このお二人にはお使いになるならないはそれぞれの判断にお任せするとして、お伝えはしておきたいのです。

<帰宅>
19:24発かがやき。「全席売り切れ」の車内放送。金曜日の夜は混むんですね。
ではシューマン作曲『4つの歌』1曲目の続き、始めましょう。
でもその前に、陽子ちゃんにいただいたアンパンいただきます。














デザートに陽子ちゃんからいただいた塩甘納豆。












結局『4つの歌』の1曲目を終えた後、爆睡。気が付けば富山。あと18分で金沢です。
新幹線到着後、在来線に乗ろうとすると、40分以上待たなくてはならないので、彼に迎えに来てもらいました。ありがとう。

現在9月12日(土)朝6:30、リズム譜の訂正始めます。



中学校講師依頼 2026年9月10日(木)

こんなにドキドキ…いや違いますね、 オロオロ…これも違う、モワモワ…まあいいですけれど、なんだかよくわからない気持ちでブログを書いたのは今回が初めてのような気がします。
とりあえず時系列で書いていきましょう。

<この日の訳詩>
今日の母イオン散歩時訳詩はチャイコフスキー作曲「憧れを知る者だけが」。しかし、いつもの場所に着席して楽譜を取り出そうとして初めて、その楽譜を家に置いてきてしまったことに気づきました。仕方ないのでバッグに入っていたその次に訳す予定の、シューマン作曲『4つの歌(全4曲)』。まあこれでもいいです。
で、ふと見るともう1曲、レーヴェ作曲「詩人トム」がバッグに入っていました。これ、面白そうだから先に行っちゃいましょう。

訳詩はいつも、出だしが一番考える部分。ここでその曲の雰囲気が決定してしまいます。「詩人トム」は愉快な曲。子どもさんの前で歌ってもわかっていただけるように訳すといいのではないかと閃いて、早速その方向で言葉を入れ始めました。すると、どんどん筆が進み、あっという間に2ページ目。よし、順調!これはかなり長い曲ですが、明日の新幹線で出来上がってしまうかもしれません。というのは明日、横浜でのコンサート曲『詩人の恋』のレッスンに東京の塚田先生のお宅まで、ピアニストの陽子ちゃんと一緒に伺うことになっているのです。新幹線の往復約5時間は最高の訳詩時間。

<H谷さんからの電話>(実名でも構わなそうですが、一応イニシャルで)
さあ、2ページ目後半へ…と思ったところにライン着信。14:14。
「今、電話していいですか?」
H谷さんからです。中学校在職中、優秀な同僚にたくさん出会いました。その中でも総合的にトップはH谷さんだと思っていました。現在彼は石川県教育委員会のナンバー2。私はよくH谷さんに
「官僚になればよかったのに」
と言っていました。でも彼は
「僕は生徒と一緒にいるのが好きなので」
その彼からの電話。きっとコンサートの依頼、または若手教員研修講師のお願いだなと思いながら折り返し電話すると
「内灘中の音楽の講師1か月だけお願いできませんか!」
その口調、そもそも私に声を掛けなければならない時点で、どれほどお困りかは、わかりすぎるくらいわかります。

<退職時の記述欄>
ちょっと話を退職時に。
私は退職時の再任用希望書類の一番最初の部分の
・希望しません
に〇をつけて、その書類の一番最後の自由記述欄に、それでも講師依頼の電話がかからないように
「若手の先生を教えたい」
と書いて提出したのです。
こんなこと書くやつに講師の依頼など、教育委員会がするはずありません。教育委員会の
「こいつには絶対講師の依頼電話するなリスト」
に、西野真理は入っているはず。
その作戦は成功し、講師が足りなくて困っているというニュースをよく聞きますが、この4年半で私に電話がかかったのは、近所の小学校からの1回だけ。

<H谷さんからの電話詳細>
会話形式で書くと大変なので、順不同、箇条書きで。

・音楽の先生が病休に入ることになり、合唱コンクールシーズンで音楽の先生は外せない
・講師は一人19時間まで。内灘中の学級数と持ち時数の関係で、お一人だと足りない。1、2年生を担当してくださる方は見つかった。あともう一人3年生の6時間担当者が必要。その3年生をお願いしたい
・1日3時間で2日でも、1日2時間で3日でもいい
・校長はK村さん。(かつての同僚で最後の津幡中の時、K村さんは校長)。K村さんは役職定年をむかえ、給与は下がっているのに校長を引き受けてくれている
・1、2年生を担当してくださるもう一人の音楽の講師の方は、通勤距離20キロ、街中の渋滞を通っての通勤。私の場合、内灘中まで渋滞なしの11キロ
・合唱コンクールの選曲は終わっている
そしてここで重要な一言
「以前西野さん、『在職中、成績をつけるのが本当に嫌だった』っておっしゃってましたよね。今回、成績はつけなくていいです」

<西野真理からの質問>
・10月23日(金)に横浜で、25(日)に東京でコンサートがある。その週は月曜日から休めるか?

<西野真理の返答>
「わかりました」

夕方、K村校長からお電話があるということでした。

電話の後、本当にお引き受けしてよかったのかと、決めたことに悩むことはほぼない私がちょっと悩み、イオンの階段をあんな足取りで降りたことはなかったという足取りで降りました。(イオンの屋上で電話していたのです)

<K村校長とのお話>
16:02、K村校長からお電話。
・合唱コンクールは11月13日(金)いつもよりかなり遅いが、これは体育館の工事をしているため
・もうお一人の音楽の方は、合唱で頑張っていらっしゃる、西野と同年代の方
・講師期間は11月14日までということになっているが、はっきり決まっていない
・・・ん?ちょっとムードが怪しくなってきました。でもお引き受けしてしまったからには仕方ありません。

この後合唱コンクールの各クラスの曲をお知らせいただくことになっています。曲がわかったら早速音取りとパート録音です。

16:52 ご連絡いただきました。
3年生の曲が分かりました。
① 懐かしい未来
② あなたへ
③ 虹(石崎ひゅーい作)
④ 手紙
⑤ ほらね、
⑥ タイムリーバー

1~5は楽譜持ってました。さあ、音取りしなくちゃ。

楽譜について思うこと 2026年9月5日(土)

 2026年9月8日のFMかほくの放送原稿を、一足お先に皆様にブログでご紹介いたします。
※西野真理の本当に言いたいことの伏線的部分が80%を占めます。そこだけお読みになりたい方はスクロールして下の方にある<いよいよ西野真理の本当に言いたいこと>へどうぞ。

今日は、音楽を演奏する人なら、毎日のように目にしている「楽譜」のお話です。
この楽譜って、いったいいつから、こんな形になったんでしょう。

実は、現在の楽譜ができるまでには、1000年近い、とても長い歴史があります。

<中世ヨーロッパ>
まずは、今から1000年以上前の中世ヨーロッパのお話です。
当時、教会で歌われていたグレゴリオ聖歌などを書き留めるために使われていたのが、「ネウマ譜」という記譜法です。



ただ、現在の楽譜とはかなり違います。
音符のような記号は書かれているのですが、「この音はド、この音はミ」というように、音の高さを正確に示していたわけではありません。
すでに歌を知っている人が、その記号を見て、
「ああ、そうそう。ここはこう歌うんだった」
と思い出すための、いわば「歌のメモ」のようなものだったのです。
※「ネウマ(neuma)」とは、ギリシャ語で「身振り」や「合図」を意味する。聖歌隊の指揮者が手で示した「上に上がる」「下に下がる」という身振りを、そのまま羊皮紙の上に点や線、波型などの記号として書き留めたもの


<11世紀 グイード・ダレッツォの登場>
ところが、11世紀になると、楽譜の歴史を大きく変える人物が登場します。
イタリアの修道士、グイード・ダレッツォです。
今からおよそ1000年前。
日本では、紫式部や藤原道長が活躍していた時代です。
『源氏物語』が生まれた頃、遠くヨーロッパでは、後の楽譜につながる重要な仕組みが生まれていたんですね。

<日本の楽譜は?>
ここで、ちょっと日本の話もしてみましょう。
西洋では、11世紀ごろから現在の五線譜につながる記譜法が発達していきました。
では、そのころ日本ではどうだったのでしょう。
もちろん、日本にはまだ五線譜はありません。
ところが、「楽譜がなかった」というわけではないんです。
平安時代の日本では、雅楽が盛んに演奏されていました。そして、音楽を伝えるために、音の高さを表す独自の名前が使われていたんです。
「壱越(いちこつ)」「平調(ひょうじょう)」「双調(そうじょう)」「黄鐘(おうしき)」など、「十二律」と呼ばれる音の名前です。
また、「壱越調」「平調」「双調」など、「調」の名前もありました。

そして、さらに驚くのは、五線譜ではないものの、実際に楽譜も残っていることです。
平安時代の終わりごろには、藤原師長という貴族であり音楽家でもあった人物が、琵琶や箏のための楽譜を残しています。
つまり、
「昔の日本には楽譜がなかった」
というより、
「西洋とはまったく違う方法で、音楽を書き留めていた」
と考えたほうが正しいんですね。

<日本のコードネーム?>
そして、日本の音楽で、もう一つ面白いものがあります。
雅楽で使われる楽器、「笙」です。
笙は、一本のメロディーを吹くというより、いくつもの竹管を同時に鳴らして、独特の和音を作る楽器です。
この和音には「合竹(あいたけ)」という名前が付いています。
たとえば、「乙(おつ)」「一(いち)」「工(く)」「凡(ぼん)」などです。
つまり、楽譜に「乙」と書かれていれば、演奏者は「乙」という名前の決められた和音を鳴らす。
こう聞くと、現代の音楽をやっている人なら、「それってコードネームみたいなもの?」と思いますよね。
そう、完全に同じものではありませんが、感覚としてはかなり近いところがあります。
現代の楽譜で「C」と書いてあれば、Cを根音にして長3度の和音を演奏します。
(※ドの音を一番下にして、明るく聞こえるドミソを演奏します)
それと同じように、笙では「乙」「一」などの名前によって、決められた複数の音を同時に鳴らすのです。
つまり日本の伝統音楽にも、五線譜とはまったく違う形で、「和音を名前で表して伝える」という仕組みがあったわけです。

<グイード・ダレッツォの記譜法>
話を西洋に戻しましょう。
グイードは、音の高さをより正確に記録するために、線を使った記譜法を発展させました。
そして、私たちが今使っている「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」のもとになる、階名を使った歌唱法も考案しました。グイードは、『ヨハネ讃歌』という聖歌の各フレーズの最初の音符が、一音ずつ順番に高くなっていることに気づきました。そして、その歌詞の頭文字「Ut, Re, Mi, Fa, Sol, La」を取って、音階に名前をつけたのです。
(※ちなみに最初の「Ut(ウト)」は、後に歌いやすい「Do(ド)」に変更され、16世紀末頃に「Si(シ)」が加わって現代のドレミになります)
もちろん、現在の「ドレミ」とまったく同じものではありません。
でも、「音の高さを名前で覚える」という考え方につながっているんですね。
ですから、「楽譜」と「ドレミ」の歴史を語るとき、グイード・ダレッツォは絶対に外せない人物です。

ただし、この頃はまだ五線譜ではありません。
主に4本の線を使って、音の高さを表していました。
そこから何百年もかけて、音符の形や、リズムの表し方が少しずつ発達していきます。

<15,16世紀>
そして15世紀から16世紀、ルネサンス音楽の時代になると、現在の五線譜にかなり近い形が定着してきます。
パレストリーナや、ジョスカン・デ・プレといった作曲家たちが活躍した時代、日本では織田信長と同世代です。
五線の上に音符を置くことで、音の高さだけでなく、リズムもかなり正確に記録できるようになりました。

<17世紀後半 江戸時代>
そして、いよいよ私たちにもおなじみの作曲家が登場します。
17世紀後半から18世紀。日本でいえば江戸時代。音楽史では「バロック音楽」と呼ばれる時代です。
この時代に生まれたのが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。1685年生まれ。日本では徳川綱吉と同世代です。
バッハの自筆譜を見ると、これが驚くほど現在の楽譜に似ています。



















五線があります。音符があります。音部記号があります。(※音部記号とは簡単に言うと、ト音記号などのこと)拍子記号があります。調号があります。小節線もあります。
もちろん、音符の字体や細かな書き方には違いがありますが、現代の私たちが見ても、
「あ、これは楽譜だ」
とすぐに分かります。
つまり、現在の楽譜の基本的な形は、18世紀、バッハの時代には、ほぼ出来上がっていたと考えていいでしょう。

ただし、まだ現在の楽譜とは違うところもあります。
例えば、私たちが今の楽譜を見ると、
「ここは弱く」「ここからだんだん強く」「速く」「ゆっくり」
といった、演奏についての細かな指示がたくさん書かれていますよね。こうした強弱や速度、演奏表現を細かく楽譜に書き込む習慣は、特に18世紀後半から19世紀にかけて、どんどん発達していきます。

<モーツァルト、ベートーヴェン、そしてシューベルト の時代>
このあたりの時代になると、楽譜は私たちが現在使っているものと、ほとんど変わらなくなります。特に19世紀の音楽になると、作曲家は楽譜の中に、非常に細かな指示を書くようになります。

例えばベートーヴェン。
「ここは強く」「ここは弱く」「ここは急がない」「ここは突然弱く」
といった具合に、自分の音楽を、できるだけ正確に演奏者に伝えようとしました。
シューベルトの歌曲などを見ても、現代の私たちが使っている楽譜と、ほとんど同じです。
もしシューベルトが現代の楽譜を見たとしたら、
「おお、これはずいぶん便利になったな」
と思うかもしれませんが、
「これは一体、何の記号だ?」
と、まったく理解できないということはないでしょう。
考えてみると、楽譜というのは、本当にすごい発明です。
音楽は、演奏した瞬間に消えてしまいます。
歌声も、ピアノの音も、ヴァイオリンの音も、そのままでは残りません。ところが、楽譜に書くことによって、
「いつ、どんな高さの音を、どんなリズムで、どのくらいの強さで演奏するのか」
という情報を、遠い未来の人にまで伝えることができます。
バッハが300年近く前に書いた音楽を、私たちは今、演奏することができます。
ベートーヴェンが200年ほど前に書いた音楽を、今日の私たちが、同じ楽譜を見て演奏することができます。
これは考えてみれば、本当にすごいことですよね。

<印刷技術の発達>
楽譜そのものの進化と並行して、もうひとつ見逃せない歴史的発明品があります。それが「楽譜印刷」です。
中世の楽譜は、羊の皮をなめした羊皮紙に、修道士たちが一字一音、インクで手書きしていました。1冊の楽譜を作るのに膨大な時間とコストがかかるため、当時の楽譜は王侯貴族や大聖堂だけが所有できる「超高級品・美術工芸品」でした。

この状況を根底から覆したのが、15世紀のグーテンベルクによる活版印刷の発明です。1501年、イタリア・ヴェネツィアのオッタヴィアーノ・ペトルッチという人物が、金属活字を用いた世界初の多量楽譜印刷に成功します。
※このペトルッチに敬意を表して、著作権の切れた楽譜をネット上で公開する楽譜ライブラリー(別名 IMSLP)はペトルッチと呼ばれています。










印刷技術によって楽譜の大量生産が可能になると、楽譜の価格は劇的に下がりました。
それまで宮廷や教会の中に閉じ込められていた音楽が、街の裕福な市民や一般の家庭へと一気に広がっていきます。
「自分で楽譜を買い、家で楽器を弾き、歌を楽しむ」
という市民音楽文化が花開いたのです。

楽譜が売れるようになると、「楽譜出版社」というビジネスが成り立ち、作曲家たちは単なる宮廷の抱え人ではなく、自作の楽譜を出版して印税を得る「フリーランスの芸術家」として自立できるようになりました。モーツァルトやベートーヴェン、ショパンといった偉大な大作曲家たちが世界的な名声を確立できた背景には、この楽譜出版のネットワークがあったのです。

<楽譜の再現性>
ただし、ここで一つ、大事なことがあります。
楽譜があれば、音楽を完全に再現できるかというと、そうでもありません。
楽譜には、書き切れないものがあるからです。
音の表情。息づかい。音と音とのつながり。
そして、作曲家が、
「ここは、こういう気持ちで演奏してほしい」
と思っていたことのすべてが、楽譜に書かれているわけではありません。
音楽関係者の中には、
「楽譜にすべて書かれているのだから、楽譜通りに演奏すればいい」
という考え方をされる方もいらっしゃいます。
私は、これには全面的には賛成ではありません。
もし作曲家が、自分の思い通りの演奏を完全に指定したいのであれば、ものすごい量の情報を書き込まなければなりません。そして、もし本当にそんな楽譜ができたとしたら、誰が演奏しても、同じような音楽になってしまうでしょう。
私は、作曲家は作品が完成したところで、ある意味、作品を手放しているのではないかと思います。そして、楽譜に書ききれなかった部分を、演奏家に託している。
実際、私は親しくしている作曲家と、そういう話をしたことがあります。
作曲家というのは、私たちが思っている以上に柔軟です。新しい作品の楽譜をいただいたときなど、演奏してみて相談すると、場合によっては音そのものを変更してくださることさえあります。だからこそ、同じ楽譜を見ても、演奏する人によって音楽が違って聞こえる。そこが、音楽の面白いところでもあります。

最初は「歌を思い出すためのメモ」のようなものだった楽譜。
それが、線を使って音の高さを表すようになり、リズムを記録できるようになり、五線譜となり、そしてバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの時代を経て、現在私たちが使っている形へと発展してきました。そう考えてみると、私たちがいつも何気なく開いている一枚の楽譜の中に、実は1000年近い人類の知恵が詰まっているんですね。

<いよいよ西野真理の本当に言いたいこと>
さて、ここまでは、実は、今日私が一番お話ししたかったことへの「長い長い伏線」だったのです。私は、普段楽譜を使うことのない方にも、
「楽譜って、こんなに便利で大切なものなんですよ」
ということを、ぜひ知っていただきたいと思ってこのブログを書くことにしました。

私の住んでいる宇野気・本町の話です。
2020年から新型コロナウイルスの感染が広がり、地域のお祭りをはじめ、さまざまな行事が中止になりました。私の住んでいる宇野気・本町の町会でも、2年間、お祭りを開催することができませんでした。
そして、3年目。
ようやくお祭りを再開することになったのですが、そこで思いがけない問題が起きました。
笛や太鼓を教える人がいないのです。たった2年間、お祭りができなかっただけなのに、それまで当たり前のように受け継がれてきたものが、途切れかけていました。

~採譜~
ちょうどその頃、我が家が町会長をお引き受けしていた関係で、私もお祭りの準備に少し顔を出していました。そこで、その話を聞いた私は、こう考えました。
「覚えている人から聞き取って、楽譜にしておけばいいんじゃないか」
そうしておけば、また何かがあって、お祭りが2年、3年、あるいはそれ以上できない時期があったとしても、楽譜があれば、笛や太鼓のリズムやメロディーを、次の世代に引き継ぐことができます。
そこで、数年前まで笛の指導に来てくれていた、すでに社会人になっているあかりさんと、その弟さんから、私が笛と太鼓のリズムやメロディーを聞き取り採譜、つまり楽譜に起こしました。(詳細はこちらのリンクへ)その年は、あかりさんと弟さん、そして楽譜を使って私が小学生に教え、無事にお祭りのお囃子をすることができました。

そして翌年からは、笛については、楽譜を携えて、その時に教えた子どもたちが、今度は中学生になって、次の小学生を教える。そんなサイクルができあがり、今年にも引き継がれています。

~楽譜いらない派の意見~
ここで、太鼓のお話です。
今年、私は太鼓を担当する男性に、作った太鼓のリズム譜を渡しました。すると、
「楽譜なんて、誰も読めないし、見ないから」
と言われ、楽譜を使うことは、あまり歓迎されませんでした。

~役立てられる人もいる~
でも、私はここで、ちょっと待ってほしいと思うのです。
料理に例えてみましょう。
「このくらいの味」
と、味見をしただけで調味料の分量を感覚で決められる人もいます。でも、お料理の本に書いてあるレシピを見なければ、なかなか同じものを作れない人もいます。音楽も同じです。
聴いて覚えて、そのまま演奏できる人もいれば、楽譜を見て、それを頼りにしなければ演奏できない人もいます。実は、私自身もそうです。楽譜なしでは、なかなかできません。
そして、子どもたちの保護者の中には、意外と楽譜を読める方がいらっしゃいます。
「子どもの頃、ピアノを習っていた」
「吹奏楽部に入っていた」
「バンドをやっていた」
など、楽譜を読むことができる方は、決して少なくありません。
実際、私が太鼓の楽譜を渡してみると、それまで、ただ子どもの練習を横で見守ってくださっていた若いお母さんが、楽譜を読んで、ご自身で子どもさんに指導を始めてくださいました。
私は、この時、
「ああ、やっぱり楽譜を作っておいてよかった」
と思いました。
楽譜というのは、単に「音楽を演奏するためのもの」ではないんですね。
その場にいる人が覚えておくためだけでもありません。
「次の人へ渡すためのもの」
でもあるのです。人から人へ。世代から世代へ。口で伝えることも大切です。耳で覚えることも大切です。でも、それを支えるものとして、楽譜があれば、文化はもっと確実に次の世代へ残っていきます。

長い長い伏線でしたが、私のまじめな主張、ご理解いただけましたでしょうか。
普段何気なく見ている楽譜。
その一枚の紙の中には、1000年近い人類の知恵と、そして、次の世代へ音楽を渡していくための力が詰まっています。

~西野真理採譜による、本町の笛と太鼓の楽譜~







PDF自動変換 2026年4月10日(金)

今日はほぼ1日中、山田耕筰童謡100の歌詞をワードに入力していました。改行や句読点などもできる限り正確に。

23時過ぎに完了したけれど、それをネット上に公開するにはPDF変換が必要です。100曲全部変換するの面倒だなあ~、あ、Geminiちゃんに聞いてみよう!

すぐ教えてくれました。

以下のマクロを使って2分以内、今日中に完了しました!
皆様もぜひお試しください。
近日中に山田耕筰童謡100の歌詞、公開します。        

<Geminiちゃんの回答>

100個ものファイルを一つずつ変換するのは大変な作業ですね。一括で(バッチ処理)素早く変換する方法はいくつかあります。状況に合わせて最適なものを選んでみてください。


1. Wordの標準機能を使う(最も手軽)

Windows版のWord(Office 365など)には、複数のファイルを一括でエクスポートする機能はありませんが、「エクスプローラー」から印刷機能を利用する裏技があります。

  1. エクスプローラーで変換したいファイルをすべて選択(Ctrl + A)します。

  2. 選択したファイルの上で右クリックし、**「印刷」**を選択します。

  3. 通常使うプリンターを「Microsoft Print to PDF」に設定していれば、順次PDFとして保存されます。

    注意点: ファイル数が多いとPCが一時的に重くなることや、保存先を一つずつ指定する必要がある場合があります。


西野真理の使った方

2. Wordの「マクロ (VBA)」を活用する(完全自動)

一度にすべてのファイルを自動で変換したい場合は、Word内でマクロを走らせるのが最も確実です。

手順:

  1. Wordを開き、Alt + F11 でVBAエディタを開きます。

  2. 「挿入」→「標準モジュール」をクリックし、以下のコードを貼り付けます。

  3. F5 キーで実行すると、指定したフォルダ内のWordファイルがすべてPDF化されます。

VBA
Sub BatchExportPDF()
    Dim objDoc As Document
    Dim strFile As String, strPath As String
    ' フォルダを選択
    With Application.FileDialog(msoFileDialogFolderPicker)
        If .Show = -1 Then strPath = .SelectedItems(1) & "\" Else Exit Sub
    End With
    
    strFile = Dir(strPath & "*.doc*")
    Do While strFile <> ""
        Set objDoc = Documents.Open(strPath & strFile)
        objDoc.ExportAsFixedFormat _
            OutputFileName:=strPath & Replace(strFile, ".docx", ".pdf"), _
            ExportFormat:=wdExportFormatPDF
        objDoc.Close SaveChanges:=False
        strFile = Dir
    Loop
    MsgBox "変換が完了しました!"
End Sub

歌唱王出演? 公開日2026年1月17日(土)書いたのは2025年9月27日(木)~10月9日(木)

「この文章は、ごく親しい方だけにお送りしております。この作品についてはブログ一般公開はありません。個人的(親しい方にはどうぞ)にお楽しみいただけると幸いです。」

・・・と書いて、親しい方にラインやメールでお送りした以下の文章。その内容の出来事が一旦終了したので(と勝手に思うので)公開することにしました。

<歌唱王>     Wrote 2025.9.27~2025.10.9

日本テレビの「歌唱王」という番組。1年に1度放送されています。私も1度応募したことがあるような・・・してないかもしれないですが、していたとしても予選段階で落ちています。

第4回「歌唱王」には、石川県から内灘町在住の堀岡大雅さんが出場。彼は私が内灘中学校での教え子で、間違いなく教員生活中トップの歌のうまさでした。

・声がいい
・音程がいい
・声が大きい
・センスがいい
・表情がいい

こういう生徒さんはたくさんいます。
しかし言葉では言い表せない歌手としての才能が、彼の場合人より頭10個分くらい飛びぬけていました。
学校の通知表は5段階評価の他に、ABC評価欄があり、その評価欄の「表現」のところ。彼にAしかつけられないのが我慢できなくて、私は彼にSをつけました。教員人生でこれは彼だけです。
(※注意  いわゆる内申書とか学校保管の指導要録にはAになっています。通知表は保護者への連絡票のような扱いで、しかも当時は手書きだったのでSを記載することができたのです。
<文部科学省の資料より>
通知表 (通信簿) 児童生徒の学習状況について保護者に対して伝えるもの。 法令上の規定や、様式に関して国として例示したものはない。)
彼は「歌唱王」本選前に一度、我が家へ遊びに来てくれ、ちょっとだけレッスンしました。元気かな?
 さて、その「歌唱王」。特別出る気持ちも、その情報をキャッチすることもなく過ごしていた2025年9月26日の夕食前、メールに気づきました。開いてみると、下のようなものでした。

 西野さま
お世話になっております。
日本テレビで「歌唱王」という番組を担当しておりますKと申します。
突然のご連絡失礼致します。
 「日本一感動する歌声を決める」をテーマに2013年から続く歌唱王ですが、
今年度の開催が決まり、出場者の募集を開始しております。
今年度出場いただける方を募集しておりますが、
同時にネットワーク各局にアンケートをとらせていただき
テレビ金沢さんより西野さんのお名前があがってきた為、
ご連絡させていただきました。
 もし歌唱王の出場にご興味がございましたら、ご返信いただけますと幸いです。
ご興味をお持ちいただけましたら
選考も兼ねて曲調の違う編集前の歌唱動画を3つほどお送りいただき
選考させていただけますと幸いです。
選考後にオーディションのご参加などお声掛けさせていただく可能性もございます。
 ご検討のほど何卒宜しくお願い致します。
 歌唱王プロデューサー K
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 株式会社 日テレ アックスオン 
 (以下、電話番号メールアドレス、住所等記載あり)

 夕食をやや緊張しながら食べました。

 <私の歌について>
正直なところ、「歌唱王」は私には不向きだと感じます。これまで番組を拝見し、多くの出場者の圧倒的な歌唱力も知っています。堀岡大雅さんでさえ優勝できないのです。

また、私の歌唱スタイルは、明らかに番組で求められるタイプとは異なります。さらに、私自身がクラシック業界において決してトップクラスではないという点もよく自覚しています。しかし、これは自己卑下ではありません。私には、私にしかできない表現やコンサートの作り方があるのです。

それは以下の3点に集約されます。

  • トーク、構成の巧みさ・楽しさ: 聴衆を惹きつける、ユーモアと構成力に富んだトーク。
  • 多様なジャンルへの挑戦: 既存の枠に囚われず、常に新しい音楽分野へ挑戦する柔軟な姿勢。
  • 多分野の組み合わせによる独自性: 歌手、訳詩家、元教員、防災士、ブロガー、YouTuber、ラジオパーソナリティーなど、多彩な経験と肩書きの組み合わせから生まれる独自の視点と「化学反応(?)」。
 そうは言っても私の人生は
「楽しいことは何でもやる!」
これにつきます。
あっさり書いてしまえば、このメールでのやり取りの後、最終的にはあちらから
「今後さらなる西野様のご活躍をお祈りします」
となるでしょう。でも、このメールへの返信そのものが楽しそうですし、この文章を書いている時間の楽しいこと!

 <選曲>
「選考も兼ねて曲調の違う編集前の歌唱動画を3つほどお送りいただき~」
さあ、これまでアップしてきた800本のYouTube動画から3つ送りましょう。
ん・・・メールの中に少し気になる表記が
「~編集前の歌唱動画~」
編集前?この編集をどう解釈するかです。私は確かにYouTubeにアップするために、画像周りに飾りをつけたり歌詞を入れたりという編集をしています。しかし、技術がないのとする気がないことから、音声には全く手を加えていません。生の音声そのままです。ですからこれを「編集前」と都合よく解釈することにして、YouTube動画から見繕うことにしました。もしそれでだめと言われたら、その時点でやめます。

息子と娘にも相談した結果

「今時の曲を一つは入れる」
でも、どのような「今時」が効果的かわかりません。そうなるとやはり再生回数でしょう。私の今までの「今時」の曲で最も再生回数が多いのは・・・

 「うっせえわ」

1つ目はこれに決定。

 あと2曲。

私の売りの一つは63歳でドレスを着てティアラをつけて動画アップをしているということですから、それがすぐにアピールできる選曲。となると、こんなことをしているということが一目でわかるもの

「(替え歌)還暦越えちゃだめですか?」

 あと1曲。これはクラシックでしょう。選考対象からは外れますが、こういうものを普段は歌っているアピール

「赤とんぼ(※野口雨情の詩のもの、よく知られた三木露風の詩のものとは違います)」

 送信しました。

 K様

石川県かほく市在住の西野真理と申します。
いただきましたメールを、嬉しく拝見いたしました。
早速過去の動画から、3作品送信いたします。

 うっせえわ

https://youtu.be/GMZpjgTFELM

 「かわいいだけじゃだめですか」の替え歌

「還暦越えちゃだめですか?」

https://youtu.be/MGo7gcyUk-8

 赤とんぼ

https://youtu.be/309DgUpE610

最後になりましたが、小さなご縁をいただきましたので、一つご紹介させてくださいませ。
私は防災士の資格を持ち、啓蒙活動として「防災の歌」を作詞作曲し
自主コンサートや講演会で歌っております。
お聞きいただけると幸いです。

https://youtu.be/AlDgPlgnBHQ

防災士アピールも忘れませんでした。

 メール送信後、思いついて、石川県内の放送局(テレビ金沢、NHK,MRO,HAB)にも「防災の歌」のYouTube動画を送信しました。

 <次のメール>
送信し終え、もうこれで次の連絡はしばらくないものと思っていたら、来ました。
あの動画、編集前と理解していただけたようです。

 西野さま
 お世話になっております。
日本テレビ【歌唱王】のKです。
 早々のご連絡ありがとうございます。
 ちなみに、西野さんの生年月日を教えていただけますでしょうか?

 これを見て私はすぐに
「(替え歌)還暦越えちゃだめですか?」を見てくださったのだと思いました。
すぐに生年月日を送信しました。
 2025年9月27日お昼の記述はここまで。

 <2025年9月29日 お通夜後の電話>
9月27日(土)義父が95歳で泉下の客となりました。28日が友引のため今日29日がお通夜。
19時からのお通夜も終わりスマホを確認すると、メールの着信。

 西野さま
 お世話になっております。
日本テレビ【歌唱王】を担当しておりますKです。
お話をお聞きしたい事がありますので
お電話番号をお聞きする事はできますでしょうか?
もしくは下記署名の電話番号までお電話いただけますでしょうか?
お手数ですが、
よろしくお願いいたします。

 もう20時だし、すぐに電話がかかってくることもないだろうと、電話番号を書き込んで返信しました。そしていわゆる「通夜振る舞い」と言われる簡単な夕食を親族で食べようとしたとき電話の着信。
Kさんです。
 Kさんの電話内容を要約すると次の通り

①何歳?
②仕事は?
③東京のオーディションに呼びたいと思っている。呼ばないかもしれない。
④このオーディションまでは交通費は自腹だがそれでも来ることができるか?
⑤オーディションは10月の毎日曜日のどこかだが大丈夫か?本選は11月2日
 
西野真理の答え
①63歳
②歌手、FMパーソナリティ・・・と自称しているが、簡単に言えば無職
③呼ぶ呼ばれないにかかわらずこの展開が楽しいので感謝している
④自腹でも行く
⑤26日(日)は用事がある

 要件はこれだけですが、私はとても聞きたいことがあったので聞いてみました。

「Kさん、この歌唱王、何回目からプロデューサーしていらっしゃいますか?実は、4回目出場の堀岡大雅さんは私の教え子なんです」

なんとKさん、彼を覚えていて
「彼は2回出場してますよね」
「あんなうまい子でも優勝できないなんて、本当にレベルの高い大会だと思っていたんです」
「学校の先生なんですか?音楽?」
「そうです。あんまり言いたくないですけど。あの時の番組で大雅さんのプロモーションビデオみたいなの・・・内灘海岸の、流れましたよね。あの海岸のある中学校で教えたんです。抜群のうまさでした」
のような楽しい雑談をして、この電話は終わりました。

 <2025年10月9日18:00>
Kさんからお電話いただきました。
「西野さん、この度はお世話になっております、歌唱王担当のKです。あの今回ですね~」
明るい口調ではありましたが、この時点で今回東京行きはないなと感じました。
当たり!
「今日まで楽しませていただきました。ありがとうございました。『防災の歌』の映像見ていただけましたでしょうか?私、今あれが押しなんです。何か防災関係でありましたらよろしくお願いします」
これで、歌唱王報告を終わります。 
でもちょっと続きがあります。

<その後>
2026年の年明け、「歌唱王」放送されました。でもその放送に気づいたのは、終了の2分ほど前。優勝者が大写しになったところでした。今年の優勝者、10歳くらいの男の子。出場しなくてよかった~!

プレゼント 2025年12月21日(日)

午後、クール宅急便が届きました。
娘からかな?
え!T橋K枝さんからです。
なぜ???
いただいたのは横浜中華街の点心(?っていうのかな)たくさんの詰め合わせ。





















T橋さんは私の訳詩を買ってくださった数少ないお客様のお一人ですから、どちらかと言えばこちらから菓子折りの一つでもお送りしなければならない方です。
電話しましょう。

会話調で書くと長くなるので、結論。
T橋さん、私がYouTubeにアップした、母の歌唱動画に対してクリスマスプレゼントをくださったのです。
母の歌唱動画をアップした目的の一つには
「『90歳を過ぎても歌える!』と、どなたかに思っていただけるといいな」
ということもありました。
もちろんT橋さんは母とは違って音楽大学のご出身ですし、まだまだお若い。それでも、そんな風に謙虚に母の動画を見てくださってプレゼントまでお送りくださるとは。

お礼に最近お気に入りの西野真理訳詩
「マーモット」
の訳詩リズム譜をメール送信させていただきました。


「いいひいろ」の前 2025年10月13日(月・祝)

 まずはこちらをお読みになってください。お読みいただいた前提でお話を進めます。

今朝起きて最初に頭に浮かんだのが
「違う!『いいひいろ』の前段階があった。『いいきいろ』!」

幼い真理ちゃんの耳に最初「いいひいろ」と聞こえた歌の歌詞。幼いなりに意味を理解したかった真理ちゃんは「いいひいろ」と聞こえている自分に、
「あ、これは、『いい黄色』だ!「ハゼの葉っていうのは秋になるときっと、きれいな黄色になるんだ」
と、歌詞の意味を理解したい方向で、歌詞の聞こえ方を変えていた時期があったのです。
でもそのうち、「黄色」ではなくやっぱり「ひいろ」と歌っていることがわかり、そのままに。

今になって思うと、せめて「ひいろ」を「緋色」と理解すれば、少し近かったような・・・
いやいや、下手に「緋色」なんて字を頭の中で埋め込んでいたら、一生「入日色」には気づかなかったことでしょう。「いいひいろ」で止めておいた真理ちゃん、ありがとう。

森本中学校若手教員早期育成プログラム講師 2025年9月12日(金)

本日15時~16時、金沢市立森本中学校若手教員早期育成プログラム講師に行ってきました。詳細ってほどでもありませんが、オファーについてはこちらを。

「学級担任の合唱コンクールへのかかわり」
というテーマをいただきつつも、やりたいことをやっていいということで、私はすぐに次の3つをお教えする計画を立てました。

①合唱コンクールを学級で練習するときのコツ
②集計が楽にできる審査方法
③指揮者指導法

この③については、中学校の先生になっておそらく3年以内の強烈な体験から、
「義務教育の間にちゃんと生徒に指揮法を教えよう」
と、私自身退職するまで実践してきたこと。
簡単にご説明すると
「指揮法を学んだことのない素人の方が、イメージだけで指揮をすると大変なことになる。でも、その大変なことをしている素人の方に責任はない。教えなかった学校の先生が悪い」
ということです。しかし残念なことに週1時間の音楽の時間ではなかなか時間が取れず、指揮法をきちんと教える音楽の先生は少なく、そのため合唱コンクールの指揮をする生徒も、あの時見た素人の方と大差ない指揮をするということがいまだに行われています。
ですから、私はそれを、音楽科以外の先生にも学んでいただいて、学級での合唱練習の時に生徒に教えていただけるようになってほしいとずっと思っていました。

それを実践するチャンスが、まず、私が退職するときにやってきました。
それにつきましては、ぜひ2022年3月29日のブログをお読みくださいませ。

今日はその2回目という感じ。
受講者は30歳以下の先生9名。年齢的にはまさに少し前に教えていた生徒。私の一番最初の生徒さんなんて、今55歳のはずですから。

皆さん明るく楽しく熱心に参加してくださって、時間はあっという間に過ぎました。明日から新人戦で本当はちょっとでも早く部活動に行きたい先生たち、そしてお借りしている音楽室を、16時から使いたい吹奏楽部の生徒さんにお返ししますとお約束したこともあって
「15:58に終わります」
と宣言してから始めました。
15:58に終わりました。
私のタイムマネジメント能力、なかなかのものです。

続(祝)・藤重侑宇作曲:「竹取物語原文そのまま歌詞にして、アニソンみたいな曲を作ってみた」 2025年8月20日(水)

このブログはまずこちらをお読みになってから。

藤重さんからご返信いただきました!!!
まさかご返信いただけるとは。しかも音源付きで。
しかもしかも

コンサートやYouTube等で歌っていただく際は、作曲者名を表記してくださいますようよろしくお願いいたします。

つまり、コンサートやYouTubeで歌っていいですよってことですね!
もちろん藤重さんのお名前は明記いたしますし、あちこちで宣伝しつつ歌います。
9月の美女コンで歌えなくはないけれど、こちらはもうプログラムも確定しているので、11月の美女コンで歌います。
決めました、明日YouTubeにアップします。
先日からこの曲が楽しくて、結構練習していたんです。
さあ、お夕飯までの間に練習しましょう!

藤重侑宇作曲:「竹取物語原文そのまま歌詞にして、アニソンみたいな曲を作ってみた」を歌いたい 2025年8月11日(月) 

このブログはこれの続きです。

 https://youtu.be/Sf_uai9MebI?si=LTQ-EePU2CQd20Sm

↑作曲者・藤重さんご自身によるピアノです。

私も歌いたい!

コメント欄に書き込みました。

以前に作曲された「竹取物語」の楽譜を購入を希望しております。購入方法をお教えいただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

↑このように書き込んだところ、ご返信をいただきました。


そちらの楽譜は販売しておりませんが、Xで楽譜を公開しています。 https://x.com/yuu09200920/status/1335222416994230272?s=46

すぐにXに飛んで楽譜をコピーさせていただきました。
するとその概要欄に、このカラオケを期間限定で公開していらっしゃると書いてあります!!!…あ~~~~残念、ずいぶん前のことです。
でもダメもとでさらにコメントをお送りしてみました。

早速のご返信ありがとうございます。公開していただいた楽譜、プリントアウトさせていただきました。私は歌手活動をしており、この曲をコンサートやYouTubeで歌わせていただくことを希望しております。また、楽譜を拝見したXに、過去にカラオケ音源を配布されていたとお書きになっていました。ぜひ使用させてください。もちろん購入させていただきます。よろしくお願いいたします。

傘寿オペラ歌手・関定子スペシャルステージ 2025年7月13日(日)

2025年7月13日(日)第18回富山リラの会 コンサートが開催されました。
西野真理のブログなので自分のことばかり書きたいところですが、そんなことはすべて吹き飛んでしまった師匠・関定子スペシャルステージ。

<スペシャルステージ演奏曲>
・恋人よ
・別れのブルース
・テネシーワルツ
・お祭りマンボ

歌声は超一流。その超一流に娯楽の要素をちゃんと加えてくださるのですから無敵!
・金髪ウイッグ
・豪華琉金調ドレス
・高いパンプスでの回転

当然の拍手喝采。
80歳でパンプスで回転する人、ご覧になったことありますか?
来年2026年は7月5日に開催予定です。
是非全国からお越しくださいませ。
(右が筆者 左が必ず一歩下がって写真撮影に応じる師匠)
↓































「あなたの認めたくないことは何ですか?」西野真理、元中学校音楽教諭としての再スタート 2025年6月30日(月)

※先にこちらをお読みになることをお勧めいたします

2025年6月26日(木)川北町立川北小学校で出前授業・研修会講師にお招きいただきました。
出かける前に自分の考えをまとめたチラシを作り、久しぶりの授業と先生方との質疑応答をするうち、自分の方向性が鮮明に見えてきました。そこで、その決意が鈍らないうちに自分の考えをまとめ、YouTubeへフリートークとしてアップしようかなと思い始めました。
最初は本当に原稿なしのフリーで話すつもりでした。しかしそれはあまりに乱暴。おそらく売れっ子のYouTuberの皆さんは、思い付きでおしゃべりされているように見えても、その裏に膨大な時間を費やしていらっしゃるはず。思い返せば私だって、慣れていなかったとはいえ、最初の15分授業動画にトータル6時間かかっていました。最初どころか今もそう変わらないと思います。
さあ、それでは原稿を書きましょう。

<あなたが認めたくないことは何ですか?>
「あなたが認めたくないことは何ですか?それを認めれば道は開けます」
この言葉をどこで見たのか忘れましたが、ずっと心の中で響いていました。
(ブログ公開後にわかったので追記します。心理学者・加藤諦三(たいぞう)さんの言葉でした)
そうなんです。私が認めたくないのは
「私が中学校の音楽の先生だった」
ということです。
この言葉は、どちらを向いて発しても失礼、または意味不明です。でも私には重くのしかかっていました。その証拠に
「元中学校音楽教諭」
を明記したのは、先日6月26日の午前中に作ったチラシが初めて。

中学校の先生をしながら、たまにどこかにお呼びいただく時、もちろん美女コンのプログラムにも、私はプロフィール欄に一切「中学校音楽教諭」とは書きませんでした。私の歌を聞いてうまいとか下手を判断されるのなら仕方ありません。しかし、歌う前に中学校の先生だということがわかると
「なあんだ、(歌手じゃなくて)中学校の先生なんだ」
とがっかりされると判断したから。
実際に面と向かって言われたり、明らかにがっかりされた経験もあります。
もちろん、それは毎回ではありません。もしかすると、逆に
「中学校の先生でこんなに歌えるんだ!」
と思ってくださった方もあるかもしれません。でも、私の心が私にささやくのです。
「『せっかく歌手に来てもらったと思ったら、中学校の先生なんだ』と思われてるんだろうな~」
そうです、私は自分が37年間もやって来た自分の仕事を、歌手・西野真理をアピールする段階ではどうしても認めたくなかったのです。そしてそう思ってしまうことに対してもコンプレックスを抱いていました。
そんな時見たのが
「あなたが認めたくないことは何ですか?それを認めれば道は開けます」
という言葉。
いつか自分が中学校の先生だったことを歌手・西野真理として認めなければ道は開けないことをつきつけられた言葉でした。

<中学校音楽教諭として>
一方、中学校音楽教諭であるときの自分に対しては、高い自己評価をしていました。誤解されないように書いておきますが、あくまでも「音楽教諭」の部分です。それ以外、例えば学級担任、校務分掌、部活動指導などは、私より若い、それこそ新人の先生でも私よりずっと立派な方はいくらでもいらっしゃいました。私はそういう先生たちのおかげで37年間先生を続けられてきたと思います。ここで改めて感謝申し上げます。ありがとう!

高い自己評価の理由としては
・一流の師に学び続けているという自信
・声楽コンクールでの上位入賞実績での自信(現役教諭での入賞者はまずいらっしゃらない)
・声楽だけでなくリコーダー実技、簡易編曲能力、授業のトーク力に対する自信
・手際の良さへの自信
これは自分でそう思っているだけで、他の方からちっとも高い評価をされていなかったかもしれません。聞いたわけでもないですから。でも、自信を持ち続けてきたことは確かで、精神衛生的にはとてもよかったと思います。

<私が中学生だった時の音楽授業の思い出>
ブログ上で人の悪口を書くのはためらわれるところです。しかし、これを書いておかないと私が音楽の授業をする上で大事にしてきたことがわかりにくいので書かせていただきます。
それは私自身が中学校3年間に受けた音楽の授業。
その先生はF先生という私より40歳ほど年上の女性の先生でした。おそらく大正生まれ。
先に少しだけF先生を弁護すれば、大正時代にそれほど高い音楽教育を受けることなく音楽の先生になってしまったF先生。生徒の前で自分を保つためには、こうするよりほかなかったのでしょう。

その先生の授業は
・ただ怖い
・椅子にきちんと座って黙ってただ聞くだけ
・ピアノの技能はかなり低い
・リコーダーの授業でリコーダーを吹いて聞かせてくれたことはない
・鑑賞の授業は、先生の板書を写す、または私のような生徒に感想を言わせて、それを他の生徒に写させる
もっとあるけれどこれくらいにしておきます。
当然生徒が歌を歌うはずがありません。
そんな3年間のうち、今も強烈に覚えているワンシーン。
リコーダーのテストの時のこと。教えられないまま、自主練習という授業。テストは自分で器楽の教科書を見て練習して、好きな曲を選んで一人ずつ先生(クラス全員)の前で演奏するという形式。私はリコーダーがとても得意だったので、器楽の教科書の曲は簡単すぎて飽き飽きです。そこでテストの時は、器楽の教科書の中の一番難しい曲を選び、技術をひけらかすためにテンポをあげて吹きました。
吹き終えると先生は一言
「速すぎる」

先生になった時、そして続けている間も、絶対こんな授業をしてはいけないと肝に銘じていました。
そんな私は
「私よりはるかに高い技術を持った人に教えられたい」
という欲求を持ち続け、それは今も変わっていません。そしてその願いはオペラ歌手・関定子、ピアニスト兼歌手・塚田佳男、教育者・野口芳宏によって叶えられ現在に至っています。

<内灘中学校支援員Kさんのこと>
内灘中学校勤務時代のことです。特別支援学級から音楽といくつかの授業をホーム学級で受ける生徒に、支援員のKさんが授業についてきてくださっていました。
そのKさん、いつもとても楽しげに、それどころか中学生より熱心に授業を受けてくださっている感じが常に感じられました。
そんなある日、Kさんとの雑談のとき
「西野先生の授業受けるの、楽しみなんです!」
と言ってくださいました。お世辞半分にしても私はこれがとても嬉しく感じられました。というのは、私自身も
「多くの日本人が義務教育までしか音楽の授業を受けない。だから、大人も中学校3年生も教育を受けたという意味での知識は同じ。だからこそ中学校で精いっぱい音楽を教えたい。逆に言えば大人にも通用するような授業をしたい」
と思っていたからです。Kさんのこの言葉で、今までの考えを一層はっきり自分の中に刻むことができました。
余談ですが、その後Kさんは養護教諭試験に合格され、現在、中学校の養護教諭として活躍されています。

ついでに書き加えますと、たまに私の授業中の廊下を通りかかった先生、研究授業で他校から音楽の授業以外で訪問された先生、卒業アルバム写真を撮るために校内を回っていらっしゃるフォトスタジオのスタッフの方、教材納入の業者さんからも
「西野先生の授業は楽しい」
とよく言っていただいていました。
そういえば、参観日に自分の子どもさんを見に来られたはずの保護者の皆さんも、いつの間にか音楽の授業に参加されていたように思います。

<方向修正>
そんな教員生活も2022年3月末で終了。私は一般の人対象に、楽しく歌を歌いながら歌う技術を少しずつ学べるような歌の会をしたいと考え、退職1日目からそれを始めました。「Sing幾多郎」という歌の会です。説明なしでもうおわかりと思います。そうです。人口3万人のかほく市に、そんな人が毎回たくさんお集まりくださるはずがないのです。私のやりたいことは、ほぼどなたにも必要とされていないのてす。

一方、私が37年間自分の技術として蓄積してきたのは、小中学生を教えるための技術、小中学生に楽しく音楽を伝える技術。自主コンサート活動・美女コンは歌手・西野真理として大事な活動で、それはそれで有りです。でもそれ以外に中学校の音楽の先生をしていたからこそやれる活動があるはず。
退職後3年で新たな道筋を作って4年目からは本格スタートという目標を密かに立てていましたが、方向がずれていました。私の認めたくなかったことをきちんと認めるときです。

<元中学校音楽教諭カミングアウト>
そんな時に、川北小学校からの出前授業と先生方対象の研修会講師のオファー。
私が元中学校音楽教諭であったからこそのオファーです。
先生方の中には、
・歌の個人レッスンが受けたくても受けに行く時間がない
・歌の先生を見つけられない
・ただ歌がうまいだけではなく、現場を知っている人にアドバイスを受けたい
・歌だけではなくて、リコーダーとか指揮法とか創作とか音楽鑑賞とか音楽に関するいろいろなことを学びたい
・どうせ受けるならお話の上手な楽しい研修を受けたい
・いい音楽の授業を見てみたい
・小中学生向けのレクチャーを含んだ、楽しいコンサートをしてほしい
・防災教育もちょっと挟んでもらいたい
という方がたくさんいらっしゃるはず。
これ、私にピッタリ。
当然です、私が自分にできることを書いたのですから(笑)。

ここでやっと、今回のブログ最初に戻ることになります。
川北小学校へ出発する前に作り、先生の人数分プリントアウトしてお配りしました。
そしてそれを帰宅後何度も練り直し、決意が鈍らないうちにプリントパックへ500枚発注しました。
(↓はその後何度か改訂した最新版です)

























<S校長先生からのお礼のライン(抜粋)>
楽しい授業、研修、貴重なお話をありがとうございました。
6年生が楽し気に西野ワールドに引き込まれて楽しそうに歌っているのがうれしかったです。

<終わりに、YouTubeアップについて>
この内容、YouTubeにフリートークでアップしようと書き始めた原稿でした。でも、ブログで十分な気がしてきましたので今のところYouTubeはやめておきます。ただし、明日になったら気が変わって、いつの間にかYouTubeにアップしているかもしれません。











西野真理の色々なお話

横浜市イギリス館コンサート その16 満席御礼/Sold Out  2026年10月12日(月)

 ※このブログは「 横浜市イギリス館コンサート その1 」からここまでをお読みくださっている前提で進めます。 ご来場ご予約が50名を超えたと陽子ちゃんと喜んでいたその日の夜、陽子ちゃんからラインがありました。 「出演者、係の人を含めて60人だそうです!」 これは大変。 ご予約はこ...