ポアンカレ予想 書き起こし (NHK 笑わない≠数学)2022年8月15日

 西野真理書き起こしシリーズ NHK笑わない数学 

ポアンカレ予想

パーソナリティ 尾形貴弘

 <はじめに>

20227月半ばに中田敦彦さんのYouTubeチャンネル動画から「フェルマーの最終定理」(について書かれた本を中田さんが要約しておしゃべりしてくださったもの)を書き起こし、個人的には大満足。それをパーソナリティをしているFMかほくでも喋ったりと、とても楽しい体験をすることができました。(その本、購入しました。おすすめです)

そんなとき、NHKで「笑わない数学」という番組を放送していることをたまたま発見して録画。最初に見たのがこの「ポアンカレ予想」でした。

面白い!

というわけで、この番組も書き起こすことにしました。

 

パーソナリティの尾形さんは「一生懸命系(?)」のお笑い芸人さん。尾形さんも数学はそんなにわかっているわけでないのでしょうが、その必死さが嫌味でなく、番組を楽しく見ることができました。

 

尾形

今日のテーマはポアンカレ予想

この名前何処かで聞いたことあるなという方もいるかも知れません。

フランスの天才数学者アンリ・ポアンカレ1854-1912)が今から約120年前に世に送り出した世紀の難問です。

この難問を証明したロシア人数学者グリゴリ・ペレリマン博士がその後なぜか姿を消してしまったというエピソードをご存じの方もいることでしょう。このポアンカレ予想、数学の言葉ではこんなふうに表されます。

 

単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相と言えるか?

 

いつもそうですが、数学の言葉ってほんと、わけがわからないですよね。でも実はこれ、いわば

「宇宙の形がざっくり丸いか丸くないか確かめる方法はあるか?」

っていう問題なんです。

 

宇宙の中に生きている私達に宇宙の形なんてわかる訳がない?そうなんです、そのとおりなんです。宇宙の形を外から見るなんて絶対できませんもんね。

しかし、ポアンカレは言います。

「宇宙の外に出なくても、宇宙がざっくり丸いか丸くないか確かめることができるはずだ」

一体どうすればそんな事できるっていうんでしょうか?

でもいきなり宇宙のことを考えるのは難しすぎるので、まずはちょっとだけ簡単な例で考えてみましょう。

 

地球の外に出ずに、つまり地球上にいて地球がざっくり丸いか丸くないか確かめる方法はあるでしょうか?

 

ナレーター

地球はざっくり丸いか丸くないか、500年前それを確かめる方法を考え、実行に移した人物がいました。フェルディナンド・マゼラン(1480-1521)。

マゼランは

「ひたすら西へと進み続け、出発地点に戻ってくることができれば地球が丸いことを証明したことになるはず」

と考えたのです。

しかし、当時は多くの人が世界は平らだと信じ疑わなかった時代。

海の向こうは滝になっているという話まであったんです。

命をかけた挑戦は本当にうまくいくのか。

スペインを出発し(1519年)西へ西へと船を進め、南米大陸を周り太平洋を横断する旅は困難を極めました。

その途中、マゼラン自身も命を落としてしまいます。

しかし、スペインを出発してから3年後(1522年)、とうとう出発地点へ戻ることができたのです。世界1周を初めて成し遂げたマゼランの艦隊。この偉業は地球が丸いことを初めて立証したとして歴史に刻まれる事になりました。

 

尾形

いや~めでたしめでたし。

歴史の授業で習いましたよね。

マゼランは世界を1周して地球が丸いことを証明したって。同じ方向にずっと進んでいって元の場所に戻ったんだから、地球はざっくり丸いってことですよね。

でも皆さん、あるときあの天才数学者・ポアンカレが変なことを言い始めたんです。

「マゼランの方法では地球が丸いことの証明にはならない」

って。

何言ってんのポアンカレ。

なに?ドーナツ形?

この形でも同じ方向に進んで一周できるんです。

世界1周に成功しても地球が丸いことの証明にはならないってことですよ。

じゃあ一体どうすれば地球の外に出ずに地球が丸いか丸くないか確かめることができるんでしょうか?

 

ポアンカレはこうすればいいっていうんです。

 

ナレーター

それは1本の長いロープを使う方法なんです。

まずはロープの端をどこかに結びつけておきます。そしてロープのもう1方の端を船に結びつけてマゼランと同じように世界を1周してもらうんです。

そして世界1周から戻ってきたら、出発地点のロープの端と戻ってきたロープの端の2つを持つんです。

想像してみてください。あなたは今地球を1周してきた巨大な輪っかをつかんでいるんです。そしたら今度はロープを引っ張ります。すると、最後にはロープが全部戻ってきます。

ポアンカレはいわばこうして世界1周してきたロープをいつでも必ず回収できれば地球はざっくり丸いと言えるといったんです。

 

じゃあ、地球がもし丸くなくてドーナツみたいな形だったら何が起きるでしょう?ロープが引っかかって回収できません。穴を通るように1周していたから回収できないんですね。

一方、穴に沿ったように1周していた場合、無理に回収しようとするとロープが地球から離れてしまい、地上にいながらにして形を調べたことにはなりません。(注・この部分の説明は、西野真理には理解不能でした)

 

わかりましたか?

ロープをいつでも必ず回収できれば地球はざっくり丸いと言えて、回収できなければ、丸くないと言える。

これがポアンカレが考えた地球の外に出ずに地球の形を確かめる方法だったのです。

 

尾形

マゼランみたいに世界1周して出発地点に戻ってくるだけではダメで、ロープを回収できるとこまで確かめてようやく地球がざっくり丸いことまでわかるって数学者って不思議なこと考えますよね。

 

でもさっきから「ざっくり丸い」とか「ロープを引っ張る」とかずいぶんいい加減な感じで、これって本当に数学の話なの?って思っていらっしゃる方もいるんじゃないでしょうか?

 

実は今日の話は、ポアンカレが自ら切り開いた数学の新しい分野、物事をざっくり捉える「トポロジー」という分野の話なんです。

 

例えばスプーンとお皿、ぜんぜん違う形ですが、トポロジーの考え方では全く同じ形なんです。スプーンとお皿、少しずつ変形させていくと、どちらも丸い玉になりますよね。だから2つはざっくり同じ形だと考えるんです。取手の付いたコーヒーカップはドーナツと同じ形。取っ手のついたお急須は2つくっついたドーナツと同じ形。

とにかく細かいことは気にせず形ざっくり捉えることで数学は大きく発展したんだそうです。そしてこのトポロジーという武器を手にしたポアンカレが挑んだのは宇宙の形だったんです。

 

さあ、ここからが本題、ポアンカレ予想のお話です。

復習するとポアンカレ予想とは

「宇宙の外に出ずに、宇宙がざっくり丸いか丸くないか確かめる方法はあるか?」

という問題でした。

 

さっき地球の形はロープ1本で確かめられましたよね。

ポアンカレは

「宇宙の形もロープ1本で確かめられるはずだ」

という予想を立てたんです。

 

ナレーター

ポアンカレは宇宙のような捉えどころのない形をどうやったら確かめられるのか悩み続けていました。そしてこうすれば確かめられるかもしれないという一つの考えに到達します。

それはいわばこんな方法でした。

ロープの端を地球に結びつけておいてもう一方の端をロケットにくっつけて打ち上げるのです。

ロケットはロープを付けたままひたすら宇宙を駆け巡り、やがて地球に戻ってきたとしましょう。そして宇宙を1周したロープを引っ張り続け、もしいつでも必ず回収できれば宇宙はざっくり丸いと言えるのではないかという予想を立てたのです。逆にもしロープが引っかかって回収できない場合は丸くないはずだというわけです。

けれど実際は宇宙の外には決して出られないわけですから、これが本当に正しのかどうなのかは全く明らかではないのです。

 

ポアンカレがこの予想を数学界に問いかけたのは1904年のことでした。

しかしポアンカレは自分の予想が正しいかどうか証明できないままこの世を去りました。

 

尾形

ポアンカレのあとに続いた数学者達も人生をかけても解くことができないとてつもない難問として立ちはだかることになります。

実はポアンカレはポアンカレ予想を記した論文の最後に、こんな不気味な予言を残していました。

「この問題は我々をはるか遠くの世界へ連れて行くことになるだろう」

 

ナレーター

宇宙の形に迫ったポアンカレ予想には数々の数学者が底しれぬ魅力を感じるようになります。しかしその多くが、人生を翻弄されていったというのです。

 

ウォルフガング・ハーケン博士もその一人でした。(イリノイ大学名誉教授・実際に画面に登場してトーク)

「いつも証明の98%までは簡単にたどり着くのですが、あと1歩で失敗しました。でもそのうちに解決策が見つかり、しばらくはそれに夢中になる。それがだめだとわかるころ、また他のアイデアが出てくる。そうやって精神的に振り回されどんどんはまり込んでいきました。最初に持っていた希望はやがて絶望に変わり、最後には自分の怒りをコントロールできなくなる。それがポアンカレ予想の罠なのです」

 

数学者たちを悩ませたのは、ロープを回収しようとしてもいわば結び目ができたり絡まったりして、回収できるかどうか判断できないということでした。

 

ポアンカレ予想の証明に長年悩み続けてきた数学者の一人ジョン・ストーリングス博士(カリフォルニア大学名誉教授・実際に画面に登場してトーク)は後世への警告とも言える論文を書きました。

論文のタイトルは『どうすればポアンカレ予想の証明に失敗するか』

「間違っているのは明らかなのに、証明の中の欠陥に気づかない。原因は自信過剰や興奮状態、あるいは過ちを犯すことへの恐怖で正常な思考が邪魔されることである。こうした落とし穴に陥らない方法を若い数学者が見つけてく入れることを祈る」

 

ポアンカレ予想は決して近づいてはいけない難問とも呼ばれるようになっていったのです。

尾形

いやおそろしい。

「この問題は我々をはるか遠くの世界へ連れて行くことになるだろう」

というポアンカレの予言通り、数々の数学者が手痛い挫折を味わうこのになったのです。

 

でもそんなときこれまでとは全く違うアプローチでポアンカレ予想に挑む人物が現れます。

 

思い出してください。ポアンカレが考えたのは宇宙の形はざっくり丸いのか丸くないのかということですよね。

実はポアンカレ、この「丸くない」形がどんな形なのかということは詳しく考えていなかったのです。

「丸くない形」って、一体どんな形があるのかちゃんと考えるのはあまりに難しかったからです。

そこに登場したのが「マジシャン」の異名を持つアメリカ人数学者ウィリアム・サーストン博士(1946-2012)でした。

サーストン博士は誰もが敬遠していた「丸くない形」とはどんな形なのかを徹底的に考えるという挑戦を始めたのです。そのことがポアンカレ予想の証明の重要なステップになっていきます。

 

ナレーター

誰も思いつかない数々の発想で「数学界のマジシャン」と呼ばれていたサーストン博士。ポアンカレ予想の誕生から80年近くが経った1982年。宇宙の形につながる一つのアイデアを発表します。

それは

「宇宙がどんな形であったとしても最大8種類の形の組み合わでできているはずだ」

というものでした。

そしてこのアイデアが正しければ、ポアンカレ予想もまた正しいと証明されることを示したのです。それはなぜなのか。サーストン博士によると、その8種類の形とは一つは丸い形でそれ以外はドーナツ型など丸くない形です。

 

ここでポアンカレのロープを思い出してください。実は丸い形以外の7種類のどれか一つでも宇宙に含まれている場合、ロープは回収できないことにサーストン博士は気づいたのです。ということは、ロープが回収できる形はたった一つ、ポアンカレの予想通り丸い形に限られるのです。

こうして、宇宙がどんな形だったとしても最大8種類の形の組み合わせでできているはずだというサーストン博士のアイデアが正しいことを示せればポアンカレ予想を証明したことになるというのが明らかになったのです。

 

これ以降世界の数学者たちはサーストン博士のアイデアが正しいことを証明しようと動き出すことになります。

 

尾形

宇宙がどんな形だったとしても最大8種類の形でできているはずだなんて、数学者はとんでもないことを考えるものです。

だいたい、8種類だなんて言われてもそれがどんな形かなんて全く見当も付きません。

このサーストン博士のアイデア、残念ながら正しいことを証明できる数学者はなかなか現れませんでした。

 

しかしある日突然、誰もが全く予想しなかった形で登場することになります。

 

ナレーター

2002年、インターネットにいきなり掲載されたある論文がありました。サーストン博士のアイデアの正しさを示すことでポアンカレ予想の証明にたどり着いたという論文です。

ところがこの論文、最初はそれほど注目されませんでした。

 

ブルース・クライナー博士(ニューヨーク大学教授インタビュー)

「数学者は皆半信半疑でした。証明できたという主張が正しかったためしがなかったからです。とにかく疑っていました」

 

しかし、数学者たちが論文を読み進めても、間違いを発見できません。ついに、インターネットの論文の著者を呼んで話を聞こうということになりました。

会場に現れたのはトポロジーの分野では全く知られていなかったロシア人数学者、グレゴリ・ペレリマン博士。しかも博士の証明方法は参加していた数学者にとって全く見たこともないものでした。トポロジー意外の数学が使われていただけでなく、エネルギーやエントロピーといった物理学の考え方まだ用いられていたのです。

ジョン・モーガン博士(コロンビア大学名誉教授インタビュー)

「それまでポアンカレ予想に取り組んできた数学者は『証明が終わってしまった』と落胆し、『トポロジーの手法が使われなかったこと』に落胆し、『証明が理解できない』と落胆しました」

トポロジーの専門家たちは、

「ああついにポアンカレ予想が証明されてしまった」でも「自分にはその証明が全く理解できない。誰か助けてくれ」という感じだったのです。

 

その後、ペレリマン博士の論文は4年の歳月をかけて隅々まで検証されました。そして2006年、証明の正しさが認められました。

 

尾形

いつも思うんですが、数学の難問の証明というものは、それが重要な難問であればあるほど誰も予想しなかった形で行われる運命にある、そんな気がしてなりません。

 

ポアンカレ予想もまたそんな難問の一つだったということなのでしょう。

ところがポアンカレ予想の証明にはそのあとさらに数奇な物語が待っていたのです。

 

ナレーター

世紀の難問を証明し、数学界の称賛を一身に浴びることになったペレリマン博士。数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞が与えられることになりました。しかし晴れの授賞式、司会者の口から出たのは思いもよらぬ言葉でした。

「残念ながらペレリマン博士は受賞を拒否しました」

さらにペレリマン博士は証明にかけられていた100万ドルの懸賞金の受け取りも拒否してしまったのです。

かつては明るく社交的だったというペレリマン博士。

ポアンカレ予想に挑む中でなにかが変わっていったというのです。

証明を終えたあとは親しい友人とも連絡を絶ち、数学会からも忽然と姿を消しました。

 

アレクサンドル・アブラモフさん(高校時代の恩師インタビュー)

「彼は全く別人になってしまいました。彼の生きている世界は私達が生きている世界とはもはや違うようです。ポアンカレ予想を証明することは私達には想像すらできない恐ろしい試練だったのかもしれません。その試練を彼は一人でくぐり抜けました。しかし、その結果彼は何かを失ってしまったのです」

 

「この問題は我々をはるか遠くの世界へ連れて行くことになるだろう」

かつてポアンカレが残したこの言葉を、多くの人が噛み締めることになりました。

 

尾形

ペレリマン博士はその後、大学や研究所には戻らず論文を一つも発表することなくひっそり息をひそめるように暮らしていると伝えられています。

 

それにしても数学者はなぜ人生をかけてまで難問に挑むのでしょう。そこには私達一般人にはわからないとてつもない魅力があるのでしょうか。そしてそれが解けたときにはお金や名誉はどうでもいいと思えるようになるのでしょうか。もしそんな事があるんだったら僕もいつかそれを感じ取れるようになってみたい。そう思います。

 

ところで実際宇宙の形はざっくり丸いのか丸くないのか?

天文学者によると最新の研究結果では、

「ざっくりドーナツ型ではないか」

と考えられているそうです。

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