このブログはこちらをお読みになった前提で進めます。
<朝のひらめき>
さあいよいよ当日です。13時ちょっと前に出発すれば十分間に合いますから、のんびり準備できます。しかし実際は5時に目覚めソワソワ。そのうち、ちょっとしたひらめきがありました。
「歌の会『Sing幾多郎』には参加者なし。コンサートのお客様も多くて10人強。FMは何人お聴きくださっているかわからない。YouTubeだって登録者2000人に届かない・・・頭ではわかっていたことだけれど『自分がしたいことじゃなくて、相手が必要としていることをする』っていう発想じゃなきゃダメ。今回のこのオファーは、ダイレクト葉書を出しただけで強力に売り込んだわけではないのにお声掛けいただいた・・・ということは、私の必要とされているのは、こういうところなんじゃないかな」
思ったらすぐ行動。そこでできたのがこれ。
↓対象を小中学校の先生に絞ったチラシです。
(※当日お配りしたものを、帰宅後何度も練り直しています)
コンサート活動等、自分が主体となって行うことと同じくらいやりたいと思っていた
「今まで私に伝えていただいたことを、私が次の人たちに伝える」
ということを整理できました。
<氷室饅頭>
結局我慢できなくなって、12時半前に家を出ました。出るときに
「授業後でお腹もすいているし、自分でも普段から『食べ物をくれる人はいい人』と思ってるんだから、皆さんと一緒に食べるお菓子買っていきましょう」
と、いつものお菓子屋さんへ行くと、定休日。仕方ありません。でももう1件おいしいお菓子屋さんがありますからそちらへ。
「ずんだ餡氷室饅頭」
を買って、さあ出発。
氷室饅頭(ひむろまんじゅう)とは?(お菓子の森八ホームページより)
加賀藩政期、前田家では旧暦6月1日に山中の氷室を開き、冬の間貯えておいた雪氷を遠く江戸将軍家に献上していました。長い道中、無事に氷が届けられるよう、庶民の間では麦饅頭を神仏に奉納し、その後、無病息災を祈願して食された風習が氷室饅頭として今日まで伝えられました。現代では氷室が開かれた7月1日に夏の暑さを乗り切り健康を願って食される氷室饅頭は、娘の嫁ぎ先に持参され、親類縁者・近隣にも配られるという慣習を残し夏の風物詩として加賀金沢の街に伝え続けられています。
<道の駅>
当然ですが早く着きすぎました。
2.5キロ先に道の駅があるという看板を発見し、そこでしばらくうろうろして、お野菜を買いました。
<S校長先生>
先日から30年以上ぶりくらいに電話やラインで連絡をとり、すっかり以前に戻った気になっていました。でも、実際にはお互いお顔を合わせてはいないので、ちょっと緊張します。
到着しました。
学校の玄関でお出迎えくださった、昔のままかわいいS校長先生を見てうれしくなりました。
<6年生の授業>
小学生の授業をするのは、え~っと・・・41年ぶりです!大学を卒業して、山口県の岐山小学校で1年間の通年講師(音楽専科)をして以来。
今回お引き受けして、私はすぐに次のように考えました。
「この子たちを教えるのはこの1回限りなんだから、オール西野真理ペースで、伝えたいことをこれでもかと詰め込もう」
~基本、自分がかつて授業をしてきたスタイル~
・教室の座席はピアノを黒板の前の中央に置き、机なし、椅子2列半円形に
・チャイムより前に教室に行き、生徒が好きそうな曲をピアノで弾きながら待つ
・チャイムが鳴ったらすぐに校歌の前奏を弾き、有無を言わさず歌わせる
・ある程度声が出てきた段階で、簡単に自己紹介
・その後は子どもたちの様子を見ながら、教えられそうなことをできる限り教える
(先生方から事前に「※こんなことを」と言われていたことを含めながら)
①ビブラート
②言葉のさばきかた
③声帯の仕組み
④和音のこと※
⑤変声期の児童に配慮した授業の進め方※
⑥ちょっとした楽典(今回はト音記号)
・テンポよく、生徒を休ませない
久しぶりのわりによくできました🌸(自己評価)
<ミニコンサート>
1曲歌っただけですけどね。
S校長先生はピアノ科の方。事前打ち合わせで
「小学校6年生の教科書に載っている『いのちの歌』」
に決定。
演奏前に、拍手の仕方を指導しました。
「後奏が終わって、歌手が体勢を崩したら拍手するのよ」
こういう指導は必要だと思います。
こういう指導をちゃんとしないから、これ見よがしにフライング拍手する大人が存在してしまうのです。
S校長先生との息もぴったりで無事終了。
<先生方との研修会>
まず氷室饅頭を食べましょう。
若いころ、おばさんたちが何かと食べ物を配るのを見て
「どうしておばさんたちって、いつも食べ物配るんだろう」
と思っていました。私も立派なおばさんになったようです。
7名の熱心な先生方との質疑応答やミニレッスン。
最後に、私のチラシや、音楽教育界について相当に毒づいた内容を含むエッセイ集等をお渡ししました。この「猛毒エッセイ」さすがに現在もブログには掲載していません。でも、今決めました。65歳になったらブログに公開します。
お配りした中で今後一番先生方のお役に立つのは堀裕嗣さんに関するレジメでしょう。
↑リンク貼ってあります
<帰り道>
帰りの車の中、なんとなく勤務帰りのような懐かしい気持になりました。
0 件のコメント:
コメントを投稿