篠生寺コンサート 2026年6月21日(日)

このブログを読んでくださっている前提で始めます。

<出発まで>
いよいよ篠生寺コンサート当日になりました。今日は日曜日ですから、いつものようにどなたもいらっしゃらないSing幾多郎の会場準備をして、コンサートの最終練習。その後10:30からは母と二人のSing幾多郎。今日はブラームス作曲「湖の上で」の録音完成予定。でも結局完成には至らず来週に持ち越し。

お昼ちょうどに家へ帰り、これからが手持無沙汰。出発は16:50の予定。4時間50分も何していましょう?これ以上歌わない方がいいし、ピアノの練習すると不思議と喉が詰まって来るからよくないし・・・。あ!今日はサッカーワールドカップ日本対チュニジア。よかったよかった、することができて。
日本のシュートシーン全部見ました。4対0で日本の勝ち!わ~い。

<出発>
16:50,台風が近づいているせいか、かなりの強風の中出発です。高速道路は海岸沿いを走っているのでなおさら。皆さんスピード控え目。
車内では、トーク込みの通し練習の録音を聞いて最終確認。高速道路リニューアル工事で対面通行個所もありましたが、渋滞もなく予定通りに到着。これが一番大事なことかも。

<会場での準備>
こんなところです。










広い!でも、思ったより響きません。10年前の私ならこれで頑張りすぎて無理な声を出してしまっていたでしょう。でも今は、響かなくても怒鳴って歌う必要はないことがわかっているので大丈夫。
お坊さんから
「『恩徳讃』という曲をいつも最後に歌っているから一緒に歌ってもらえないか」
と言われ
「楽譜があれば・・・」
あったので、一緒に歌うことにしました。ふと見ると作曲者は日本歌曲の作曲家・清水脩でちょっと驚きました。

~Wikipediaより~
清水脩
1932年(昭和7年)大阪外国語学校(新制大阪外国語大学の前身、現:大阪大学外国語学部)のフランス語科を卒業後、1938年(昭和12年)に東京音楽学校(現:東京芸術大学)選科に入学、橋本國彦に作曲、細川碧らに理論を学ぶ。
真宗大谷派寺院に生まれ、父が舞楽を行っていたという環境から、日本の音楽に積極的に関心を示し、邦楽器のための作品を数多く残した。
作曲家として活躍するかたわら、出版業にも早くから関わった。音楽之友社には設立間もない頃に入社し、『音楽之友』の編集に携わっている。カワイ楽譜時代には、合唱曲の出版を精力的に行った。

<控室>
控室の写真を撮るのを忘れていました。
広い!我が家の1階全部くらい。

<本番>
お客様7名と、お寺のご家族おとな4名、2歳くらいのかわいい女の子1名。
歌とトーク(楽曲解説)とミニ防災講座とミニオペラ講座。
皆さんとても熱心に、また笑うところはちゃんと笑って聞いてくださって、申し分のないコンサートでした。2歳くらいの女の子も、全く音を立てないということはありませんが、あの幼さにしては十分な鑑賞態度。小さなお子さんがいらっしゃるとは思っていなかったので、急遽「さんぽ」を歌いました。「あめふりくまのこ」もリクエストされ歌いましたが、1晩しか知らなくてごめんなさい。(この曲多分5~6番くらいまであると思います)
19:30から40分くらいと言われていましたが、10分ほどオーバーしてしまいました。

<帰り>
帰りの玄関に女の子がリラックマを持ってお見送りに出てきてくれたので、「アンパンマン」を歌いました。

さて、とてもよいコンサートでしたが一つだけ不満があります。帰りのカーナビ君です。
行きは高速を降りた後、ちゃんと普通の道を案内してくれて、普通にお寺にたどり着いたのに、なぜか帰りは住宅街やよくわからない畑の中の道を案内します。多分近道なのでしょう。でも
・知らない場所
・雨
・暗い
超不安!!!
なんとか高速道路入り口まで来たからよかったものの、途中人や獣をはねてしまいそうで怖かったことと言ったら。

<次の本番>
次は今週木曜日。売れっ子みたいですね・・・今年の依頼されたコンサートはこの2つだけですけどね。



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西野真理の色々なお話

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