※書き始めたのは2026年1月30日、2026年2月9日公開 (その3まであります)
「2026年冬季衆議院選挙」は西野真理が勝手に考えた名称。もちろん「冬季」はいりません。でも、積雪地域の住民にとって最重要事項は「選挙が冬であること」。これ以上の注目ポイントはありません。そして、その危惧が的中!選挙運動期間である12日間、わが石川県は(日本海側全般)強い寒波に見舞われ、かなりの積雪、吹雪の中選挙戦が繰り広げられることになりました。積雪だろうと吹雪だろうと、無職・自宅警備員の退職者西野真理にはたいして関係ないはず。でも、とっても関係あったのです。
<衆議院解散経緯>
・1月9日夜:読売新聞解散報道。誤報では?
西野真理がちょっと似ていると言われている高市早苗総理が衆議院を解散するんじゃないかという報道。・・・?「もしそうなら車上運動員のオファーあるかも」と、この時点で思い始める
・1月10日〜12日:高市総理沈黙。三連休中、官邸側は「ノーコメント」を貫く
・1月13日〜14日:自公連立するのしないの?
・1月14日:「立憲と公明が新党結成を視野に調整」というニュースが流れる。西野真理でさえ「そりゃないでしょう!」と思う。でもね、正直に書きますと、今まで一度も投票したことはないけれど、公明党の方針が一番自分の考えと近いことは自覚していて、ちょっと困ったことになったなと思う
・1月15日夕方:野田・斉藤両代表が国会内で会談し、新党結成に正式合意
・1月16日:新党名を「中道改革連合」(略称:中道)とすることを正式に発表
もっと名前はなかったのかな?最初から「中道」だけでよくないですか?
・1月18日:どのメディアも「19日に首相会見、23日解散」と報道し始める
・1月19日:会見で「高市早苗が総理で良いのか、国民に決めていただく」と高市総理発言
・1月23日:衆議院解散
<車上運動員オファー経緯>
・衆議院議員近藤和也さんの選挙事務所M子ちゃん(わかる人にはわかりますが敢えて伏字)から「2つお願いがあります」とお電話。1つはもちろん車上運動員。もう一つは後述します。
・1月22日午前:運動員オファーとは関係ないことを一つ。近藤和也かほく事務所へ葉書シール貼りボランティアに行きました。黙々とシールを貼るって、長時間はきついけれど、2時間程度なら頭が無になり、貼った枚数という結果が見えて、なかなかいいです。
・1月23日午後:近藤選挙事務所のK田さんから「1月28、31日車上運動員お願いできますか?」とオファー。この短期間に様々な手配をしなければならない事務局の人たち、どんなに大変なことか。
・1月24日午後:「1月29、31日」に変更依頼
<お天気の心配>
私がお引き受けした29日は大寒波の予報。積雪の中、選挙事務所まで行き、帰宅できるか?これだけが心配と言っていいでしょう。1月後半からひたすら天気予報を確認。どんなサイトを見ても大雪は確実。早起きして時間をかけて行くしかありません。
<政見放送応援メッセージ>
先ほどの2つのお願いのもう一つがこれでした。近藤和也政見放送の応援メッセージ撮影。
2つ返事でOK。ただ、この時点で私はどういうものか全くわかっていません。30秒くらいしゃべれると思い込んでいました。結果3秒。これを自覚していなかったのは大きなミスであると後で気づきましたが仕方ありません。
撮影会社のSさんからお電話をいただいて打ち合わせした際
「西野の自宅内で」
ということに。私は一生懸命ピアノ部屋を片付け、1月22日午後からの撮影に備えました。この日は前日からの大雪で撮影スタッフの移動も大変そう。
14:20到着。早速ピアノ部屋へ。しかし、撮影済みのお二人が屋外撮影だったので、
「西野さんも外で」
と変更。結局玄関前。室内だと思ったので薄着。寒いですがこれも仕方ありません。
また、室内ならシワを効果的に飛ばせるいつもYouTube撮影に使っている照明もありましたがここではできません。このことも後になって、照明を持ち出せば良かったと思いましたが今更仕方ありません。
いろいろ仕方ないことだらけです。
出来上がった政見放送がこれ↓。最後の方にちょっとだけ出てきます。後悔はいっぱいですけれど、これでも63歳西野真理、とっても良く映っているのだと思います。撮影スタッフの皆さんありがとう。
~余談~
撮影スタッフは4人。その中のお一人が以前私と会っているとおっしゃいます。え、どうして?なんと、以前映画出演(?)したときのスタッフさんのお一人だったのです。(
映画「遠くを見てみた」)
<車上運動員1日目 2026年1月29日>
①事務所集合
明日は積雪、2時間前に家を出ることにして目覚ましを4時にセット。
1時間おきに目が覚め、そのたびに窓の外をのぞきます。
意外に降っていません。
でもやっぱり朝4時にはそれなりの積雪。
5時出発。車の前の除雪は何とか必要ない程度で一安心。それでも、かほく市から羽咋市辺りまではけっこうな雪。でも、すでに除雪が済んでいます。除雪作業の皆さん本当にありがとうございます。
また、羽咋市から一般道(それまでは自動車専用道路)に入ると、今度は消雪装置がかなりの区間整備されていて、こちらも問題なし。
さらに七尾市に近づくと、積雪量が半分以下・・・いえ、3分の1以下。
6時5分についてしまいました。もちろん事務所は開いていません。事務所ドアに貼られた駐車場案内図を見ても暗くてよくわからず、コンビニの駐車場まで移動してしばらく待機。6時半に秘書のK田さんにお電話。見つけられなかった駐車場を教えてもらって無事事務所到着。
7時30分、私を含め3人の車上運動員、運転手の4人で事務所出発、途中で候補者の近藤和也さんと合流し街宣スタート。
②運転手M輪さん
この日の殊勲賞は運転手のM輪さん。彼女は仕事柄たまに何らかの運転をすることがあるものの、選挙カーは初めてだそうです。
彼女の運転は安全であることはもちろんですが、なにより度胸があります。かなりの積雪、しかも新雪でタイヤを取られやすいのに、平常心で(平常心に見える)運転。残念ですけれど彼女はこの日だけの乗務で、もう彼女の運転する車に乗ることはないようです。
そうそう、M輪さんと私は初対面だと思ったのに、彼女は明らかに私を知っているという表情。お会いしてすぐ、
「政見放送ありがとうございました」
「!」
彼女は立憲民主事務局勤務で、私が参加した立憲民主セミナーのとき受付にいらしたのです。
③この日の様子
ほぼ雪が降り続いていました。2024年の時は10月だったので、それなりに有権者の方が玄関先に出てくださったり、窓から手を振ったりしてくださいました。でも、この寒さと雪で窓はぴったり閉められ・・・誰だってドア開けたくないですよ。それでも出てきてくださる方には、ウルッとするくらい感謝しました。
④豪邸
途中トイレをお借りしたお宅には心底驚きました。豪邸です。あんまり驚いたので「写真撮ってもいいですか?」と聞くと、どうぞどうぞということだったので撮影させていただきました。この玄関だけで私の家の1階部分。正面に映っている木の何かは、規制される前の屋久島から持ってきたのだそうです。
お借りしたトイレは、我が家のお風呂くらいの大きさでした。
⑤帰宅
思ったほど選挙事務所周辺は降っていなくて、駐車場の車が雪だるまってことはありませんでした。それでも少々の雪落としはして、さあ、帰りましょう。
実は先ほどのM輪さん、金沢市にお住まい。そうだ、彼女の車について行けば安心。彼女の車を追走する形で無事帰宅。
里山街道の途中から車がノロノロ運転になりました。事故でもあったのかなと思いましたが、止まることはありません。・・・なるほど、除雪車が先導して作業しながら進んでいたのですね。作業員の皆様ありがとうございます。
そうだ!2日目の帰りは一人で帰らなくちゃいけないからグーグルマップでM輪さんが進んでくださった道を調べておきましょう。・・・わかりませんでした。
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