まずはこの景色をご覧ください。
テニスコートの向こうに見える草むら。
この草むら、陸上競技場(内灘町総合グラウンド)です。
※内灘中学校前駐車場から撮影
内灘中学校に非常勤講師として勤務することになって、打ち合わせのため訪れた時、久しぶりに見て愕然としました。
ここは元々「公式陸上競技場」。しかし、もっと元々は「河北潟」で、それを干拓してできた土地。そのため次第に地盤沈下し、「公式」ではなくなりました。それでも、内灘中学校の授業、内灘町の行事、各種大会ではよく使われ、整備もされていたのです。
ところが2024年元日の能登半島地震での被害で、使用禁止になったようです。
あんなにきれいだったグラウンドがこの草むら。
もちろん、あの地震でご自宅が大きな被害を受けた方、店舗が使えなくなってしまわれた方などのことを思えば、グラウンドのことなど言っている場合ではありません。
あれから丸3年。能登半島地震のことが全国的に扱われることが少なくなって来ました。
このブログで取り上げたきっかけは、このグラウンドの景色。しかし、実は、私の内灘中学校への通勤路は、今も地震の爪痕がたくさん残っているのです。
・傾いた電柱
・側方流動でぐにゃぐにゃに曲がった道路
・大きく傾斜した玄関

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