「春の横浜に歌う」その8 本番 2026年4月1日(水)

<本番ステージへ>
ステージ袖のドアを演出家の大島先生が開けてくださいました。今振り返ってみると、その時全くあがっていなかったことがわかります。39歳のあの時の
「咳が出なければいい」
と同じ
「声が出ればいい」
そのことしか頭にありません。

今回の舞台は上出上入。客席から見て右から入って右から出ます。いつもと反対。
なぜ?と聞いてみると、このステージ、下側のドアが舞台横ではなく後ろにあるのです。そのため、演奏者が退場する時、お客様に背中を向けることになり、それを演出家の大島先生が避けたいという意向から。一方、上手のドアは横にあります。
そのことが私に少し味方してくれることになりました。
八ヶ岳声楽セミナー本番のステージで関定子先生から
「ステージに登場してお辞儀をする前にピアニストの方を向いちゃダメ」
と注意されていたのです。つい見てしまうんですよ。でも今回のように上入だと、ピアニストは私の後ろを通ってピアノの前まで行くことになり、確実にピアニストがそこにいるとわかるので、安心してお辞儀できます。

<本番>
陽子ちゃんの私を気遣ったやや抑えめ音量の前奏のお陰で、とても落ち着いてスタート。用心深く出した一声目も、十分客席に届いているようです。
そうなるとあとはスムーズ。客席を観察する余裕も出て来ました。最後に
「作曲者の廣木良行さんがご来場くださっています」
を言うために、廣木さんも探しておかなくちゃ。あ!わかりました、私から見て右前方。
彼と娘の彼のご両親も一生懸命探しましたが、こちらはわかりませんでした。
八ヶ岳でご一緒したT橋さん、来てくださっています。
・・・という具合の余裕。

最後の曲「祈り」。これは私から陽子ちゃんに
「我慢!」
と、自分に言い聞かせる意味も込めて伝えてありました。間合いをどれくらい我慢できるかにこの曲はかかっていると考えたから。
陽子ちゃん、私の理想の我慢・・・いえ、間合いをとって、最後の1音を弾き終えてくれました。
そこで私もその1音の最後の響きがホールから消えるまで体勢を崩さず、お客様に拍手されないよう我慢して、演奏を終えました。
そして
「作曲者の廣木良行さんが〜」
で廣木さんにも拍手を頂き、私と陽子ちゃんのステージは終わりました。

<ラストステージで>
それぞれのソロステージのあとは、全員で童謡メドレー(私は「ゆりかごの歌」)と合唱(「夕焼け小焼け」)。
最後に
「会場の皆様とご一緒に『赤い靴』」
これで終わり、と思った途端、咳が襲ってきました。我慢しても抑えきれず、前奏で咳の音をたててしまいました。皆様に申し訳なくて、袖に引っ込もうかと思いましたがそれわはそれで迷惑。なんとか音を立てず最小限に抑えて(抑えたつもりで)ラストステージを終えました。
緊張って大事です。

こうして「春の横浜に歌う」全てが終わりました。

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