2026年冬季衆議院選挙回想 その2 車上運動員2日目~応援ボランティア  2026年2月9日公開

※ このブログは 2026年冬季衆議院選挙回想 その1 をお読みになってからどうぞ(その3まであります)

<車上運動員2日目 2026年1月31日>

①はまなすクリニックへ
今回の車上運動員は1月29日、31の2日間だけ。
実は先日から彼も息子も風邪気味で、私も咳が!1月30日17:30いつもの耳鼻科へ。
「先生、選挙カーに乗らなくちゃいけないんです。咳、止めたいんです!」
寺口奏子先生は、お目々ぱっちりでフレンドリーで相談しやすい先生。
「色々やってるね~」
強めの咳止めと鼻水止めを処方していただきました。

②事務所集合
7:10。1日目は1時間も早く着いたので30分遅く出発しようと思っていたら彼に
「雪、わからないよ」
と言われ、20分遅く5:20出発。6:20到着。

③異文化に触れる
解散が発表されると、立憲民主党と公明党が仲良しになり、「中道」になりました。そして近藤和也さんも中道にお入りになりました。そうなると、近藤和也さんの応援に旧公明党が加わります。
私が選挙カーに乗った1月31日、近藤さんは中能登町で街頭演説。その応援に立憲民主党(参議院にはまだ立憲民主党が残っているので)代表:水岡俊一さん、公明党(参議院にはまだ公明党が残っているので)代表:竹谷 とし子さんがいらっしゃいました。
その街頭演説の交差点にお集まりくださった皆さんの半数くらいが、前回選挙時の「近藤和也ファン」とは明らかに雰囲気が違います。また、私が石川県選挙管理委員会のシールが張られたビラ(シールが貼ってないと配ってはいけないのです)を配ろうとしていると一人の男性が
「半分配りますよ」
と、おそらく近藤事務所関係ではない聴衆の皆さんに配ってくださいました。









←このシールが大事









実は以前から思っていたことがあります。お辞めになった公明党の山口代表。彼はいつも選挙の時、他の政党代表者は声を枯らす中、ただ一人最後まで声帯の状態がいいのです。どうして?何か特別薬でも飲んでるのかな?と不思議でした。そこでニュースで流れる街灯演説報道を見てみると、(旧)公明党の議員(弁者)の方は皆さんシャウトしないのです。今回の街頭演説で竹谷さんは一瞬だけそういう声もありましたが、あとはずっと声帯の使い方がソフト。ほかの(旧)公明党の応援演説者も皆さん柔らかな声使い。これは勉強になりました。

④体の調子
私はちょっと辛いとすぐ休みます。体に鞭打って頑張るなんて、まあしません。でも今回はしました。31日午前中の辛かったこと。頭が痛い、喉が痛い、全体的に調子が悪い。薬の多量服用でやや吐き気もする。でも寺口先生に処方していただいた咳止めのおかげで、咳は何とか収まり、鼻は詰まるもののセーフレベル。咳止めを5時間おきに飲んで頭痛薬も飲んで、ごまかしつつ午後になると、どんどん調子は上向いてきました。

⑤グルメ運転手・浜谷直樹さん(実名承認済み)
今回の運転手・浜谷さんはバスの運転手さん。ワゴン車を軽4のように軽々運転。その車内での待ち時間で、食べ物の話になりました。すると浜谷さん、観光バスで日本中走っていらっしゃるので各地域の「安くておいしくて石川県でも手に入る食べもの」をたくさんご存じ。すぐにメモしました。
・橋栄醤油の淡口(大野のお醤油街にある)
















・トチオの油揚げ(新潟産、イオンかほくとAコープにある)


















⑥帰宅
1日目のM輪さんルートで帰りたかったのですが、あの時は何も考えずただついて行ったのでよくわかりません。吹雪の中ですから安全策を取り、来た道を帰りました。

<翌日>
①朝のお手振り
昨日の帰り際、秘書のK田さんから
「西野さん、明日の朝7:30、津幡のAコープ前でお手振りどうですか?」
乗り掛かった舟、行きましょう。
そこでお会いした昨日の運転手・浜谷さん。
「昨日の帰り吹雪いてたいへんだったね~」
「私は千里浜インタールートで帰りましたから、特に困りませんでしたけど・・・」
「それは正解。俺は上棚矢駄インターで帰ったからかなり大変だったよ」
※上棚矢駄ICまで行く道は山の中で、この時はここ辺りにかなり雪が降ったようです

濃い紫ルート 上棚矢駄インターコース
薄い水色   千里浜インターコース


















②朝のお習字タイム
退職後、書初めもしなくなって、お習字自体全くしていません。
今日は近藤さんがかほく市を回られる日。せっかくなので玄関前で何かして待ちましょう。
これ↓書きました。




















※これを持って待ち構えていたのに、街宣カーのスピードが速すぎて、玄関に出たときにはすでに向こうの曲がり角・・・(涙)

<出口調査>
2月4日(水)雪もひと段落したので、彼と母と3人で期日前投票に行ってきました。




















その会場入り口に、女性が一人。特にそれ以上考えず、投票を終えて出てくると先に終えた彼が
「出口調査の人いるよ」
あ~あの人、出口調査員さんだったんだ。これはブログのネタでしょう。
「出口調査お願いできますか?」
「前からやってみたかったんです。顔は写さないので、その胸のタグ『NHK出口調査員』写真撮っていいですか?ブログに載せたいので」
「それはちょっと・・・」
「調査、皆さん答えてくださいますか?」
「この地区の人は優しくて、結構答えてくださいます」
調査方法はアイパッドに出てくるアンケートの選択肢をタッチペンでタッチする方式。全国調査だからだと思いますが、「重視する政策」のような問いの選択肢に「震災復興」に関することはありませんでした。忘れられているのか、全国区の質問だからか・・・そうなるとますます近藤さんに頑張っていただくなくちゃ。

<ささやかな応援>
2月5日。車上運動員スケジュール表で、今日の午前中かほく市を車で回られると知っていたので、今度こそと朝から待ち構えていました。前回同様お習字をして。
前日、近藤和也応援ラインで「4000票負けている!」とのことでしたので、なんだか私もあせった気持ちになってきました。そんなところへ、政見放送を見た方から応援のライン。ありがたいことです。
結局この日も、家の前を通られることはありませんでした(涙)




















<電話ボランティア>
お昼頃から近藤和也かほく事務局へ電話ボランティアへ行きました。名簿の電話番号はすべて固定電話。かけてもかけても
「この電話は現在使われておりません」
我が家もとっくに固定電話は解約しています。この方式はそろそろ何とかしなければならないでしょう。
電話ボランティアに行ってちょっと良かったことは、そこでお知り合いになったかたへ、私のチラシを渡せたことかな。近藤さんご縁を作ってくださってありがとうございます。

<最終日 朝のお手振り>
2月7日(土)。今回の選挙戦、はじまってからずっと近藤和也の劣勢が伝えられています。私が手を振ったからどうということはないことはよくわかっていますが、せめての気持ち!朝のお手振りに行こうではありませんか。7:30、内灘清湖大橋のたもと。私は内灘中学校に延べ18年いたので、もしかすると一人くらい「あ!西野先生だ」と思ってくれる過去の教え子がいるかもしれません。

歩道にはまだガチガチ雪がいっぱい。
通り過ぎる車の50台に1台くらい手を振り返してくださる方がいらして、本当にありがたく感じられます。

<最後の近藤和也演説と電話ボランティアとお手振り>
本当にいろいろラストです。
12:00 かほく市の近藤和也事務所に街宣車到着。




















近藤さんの演説を聞き、近藤ファンの皆さんの激励を受けて次の街宣へ向かわれました。その後事務所で新聞社の人や集まった方とお話をし、電話。
16:30 かほく市高松町の交差点でお手振り。海風がまっすぐ吹いてくる交差点の寒いことと言ったら。それでも手を振り返してくださる方が結構たくさんいらしたのでとても励まされました。
これで私の応援はすべて終わりました。

←赤い看板の向こうを降りたところは海





雪のたくさん残る駐車場
















右の白いのが西野真理
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