前ブログをお読みになっている前提で書かせていただきます。
もう1つ気になり続けている言葉があります。「気になり続けている」というのは、つまりこれから書く言葉の方に先に疑問を抱いていたからです。
北原白秋「J・O・A・K」
まず詩をお読みください。
蕗のはやしのかたつむり、
しろいおうちを たてました。
しろいお家(うち)のかたつむり、
角のアンテナ出しました。
ここは 樺太(からふと) 眞岡道(もうかみち)
馬の背よりも高い蕗。
角のアンテナ かたつむり、
J・O・A・K(ヂェイ・オー・エイ・ケー)きいてます。
眞岡道(もうかみち)
↑
これです。
結論から言いますと、この「真岡」という地名の読み
「まおかみち」
がおそらく正しいと思われます。
ところが、山田耕筰の楽譜には、「真実の真」「岡山県の岡」と書いて
「もうかみち」
とフリガナが振ってあるのです。
初めて楽譜を見たときは特に気にも留めませんでした。しかし半年ほど前にピアニストの近藤陽子ちゃんから、この読み方について疑問を投げかけていただいたことから調べることにしました。
最初に調べたのは「樺太にある真岡町」でした。
すると、町の名前としての読みは「まおか」で、「もうか」 ではありません。
そこで今度は「もうか町」で調べてみますと、栃木県にこの読みの町があることがわかりました。でもそれ以上のことはわらず放置。
そんな先日、思いついてAI Geminiちゃんにそのことを質問してみました。
すると、これが絶対真実とは言えないかもしれませんが、かなり真実味のある回答をしてくれました。
~質問~
山田耕筰が作曲した、北原白秋の「JOAK」という詩に、「ここは樺太 真岡道」という一節があります。この「真岡」には「もうか」と読み仮名が振ってあります。しかし、調べてみますと、樺太にある「真岡」は「まおか」と読みます。「もうか」と読む「真岡」は別の地方です。これについて教えてください。
~回答~
おっしゃる通り、現在のロシア・サハリンにあたるかつての領土、樺太の「真岡」の正式な読み方は「まおか」(当時の歴史的仮名遣いでは「まをか」)です。
一方で、現在いちごの生産などで知られる栃木県の真岡市は「もおか」(かつては「もうか」とも)と読みますね。
北原白秋の童謡『J・O・A・K』(大正15年発表)の一節「ここは樺太 真岡道(もうかみち)」で、なぜ樺太の地名に「もうか」というルビが振られているのかについては、白秋の「勘違い(誤認)」、あるいは歴史的仮名遣いに起因する「混同」が原因であるというのが一般的な定説となっています。
この食い違いの背景には、いくつかの興味深い歴史的・文学的エピソードがあります。
1. 白秋自身の「樺太旅行」での実体験
白秋はこの詩を発表する前年、大正14年(1925年)の8月に鉄道省が募集した「樺太観光団」の一員として、実際に樺太を旅しています。
つまり、白秋は間違いなく樺太のその場所を訪れて詩を書いたのですが、耳で聞いた地名、あるいは文字で覚えた地名の読み方を、のちに詩作する段階で混同してしまった可能性が極めて高いとされています。
2. 「まをか」と「まうか(もうか)」の混同
なぜ白秋ほどの詩人が間違えてしまったのか。そこには当時の「歴史的仮名遣い」が関係していると考えられています。
樺太の真岡: アイヌ語の「マオカ(マホカ)」(静かな場所、あるいは、フキの原などの説あり)に漢字を当てたもので、歴史的仮名遣いでは「まをか」と書きます。
栃木の真岡: 歴史的仮名遣いで「まうか」(発音は「もうか」)と読まれていました。
どちらも同じ「真岡」という漢字を使い、仮名遣いも「まをか」と「まうか」で非常に酷似していたため、九州(福岡県柳川)出身の白秋が、のちに東京でこの詩を執筆した際、栃木の有名な「もうか」の響きと頭の中でごっちゃになり、「もうかみち」とルビを振ってしまったのではないかと推測されています。
さあ、困ったことになりました。それでは私は「もうか」「まおか」のどちらで歌うべきなのでしょうか?
・・・と思っていたところにピアニストの近藤陽子ちゃんが、古本屋さんで購入された貴重な北原白秋の詩集の写真を送ってくださいました。なんとその詩集には
「まおか」
とフリガナが振ってあるではありませんか!
これで安心して「まおか」で歌えます。
<フレップ・トリップの「フレップ」とは: 樺太に自生するコケモモ(リンゴンベリー)のアイヌ語名であり、白秋はこの鮮やかな赤と樺太の異国情緒に魅了され、このタイトルをつけました。
樺太の真岡市街全体



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