西野真理 書き起こしシリーズ
中田敦彦のYouTube大学より
アドラー心理学「嫌われる勇気」
ダイヤモンド社 岸見一郎 著 古賀史健 著
<はじめに>
先日中田敦彦さんのYouTube大学から「フェルマーの最終定理」を書き起こし、2022年8月現在、FMかほく「Sing幾多郎」で少しずつお話しています。その最中に探していて見つけたのが今回の動画です。
以前ざっと聞き、その後また聞き、今朝3回目を聞いて「これだ」と思いました。
中田敦彦さんに了解をとらなくてはと思い、コメント欄に
いつも素晴らしい内容を優れた話術でお届けいただきありがとうございます。「フェルマーの最終定理」、現在、私がパーソナリティを務めている小さな地方FM局で少しずつ紹介させていただいています。こちらの「嫌われる勇気」も大変興味深くわかりやすく、3回聞かせていただきました。そこで2点お尋ねいたします①書き起こして私のブログに掲載してよろしいでしょうか?②FM放送で内容を紹介してよろしいでしょうか?
と書き込んだところ❤マークが付けられていたので、勝手に良いと判断しました。でももしだめって言われたら即刻削除しますしFMで喋るのもやめます。そもそも「中田敦彦のYouTube大学」をご覧になればいいことですからね。
それでは書き起こしを始めます。
ただし、中田さんおしゃべりを少し要約し、文語体にしてあります。
<中田敦彦のYouTube大学 アドラー心理学「嫌われる勇気」>
この本、名前は知っていたが
「炎上しても頑張れ!」
ってそういうことではない。そういうことをくどくど言われたくないと思っていたが、読んだらとても面白かった。売れている理由がわかった。イメージしていたことと少し違ってもいた。
まずこの本は
・日本で200万部、世界で443万部売れているから海外の本だと思っていたら
違った。アドラーが書いた本ではなくて日本人カウンセラーの「岸見一
郎 古賀史健」の本。
・そもそもアドラーとは心理学の3大巨塔の一人
1 フロイト 2 ユング 3 アドラー
そしてアドラーこそが現代人を幸福にする心理学を持っていた。
そのことをカウンセラーの二人がカウンセラーならではの視点で書いてく
れている。
・さらにこの二人の日本人カウンセラーは元々哲学をやっていた人でギリシ
ャ哲学とアドラー心理学を上手くブレンドして伝えていくれているからわ
かりやすい。
・この本は先生と青年の会話形式で書かれている。最初読者は青年に共感す
るが、理解が深まるにつれ、先生側の気持ちになってくる。
~この本の主題~
「幸福に生きるための考え方」
主張はたった3つ。
①人は変われる
②世界はシンプル
③誰もが幸福になれる
この3つを見ると
「※都合のいいことを言うな、どうせ私は幸福になれない」
と否定的な考えが起こるが、このようにはっきり言われることで、自分が※のように思っていることが浮き彫りになる。でも、はっきり言われたことで
「もしかして自分も幸福になれるの?」
と考えたとき読みたくなる。
①人は変われる~トラウマなんてない~
「あのときのこれで私は今も苦しんでいる」
ことを完全否定。
「トラウマなんてない、だから人は変われる」
フロイト:「原因論」・・・過去が原因で今がある
アドラーはこれを否定。その心理学には何の意味があるのか。原因だけ言っていてもなんの解決にもならない。
「実はトラウマなんてなくて本人がそのトラウマを利用している」
とアドラーは言う。今のままが楽だから過去のせいにしてるだけ。
赤面症の女性がいた。赤面症が治ったらどうしたいかと聞くと
「好きな人に告白したい。赤面症でさえなかったら告白したい」
そこでアドラーは
「私は赤面症を治しませんよ。あなたは赤面症だということを理由にして、告白できないという状態をキープしている」
と伝える。
告白したら振られるかもしれないというのは大きなリスク、恐怖。それから自分を守るために赤面症であることを理由にしてるんじゃない?
中田さんが出した例
親父に反対されたからお笑い芸人になる夢を諦めてこの会社で働いてる、みたいなことを言う人。この人も、もし本当にお笑い芸人になっていたら売れなかったかもしれない。それが怖いから挑戦せずに親父のせいにしてるんじゃない?
「怒り」や「劣等感」も同じようにあなた達は道具として利用している。
例えばレストランで服にコーラをこぼされた。こぼされた人はかっとして大声で怒鳴る。怒鳴っている人に
「怒りはコントロールできませんか?」
と聞けばできないと答えるだろう。しかし
「その時ナイフを持っていたら、こぼした人を刺しますか?」
と聞かれたら
「刺しはしない」
と言うだろう。
このように怒りはコントロールしようと思えばできる。
トラウマも怒りも劣等感も私たちは道具にしている。
だからそれは原因じゃない。
そこでこの本の青年は反抗する。
「そうなふうに言われると、お前のせいだって言われてるだけで夢も希望もない。俺が弱いって言ってるんですか!」
「違う。だから変われるんだ。変わる勇気を持つことが大切なんだよ」
アドラーは「お前は変われない」という慰める心理学ではなくて、勇気を与えて
「あなたは変われるよ!」
と、背中を押してくれる心理学。
人はつい
「いつも」「みんな」
と言いたくなる。
中田さんが出した例
自分が「武勇伝」で世間から色々言われたとき、「漫才じゃなきゃ芸じゃないってみんな僕らのこと否定するんだ」とか言っていたが、よく思い出してみれば、肯定してくれる先輩もいっぱいいた。なのになぜか「武勇伝」が否定されたことで自分はああなったという風に言いたいだけだったかもしれないと思えてきた。
YouTubeを始めたときだって、たしかに否定する人もいたが、面白いと言ってくれる人だってちゃんといた。自分の言い訳として演出しようとしていたのかもしれない。
②世界はシンプル~大体があなたの課題じゃない~
「全ての悩みは対人関係」 仕事・交友関係・愛情
例えばお金。お金が「ある」とか「ない」とかいうのも人との関係の中。
もっと稼ぎたい・・・だれより?
お金そのものが人がいなければ通用しない。
対人関係のスタート地点は「課題の分離」。自分のことと人のことを分ける。
その事によって引き起こされる結末が誰に影響を与えるかを考える。
~アドラーの禁止事項~
①「褒められようとすること」承認欲求否定
褒められようとする教育を「賞罰教育」といい、褒められないと何もしない
という精神も生んでしまう。
例えば道の掃除をしている、道路の雪かきをしている、でも誰も褒めてくれ
なかったらやめるんだったら、あなたの行動は他人が決めるんですか?それ
はとても自由じゃない。だから褒められようなんてしなくていい。
②「褒めること」
褒めるというのは能力が上の人間が下の人間に行うこと。更に上から下であ
ってもやってはいけない。褒めるということで能力を評価する事によって、褒められた人は「自分はこの人より下なんだ」ということを、潜在的に刷り込む行為。
ではどうするか?
横の関係で考える。
褒めるのではなく、「感謝する」。そうすると自由ではない世界から解き放たれ「嫌われる勇気」を持つことができる。
誰だって嫌われるのは嫌だ。でも自分の行動で相手が自分を嫌うかどうかってあなたは決められますか?
例えば「食べ放題」のお店でいっぱい食べてるのを見て「食い意地はってる」と嫌われることもあるかもしれないが、「よく食べて気持ちがいい」と思う人もいる。だったらそれは、あなたの課題じゃない。それならあなたは自由にやりたいことをして、課題を分離して、嫌われる勇気を持って、褒めも褒められもせず、感謝だけしていればいい。
それがスタート地点。
ゴールは「共同体感覚」
幸福とは、仲間に貢献できている感覚
③「競争」
競って勝たないと自分には価値が無いと思いこまなくていい。
~「自己受容」~
自己肯定とは違う。自己肯定は、例えばテストが60点の自分を「それが100点です」と無理に言う事。それはしなくていい。
自己受容は60点の自分を受け入れる。
例えば仕事をしてお金を稼が無ければ自分には価値が無いと思ってしまう人は仕事中毒になってしまう。そうではなくて、自分がその家にいるだけで家族は嬉しい、そういう価値観。行為レベルではなく存在レベルで自己を受容する。
~「他者信頼」~
信用と信頼は違う。
信用は条件がたくさんつく。銀行からお金を借りるときのようなもの。
信頼は無条件。無条件で信じること。
他者を無条件で信じろとアドラーは言う。
この本の中で青年は言う。
「無条件で信用してどうするんですか!裏切られますよ」
すると先生は
「あなたが信用して裏切られるか裏切られないかって、あなたの仕事ですか?相手はあなたが信頼しているかどうか察知しますよ。どうせわからないんだったらまず信頼するんですよ。裏切られるかどうかなんてあなたの課題じゃない」
ここまで来てついに
~「他者貢献」~
本の中で青年は言う。
「ふざけんな。俺は会社の社長になるとか、ミュージシャンで成功するとかそういうふうなことがしたいんだ。他者に貢献するって、それだけ?」
「大富豪になった人がそれでもまだ仕事をしているのはなぜだと思う?実は他者に貢献したいからなんだ。その居場所の共同体の中でみんなに喜んでもらいたい、それだけなんだよ。人生を線のように考えてはいませんか?その線の先へたどり着けないと幸福ではないと思っていませんか?人生が何歳で終わるかわからないけれど、その時その時で仲間に貢献できていると自分で思えていたらそれはもうゴールしてる。常に人生は完結してる。もう幸せ」
瞬間瞬間で楽しいのが人生。
人生を線で考えると辛い。あなたはもうすでに幸福であることがわかってる。点の連続として捉え、今に集中するだけ。
そんなの普通の人生じゃないかと思うかもしれないが、これは「普通である勇気」でもある。普通かもしれないが、みんなに貢献できていれば最高に幸せ。それでいいじゃないか。 終わり
以下、補足
<Wikipediaより 岸見一郎>
京都府生まれ。洛南高等学校卒業。1987年、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。
京都教育大学教育学部、甲南大学文学部、京都府医師会看護専門学校、奈良女子大学文学部非常勤講師、前田医院精神科勤務、
京都聖カタリナ高等学校 看護科(心理学)非常勤講師。日本アドラー心理学会認定カウンセラー。日本アドラー心理学会顧問。
専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。
大学院時代には母親の看病のために半年間学校に通うことができなかったが、その間に参加していた哲学の読書会によって、哲学の有用性を認識したと振り返っている。
2013年に刊行した古賀史健との共著『嫌われる勇気』が100万部を超えるベストセラーになる。
<ほぼ日の塾 糸井重里さんとの対談のページより引用>
株式会社バトンズ代表。一般誌・ビジネス誌等のライターを経て、現在は書籍のライティングを中心に活動。著書に『嫌われる勇気』(共著/岸見一郎)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』、インタビュー集に『16歳の教科書』シリーズなどがある。
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