カント「純粋理性批判」 はじめに 2022年2月4日

 

NHK 「100分de名著」

カント『純粋理性批判』書き起こし

西野真理勝手に統合版エッセイ

第1回 近代哲学の二大難問

第2回 科学の知は、なぜ共有できるのか

第3回 宇宙は無限か、有限か

第4回 自由と道徳を基礎づける

             ・・・・のはじめに

 

<はじめにのはじめに>

ブログに「善の研究」をアップしましたので、ついでと言ってはなんですがカントもアップすることにしました。エッセイとしてはひと繋がりですが、長いのではじめにも含めて5分割でアップいたします。

<西田幾多郎・「善の研究」と、はじめに>

美女エッセイPART17をお読みくださった方は、西田幾多郎・著「善の研究」書き起こしをお読みくださった(そこだけ読み飛ばした)ことと思います。お疲れさまでした。

 

ちょっとPART17の復習。

西田幾多郎は私が結婚したイケメン配偶者の出身地であり、二人の子どもが育ち、私が現在も居住している宇ノ気町(現在はかほく市)出身の世界的哲学者。

山口県から来た私は

「え!!!あの西田幾多郎の出身地!」

と驚き喜んでいるのに、彼も、その後生まれた子どもたちも、その凄さの感じ方が私よりかなり低いのです。

※西田幾多郎記念哲学館という安藤忠雄設計のホールがわが家の近所にあり、美女コンはそこでやっています。先月お亡くなりになった李登輝さん(2020年7月30日没)も2004年末ご来場され、私は握手しました。詳しくは美女エッセイPART6をどうぞ。

その著書「善の研究」は、読んでみようと購入するも結局読めず、そうこうしているうちにNHK様がテレビで取り上げてくれたわけです。そのことに私は

「これで読まずに済む」

と志の低い喜び方をしたものの少し反省し、そのテレビ番組書き起こしに着手しました。

「やめとけばよかった・・・」

と途中で思いはしましたが、あまり意味のない意地で最後までやり遂げました。しかし、エッセイに載せるにはあまりの量の多さ。エッセイには4回シリーズ中第1回の書き起こし飲みを掲載。残り2~4回は統合版を作成して掲載しました。

 

~ここからが、はじめに~

その後、別件で教育界の師匠・野口芳宏先生に送付物がある時に、読んでもらえるあてもない書き起こし全部を、ご迷惑も顧みず同封したところ、思いがけず先生から労いのお電話が。

その御礼のお手紙に

「カントの『純粋理性批判』もTV放送されたので、それも書き起こそうと思っています」

と書いてしまいました。

こんなこと野口先生が覚えていらっしゃるはずもないのですが、そこはそれなりに真面目な部分を大人になってやっと身につけた西野真理は、子どもの頃、夏休みの宿題をいつまでもやらなかった罪滅ぼしに

「58歳の夏休みの宿題」

として、お盆休みの8月11日に書き起こし着手しました。

1日目は久しぶりの知的作業のため頭痛に見舞われたましたが、その後は順調に進み8月14日、無事終了しました。こうなるといつまでも書けそうな精神状態。

これを全部エッセイに載せると全部で24ページ。誰にも読んではもらえません。

そこで、西田幾多郎のときよりさらに統合して、全統合版(西野真理的に印象に残ったところだけを載せる)としました。

 

<最初に「おわりに」>

感想その①

「カントってベートーヴェンと時期がダブってたんだ!なるほど」

これが一番印象に残ったこと。

カントは1724年生まれ1804死去(79歳)、ベートーヴェンは1770年生まれ1827年死去(56歳)。音楽史はいろんな歴史と組み合わせながら、結構うまいこと喋ってきたつもりだったが、カントのことも知っていれば入れられたのに。教員生活残り2シーズンの音楽史授業では絶対喋ろう。

 

ベートーヴェンは音楽史上初のフリーの作曲家という言われ方をする。他にもいらしただろうが、

「このくらいの知名度を持ち、ちゃんと音楽で稼げた作曲家の中で」

という意味において。

ベートーヴェンのちょっと前の大天才モーツァルト(1756年生まれ1791年死去・35歳)だってフリーではあった。でも、モーツァルトは

「定職が欲しくて欲しくてたまらなかったけど、定職につけなくてフリー」だった人。バッハだってハイドンだって自由に音楽を書いたことはもちろんあるどろうけれども、基本は教会や金持ち・貴族のために書いてお金を稼いでいた。でもベートーヴェンは

「自分で書いて自分で値段をつけて売った」

本当にフリーの人。

それが出来たのはその頃の社会情勢あってこそ。

カントの『純粋理性批判』の中に「自由」に関することがたくさん書いてあり、ベートーヴェンもその時代に生きた人なんだなあ、だからあんな曲書けたんだなあ~

感想その②

カントは57歳で『純粋理性批判』を書き上げた。西野真理は57歳までに美女エッセイを17冊書き上げた。

 

感想その③

カントは柔軟で真面目。

 

感想その④

これを書き上げた後で

「やはり『純粋理性批判』の本物も読んでみるべきだろう」

と西田幾多郎記念哲学館の図書館に行き、手にとった。

1行も読むことが出来ず、仕方なく解説書を2冊手にとったが、それすら読む事ができず、仕方なく2冊の「あと書き」だけを読み、さらにカントのことをこれ以上簡単に書けないといった感じの薄い絵本を読んで帰り、翌日もう一度行って5冊ばかりのあとがきと、4コマ漫画「となりのカントくん」を途中まで読み、家に帰ってこれを電子書籍で買った。この漫画はなかなかです。

この時思ったが、

「『あとがき先読み』はおすすめ!」

・・・なんて書くと、読書好きの方や、

「本を読むということはね・・・」

と語られるような方からすると、とんでもない考えだろう。でも、本当にいい。その本の内容が端的にまとめてあると同時に、このような解説本の場合、解説をしようとした人の熱い気持ちがよく伝わってきて、「それなら読もうかな」という気持ちに少しなる(カントは読まないけどね・・・)。

 

余談だが、コロナ対策真最中のこの時、記念館入場者は入口で住所氏名電話番号を書かねばならなかった。

 

善の研究 2~4要約版 2022年2月4日

 

NHK 100分で名著 

西田幾多郎・著「善の研究」書き起こし

第2回 善とはなにか  第3回 「純粋経験」と「実在」

第4回 「生」と「死」を超えて       

解説 批評家:若松英輔

 西野真理著「美女エッセイ PART17」より

<はじめに・令和元年11月4日(振替休日)現在>

今回の題名を見て

「西野真理、2~4回は諦めたな!」

と思われた読者の皆さん、違います。

第4回までの書き起こし、先程すべて終了いたしました。

しかし・・・・

第1回を読んでくださった方はお判りの通り、1回につき11ページ費やすのです。

私のエッセイは大体120ページ前後ですから、「善の研究」の書き起こしだけでPART17の3分の1が埋め尽くされることになってしまい、これじゃ「美女エッセイ」じゃなく「幾多郎エッセイ」になってしまうという危機感を覚えました。

実は第2回を書き起こし終えた時、すでにそれに気づいていた私は、

「第2回以降は書き起こしたあと要約版を作って、それをエッセイに載せよう。元版を読みたい方にはそれを送って差し上げよう」

とまで考えたのです。

そして第2回の要約版を書いたのですが、それですら5ページ。

一体誰がこれを4回分もお読みになりたいでしょうか。

西野真理のこれを40ページ以上お読みになる根性のあるような方は、最初から「善の研究」本物をお読みになれる方です。

そもそも、西野真理が西田幾多郎大先生を要約しようなんて、おこがましいにもほどがあります。

そこですっかり開き直って、西野真理の一番好きな部分や気になった部分を載せることにしました。

でも、もし全部お読みになりたい方がいらっしゃいましたら裏表紙内側のメールアドレスまでご連絡くださいませ。無料で送信させていただきます。

 

<第2回 善とはなにか>

・善とは一言で言えば人格の実現である

・大いなるものに畏怖を持って向き合う。その時自己の根底で可能性が開花し、人間は真の自己になる

・善とは考えるものではなく表すもの。行為によって体現されるべきもの

・「人格的要求」とは他者の人格を尊ぶこと。他者を大事に思わなかったときは悪になるということ

・「道徳のことは自己の外にあるものを求むるのではない、ただ自己にあるものを見出すのである」

・言葉を超えて無限と一つになる=善

 

<第3回 「純粋経験」と「実在」>

・人間が認識し言葉で表す前のそのものを感じること、その純粋経験で捉えたものこそが実在であり、ものをあらしめている働き

・~実在~

・現実そのままのもの

・世界をあらしめている働き(世界の真相)

・「純粋経験」を通じてのみ経験される

・知性だけでは捉えきれない

・経験は個人に属するのではなく、経験があって個人というものが生まれ

る。その経験とは純粋経験と日常経験が折り重なったもの。

ここに真の実在を見出した西田の哲学が、西洋の「人間中心」の世界観を脱した哲学と新鮮に受け止められた。そして「不完全な個人である私でも経験次第で変化していけるのだ」と、当時の青年たちを強く勇気づけるものとなった。

・西田は純粋経験を妨げるものとして3つ挙げている。

思想・思慮分別・判断

 

<第4回 「生」と「死」を超えて>

・「絶対矛盾的自己同一=異なるものが異なるままで一つになること」

それがこの世界の姿である。西田は「絶対矛盾的自己同一」を自らの哲学の集大成とした。

・仏教の言葉で「多即一(たそくいつ)」というのがある。そのまま。「多はそのまま一である」ということ。「私はそのまま人とつながっているのだ」という考え方。

・世界と己を分けるのではなく、対立や矛盾を乗り越えて一体化しようと

 いう西田哲学は、当時の軍部によって政治的に利用されていく。

 国が「一」多が「人民」だとすると、それは国のためなんだという言い方もできる。「一」を個、「多」を国にしてみると、それは「国のために自分が犠牲になる」ということになりかねない。でもそこにあるものは、「即」というより「従」。似て非なるもの。「即」というのは分かちがたく結ばれている。吾が事として考えていくということ。でもそこには政治による、力による服従みたいなものがあった。それが故に西田の哲学はある時期には大変批判される。

・自分は孤立して生きていない、人とのつながりの中で生きている自分というものが、自分の気づかないところで自分を支えている

・死は終わりではなくてもう一つの生の始まりなんじゃないだろうか。

「死は即ち生なのではないだろうか」これが絶対矛盾的自己同一。

生と死がぱっと分かれれば矛盾なんかない。でも西田の実感はある矛盾をはらんだ姿が人生やこの世界の実在、本当の姿じゃないだろうか、というのが西田の深い経験の中にある。

・「絶対の自己否定において自己を有(も)つ」とは?

否定という言葉を「自己を握りつぶす」と考えるのではなくて、私が思っている私よりもっと大きな私がありそうだ。大きな私が開花していくのが善なんだ。否定すると言うより、「手放す」という感じ。小さな自分を手放すことによって本当の自分を持つ。

・私達は永遠に生きないんじゃなくて、永遠の世界に生きている。私達が人は死んだら永遠に生きていない、という風に考えているが、その人が考えているのは「生物的生命」。肉体と結びついている生物的生命。しかし、「人格的生命」というのは永遠だ。それは私達の死を乗り越えてなお存在し続けるなにかなのではないか。人間は死んでもなお他者の中のなにかであり続けるような何か、それが人格的生命。

 

<おわりに>

以上で書き起こし及び気になったところ書き写しの「善の研究」を終わり

ます。どの部分が一番気になったかとういと、第4回の

「自分は孤立して生きていない、人とのつながりの中で生きている自分というものが、自分の気づかないところで自分を支えている」

の部分。これに似たフレーズが頻繁に出てきていていますが、西田幾多

郎の最初の印象というか、「哲学している人」という勝手なイメージは

「人付き合いの上手ではない、自分一人でもなんとか生きていける」

でも、西田幾多郎は「人との繋がりの中で生きる」ということを何度も言

っていることが意外でした。

この番組の中で解説者の若松さんは、西田哲学を一言で言えば

「いのちの哲学」

とおっしゃっていました。

乱暴ですが哲学ド素人はド素人なりに西野真理が西田哲学を一言でいうと

「人はみな向上的変容の可能性を内在する」

でしょうか。

最後に「向上的変容」という私の尊敬する野口芳宏先生の言葉で締めくく

ることができたことにニヤッとしています。

石原慎太郎 2022年2月2日

石原慎太郎さんが亡くなりました。
本を読んだこともなければファンでもなければ関心があったわけでもないのに、こうして名前が出れば「あっ!」と思う人というのは、間違いなく「スター」だと思います。

それにしても
・小説を書いて
・国会議員をやって
・東京都知事をやって
・石原裕次郎のお兄さんで
・息子たちも有名人で
・容姿に恵まれて

揃う人には揃うのだと改めて思った訃報でした。

~Wikipediaより~

石原 慎太郞(いしはら しんたろう、1932年〈昭和7年〉9月30日 - 2022年〈令和4年〉2月1日[3])は、日本の作家、政治家。

参議院議員(1期)、環境庁長官(福田赳夫内閣)、運輸大臣(竹下内閣)、東京都知事(第14代 - 17代)、衆議院議員(9期)、日本維新の会代表、共同代表、次世代の党最高顧問を歴任。

三島由紀夫と。奥にいるのが石原。1956年、千代田区紀尾井町の文春ビルにて

一橋大学在学中の1956年(昭和31年)に文壇デビュー作である『太陽の季節』が第34回芥川賞を受賞、「太陽族」が生まれる契機となる。また、同作品の映画化では弟・裕次郎をデビューさせた。作家としては他に芸術選奨文部大臣賞、平林たい子文学賞などを受賞。『「NO」と言える日本 -新日米関係の方策-』(盛田昭夫との共著)、裕次郎を題材にした『弟』はミリオンセラーとなった[4]。

1968年に参議院議員となり、政治家に転ずる。福田赳夫内閣で環境庁長官を、1987年に竹下内閣で運輸大臣を歴任。1995年議員辞職。

1999年東京都知事選挙に出馬。立候補の表明は有力候補中最も遅かったが、舛添要一・鳩山邦夫・明石康・柿澤弘治といった有力候補を抑え初当選する。2003年東京都知事選挙、2007年東京都知事選挙、2011年東京都知事選挙で再選し4選した。石原都政では新銀行東京、首都大学東京の設立、外形標準課税の導入、ディーゼル車排ガス規制など議論を呼ぶ政策を実施した。2012年、後継に猪瀬直樹副知事を指名し、次期衆議院選挙に出馬するため東京都知事を辞職。同年の第46回衆議院議員総選挙に日本維新の会の候補として比例東京ブロックで当選し17年ぶりに国政に復帰。その後同党の分裂と次世代の党の結党に参加。2014年の第47回衆議院議員総選挙では党の熱意により落選覚悟で出馬、落選の確定を受けて政界引退。

趣味はサッカー、ヨット、テニス、スキューバダイビング、射撃[5]。実弟は俳優の石原裕次郎。長男は自由民主党元衆議院議員の石原伸晃。次男は俳優・タレント・気象予報士の石原良純。三男は自由民主党衆議院議員の石原宏高。四男は画家の石原延啓。

善の研究 1 2022年10月22日

 NHK 100分で名著 

西田幾多郎・著「善の研究」書き起こし

第1回 生きることの「問い」 

解説 批評家:若松英輔

西野真理著「美女エッセイ PART17」より 

<はじめに・西田幾多郎>

TV番組表でこれを発見し、すぐに録画予約した。

西田幾多郎ですから!

以下のことは美女エッセイに何度か書いているはずだが、改めて書かせていただこう。

彼と結婚することになり、彼の自宅住所が石川県の「宇ノ気」というちょっと変わった名前の場所で、その宇ノ気はあの哲学者・西田幾多郎の生誕地だと知ったとき、それはそれは驚いた。

西田幾多郎ですよ!

ところが、彼も含めて元から住んでいらっしゃる方はと言えば、宇ノ気では駅や学校の入口に西田幾多郎の銅像があったりするし、小学生には「寸心読本」という哲学入門書が配られているというのに、どうもその偉大さをわかっていらっしゃらないように感じている。外から来た私が

「え!この小さな町にあの偉人が」

と、誰かに自慢したい気満々なのに。

なんてもったいない。

 で、西田幾多郎の著書「善の研究」だが、相当前に買って読もうとしたものの、4行目まで読んでもとに戻り4行目まで読んでもとに戻りを繰り返し、結局読まないまま今日を迎えてしまっている。

私の100歳で亡くなった祖父(1904年生まれ)も以前

「大学の頃『善の研究』を読んだけど全く判らなかった」

と言っていた。

「アレの解説をNHK様がしてくださる」

読まずに済む。しかもNHKからテキストまで販売されているし、電子書籍もあるのですぐに購入した。

録画をみてテキストを読めばもうこっちのものだろうと思ったら、これがそうでもなかった。TVの方はかなりわかりやすかったがテキストは期待したTV番組そのままではなく、かなり専門的。

このままじゃだめだ。これは過去に社会の先生をしなければならなくなったときにやった

「TV番組書き起こし法」

をするしかない。

録画した番組を

「見ては止めて書き起こし、見ては止めて書き起こし」

を繰り返してノートに書き取るのだ。

 それでは、西田幾多郎に興味があり、「善の研究」を読むのが面倒な方は以下「TV番組書き起こし」をどうぞお読みくださいませ。でも、それすら面倒な方のために、一応西野真理なりに気になった部分を書いておきます。

 <西野真理の気になった部分>

宗教的要求とは我々の生そのものの要求。そのために人生には「知と愛」が必要。知の力は言葉の力。しかし愛は言葉を超えている。人生にはその両方がいる。

これを敢えて「教育」のことを言っていると限定して考えると少しわかりやすいかも。音楽の授業でも

「優しく歌いましょう」「元気に歌いましょう」

って教え方じゃなくて、優しく歌うための技術、元気に歌うための技術を伝達する言葉が必要だと常々思ってきた。

でも、どう頑張っても言葉にできない「センス」みたいなものがあって、そういうのは使い古された言葉で言えば、教わる側からは「習うより慣れろ」「技を盗め」、教える側はまさに「愛」を持って教えなければそれができない。

 それではいよいよ書き起こしです。

 <序>

「日本最初の哲学書」と言われる西田幾多郎の「善の研究」。西田は明治の終わりに「生きるとはなにか」という人生の根本的な問題と格闘し、日本独自の哲学を誕生させた。

「学問は畢竟(ひっきょう:つまり)Lifeの為なり。Lifeが第一等のこと也。Lifeなき学問は無用なり」

人生の悲哀を乗り越えるため西田が追い求めた哲学とは。

 <第1回 生きることとの戦い>

①取り上げた理由

・考える力の大切さ

・昭和22年に「西田幾多郎全集」が発売されたとき、まだ豊かではなかった日本なのに、徹夜してそれを買い求めようとする人がたくさんいた(道路に毛布にくるまり行列する人の写真)。心の糧を求めていた。

・現代は心の糧が足りないのではないか

 ②「善の研究」概要

・明治44年(1911年)刊行

・作者:哲学者・西田幾多郎(1870-1945 戦争終結2ヶ月前没)

・講義ノートや論文をもとに執筆されたが、程なく絶版

・大正10年(1921年)流行作家・倉田百三が「愛と認識との出発」で言及し再販を求める声が殺到→ベストセラーに

・西洋哲学が主流だった時代に誕生した「日本最初の哲学書」とされる

 →それまで日本人の「母語」による哲学書はなかった。

 ③「善の研究」誕生の経緯

 「この書を特に『善の研究』と名づけた訳は哲学的研究がその前半を占め居るにも拘らず、人生の問題が中心であり終結と考えた故である」(「善の研究」序)

 文明開化の道を駆け上がっていた明治の終わり、まだ哲学が西洋思想の啓蒙に甘んじていた時代に、哲学の動機を徹底して人生の問題だと考えた西田幾多郎。「善の研究」の執筆中二人の娘を相次いで亡くしたときの思いをこう書いている。

「もし人生はこれまでのものであるというならば、人生ほどつまらぬものはない。ここには深き意味がなくてはならぬ」(我が子の死)

西田にとって真理を求めることと人生の問題は分かち難いものとしてあった。

「元来心理は一(いつ)である。知識においての真理は直ちに実践上の真理であり実践上の真理は直ちに知識においての真理でなければならぬ。深く考える人、真摯なる人は必ず知識と情意との一致を求むる様になる。我々は何を為すべきかいずこに安心(あんじん)すべきかの問題を論ずるの前に、先ず天地人生の真相は如何なるものであるか」

(第二篇 実在 第一章 考究の出立点)

 「真の実在」人間にとって疑うことのできない確実なものを西田は突き止めようとする。「それは現実そのままのものでなければならない」と考え、自分の「主観」と「客観」が分かれる前の「純粋経験」という概念に至る。我々はコップに入った水を認識するとき様々の情報をもとにする。しかし、このような瞬間が。(TV画面では池の畔に居る女性がコップの水を持っているが、その池で突然水が何らかの音をたてる)まだ何が起こったのかも判らず考える余裕さえない。「こういう経験こそが『純粋経験』だ」と西田は考えた。この純粋経験から道徳や宗教など人生のすべてを考え直してみようとした試みが「善の研究」

この後、若松の解説をタレントの伊集院光が素人代表として噛み砕いて話すという仕組みで番組は進む。

 

 ※若松英輔:1968年生まれ。新潟県糸魚川市出身。新潟明訓高等学校を経て慶應義塾大学文学部仏文学科を卒業。ピジョン・クオリティ・オブ・ライフ株式会社社長、シナジーカンパニージャパン代表取締役を歴任。2013年10月から2015年12月まで「三田文學」編集長。読売新聞読書委員。

(Wikipediaより)

若松

先程出てきた「真の実在とは如何なるものなるかを明らかにせねばならぬ」これは、「いちばん大事なのは自分のことじゃない、この世界がどういう姿をしているのか、それを探求していくことこそが本当の自分に出会う道」ということ。

 伊集院

「わかちゃいるけど悲しいんだよ」とか、「理屈はわかったがなんだよこのモヤモヤは」みたいなことを「いやいや理屈でこうなんだからのみ込めよ」というのとは違うんでうよね。

 若松

そのとおり。今おっしゃった「モヤモヤ」を決して手放さない。言葉にできることだけで世界を認識するのではなくてその「モヤモヤ」も大事にしていく。

 伊集院

その「全部入りの真の実在」、「全部入りの状態ってなんなんですか?」ということを明らかにしようってことですか?

 若松

そうですね。

 ~善の研究」根本思想は<純粋経験>~

・色を見、音を聞く刹那、未だ主もなく客もない

・主客が分化しない(主観と客観がひとつになった)「あるがまま」の状態

・「私」の判断や認識の働く以前の経験

刹那なんて瞬間的。私達は経験すると色んなものを自分の価値で判断する。まず言葉から始まっている。いろんな言葉で世界を切っていく。実はどんどん小さくしている。その小さくならない世界そのものというのが純粋経験の世界。

 伊集院

整理整頓してしゃべるということ、思わず声に出ること。(例えば近くにいる人の方に車が来て危ないようなとき)「危ない!」と思わず声が出るときは、それなりに整理が進んでる。だからその前にハッとして息を吸ったところのほうがが純粋経験なのかな。

 若松

まさにそうなんです。「危ない!」って言葉が出る前。

 ~「善の研究」の構成~

第一篇 純粋経験 (書かれた順 3)

第二篇 実在   (書かれた順 1)

第三篇 善    (書かれた順 2)

第四篇 宗教   (書かれた順 4)

 

西田はこの様に書いている。

「第一篇は余の思想の根底である純粋経験の性質を明らかにしたものであるが初めて読む人はこれを略する方がよい」

若松

これが面白いところなんです。哲学を専門にした人はどうぞ最初からお読みください。でも、世の中には哲学を専門にする人ばかりじゃない。そうすると、(素人さんが)最初から読もうとすると大変なことになる。

この番組では終わりから読んでいきます。

 伊集院

なんだか、スターウォーズみたいですね。スターウォーズは原作の何番目かから映画化されてるんですけど、スターウォーズマニアに言わせると「この順番で見るほうがわかりやすいですよ」みたいな(笑)。後ろから?

 若松

西田はわかっててこの本を書いてるんじゃないんです。書きながらわかっていった。西田が穴を掘っている姿を我々は目撃するわけです。我々は穴が堀り上がったところから始めたほうが。西田はとても体力のある人、(西田の進んだ)この道を我々がたどるのはやめたほうがいい。

 ④第四篇 宗教

「宗教的要求は自己に対する要求である。自己の命に対する要求である。我々は自己の安心(あんじん)のために宗教を求めるのではない、安心は宗教より来(きた)る結果にすぎない。宗教的要求は我々の已(や)まんと欲して已む能(あた)わざる大(だい)なる生命の要求である。厳粛なる意志の要求である」

  宗教的要求とは我々の生そのものの要求であると西田は考えた。そしてそこには「知の働き」と「愛の働き」を欠くことができない。

「知と愛とは普通には全然相異なった精神作用であると考えられている。しかし余はこの二つの精神作用は決して別種の者ではなく、本来同一の精神作用であると考える。一言にて云えば主客合一の作用である。我が物に一致する作用である。」(第四篇 宗教 第五章 知と愛)

 知ると愛するという営みは一見すると異なる精神作用のようだ。しかし西田は、それらは主客合一の作用、つまり自分と対象が一つになろうとするとき、ともに動き出そうとするものと考えた。「もし主客合一の作用がなければ、私達は美しい絵画を見たりあるいは音楽を聞いても感動することはない。悲しい友の姿を見て涙を流すこともない。私が他者に一致する、そのとき愛が働く」と西田は言う。

 「我々が花を愛するのは自分が花と一致するのである。月を愛するのは月に一致するのである。斯くの如く知と愛とは同一の精神作用である」(第四篇 宗教 第五章 知と愛)

 若松

知と愛とは一つのものなんだ。例えば私達が人を知ろうとします。でもどんなにその人のことを知ってもその人を愛せるとは限らない。愛の力というのはその人を全く知らなくても愛することがある。その両方が必要だと西田は言っている。片方だけではだめだ。知と愛が結びついたところに何かが起こる。

 伊集院 

知に対する理解って、理屈と本能とかそういうことですか?

 若松

わかりやすく言えば知の力って言葉の力です。私達が言葉によって認識していること。愛の力って言葉を超えてるんです。言葉で理解しようとするということは理屈で理解しようとすることで、これはとても大事な力。でも理屈を超えてものを認識していく力もとても大事。私達は日々色んな所でやっているんです。仕事の現場っていうのは知と愛がなければ成り立たないです。特別なことを言っているわけではなく、私達が日々実践していることを敢えて言葉でいうとこうなるんです。例えば「われが物に一致する」という部分ですが、この「物」を「仕事」に変えてみましょう。私と仕事が一つになるような状態。

 伊集院

そう考えると日本的ですよね。職人における仕事ってそれが人生だし、作っているものに対する愛情みたいなものがそのものと一体だから。

 若松

いわく言い難いんですけど、私達が実践していること。愛するってことは自分よりも大事になってるってことですよね。その人(愛する人)の苦しみは自分の苦しみを超えるってこともきっとあるんですよ。

 伊集院

その人が笑うことが俺の楽しいことだってなってくると、今その人を喜ばそうとすることは自分を喜ばそうとすることであって・・・

 若松

まさにそのとおり。

 伊集院

その人のためにやってるんじゃないんだよ。それはまるまる自分のため。

 若松

まさにそれですね。「私が」ってところから少し離れて世界を考えることができるんです。西田は私達をそこに連れて行こうとしてるんです。

 ⑤西田の人生

「世界のことを考えている。海というのは不思議なものだ」

海を眺めるのが好きだったという西田幾多郎。

明治3年(1870年)石川県宇ノ気の由緒ある家に生まれる。西田はその前半生で様々な苦難に見舞われる。相次ぐ肉親の死。父親の事業の失敗。やがて西田家の没落。高校を退学した西田は大学に正規入学できず大学時代は専科生として様々な差別にあい、人生の落伍者のような目に遭う。卒業後は就職もままならずようやく中学の教師となった西田は幾度も失職の憂き目に遭う中で禅寺で座禅を組む。その思索の結晶としてのちに「善の研究」が生まれた。

 「哲学は我々の自己の自己矛盾の事実よりはじまるのである。哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」(「無の自覚的限定」)

 伊集院

ちょっと僕元気が出るかもしれない。すごい辛い人とかがもしかしたらがんばれるかも。こんなはずじゃないってずっと思ってたんでしょうね。理屈に合わないってよく言いますけど、どうすると理屈に合うんでしょうね。

 若松

この時代って人を型にはめようとした時代。それが近代化だったんですね。西洋型という型なんです。西田はそれに強く反発する。学校もまくいかない、先生になってもやめさせられちゃう。そういう意味では枠からはみ出した人だった。

 伊集院

ちょっと似たような面がある人いるんじゃないかな。日本がどんどんグローバル化していって、すごく自由で良い世の中になっていくって聞かされた割には何だ、俺のこの日々の乾いた暮らしは!っていう・・・

 若松

ご指摘は大変重要で、この本を皆さんと今一度読み解いていきたい一つのたいへん大きな理由は、そここそ次の時代を作っていく大きななにかがあるんじゃないかということです。たくさん物ができてたくさん物を知っているということに少し違和感を感じている人達こそが、西田がやってくれたように、あるいは大きな苦難を背負っている人たちこそが次の時代を作っていけるんじゃないかということを考えていきたいと思ってるんです。

 伊集院

知と愛、自分のことと自分以外のことを全部知らないと真実にたどり着けないということがテーマだということがわかってきました。

 若松

私達は哲学書を読もうとすると、なにかそこに答えがあるんじゃないかと思うんですが、西田はそういう人じゃない。西田は問だけを残していった人なんです。

私達は西田の書物から解決を求めようとすると少しもったいないことをしてしまうかもしれない。

 たった25分の番組を2時間半かかって写し(?)終えました。

テレビの内容ってすごいなあと改めて思った次第です。

 この番組はあと3回あるらしいですが、あと3回、これ、できるかな・・・

Sing幾多郎、名前の由来  2022年2月1日

 「Sing幾多郎」ネーミングの由来をいつか書こうとは思っていました。
でもこのブログ、いつまで経っても誰にも読んでいただけなくて「いつになったら検索されるのかな?」ってことばかり考えてこの約1ヶ月を過ごしてしまい、書きそびれていました。
そんな今日、やっと確実に「西野真理 ブログ」で検索されるようになり、そのことをフェイスブックに書き込んだところ、すぐに反応してくれた従姉妹の葉子ちゃんから
「Sing幾多郎の名前の由来は?」
という質問が!
素晴らしいタイミング。さすが身内。
それでは名前の由来を。

前置きが長くなりましたがズバリ
「西田幾多郎」
です。
私が石川県出身の彼と結婚することになり、「石川県河北郡宇ノ気町」(いしかわけんかほくぐんうのけまち 現在は、かほく市宇野気)というちょっと変わった名前の町に来た時、どんなタイミングかは忘れたのですが結構早い段階で
「宇ノ気町は西田幾多郎の出身地」
と知り、とんでもなく驚きました。
「え!あの西田幾多郎の出身地!」
驚く私をよそに、彼は平然としていると言うか、何がそんなにすごいのかわからないし、大して関心もないというような顔をしています。

あの西田幾多郎ですよ!
倫理社会の教科書に載ってました!
日本の哲学はこの人から始まったんですよ!
そんなすごい人がこの町の出身!
もっと誇りに思いましょうよ!
100歳で亡くなったおじいちゃんも読んだって言ってました!(全然わからなかったそうです)
実際この町の小学校、彼の出身小学校でもある「宇ノ気小学校」の入り口には西田幾多郎の胸像があり、小学校の壁面には西田幾多郎の「無」の文字が飾られ、小学生にはもれなく「寸心読本」という哲学の本が配られます。


しかし残念ながら身近すぎるのか、どうもこの町の人達は私ほどの反応を示さないのです。
ああもったいない。
それ以来私はずっと何かにこの「幾多郎」を使いたいと思い続けてきました。
そしてついにこの3月、定年退職の日がやってきます。退職後はなにか歌の会を作りたいと思った時、なんの躊躇もなくネーミングに「幾多郎」を取り入れることは決定。あとはそれに
「歌の会なんですけど、合唱団ではないんですよ」
という意味を込めて
「Sing幾多郎」

そして現在かほく市には
「西田幾多郎記念哲学館」
という安藤忠雄設計のホールが建っていて、私はここで毎年コンサートをしています(ここ2年はコロナでお休みしていますが)

これから始めようとしている「Sing幾多郎」も本当はこのホールを使ってやりたいところですが、使用料がちょっと・・・。でもいつかはここで。

そうそう、ついでと言ってはなんですが、西田幾多郎のあの難解な
「善の研究」
自分で読もうとしたら、3行目以上は進めませんでした。それをNHKの
「100分で名著」
という番組で解説してくださっていたのを、全部文字起こししました。
起こしたからと言って判ったわけではないのですが、少しは判る気になれました。
あとでこのブログに貼り付けますので、もし興味をお持ちの方がいらっしゃいました是非お読みくださいね。


バリトン系ソプラノって? 2022年2月1日

 「バリトン系ソプラノってなに?」
時々頂くこの質問にはYouTube動画でお答えしたり過去のエッセイにも書いたりしています。
ぜひこちらの画像を御覧くださいませ。

朝の日課 2022年2月1日

 最近の朝の日課は、検索に「西野真理 ブログ」と入れて検索されるかどうかチェックすることです。おかげさまで今朝は最初からこれで検索されました。
ついでに
「西野真理」で検索・・・YouTubeの西野真理チャンネルが出てくる
「Sing幾多郎」・・・YouTubeの関連動画だけ出てくる
「Sing幾多郎 ブログ」・・・西野真理ブログが出てくる

ということで今朝のチェックを終わります。
あ、今日はもう2月なんですね。
1ヶ月前がお正月だってこと忘れてます。

西野真理の色々なお話

大相撲かほく場所に行ってきました 2026年10月13日(火)

大相撲かほく場所に行ってきました。 では順を追って。 <チラシ> 行かなくては!一度は本物を見ておきたい。でも両国まで行くのは大変。このチャンスは逃せません。 <チケット購入> いったいいつこのチケットを購入したのか思い出せません。メールを調べてみましょうう。・・・5月1日に購入...