学校講師として急に勤務することになって、改めて「中学校での合唱」を考えて文字にしてみました。
<先に、言い訳>
最初に、言い訳をしておきます。
私は、音楽としての「合唱」が大好きです。
合唱をしている人たちを敵に回そうなどという気持ちは、まったくありません。
ここで書きたいのは、あくまでも
最初に、言い訳をしておきます。
私は、音楽としての「合唱」が大好きです。
合唱をしている人たちを敵に回そうなどという気持ちは、まったくありません。
ここで書きたいのは、あくまでも
「中学校の音楽の授業における合唱」
についての私の考えです。
長年、音楽教師として中学生と歌ってきました。そして自分自身は、今も声楽を学び、歌っています。そんな私が、今回、中学校講師として急きょ現場に戻ることになり、改めて考えました。そして、行き着いた結論がこれです。
「中学校の音楽授業での合唱は、男女二部合唱でいい」
私は、そう思っています。
長年、音楽教師として中学生と歌ってきました。そして自分自身は、今も声楽を学び、歌っています。そんな私が、今回、中学校講師として急きょ現場に戻ることになり、改めて考えました。そして、行き着いた結論がこれです。
「中学校の音楽授業での合唱は、男女二部合唱でいい」
私は、そう思っています。
①音楽の時間には、まず「歌唱指導」を
そもそも、学習指導要領に「合唱させなさい」と書いてあるわけではありません。
「合わせて歌う」という活動はありますが、指導の基本はあくまでも歌唱です。
ところが、学校現場では、いつの間にか「合唱指導」が中心になっているように思います。
私自身も、教員になった当初は何の疑問も持たずにそうしていました。
しかし、自分自身が声楽を学び続ける中で、少しずつ疑問を持つようになりました。
たとえば、「1年2組合唱団」を一生懸命育てたとしても、次の年度にはクラスがばらばらになります。
それよりも、まず一人ひとりが「歌える人」になることのほうが大切なのではないでしょうか。
もちろん、ハーモニーを聴くことは楽しいです。
でも、ハーモニーを歌っていて楽しいのは、主に音楽が得意な生徒です。
私もそうでした。
一方、多くの生徒にとっては、
・人前で歌うなんて、とんでもない
・大きな声が出せない
・高い声が出ない
・音が取れない
・旋律以外を歌っても面白くない
というのが現実です。
だったら、まずは
「一人ひとりの歌唱技能を高める。少なくとも、自分の旋律を自信を持って歌えるようにする」
私は、これが音楽の授業で最初に目指すべきことではないかと思っています。
私は、これが音楽の授業で最初に目指すべきことではないかと思っています。
音楽の先生方、音楽の時間には、まずしっかり「歌唱指導」をしましょうよ。
② ビブラートを教えるということ
ここで、少しビブラートの話をします。
ビブラートとは、簡単に言えば「音の揺れ」です。
正確に言えば、基準となる音の上下に音程の揺れが生じています。
ところが、この「揺れ」が、人の心を揺さぶる大きな表現効果を生みます。
そしてビブラートをかけることができれば、あえてビブラートをかけないという技術も選択できます。つまり、ビブラートは単なる癖ではなく、歌唱表現のためにコントロールできる技術なのです。
私は、歌の師であるオペラ歌手・関定子先生から、ビブラートを徹底的に教えていただきました。歌唱技術の中でも、ビブラートをコントロールすることは、とても重要なことだと思っています。
ところが、多くのオペラ歌手の方には、
「ビブラートをコントロールする」
という感覚そのものが、あまりないように思います。
なぜなら、最初から自然にビブラートがかかり、しかも自在に使えているからです。
いわば、天才です。
「ビブラートをどうやってコントロールするんですか?」
と聞かれても、
「自然にかかるものだから~」
と発言されるオペラ歌手の方もいらっしゃいます。
その点、私の師である関先生は、ご自身ができるだけでなく、それを「技術」として理解し、弟子に伝えることができる、とても貴重な先生です。
もし私が関先生に出会っていなければ、私は一生、ビブラートを使えなかったかもしれません。
その点、私の師である関先生は、ご自身ができるだけでなく、それを「技術」として理解し、弟子に伝えることができる、とても貴重な先生です。
もし私が関先生に出会っていなければ、私は一生、ビブラートを使えなかったかもしれません。
③合唱ではビブラートをかけない。でも、それを個人の歌唱指導にまで持ち込んでいいのか
ここで、アマチュア合唱団とビブラートの関係です。
先ほども書いたように、ビブラートは「音の揺れ」です。
複数の人が一緒に歌う場合、一人ひとりのビブラートの揺れが重なると、音程の揺れも重なります。
そのため、合唱では一般に、ビブラートを抑えた、あるいはかけない歌唱が求められます。
これは、合唱という音楽を成立させるための大切な考え方です。
昨年、加賀市の中学校の先生方の研修会に講師としてお招きいただき、短時間ですが個人レッスンもしました。
もちろん、ビブラートについても指導しました。
すると、若い先生から、
「ビブラートはかけちゃいけない、と言われてきたんですけど……」
という質問がありました。
そのときは時間がなく、十分に説明できなかったのですが、私は、
「まず個人の歌唱技術としてビブラートを習得して、必要に応じて、かける・外すができるようになるといい」
というようなことを答えたと思います。
私は、これが大事だと思っています。
「合唱ではビブラートをかけない」
ことと、
「ビブラートを知らなくていい」
ことは、まったく別だからです。
ところが、合唱の世界で培われてきた考え方が、そのまま中学校の音楽授業にも持ち込まれているように感じます。
ところが、合唱の世界で培われてきた考え方が、そのまま中学校の音楽授業にも持ち込まれているように感じます。
音楽の先生の中には、合唱を専門にしてきた方も少なくありません。
その方々が「ビブラート反対」という考えを持つこと自体は、私は否定しません。
私は合唱団の歌い方を否定しているのではないからです。
合唱団は、合唱団の音楽として、ビブラートを抑えた歌唱でいいのです。
でも、中学校の音楽授業は、合唱団を育てるための時間ではありません。
あくまでも、一人ひとりの生徒に歌唱技術を身につけさせ、その上で「合わせて歌う」時間なのです。
この違いは、とても大きいと思っています。
④ ビブラートを知ると、歌うことが「暇」ではなくなる
ここで、私自身の話をします。
私は子どものころから、歌の得意な子でした。
でも、歌う技術をきちんと学んだのは、関先生に出会ってからです。
それまでは、
「歌を歌うって、なんて暇なんだろう」
と思っていました。
「音を覚えて、歌詞を覚えて……。ほかにすることがないじゃない」
ところが、ビブラートを教えていただいた途端、歌がものすごく忙しくなりました。
そして、それがとても面白かった。
「ここではかける。ここではかけない」
「もう少し揺れを大きくする」
「ここはまっすぐにする」
歌っている間に、やることがたくさんあるのです。
私は、歌うことの楽しさの一つは、こうした歌唱技術を自分で操れることにあると思っています。
そして、これは中学生にも当てはまります。
生徒にビブラートの技術を教えると、すぐにできる「天才」が結構います。
そういう生徒は、嬉しくなって、得意になってビブラートを披露し始めます。
すると、歌っている間が「暇」ではなくなる。
「ここでかけてみよう」
「今度は外してみよう」
と、自分の声をコントロールし始めます。
それが周りの生徒にも伝わって、次第にビブラートを使える生徒が増えていく。
技術を知ることで、歌うことそのものが楽しくなる。
私は、これを中学校の音楽授業でも大切にしたいのです。
ここで、私自身の話をします。
私は子どものころから、歌の得意な子でした。
でも、歌う技術をきちんと学んだのは、関先生に出会ってからです。
それまでは、
「歌を歌うって、なんて暇なんだろう」
と思っていました。
「音を覚えて、歌詞を覚えて……。ほかにすることがないじゃない」
ところが、ビブラートを教えていただいた途端、歌がものすごく忙しくなりました。
そして、それがとても面白かった。
「ここではかける。ここではかけない」
「もう少し揺れを大きくする」
「ここはまっすぐにする」
歌っている間に、やることがたくさんあるのです。
私は、歌うことの楽しさの一つは、こうした歌唱技術を自分で操れることにあると思っています。
そして、これは中学生にも当てはまります。
生徒にビブラートの技術を教えると、すぐにできる「天才」が結構います。
そういう生徒は、嬉しくなって、得意になってビブラートを披露し始めます。
すると、歌っている間が「暇」ではなくなる。
「ここでかけてみよう」
「今度は外してみよう」
と、自分の声をコントロールし始めます。
それが周りの生徒にも伝わって、次第にビブラートを使える生徒が増えていく。
技術を知ることで、歌うことそのものが楽しくなる。
私は、これを中学校の音楽授業でも大切にしたいのです。
⑤だから、中学校の合唱は「男女二部合唱」でいい
ここまでビブラートの話をしてきましたが、いよいよ最初の結論に戻ります。
歌唱技術を身につけ、歌うことが楽しくなると、生徒は当然、声も出すようになります。
特に、それまであまり声を出さなかった男子生徒が変わってきます。
そして、中学3年生にもなると、男子生徒の体格かなり大きくなります。当然、声量も男子生徒が上回ります。
そんな40人ほどの集団を、
「女声二部+男声一部の三部合唱」
にしたらどうなるでしょう。
……説明するまでもないと思います。
そこで私は、
「男女二部合唱。男子は旋律、女子は副旋律」
という形でやってみることにしました。
これが、実にうまくいきました。
それまで、文化祭の合唱コンクールの練習といえば、
「先生、男子が声を出しません!」
という訴えが、クラス練習でよく聞かれました。
それは、ある意味当然です。
思春期の男子にとって、人前で口を大きく開けて歌うこと自体、かなりのハードルです。
そんな男子生徒に、
「さあ、あなたたちは副旋律を歌ってください」
と言っても、なかなか歌う気にはなりません。
ところが、
男子=旋律
にすると、状況が変わります。
まず、音取りが圧倒的に楽です。
しかも、中学校の音楽の授業は週1時間。
合唱コンクールまでに、授業で合唱を扱えるのはせいぜい6~7回程度です。
その限られた時間で、三部合唱を仕上げるよりも、二部合唱のほうが現実的です。
そして何より、男子がしっかり声を出せます。これは大きなメリットです。
女子は副旋律を歌うことで、ハーモニーを作る楽しさも味わえます。
男子は旋律をしっかり歌い、女子がそこに別の旋律を重ねる。
結果として、無理なく「合わせて歌う」ことができます。
<終わりに>
私は、合唱を否定したいわけではありません。
むしろ、合唱は大好きです。
だからこそ、「合唱団のための合唱」と「中学校の音楽授業で行う合唱」は、分けて考えたほうがいいと思っています。
音楽の授業では、まず一人ひとりがしっかり歌えるようにする。
そのための「歌唱指導」を大切にする。
ビブラートについても、合唱では外すことがあるということを教えながら、個人の歌唱技術としては「かける・外す」を身につけさせる。
そうすれば、生徒は「歌わされる」のではなく、自分の声を自分で操る楽しさを知ることができます。
そして、合唱コンクールでは、
・授業時数が限られている
・男女で声量に差がある
・思春期の男子は人前で歌うことに抵抗がある
・何より、一人ひとりが無理なく歌えることが大切
ということを考え、
「男女二部合唱――男子は旋律、女子は副旋律」
を、私はお勧めしたいと思います。
「合唱をするために歌唱を学ぶ」
のではなく、
「一人ひとりが歌えるようになった、その先に合唱がある」
中学校の音楽授業では、その順番を大切にしたいのです。
「一人ひとりが歌えるようになった、その先に合唱がある」
中学校の音楽授業では、その順番を大切にしたいのです。
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