恩人・麻田恭一さんからのプレゼント(長文です) 2026年1月22日(木)

<はじめに(終わった後に)>
今回のブログの<はじめに>は、実は<おわり>に書いています。この後の本当の<はじめに>書いているように、ろくに知識もなくとにかく書いてしまったので、世界公開する前にまずは麻田恭一さんにチェックしていただこうとメール送信しました。
すると3時間ほどのちに赤で加筆したものを返信してくださったのです。
これは願ったりかなったり!!!
まさに私が知りたかった部分です。
そういうわけで、赤加筆の部分をそのままお借りして世界公開いたします。

<はじめに(本当の)>
本日、麻田恭一さんからプレゼントをいただきました。そこでこのチャンスに、麻田さんが恩人である理由を書き残すことにしました。おそらく長文になります。しかも内容は私自身がよく知らないことが多い上に、断片的な知識を勝手につなぎ合わせて、しかも時系列がかなりぐちゃぐちゃです。以前書いていることの繰り返しの部分もかなりあります。そのあたり我慢しつつお楽しみいただけると幸いです。

<奏楽堂日本歌曲コンクール敗退・入賞の歴史
 1998年 36歳 第9回(初出場)1次予選敗退(198人中67位・通過45人)
 1999年 37歳 第10回(2回目)1次予選敗退(203人中56位・通過45人)
 2000年 38歳 第11回(3回目)1次予選通過(198人中30位・通過45人)
                2次予選敗退( 45人中16位・通過11人) 
 2001年 39歳 第12回(4回目)1次予選敗退(198人中49位・通過47人)
 2002年 40歳 第13回 (5回目) 1次予選通過(223人中20位・通過50人)
                 2次予選通過(50人中7位)
                 本選入選(11人中6位)
 2003年 41歳 第14回(6回目) 1次予選通過(183人中18位・通過49人)
                  2次予選通過(49人中4位)
                  本選2位(8人中)

<見知らぬ人からのFAX>
 2002年、本選で入賞。帰宅後、自宅に知らない人からFAXが。





















この知らない人が麻田恭一さんです。

<2002年に書いたエッセイから終わりの部分を抜粋>
2002年5月29日、勤務を終え家へ帰るとFAXが届いていました。
「堀田恭平」という見知らぬ人物からのFAXは、大変嬉しい内容ではありましたが、疑問が多すぎ!
 ・この人を知らないはずなのに、何となく名前に見覚えがある
 ・このような雰囲気の文章をどこかで読んだことがある
 ・文章がうますぎる
 ・このような人物に売った覚えもないのに、この人は私のエッセイを読んでいる
 ・音楽的にただの素人ではない
 ・名前は堀田恭平なのに、発信先の名前(FAXに勝手に機械が書き込む名前)はA
  さん

そこでインタ-ネット検索すると・・・・・・・・
「ははあ、なるほど」
関先生のCDの推薦文を書いている人。しかし、疑問は残ります。なぜその人が私のエッセイをお読みになっているのでしょうか。
「・・・・・・・あっ!これ、堀内さんだ」
私はこう推理しました。
 「堀田恭平は堀内さんのペンネ-ム。堀内さんが(音楽之友社の事業部長で、関定子先生のマネージャー)、Aさんの家からFAXした」
と。
すぐに堀内さんに電話。
私の推理は見事に外れていました。
堀田さんは堀内さんの友人Aさんのペンネ-ム。堀内さんが私のエッセイをAさんにも貸出。コンク-ルも聴きに来ていらっしゃって、私のことをとても気に入ってくださったのだそうです。そのFAXの半分は、もったいないほどの褒め言葉。残り半分にはAさん手作りの表彰状。あんまり嬉しいので、その表彰状をここに披露させていただき(上の写真)今回のエッセイを終わらせていただきます。

<麻田さんのお父様>
ここが今回のメインとも言えるところ。その割に知識がいい加減というか断片的というか、結局正しくないかもしれないというか・・・。もしそんな部分があれば、きっと麻田さんがご指摘くださると思います。ですからこのブログ、時を空けて何度かお読みになることをお勧めいたします。(・・・と書きましたが大丈夫、チェック済みです)

麻田さんのお父様(この後、麻田父 と書きます)は、数年前に90歳以上の長寿を全うしてお亡くなりになっています。

満洲のハルビン学院(ロシア語教育で有名)を卒業した麻田父は、終戦後ハルビンでソ連軍による日本人狩りに遭い、「日本へ帰してやるから列車に乗れ」と大勢の日本人ですし詰めの無蓋車(屋根のない貨車)に乗せられました。
一昼夜走った頃、北に向かっていることに気がついた麻田父は、すぐに行動に出ます。深夜一人で貨車から飛び降りたのです。
三日かけて徒歩でハルビンに戻り、紆余曲折の後日本に帰ったのは一年後のことでした。

お父様があの時列車から飛び降りてくださらなかったら、その後、麻田さんがお生まれになることがないことはもちろん、これから書くこと(先に書いたことも)の全てがなかったのです。

<関定子へのオファー>
話しは変わります。私の師匠・関定子は、ヨーロッパで6つのコンクールに入賞を果たし帰国したものの、ステージはほぼありませんでした。そのころのことを象徴的に表す言葉として
「ストーブの前に座り続けた」
これは今読んでもウルッとします。
そんな関定子にわずかなステージがかかります。そのステージとは・・・

無蓋車から飛び降り帰国したあの麻田父の経営されるロシアレストランでの、ロシア民謡のコンサートのゲスト出演でした。私はどういう経緯で関定子にお声がかかったのか知りませんが、関定子の声に魅せられた麻田父は、なんと子供の頃から好きだった山田耕筰のコンサートをもちかけたのです。「得意です」という関定子の返事を聞くと、麻田父は「ロシアレストランで山田耕筰なんて」と反対する息子を押し切って「山田耕筰の夕べ」を始めます。

また同じころ(?)関定子はそれまで歌ってきたイタリアオペラ等の他に、日本歌曲も堪能であることが、のちに関定子のマネージャーになる堀内さんの目に留まります。とにかく幸運の女神が微笑み始めたのです。

<山田耕筰100曲>
そして何回かの「山田耕筰の夕べ」ですっかり関定子にはまってしまった麻田父子は
「関定子に山田耕筰を100曲歌わせてCDを発売しよう」
という暴挙に出ます。CDを作ったこともない出版社なのに。





























書くのを忘れていました。麻田父の本業は「恵雅堂出版」の社長さんなのです。そしてこのCDを作ったこともない会社の出したCDは、
・第1集(42曲)《'93年レコード芸術誌特選盤》
・第2集(58曲)《'94年日本レコードアカデミー賞受賞》
を受賞します。すごいことです。
麻田さんによりますと、
「すごいのは、無名のレーベルで受賞できた関定子と塚田佳男の力」とのことでした。
また、麻田さんによりますと
「麻田家の車の中ではある時期いつも関定子のCDがかかっていて、うちの子どもたちは日本一関定子を聞いている」
これもすごい。

<師匠・関定子と西野真理の出会い>
関定子関定子と、もう何度も登場していただいています。でも改めて私と師匠・関定子の出会いを書いておきましょう。

最初は福光声楽セミナー
私は関先生のクラスではありませんでした。それでも強烈な印象で高ぶった気持ちを抑えられず
「こんなすごい人を見た!」
と、夏休み明けの授業全てで(セミナーは夏休みに開催されていました)生徒に報告した覚えがあります。
その後も毎年参加しましたが、私は関先生のクラスになることはありませんでした。
ところが、富山県の小松さんが関先生を富山にお招きしてのレッスン会を組織して下さり、活動を開始。その会の初期に、たまたまレッスン枠が空いていて、誰か受講したい人はいないかと、やはり福光声楽セミナー受講者で金沢市在住の土屋さんにお声掛け。セミナーで仲良くなっていた私を思い出してくださった土屋さんは、「西野真理は関先生の教え方に合うのでは」と、私にお電話をくださいました。

一方西野真理はと言えば、以前に○○会にちょっとだけ所属し痛い目にあっており
「2度と○○会と名の付くものには所属しないでおこう」
と心に誓っていました。しかし、その時お電話をいただいた内容を私は勘違いして、このとき1度だけの特別なレッスン会だ思い、それならと参加。小松さんと土屋さん、そして勘違いのおかげで私は無事、関先生の教えを受けるルートに乗れたのです。

<コンクールへの挑戦でいよいよ出会いが!>
関先生のご指導を受け始めて、ちょっとはうまくなったかな?・・・いやいや、いい気になってはいけないとコンクールを受け始め、このブログの最初にあるように、他のコンクールも含めてどんどん落ちました。
そして40歳、麻田恭一さんとの出会いが訪れます。誰だか知らない、でも私の歌をとても評価してくださる方からのFAX。

その後、奥様の牧さんともお知り合いになりました。石川県で開催の美女コンにもご夫妻でおいでくださって、近所の民宿で夕ご飯をご一緒したりと、今もお付き合いが続いています。

<麻田恭一さんからのプレゼント>
ここまで書いてやっと「恩人」の意味をお判りいただけたかと思います。
その恩人の麻田さんから2026年1月12日メールをいただきました。

今、我家は住み慣れた2階から1階への引越しの準備で頭を悩ませています。
まず本の移動から手をつけたのですが、平井康三郎(5冊セット)、橋本国彦、團伊玖磨ほかのCD制作の際に買った楽譜が出てきました。
楽譜の読めない私にはまったく不要なので古本屋に売るか廃棄しようと思ったのですが、一応真理さんに聞いてみようと思った次第。
要るということでしたら宅急便でお送りしますので。

もちろんいただきます!

それが本日届きました。
豪雪の中、石川県へようこそ。
せっかくなので豪雪の中写真を撮ってみました。














以上、私のあまり正確ではないかもしれない今日のブログ、お楽しみいただけていると嬉しいです。(すでに麻田チェック済みなので大丈夫)

<追記>
麻田恭一さんは(も 麻田父)ロシア語習得者。
そうだ、リムスキー・コルサコフ作品の訳詩をしたこと、麻田さんにお伝えしておきましょう。私としてはとても無邪気な発想。
ところが、考えてみれば当然ですが、ちゃんとロシア語のお出来になる方には、ロシア語の子音たっぷりの発音を日本語にしてメロディーに乗せるのは、かなり抵抗がおありになると見受けられます。
私の訳詩に次のようなご意見をいただきました。

子音いっぱいのロシア語(英語でもイタリア語でもドイツ語でもそうですが)を母音主役の日本語で決まった音節の中に移し換えるのが土台無理な話であることをあらためて痛感します。
結論を言えば、原詩の気持ち、雰囲気を十分読み込んだ「翻案」しかないと思いますが、訳詩がすでに「翻案」気味だと、それをさらに「「翻案」すると原詩からかなり離れてしまう可能性があります。

たとえば川本さん訳の最初の2行ですが、
夜の闇の中で私が秘かに何を夢見ているか (→闇の中で夢見ることも) 
  昼の光のもといつも私が何を考えているか (→光の中思うことも)

1行目の最重要のイメージは原詩では「夜のしじま」「夜の静けさ」ですが、訳者は1行目を2行目の「昼の光」に寄せて「夜の闇」としています。
下記が私のフィルターを通してですが、原詩に近づけた訳です。(4行目以下は泥沼にはまりそうなのでやめます。中途はんぱですみません)

夜のしじまの中で密かに私が夢想していること
昼の光のもと絶えず私が思い巡らしていること
それは誰にも、お前にだって秘密なのだ、私の詩よ、

今後、ロシア詩の訳詞の際、ご要請があれば「行の中で何が一番大事なイメージか」の情報提供に協力しますので。

歌の師匠は関定子。
64歳を間近に、ロシア音楽の師匠を持つことになりました。
今後の西野真理ロシアもの訳詩にもご期待ください!


 

最後の丘村クリニック 2026年1月21日(水)

このブログをお読みいただいた前提で進めます。

1月末閉院が決定している丘村クリニックへ行けるのは今日が最後です。






























和菓子屋さんで本ほんの気持ち、お土産を買って行きました。
いつも1か月に1度出していただいていたお薬をこちらでいただくのもこれで最後。
特別重病ではないですけれど、1か月に1度、先生のお顔を見て、ちょっとした雑談をして、時に調子が悪い時は別のお薬もいただいて。一番よくいただいたのは喉関係の漢方薬。先生はいつも一言
「歌いすぎ」
その通りです。
「先生、コンサートに来てくださいよ」
3月のチラシをお渡ししました。でも先生、車の免許を返納され、駅まで遠いこの場所からコンサートを開催している宇野気駅まで来ていただくのはなかなか難しいかもしれません。
今日は最後に先生から
「これからどんどん活躍しなきゃ」
先生もどうぞお元気で。
本当は今日も一緒にお写真を撮りたかったのですけれど、泣きそうなのでやめました。
前回の写真をもう一度貼り付けます。



ツェムリンスキー 2026年1月20日(火)

<西野真理の訳詩事情>
ツェムリンスキーについて書く前に、私の訳詩事情を書いておきます。

2023年にシューマン作曲「詩人の恋」全16曲を訳詩終えたことで弾みがつき、2025年末時点で訳詩総数306曲。1曲または1組曲終わるごとに次の曲を探しては訳し続けてきました。しかし、訳詩300曲を超えた今、簡単に次の曲を探せなくなってきました。

訳詩を始めたとき私は周囲にこんなことを言っていました。
「私にとって訳詩は
・無料でできる
・いつでもどこでもできる
・訳詩曲はほぼ無尽蔵で、すぐ探せる
という、これ以上ない退職後の趣味」
このことは今も変わっていません。でも「すぐ探せる」の部分が困ったことになってきました。確かに「ほぼ無尽蔵」ではあるのです。
訳してみたい順で考えると
第1位 どなたでもご存じの曲
第2位 たくさんの歌手がお歌いになりたいであろう曲
第3位 マニアックだけれど、どなたかのコンサートで聴いたことのある曲
第4位 クラシック関係者の間ではそれなりに知られた曲
第5位 聞いたことはないけれど、曲名だけは「あ~知ってる」という曲
第6位 作曲者、作詞者、曲名、を見て「面白そうだな」と直感した曲
となります。
しかし、これらが尽きてきて、すぐ探せないのです。
しかもこれらの頭に実は「ドイツリートで」を西野真理の脳内でつけています。と申しますのは、私は長くイタリアもの、フランスものを勉強してきて(と言ってもイタリア語もフランス語もわかりません)それらの曲は原語の発音で記憶してしまっているので、(・・・いや、言うほど記憶していませんけれど)ほぼ勉強していないドイツ語の方が抵抗なく訳せるからです。(と言っても、イタリア、フランスものも訳していますし、訳したくないわけではありません)

<勘違い>
そんな次の訳詩曲を探していた2026年年明け、訳したい順第6位に当てはまるブラームスの曲を発見しました。楽譜は著作権切れの楽譜を集めたペトルッチからダウンロードできるはず。ペトルッチのサイトにアクセスし、全6曲の楽譜全てをプリントアウトしました。そしてYouTubeでその曲を探し、楽譜を見ながら聴き始めました。
・・・あれ?楽譜と違わない?・・・これ、ブラームスの楽譜じゃない!
私の入力ミス(検索ミス?)で、作品番号の同じ別の曲がプリントアウトされていたのです。
すぐに本当にプリントアウトしたかったブラームスを検索しようとして、ふと間違って取り出した楽譜に目をやると・・・
「この曲、いいかも!」
私が手にしていたのはツェムリンスキーという初めて見る名前の作曲家の楽譜でした。

<ツェムリンスキー>
Wikipedia情報をGeminiちゃんに要約してもらったものです。
アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(Alexander von Zemlinsky、1871年10月14日 - 1942年3月15日)は、オーストリア作曲家指揮者・音楽教師。

1. 音楽家としての歩みと教育
19世紀末から20世紀前半に活躍したオーストリアの作曲家・指揮者です。ブラームスから才能を認められ、後に義理の弟となるシェーンベルクに音楽を教えた唯一の人物としても知られています。ウィーン・フォルクスオーパーやプラハの新ドイツ劇場の指揮者を歴任し、当時は指揮者として高い名声を得ていました。

2. 私生活とアルマ・マーラー
作曲の弟子であったアルマ・シントラー(後のアルマ・マーラー)と熱烈な恋に落ちますが、容姿や地位を理由に周囲から反対され、失恋に終わりました。この経験は彼のその後の人生や創作活動に深い影を落としたと言われています。
※西野真理の感想
容姿をよく思われなかったようですが、そんなに悪いでしょうか?
















3. ナチス台頭と不遇の晩年
ユダヤ系の家系であったため、ナチスの台頭によりウィーンからアメリカへ亡命しました。しかし、新天地で成功したシェーンベルクとは対照的に、言葉の壁や病気に苦しみ、無名のままニューヨークで没しました。戦後、1970年代以降になってようやく再評価が進みました。

<ツェムリンスキー作曲 トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌(全6曲)>
全部ワルツのかわいい6曲です。(4曲目はちょっと暗い)
昨日、2026年1月19日、全曲訳詩終えました。訳詩総数312曲になりました。
なるべく早くステージにかけたいと思っています・・・でもやりたい訳詩曲が多すぎて、いつになることやら。とりあえず訳詩ものはリムスキー・コルサコフ作品4曲と(2026年3月8日美女コン)シューマン作曲「ミルテの花」(全26曲)(2026年5月美女コンから4回に分けて)が控えているので、その後になりますね。

<これから>
ツェムリンスキーを訳詩終えてしまったので、次に訳す曲を探さなくちゃなりません。
でも、次の曲を探すのも、楽しみの一つですから。

見つけました!
次、サン=サーンス行きます。

虎屋の羊羹 2026年1月19日(月)

虎屋の羊羹、美味しいですね。もちろん頻繁に買うことはありません。東京へ行った時のお土産とか、東京へ行った方からのお土産とか。そんなことをたまたま思っていました。だからと言ってさすがに私だって、頭でちょっと思ったことをいちいちブログに書いたりしません。でも今日は書きます。ちゃんと理由があって。
さて、どんな順番で書けばいいのかな?・・・ここは時系列で書きましょう。

①衆議院選挙
西野真理がちょっと似ていると言われている高市総理が急に解散とか言い始めました。はっきり日程が言われたわけでもないのに、皆さん動き始められています。TV,YouTube等でもその話題で持ち切り。はやりもの好き西野真理としては、あちこち気になって仕方ありません。さらに、明日のFM放送の話題も選挙のことにしようと思い、選挙関係のことを原稿にまとめ始めました。
その時、以前聞いたフレーズが頭に浮かびました。
「選挙事務所のおやつに『虎屋の羊羹』は出してはいけない」
なんとなく言おうとすることはわかります。
でも、これって国の文書に書いてあるとは思えません。

Geminiちゃんに聞いてみましょう。

公職選挙法における「お菓子の基準」

公職選挙法第139条には、「飲食物の提供禁止」が定められています。その例外として、以下の記述があります。

  • 条文の表現: 「湯茶及びこれに伴い通常用いられる程度の菓子」は提供してもよい。

  • 解釈の壁: 各自治体の選挙管理委員会のガイドライン(手引き)などでは、この「通常用いられる程度」の具体例として、「せんべい、まんじゅう、みかん、りんご程度」と記載されていることが多いです。

ここで、「とらやの羊羹」が問題になります。 とらやの羊羹は、一般的に「贈答用の高級品」とみなされます。「通常のお茶菓子(駄菓子など)」の範囲を超えていると判断されると、「有権者への利益供与(買収)」とみなされるリスクがあるため、多くの解説書や陣営のマニュアルでは「高級菓子は避けるべき」と指導されます。

なるほど、それぞれの陣営のマニュアルの中に高級なお菓子の代名詞として「虎屋の羊羹」が出てくるのですね。

②訳詩購入者Sさんから
現在312曲となった、西野真理の訳詩。その訳詩、もちろん売れることはほとんどありません。つまりちょっと売れているのです。そのちょっとのご購入者のお一人Sさんから昨日突然ご連絡をいただきました。

3月1日のリサイタルで西野真理さん訳詩の「詩人の恋」を歌わせて頂きます。素晴らしい詩に感謝です。気持ちなのですが贈り物をさせて頂きました。

シューマン作曲「詩人の恋」(全16曲)。ご購入いただき、コンサートでも使ってくださる!こちらからお礼しなくちゃいけないくらいです。でも嬉しいな、何が届くのかな!
そうです、虎屋の羊羹だったのです。


















羊羹下の赤地に白馬の風呂敷、昨年末にかわいいなと思って虎屋の通販サイトで購入。虎屋の羊羹、食べる運命にあったのですね。
Sさん、ありがとうございます。
届いて4時間。すでに4分の1食べてしまいました。



歌唱王出演? 公開日2026年1月17日(土)書いたのは2025年9月27日(木)~10月9日(木)

「この文章は、ごく親しい方だけにお送りしております。この作品についてはブログ一般公開はありません。個人的(親しい方にはどうぞ)にお楽しみいただけると幸いです。」

・・・と書いて、親しい方にラインやメールでお送りした以下の文章。その内容の出来事が一旦終了したので(と勝手に思うので)公開することにしました。

<歌唱王>     Wrote 2025.9.272025.10.9

日本テレビの「歌唱王」という番組。1年に1度放送されています。私も1度応募したことがあるような・・・してないかもしれないですが、していたとしても予選段階で落ちています。

4回「歌唱王」には、石川県から内灘町在住の堀岡大雅さんが出場。彼は私が内灘中学校での教え子で、間違いなく教員生活中トップの歌のうまさでした。

・声がいい
・音程がいい
・声が大きい
・センスがいい
・表情がいい

こういう生徒さんはたくさんいます。
しかし言葉では言い表せない歌手としての才能が、彼の場合人より頭10個分くらい飛びぬけていました。
学校の通知表は5段階評価の他に、ABC評価欄があり、その評価欄の「表現」のところ。彼にAしかつけられないのが我慢できなくて、私は彼にSをつけました。教員人生でこれは彼だけです。
(※注意  いわゆる内申書とか学校保管の指導要録にはAになっています。通知表は保護者への連絡票のような扱いで、しかも当時は手書きだったのでSを記載することができたのです。
<文部科学省の資料より>
通知表 (通信簿) 児童生徒の学習状況について保護者に対して伝えるもの。 法令上の規定や、様式に関して国として例示したものはない。
彼は「歌唱王」本選前に一度、我が家へ遊びに来てくれ、ちょっとだけレッスンしました。元気かな?
 さて、その「歌唱王」。特別出る気持ちも、その情報をキャッチすることもなく過ごしていた2025926日の夕食前、メールに気づきました。開いてみると、下のようなものでした。

 西野さま
お世話になっております。
日本テレビで「歌唱王」という番組を担当しておりますKと申します。
突然のご連絡失礼致します。
 「日本一感動する歌声を決める」をテーマに2013年から続く歌唱王ですが、
今年度の開催が決まり、出場者の募集を開始しております。
今年度出場いただける方を募集しておりますが、
同時にネットワーク各局にアンケートをとらせていただき
テレビ金沢さんより西野さんのお名前があがってきた為、
ご連絡させていただきました。
 もし歌唱王の出場にご興味がございましたら、ご返信いただけますと幸いです。
ご興味をお持ちいただけましたら
選考も兼ねて曲調の違う編集前の歌唱動画を3つほどお送りいただき
選考させていただけますと幸いです。
選考後にオーディションのご参加などお声掛けさせていただく可能性もございます。
 ご検討のほど何卒宜しくお願い致します。
 歌唱王プロデューサー K
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 株式会社 日テレ アックスオン 
 (以下、電話番号メールアドレス、住所等記載あり)

 夕食をやや緊張しながら食べました。

 <私の歌について>
正直なところ、「歌唱王」は私には不向きだと感じます。これまで番組を拝見し、多くの出場者の圧倒的な歌唱力も知っています。堀岡大雅さんでさえ優勝できないのです。

また、私の歌唱スタイルは、明らかに番組で求められるタイプとは異なります。さらに、私自身がクラシック業界において決してトップクラスではないという点もよく自覚しています。しかし、これは自己卑下ではありません。私には、私にしかできない表現やコンサートの作り方があるのです。

それは以下の3点に集約されます。

  • トーク、構成の巧みさ・楽しさ: 聴衆を惹きつける、ユーモアと構成力に富んだトーク。
  • 多様なジャンルへの挑戦: 既存の枠に囚われず、常に新しい音楽分野へ挑戦する柔軟な姿勢。
  • 多分野の組み合わせによる独自性: 歌手、訳詩家、元教員、防災士、ブロガー、YouTuber、ラジオパーソナリティーなど、多彩な経験と肩書きの組み合わせから生まれる独自の視点と「化学反応(?)」。
 そうは言っても私の人生は
「楽しいことは何でもやる!」
これにつきます。
あっさり書いてしまえば、このメールでのやり取りの後、最終的にはあちらから
「今後さらなる西野様のご活躍をお祈りします」
となるでしょう。でも、このメールへの返信そのものが楽しそうですし、この文章を書いている時間の楽しいこと!

 <選曲>
「選考も兼ねて曲調の違う編集前の歌唱動画を3つほどお送りいただき~」
さあ、これまでアップしてきた800本のYouTube動画から3つ送りましょう。
ん・・・メールの中に少し気になる表記が
「~編集前の歌唱動画~」
編集前?この編集をどう解釈するかです。私は確かにYouTubeにアップするために、画像周りに飾りをつけたり歌詞を入れたりという編集をしています。しかし、技術がないのとする気がないことから、音声には全く手を加えていません。生の音声そのままです。ですからこれを「編集前」と都合よく解釈することにして、YouTube動画から見繕うことにしました。もしそれでだめと言われたら、その時点でやめます。

息子と娘にも相談した結果

「今時の曲を一つは入れる」
でも、どのような「今時」が効果的かわかりません。そうなるとやはり再生回数でしょう。私の今までの「今時」の曲で最も再生回数が多いのは・・・

 「うっせえわ」

1つ目はこれに決定。

 あと2曲。

私の売りの一つは63歳でドレスを着てティアラをつけて動画アップをしているということですから、それがすぐにアピールできる選曲。となると、こんなことをしているということが一目でわかるもの

「(替え歌)還暦越えちゃだめですか?」

 あと1曲。これはクラシックでしょう。選考対象からは外れますが、こういうものを普段は歌っているアピール

「赤とんぼ(※野口雨情の詩のもの、よく知られた三木露風の詩のものとは違います)」

 送信しました。

 K様

石川県かほく市在住の西野真理と申します。
いただきましたメールを、嬉しく拝見いたしました。
早速過去の動画から、3作品送信いたします。

 うっせえわ

https://youtu.be/GMZpjgTFELM

 「かわいいだけじゃだめですか」の替え歌

「還暦越えちゃだめですか?」

https://youtu.be/MGo7gcyUk-8

 赤とんぼ

https://youtu.be/309DgUpE610

最後になりましたが、小さなご縁をいただきましたので、一つご紹介させてくださいませ。
私は防災士の資格を持ち、啓蒙活動として「防災の歌」を作詞作曲し
自主コンサートや講演会で歌っております。
お聞きいただけると幸いです。

https://youtu.be/AlDgPlgnBHQ

防災士アピールも忘れませんでした。

 メール送信後、思いついて、石川県内の放送局(テレビ金沢、NHK,MRO,HAB)にも「防災の歌」のYouTube動画を送信しました。

 <次のメール>
送信し終え、もうこれで次の連絡はしばらくないものと思っていたら、来ました。
あの動画、編集前と理解していただけたようです。

 西野さま
 お世話になっております。
日本テレビ【歌唱王】のKです。
 早々のご連絡ありがとうございます。
 ちなみに、西野さんの生年月日を教えていただけますでしょうか?

 これを見て私はすぐに
「(替え歌)還暦越えちゃだめですか?」を見てくださったのだと思いました。
すぐに生年月日を送信しました。
 2025927日お昼の記述はここまで。

 2025929日 お通夜後の電話>
927日(土)義父が95歳で泉下の客となりました。28日が友引のため今日29日がお通夜。
19時からのお通夜も終わりスマホを確認すると、メールの着信。

 西野さま
 お世話になっております。
日本テレビ【歌唱王】を担当しておりますKです。
お話をお聞きしたい事がありますので
お電話番号をお聞きする事はできますでしょうか?
もしくは下記署名の電話番号までお電話いただけますでしょうか?
お手数ですが、
よろしくお願いいたします。

 もう20時だし、すぐに電話がかかってくることもないだろうと、電話番号を書き込んで返信しました。そしていわゆる「通夜振る舞い」と言われる簡単な夕食を親族で食べようとしたとき電話の着信。
Kさんです。
 Kさんの電話内容を要約すると次の通り

①何歳?
②仕事は?
③東京のオーディションに呼びたいと思っている。呼ばないかもしれない。
④このオーディションまでは交通費は自腹だがそれでも来ることができるか?
⑤オーディションは10月の毎日曜日のどこかだが大丈夫か?本選は112
 
西野真理の答え
63
②歌手、FMパーソナリティ・・・と自称しているが、簡単に言えば無職
③呼ぶ呼ばれないにかかわらずこの展開が楽しいので感謝している
④自腹でも行く
26日(日)は用事がある

 要件はこれだけですが、私はとても聞きたいことがあったので聞いてみました。

Kさん、この歌唱王、何回目からプロデューサーしていらっしゃいますか?実は、4回目出場の堀岡大雅さんは私の教え子なんです」

なんとKさん、彼を覚えていて
「彼は2回出場してますよね」
「あんなうまい子でも優勝できないなんて、本当にレベルの高い大会だと思っていたんです」
「学校の先生なんですか?音楽?」
「そうです。あんまり言いたくないですけど。あの時の番組で大雅さんのプロモーションビデオみたいなの・・・内灘海岸の、流れましたよね。あの海岸のある中学校で教えたんです。抜群のうまさでした」
のような楽しい雑談をして、この電話は終わりました。

 20251091800
Kさんからお電話いただきました。
「西野さん、この度はお世話になっております、歌唱王担当のKです。あの今回ですね~」
明るい口調ではありましたが、この時点で今回東京行きはないなと感じました。
当たり!
「今日まで楽しませていただきました。ありがとうございました。『防災の歌』の映像見ていただけましたでしょうか?私、今あれが押しなんです。何か防災関係でありましたらよろしくお願いします」
これで、歌唱王報告を終わります。 
でもちょっと続きがあります。

<その後>
2026年の年明け、「歌唱王」放送されました。でもその放送に気づいたのは、終了の2分ほど前。優勝者が大写しになったところでした。今年の優勝者、10歳くらいの男の子。出場しなくてよかった~!

靴でお悩みの方へ:フィズリーン 2026年1月15日(木)

普通の服は、少し大きくても少し小さくても何とか着ることができます。でも靴だけはそうはいきませんよね。私の足はいわゆる
「幅広甲高」
普通サイズの靴を素敵に履きこなすことに大変不向きです。
しかも私は大人になるまで、靴に縦のサイズだけではなく、横幅サイズを表す「E」が存在することを知りませんでした。そのため私は縦の長さを何とか横に持ってきて(?この表現でお判りでしょうか)、つまり、縦の長さは24cmなのに24.5、時には25cmの靴を履いたりして何とかやり過ごしていたのです。

そんな私がいつのころか「EEE」という靴の横幅を表すサイズがあることを知り、また、そういう靴を専門に扱っている靴屋さんがあることも知りました。さらに、インターネットの発達で、そのような靴を簡単に探せるようになって、私の快適靴ライフがスタート。

その中でも私が特に愛用しているのがフィズリーン(FIZZ REEN)の靴。知ることになったきっかけはこちらをどうぞ
その後その靴を楽天ショップで探してヒットしたのが「シューズガーデン」というショップでした。それからというもの、いつもシューズガーデンさんにフィズリーンの靴を、しかも、同じ靴を何度も注文しています。もちろん、違うものも数足持っています。
一番のお気に入りはこれです。↓
















この靴は、ウエッジソール と呼ばれる形状。
※ウエッジソールとは:土踏まずの部分にもくぼみがなく、靴底全体が平らで地面に接地するのが特徴。その形状から船底型ソールと呼ばれる。別名:ウエッジヒール (wedge heel) 。

そのためとても安定していて歩きやすく、しかも、デザインが普段でもちょっと改まった場所でもOK(と勝手に思っています)。そこで私はこの靴が少し擦り切れた段階でもう1足買って、ちゃんとした場所へ行くときは新しいものを履き、普段靴として古いものを履くというリレー方式の使い方をしています。

そんな先日、いつものリレー方式でお気に入り靴をシューズガーデンさんに注文したところ、2日後にはもう届き、すぐに開けてみると
「あ~!!!」
間違えました。明らかに私のミスです。ちょっと似ている別の靴の番号を入力してしまっていたのです。幸い私にしては珍しくきれいに開封していたので、ダメもとでシューズガーデンさんにメール。

「申し訳ございません。私のミスで別の商品をクリックしてしまいました。本当に欲しかったのは FIZZ REEN 4007 BL 24.0cmです。返品交換させていただけませんでしょうか」

すると、その日は連休中であったにもかかわらず、翌日(休日)には

さきほど交換品 FIZZ REEN 4007 BL 24.0cmを発送させていただきました。
到着いたしましたらご返送のほう、お手間をおかけいたしますが
よろしくお願いいたします

びっくりしました。「交換するので返送してください」というご連絡をいただくより先に、もうほしかった商品を送ってくださったのです。私がいつも注文するので、私を覚えてくださっていたのですね。
もちろん私も翌日にすぐお礼状を添えて返送させていただきました。

その後さらに、私の返送品が届いた旨、メールをいただいて、そのメールにはこんなことも書いてくださっていました。

~~今日はFIZZ REENの春夏ものの展示会に行ってまいりました。
革靴不況と言われる中、FIZZ REENはすてきなモデルをまた出しておりました。
もちろん、安心の4007番も継続するということです!
これからもはきやすくセンスのいい靴を
揃えてまいりますのでお付き合いをたまわりましたら言葉もありません。
よろしくお願いいたします。

靴の横幅でお困りの皆様、シューズガーデンさん、検索してみてくださいね。

ついでにもう1足お勧め。柔らかいストレッチ素材で、足を怪我しているときにも履け、とても助かった商品です。




いい声って? 2026年1月13日(火)

昨日の夕方、同郷同大学出身のピアニストHさんと長電話・1時間34分。ラインさんありがと!無料でおしゃべりさせてくださって。
その長電話でも足りず、朝さらにライン上でやり取り。その中でHさんから
「~持ち声ってものは変えられないよね?発声は良くなっても声に魅力が出るのとは違うよね?~」
これ、声楽関係者以外からよく質問されること。
その答えには直接ならないですけれど、30年ほど前の強烈な思い出とともに少し書いてみます。

それは福光声楽セミナーでの一コマ。
↓レッスンに使われたコテージ






このセミナーでは6~7名ほどの先生が、各部屋(独立したコテージ)でレッスン。基本はそれぞれ割り当てられた先生のレッスンを期間中ずっと受けます。でも、自分の受講時間が終わった後は、そのままそのお部屋で聴講しても、他の先生のレッスンを聴講しても自由です。
その時私は、平良先生のクラス(多分)。何日かは平良先生のレッスンを受講・聴講。何日目かのとき、別の先生のところを聴講に行こうと、郡愛子先生のレッスンコテージへ入りました。
その時そのコテージには、郡先生とレッスン受講生のIさんの二人きり。そして私がそこへ入ったちょうどその時、優しくちょっと寂し気な口調で郡先生がIさんにこんなことをおっしゃいました。
「だからあなたは『いい声ね』で終わっちゃうのよね・・・」
レッスンの経緯はわかりませんが、私はこの言葉にかなり衝撃を受けました。いい声であることが必ずしも武器ではないのだと。
数日前、私はこのIさんの声に、それこそ衝撃を受けていたからです。
このセミナーでは初期のころ、一人1分程度全員ちょっとずつみんなの前で歌う時間がありました(のちになくなりました)。その時聞いたIさんの声は、まさに
「美声というのはこういうのを言う!」
という見本のような美声。「真綿のような声」という表現がありますよね。そういう声が世の中に存在したんだという驚き。
そのIさんだったのです。
Iさんのような人は、何の苦労もなく、声楽の世界でスター街道を進まれるに違いありません。嫉妬する限界を超えています。
そのIさんが
「だからあなたは『いい声ね』で終わっちゃうのよね・・・」
こんなことってあるのでしょうか?

その後、Iさんの名前をコンクール本選で見かけるとか、何かのチラシで見るということは残念ながらありません。

さて、私ですが、何の謙遜も抜きに自分の声をいい声だと思ったことは一度もありません。無理やり世界をいい声と悪い声の半分に分けたら、悪い方に入るとさえ思います。でも、悪い声だと思っているわけでもありません。それぞれだなあと思うだけです。

ちょっとだけ自慢話っぽくなります。
奏楽堂日本歌曲コンクールで2位になった後、たまたま小泉惠子さんという、ソプラノ歌手でコンクールの審査員の方に話しかけていただいたことがありました。小泉惠子さんは、私の師匠・関定子の美声とはまた違った美声で、
「鈴を転がすような声」
と言ったらこの声。小泉惠子さんの声を初めて聴いたときも驚きました。もし神様に誰かの声と取り換えなさいと言われたら、私はこの人にしてもらいます。声の出し方に力みは全くなく、体のどこかをつついたらパッと声が出るんじゃないかという感じです。私とは真逆の声。
小泉惠子さん、YouTubeにアップしていらしたので貼り付けました。



その小泉惠子さんが私に
「西野さんの声、すごく注目してたのよ」
と話しかけてくださったのです。
簡単に言えばないものねだり?確かに小泉さんは私のような低音をお出しになることはないでしょうし、私の歌った「木の洞」「鴉」をお歌いになることもないでしょう。
私も咄嗟にお返事しました。
「小泉さんのお声、前からあこがれていたんです」
短い会話でしたが、今も嬉しい瞬間としてよく思い出します。

話しを元に戻します。
Hさんの声、私の好みから言えばとてもいい声です。ピアニストだし音程もいいし、文句ありません。でも、多くの「歌ってみたい予備軍」の人が「自分の声には魅力がない」と思っていらっしゃるとしたら、それはとても残念なこと。声帯の筋肉は人間の体の中で一番衰えるのが遅い筋肉だと聞いたこともありますし。
歌を歌いたいと思っていらっしゃる皆さん、それぞれいい声です。自信をもって歌いましょう!







義母が泉下の客となりました 2026年1月9日(金)

2026年1月8日(木)朝9時16分、義姉からの電話。
「お母さんの呼吸が弱くなってるから、すぐ病院へ」
義母は3日ほど前から、尿が出にくくなり体がむくみ、検査の結果心臓にも水が溜まっているというので入院していました。昨日お見舞いに行った義兄夫妻から
「(心臓に水が溜まっているせいか)やや息苦しそうだけど、食事もし、元気におしゃべりもできた」
と聞いたところだったのでびっくり。我が家はと言えば、彼が元日辺りから風邪をひき咳も続いていたので、咳が収まったらお見舞いへ行こうかと思っていたところでした。

連絡後すぐに病院へ向かい3階の病室へ入ると、心電計には赤く「0」の表示。
まもなく義姉夫妻も到着し、その時点でドクターから「確認」という儀式にも似た説明があり、義母の旅立ちの時間が確定しました。
朝食もおいしそうに食べ、ごく元気だったといいますから、本当に突然のことでした。
93歳でした。

















義母の生涯について、私はそれほど詳しくはないのですが、知っている範囲で箇条書きでごく簡単に振り返ります。

・中学校を卒業する時点では高校進学が決まっていた。その春休みに郵便局でアルバイトをしている時期に、義母の父が亡くなり高校進学を断念。そのまま郵便局で働くことに
・郵便局では保険業務や電話交換手業務も(当時は郵便局が電話事業も行っていたようです)
・郵便局の若者サークル(?)で義父と出会い結婚。男の子を2人出産
・次男に子どもが生まれた時点(50代半ば)で郵便局を辞め、孫の面倒を見てくれることになる
※15歳から働いているわけですから勤務年数的には十分。なによりこのおかげで私は産休を取っただけで職場に復帰し、定年まで勤務することができたのです
・10年ほど前、乳がんの摘出手術。再発なし
・1年ほど前から自身でトイレ等難しくなり、特別養護老人ホームへ
・やや遅れて、義父も同ホームへ
・昨年9月、義父が先に泉下の客となるが、義母には「入院中」ということで、最後まで知らせず
・編み物、木目込み人形作りなど、手先はなかなか器用な人
・無理しない。この姿勢は私にかなり影響を与えてくれました。私の実母とは正反対だから。

1月10日が友引なので、1月10日お通夜、1月11日葬儀と決まり、現在義母は自宅で寝ています。枕元に義母の好きだった紫色を基調としたお花を置きました。


SNSへの誹謗中傷、私の場合 2026年1月7日(水)

SNSへの誹謗中傷によって心が折れ、とても悲しい結末が訪れたという事件報道を、何度も耳にしました。そのたびに私も含め多くの人は
「ほんのわずかな誰ともわからない人の書き込みなんて、気にしなければいいのに。ほとんどの人はあなたに対して、そんな風に思っていないどころか、好意的に受け取っている人もたくさんいるんだから」
このような感想をお持ちなのではと想像しています。

<誹謗中傷対策>
実は私自身、2~3回、軽めの誹謗中傷を受けたことがあります。ですから、SNS(私の場合全部YouTube動画へのコメントです)への誹謗中傷が意外に心に刺さることも、わずかですが経験しています。
私の場合、そのような時はそのコメント、即刻削除。
結局これが一番いい方法だと思っています。(何かしら訴えを起こしたい方は保存された方がいいと思いますが)
これに関して、お笑い芸人の中岡さん(ロッジ)が女性芸能人の方にされていた次のアドバイスが秀逸です。
「色々書きこんでくるやつがいても、パソコンの蓋閉じてみろ、もう手出しできないんだから」
芸能人の方への誹謗中傷の量は、私とは比べ物にならないでしょうから、いちいち相手にしたり傷ついていたら身が持ちません。SNS発信の多い方は、中岡さんのような方法で、断ち切れるものは断ち切るのが一番だと思います。

<具体的な内容>
抽象的なことを書いていても面白くないので、私への批判コメントを2つ。

1つはもう2年近く前。実はこのコメント、発信者が削除していなければまだ残っていると思います。私はもちろん2度と見る気はありません。でも削除しませんでした。というのは、明らかにこのコメントは勘違い(勝手な思い込み・憶測)によるものだからです。一瞬、返信のコメントを書き込もうかとも思いましたが、相手にすると面倒なのでそのまま。もう一つは削除済み。

①FMかほくYouTube動画へのコメント
それはFMかほくの放送YouTubeへのコメント。ちょっと事情が面倒なのですがお読みくださいね。
私のFMかほくの放送はYouTubeでも発信し、保存されています。保存されたYouTube動画はいつでもどなたでもご覧になれます。でも再生数はよくて10数回、普通一桁です。ところが2年程前のある日の放送、突然1000再生を越えました。私はそのことに気づいていなくて、管理人の新江さんから
「なにかあったの?」
と聞かれて初めて気づきました。
なぜそんなことになったのか、私の憶測。
「過去の教え子が、何らかのきっかけで私のFMYouTube動画に気づき、それを仲間内で共有し、面白がって再生した」
もちろんその後、1000回も再生されるなんてことは一度もありません。

そんな再生数に気づいたどなたか(名前があったように思いますが、覚えていません)からのコメント。よく覚えていないので、もう一度見てみようかなとも思いましたが、やっぱりやめます。こんな内容だったということで書いてみます。

「FMかほくYouTube動画再生数は、みんなが頑張ってやって来たその成果。それを、不正な方法で(こうは書いてなかったと思います。でもこういう意味に読めるものでした)再生数を叩き出そうとするなんて…どうぞお勝手に」

これ、どう考えても、FMかほく関係者です。ですから余計に返信コメントを書くことも、削除することもしませんでした。今日のこの内容も、その時すぐ書こうかと思いましたが、2年寝かせました。せっかちな西野真理としては、よく我慢したと思います。

②「防災の歌」動画へのコメント
これは昨日(2026年1月6日)。第44回美女コンのアンコールで歌った「防災の歌」ライブ映像へ。このコメントは即刻削除したので、文言は正確ではないかもしれませんがおよそこのような内容。
「『被災の歌』ですって!こんな格好で歌うなんて場違いです」
そもそも「被災の歌」ではなく「防災の歌」です。
正直私も、「防災の歌」に関しては、色々考えました。実際に被災された方の身になれば、
「元気で明るい曲をドレスを着て歌って」
と不快に思われる方がいらっしゃっても、それは当然です。
しかし、防災士・西野真理、そして元教員・西野真理の立場から
「『防災』」に関する一番大事な言葉をコンパクトに、すぐに覚えていただけるように、地震や豪雨など全く関係ないと思っている小中学生にも伝わるように」
という思いで作ったのです。
実際、この曲で覚えた歌詞の内容を、防災担当されている中学校の先生が、防災授業のために消防署の方と打ち合わせをされる時に話したところ
「それがわかっていれば十分だ」
と褒めていただけたそうです。

<終わりに>
今日はちょっとネガティブな内容でごめんなさい。
これを書いていて思ったこと。
「嫌なことがあったら、誰かに聞いてもらうのが一番気持ちを楽にします」
私はこれを書いたことでとても気持ちが楽になりました。
お読みいただき、ありがとうございました。

Geminiちゃんの誤答 2026年1月6日(火)

朝のバラエティ番組、ラビットのクイズコーナー。
「次の歌手のうち、一番紅白出場回数が多いのは誰?
 ゆず 嵐 浜崎あゆみ 安室奈美恵」
Geminiちゃんに聞いてみようではありませんか。

ご質問ありがとうございます。

提示された4組の中で、NHK紅白歌合戦の出場回数が最も多いのはゆずです。

それぞれの出場回数は以下の通りです。

アーティスト出場回数備考
ゆず15回2003年の初出場以来、近年もコンスタントに出場しています。
浜崎あゆみ15回1999年から2013年まで、15年連続で出場していました。
12回2009年から2020年の活動休止まで、12年連続で出場していました。
安室奈美恵10回1995年〜2003年(9回)と、引退前の2017年(特別出演)の計10回です。
ゆずなんだ。
そのままテレビ番組を見ていると、なんと正解は浜崎あゆみ!

Geminiちゃんに書き込みました。
「浜崎あゆみが一番多いようです。ゆずは14回です」

ご指摘ありがとうございます!大変失礼いたしました。

おっしゃる通り、2024年末時点でのゆずの出場回数は14回が正しい数字です(2023年末の第74回紅白歌合戦までで14回出場)。

最新の回数で改めて比較すると、順位が入れ替わります。

修正後の出場回数比較

アーティスト出場回数
浜崎あゆみ15回
ゆず14回
12回
安室奈美恵10回
みなさん、Geminiちゃんはまだ成長過程ですから、すぐにそれだけを信じないようにしましょう。

第44回美女コン終了と第45回美女コンのお知らせ 2026年1月3日(土)

 第44回美女コンは、前日から雪を心配しつつスタートしました。





















1月3日、朝。
↑よりさらに積雪!
しかも、頼みの彼は昨夜から体調を崩し、夕飯も食べずに就寝。もちろん朝も起きてきません。除雪どころか、美女コンのサポートも無理です。
自宅玄関前の積雪を見ると、徒歩4分の場所にある本町コミュニティセンターの駐車場がアウトであることは決定。でもとりあえず、荷物を運ぶために私の車は駐車場から出さねばならないので、玄関前と駐車場前の除雪。
車に荷物を積み込んで本町コミュニティセンターへ着くと、わかっていたとはいえ、ため息。




















まずは私の車を停めるスペース確保のための除雪。そして、お客様が玄関まで歩けるように、歩行者一人幅分の小径つくりの除雪。






















ここまでやって、お手伝いを頼んでいる義姉に電話。
「車停められない!歩いてきて!彼も体調崩して×、頼りにしてます!!!」
そしてfacebookに投稿と、ご来場くださるかもしれない方にライン。
車で1時間以上かかる場所から毎回来てくださるものの、ラインはまずご覧いただけない高瀬さんにはお電話。

本日1月3日13時40分から第44回美女コンです。
昨夜から会場周辺はかなりの積雪。そのため演奏者である西野真理1人で
・家から車を出すための除雪
・会場入り口の徒歩スペース確保のための除雪
に励んでおりました。
と申しますのは、大切な家族スタッフが昨夜から風邪で寝込んでいるからです。私はもちろん元気です。
美女コンに車でご来場を予定してくださっていた皆様、さすがに駐車場の除雪までは手がまわらないため、徒歩でお越しくださいませ。
このような状況ですから、無観客コンサートの可能性大。でも、何があっても楽しく歌い切ります。どうぞ遠くから応援くださいませ🙏

積雪の中、4人のお客様がご来場くださいました。神に見えます!
・以前内灘中学校に勤務していた時の教え子さん。近藤和也さんのセミナーで偶然お会いしてチラシをお渡したら、きてくださいました
・町内会でお世話になっていて防災士仲間でもある晃子さん
・区長の中本さん
・美女コンへ出かける前に、我が家へお餅を持ってきてくださった親戚の綾子さん。その時お誘いしたら来てくださいました






















楽しそうに聞いてくださる皆様のおかげで、とっても気持ちよく、クオリティー高く歌い切りました。
ご来場者のお一人、晃子さんからいただいたコメントがとても嬉しかったので、許可をいただいてこちらに転載いたします。

今日はありがとうございました❣️歌唱力にひきこまれました‼️ 先月も思ってたのですが、四重唱すごい手が込んでるなあと聴いてました✨

美女コンはとても分かりやすく歌の解説をしていただき、日本語で歌っていただけるので楽しく聴けますね‼️
また、間近で見れる地下アイドル⁇のようで見入っていました。ドレス姿が素敵です


それでは次回、第45回3月8日の美女コンのお知らせです。
リムスキー・コルサコフの作品を西野真理オリジナル日本語訳詩世界初演。どうぞお楽しみに。


お試しショート動画 2026年1月2日(金)

猫パンチされる動画が7000再生。気をよくして、さらに猫パンチ動画をアップすると2000再生。最初に比べれば少ないですけれど、歌の動画では考えられない再生回数。
そこで、歌ではないショート動画はどんなものでも結構再生されるのかと、試しに雪の降った庭に残された野良猫の足跡ショート動画を撮ってアップしてみました。
さあ、どれくらい再生されるでしょう。




公開2時間後は9再生で、やっぱりなんでも再生されるってものではないのだと思っていましたが、今朝(1月3日)起きてみると1974再生。意外に再生されますね!




第44回美女コン、いよいよ明日! 2025年1月2日(金)

第44回美女コン、明日に迫ってきました。
現在こちらは雪ですが、明日の開催時間あたりは小雨の予報です。
どうぞお誘いあわせの上、楽しいコンサートで新年の幕開けを!




















1月2日現在、我が家周辺はこんな雪↓



2026年SNSお年賀状 2026年1月1日(木)


 

2026年あけましておめでとうございます 2026年1月1日(木)

現在2026年深夜1時02分。あけましておめでとうございます。
今年もこのブログ、お読みいただけると幸いです。

彼が町会長になってこれで3回目のお正月。町会長は1月1日明けてすぐに神社にお参りと決まっています。(区長さんとかいろいろな町の役の方と)町会長になるまでそんなことが行われているとは露知らず。そこで私のような何も知らない方のために、そのことを「本町通信」に載せることにしました。「本町通信」というのは、彼が町会長になって3か月後に私の提案で(私がやりたいから)始めたものです。
その通信に写真を載せるための写真を撮らなければならないので(ければならなくもないのですが、載せたいので)私も同時刻に神社へ行かねばなりません。(ねばならなくも何のですが、自分で撮りたいので)

彼は少し早く、2025年があと30分残っているときに家を出ました。
私は2025年があと5分残っているときに家を出ました。2026年ちょうどに神社につくように。
神社に着くと祭礼が始まるものだと思っていたら、神主さんは管轄(?)の他の神社に行っていらっしゃるということで、神主さん待ち。寒空の中20分待ちました。




















待っている間のちょっとしたエピソード。
1人の80歳を過ぎた感じの男性が、靴を脱いで中へお入りになり、お参りを終えてお帰りになりました。そして3分ほどして帰っていらっしゃいました。
「靴を間違えた」
そこには黒い靴が1つ。男性はそれまではいていらした靴を脱ぎ、置いてあった靴を履いて、帰って行かれました。
男性はなかなかおしゃれな、良い身なりの方。はいて帰られた靴は皮の(多分)おしゃれな足首まで立ち上がっている高級そうな靴。間違ったと言って置いて行かれたのは、黒の運動靴。
皆さん、こういうとき、靴は自分で持っていましょう。




















神主さん到着。















彼もお参り。これを撮ったので帰ります。
皆様今年もどうぞよろしく。















西野真理の色々なお話

恩人・麻田恭一さんからのプレゼント(長文です) 2026年1月22日(木)

<はじめに(終わった後に)> 今回のブログの<はじめに>は、実は<おわり>に書いています。この後の本当の<はじめに>書いているように、ろくに知識もなくとにかく書いてしまったので、世界公開する前にまずは麻田恭一さんにチェックしていただこうとメール送信しました。 すると3時間ほどのち...