高瀬洋さんを偲んで 2025年6月12日(木)

いつもコンサートにご来場くださる高瀬良洋さんの息子さん・洋さんが55歳の生涯を終えられました。











高瀬さんとお知り合いになった経緯に関しては、大変話が長く、また、珍しくまじめな部分も多くなりますが、ぜひ最後までお付き合いくださいませ。

まずは、過去のエッセイ(2008年)を貼り付けます。(2作のエッセイをまとめました。現在のブログとは文体が違います)

ダメでもともと。突撃精神瞬間着火

2008年6月のある朝、職場で隣の席に座っている理科教師のMちゃんがこんなことを話してくれた。
「真理ちゃんならひょっとして興味があるかな~と思って言ってみるんだけど、今度金沢で『クリスマスレクチャー』って言うのがあるけど行ってみない?・・・あっ、でも、行きたいからって申し込んでも、ものすごく応募者が多いと思うから、行けるとは限らな・・・・・・」
「?クリスマス・・・・」
私が
「サンタさんのお話でもあるのかな」
と思っていると、その思いを見透かしたようにさらにMちゃんは続けた。
「これ、かなり前からイギリスでやってるレクチャーで、私前から行ってみたかったんだけどね。それって、世界的な科学者が楽しく科学のお話をしてくださる、ま、とにかくすごいの。それを今年日本でも・・・もちろんイギリスではクリスマスだけど、日本では夏やることになって、1回目は東京、で、2回目が金沢!」
 
私は、判る判らないは抜きにして(本当は抜かないほうがいいけど)自分の知らない世界のことを聞くのが大好き!それに「世界的な!」なんて言葉がついたりしようものなら、もうドキドキワクワク。
さすがMチャンは私のそういうところを見抜いており、私に声をかけてくれたわけだ。

が、話しているうちにふと気づいた。申し込んでも行けるかどうか判らないし、私が聞いてそのレクチャーが判るかどうかもわからない・・・・。
だったら☆
私の突撃精神に火がついた。
「私、そのレクチャーの休憩時間とか前座とかで歌わせてもらえないかな~?」
Mちゃん、あまりの話の飛躍にびっくり。
「・・・・・あ~・・それ・・・なんていうか、・・・ちょっと無理じゃない・・・・・」
遠慮しがちにはっきり言われたが、私はもうすっかりその気になっていた。そして
「主催の読売新聞に『歌わせてくださいませんか』ってメールしよ~っと!」
あきれてものが言えないという雰囲気をかもし出しているMちゃんを無視して、私はさっさと次のようなメールを読売新聞に送信した。

    ✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉
<読売新聞社様>
いつもご苦労様です。
さて、以下の情報を拝見しました。
<8月1日、2日 石川・金沢工業大学多目的ホール
各日午前11時~午後2時半
【講 師】 マーカス・デュ・ソートイ氏(オックスフォード大教授)
「数のミステリー」
 世界的に有名な数学者が、数の不思議や面白さを、実験やデモンストレーションを交えて解き明かします。参加無料>

現在ソプラノ歌手として様々なところで歌わせていただいていますが
ぜひこのような場でほんの数分でも前座、又は休憩時間の余興として
歌わせていただければと思いメールさせていただいた次第です。
興味をお持ちいただけましたら、ご連絡をお願いいたします。
<西野真理プロフィール>
西野真理 (歌) 武蔵野音楽大学声楽科卒業
‘01年21世紀日本歌曲コンクール第1位
‘02年奏楽堂日本歌曲コンクール入選
‘03年奏楽堂日本歌曲コンクール第2位
‘03年以来、東京・音楽の友ホール「日本歌曲シリーズ」に出演
‘06年榛名日本歌曲セミナー演奏助手
現在までに「あまんじゃくとうりこ姫」「アイーダ」「魔笛」「ちゃんちき」「フィガロの結婚」等のオペラに出演
‘05、‘07には石川県立音楽堂コンサートホールで0歳児からのコンサートに司会兼歌手として出演し好評を博す。かほく市在住
✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉✉

送信してしまうと、もうすることなんてなにもないわけで、そのことはあっという間に私の頭から消えてしまった。

6月26日・火曜日の夕方電話が鳴った。平日夕方の電話は怪しい。
「マンションを買わないか」
「壁を塗らないか」
今日のは
「読売新聞の・・・」
「うちは、2紙取ってるからいらないよ~」
・・・・・・・・・・・・・・と言わなくて良かった!!!!!
声の主は続けた。
「支局長のヤスエと申します。西野真理さんでいらっしゃいますか?先日はメールをいただきありがとうございました」
「えっ!あ、ありがとうございます!」
ヤスエさんからの電話の内容はおよそ次のようなものだった。

大変面白そうな申し出で、こちらも大変興味がある。しかし『クリスマスレクチャー』というのは、それこそノーベル賞級の学者さんがいらっしゃる会で、私が勝手にいろいろ決めるわけに行かない。こちらの担当教授の○○さんと今度相談してみようと思うが、歌ってもらうことになるかどうか、現段階で約束はできない。それでも了解してもらえるようなら、日程を空けておいてほしい。もし歌っていただけなくてもご希望があれば西野さんに席をご用意してもよい。ただし、立ち見になるかも。また、これとは別に読売新聞社ではほぼ毎月1回、文化活動として講演会などをしている。そういう会に歌っていただくことは可能だろうか?
 
「もちろんです!日程も空けますし、お返事も前日までならOKです!」

<イベント申し込みからの展開>
当然歌わせてもらうことはできなかったが、読売新聞北陸支局長・安江さんが私に興味を持ってくださり、その後開催された筋ジストロフィー患者・四方健二さんの自作詩朗読会で歌わないかと声をかけてくださった。
その朗読会で歌わせていただいた後、ご来場中の同じ筋ジストロフィー患者である息子さんをお持ちの高瀬さんから
「医王病院でも歌ってもらえないだろうか」
というお手紙をいただいた。

そのお手紙をいただいて1週間ほどのちの富山レッスンの帰り、金沢森本インターから一般道へ降りようとしたとき、その正面に医王病院を発見。つい、いつもの突撃ボランティア精神が沸き起こり病院を訪問することにした。

医王病院にて

<医王病院へ>
上記のような経緯で何のアポイントもなく医王病院へ足を踏み入れたが、病院はいつも突撃ボランティアを行っている老人ホームのように簡単に
「さあどうぞ歌ってください」
とはいかなかった。
覚悟はしていたのでそのまま帰ろうとしたが、一応高瀬さんの名前を出してみると少し様子が変わり、高瀬さんに電話で確認していただけることになった。

看護師さんが高瀬さんの携帯に電話をされると、高瀬さんはつい30分ほど前にこの病院を出て家へ向かわれたところで、私が来ていると知ると、
「すぐ戻るから待っていて欲しい」
とのこと。
高瀬さんが電話で私のことをどんなふうにお話くださったかは不明だが、この後すぐに歌わせていただけることになり、あちこちの病室を訪ねて歌いつつ高瀬さんをお待ちすることになった。

<病室の様子>
詩の朗読会でお会いした四方さんの様子から、筋ジストロフィーの患者さんのことを知っているつもりでいたが、一人にお会いするのと、たくさんの患者さんを一度に目にするのは全く感じが違っていた。
一人ひとりの心拍を表示する機械、呼吸をサポートする機械、痰を吸い出す機械・・・その他見たことのないたくさんの機械がところ狭しと並び
「私がつまづいて機械を倒したりコードを踏んだりしたら命にかかわるかもしれない!」
とはじめのうちとても緊張した。













<高瀬さんのお話>
しばらく歌っているうちに高瀬さんが到着。
その後は高瀬さんのご案内であちこちの病室を回ることになったが、その間に高瀬さんから次のようなことをお聞きした。

・・・何十年か前だと、筋ジス患者は20歳位くらいまでしか生きられなかった。体中の筋肉が次第に衰え、20歳くらいには呼吸するための筋肉が動かなくなるから。しかし、人工呼吸器(名前は確かではない)が開発され、生きられるようになった。自分の息子も小さいころは普通に歩いていたのがだんだん歩けなくなり、車椅子になり、人工呼吸器になり。私自身も絶望したり、それはそれは色々あって・・・・

高瀬さんの話しぶりは本当にあっけらかんとして、いわゆる
「達観した」
という表現がぴったりだった。
たくさんのことを乗り越えていらしたんだなあと思った。

<想像を超えた病室>
「西野さん、一人でこういうところに入ることはないだろうから、ここでも歌うといいよ」
と高瀬さんに案内されたのは、ベビーベッドのたくさん並んだ小児病棟。
そのベッドの間を縫うように歌いつつ見た患者さんたちの姿は想像を超えたものだった。
それも、一人ひとり状態が違っていた。
その様子の違いをどこまで書いていいのか、また書いたとしてもどこまで正確に描写できるか、こうして書きながらずっと迷っている。
一目でわかることは、体の大きさ。
体全体の大きさも様々なら、体の部分的な大きさや、おそらく動かすことはできないであろうと思われる手足、いや、手足に限ったことではない、一生ここから、このベッドから出ることはできないだろうと想像される姿に、私の心臓の鼓動は一気に速くなった。
それでも一生懸命歌っていると高瀬さんが
「あ~この子喜んでる!」
残念ながら私の目にはその患者さんの感情は全く伝わってこなかったが、そういわれたことは私をとても安心させてくれ、歌い続ける力になった。

<衝撃の事実>
私はその後、この日の出来事を生徒や友人に話した。できるだけ正直に正確に。
しかし、この
「小児病棟」
という表現が大変な思い違いであったことを、2度目にボランティアに行ったとき知ることになった。

2度目に伺ったときも高瀬さんに案内されて病棟を回ったが、以前から手狭になった医王病院の後に新しい病棟が建設されていて、どの病棟も新しい建物に移ったり、今まで使っていた病室を広く使えるようになったりしていた。

新しくなった病棟を回りながら高瀬さんが私の勘違いを見透かすように
こう言われた。
「西野さん、あの子たち小さいから子供だと思ったかもしれないけど、みんな20歳過ぎてるんだよ」
「え!・・・・・・・・」
小児病棟で見たこととして生徒や友人に語ってきたのに、あの患者さんたちはみな、成人した方だったのだ。
この事実を知ったことがここ数年で私が受けた衝撃の中で一番大きなものだったように思
う。

ここからが2025年6月12日のブログです

横浜2泊3日の帰途の車内、高瀬精治さんのfacebookへの投稿に気づきました。(精治さんは良洋さんの息子さんです。実名や投稿記事・写真の使用に関してはご快諾いただきました)

大好きな、あんちゃん(兄)が令和7年6月7日19時30頃天国に旅立ちました🪽
55歳でした!
あんちゃんは、前にも書いたと思いますが先天性の筋ジストロフィーという病気で20歳ごろ自力で呼吸ができなくなり喉を切開して呼吸器を取り付けました!
それから35年間病院生活をしていました。
周りの環境も良かったのかこの歳までこの病気で生きた方はいないそうです。
とにかく映画が大好きで亡くなる前日もゴジラの映画(ビデオ)を見てたそうです
^ ^
自分が病院に面会に行った時も必ず何かしらの映画を一緒に見るのが楽しみでした。
ミッションインポッシブルの最新ファイナルレコリングもDVD📀を買って一緒見ようと思ってましたが、とても残念です😢
またあんちゃんは、呼吸器をつける前はケンタッキーフライドチキン🍗が大好きでよく食べていましたが、呼吸器をつけてから一度食べたことはあるんですが、喉に詰まり苦しくなってそこから食べ物一度も口にすることはありませんでした。
最後に実家に帰り食べさせてあげることが出来たので、あんちゃんも喜んでいることと思います^ ^
それからあんちゃんの人生の大半を一緒過ごしてくださった横川先生も前日にあんちゃんの顔を見に来ていただきありがとうございます。
横川先生が来てくれてあんちゃんも嬉しかったと思います、一緒にいた時の笑顔が浮かびました^ ^
あんちゃんは、いろんな方にサポートしていただき55歳まで生きることが出来たと思います。
医王病院の先生、看護師の方々、これまでに関わってくださった全ての方々に感謝を申し上げます。
ありがとうございました🙇‍♂️
あんちゃんは幸せものでした^ ^
天国から笑顔で見てると思います。
あんちゃんまたね👋

SAに立ち寄った時、高瀬さんにお電話しました。
先に貼り付けたエッセイにもあったように、高瀬さんは達観した方。とても明るくお話しくださったことで、私はとてもほっとしました。
「明日お宅へお伺いしていいですか?」
ということで、本日お伺いしました。

いつも通り、明るく元気な高瀬さんではありますが、お仏壇横には洋さんの写真。その前で
医王病院でのボランティアコンサートのときには聞けなかった詳しいお話を伺うことができました。
難しくて1度では覚えきれなかったので、順不同、箇条書きでご勘弁ください。

・洋さんは小学生で発症、20代前半で一度呼吸が止まったこともあったが、ちょうど人工呼吸器が開発され、それによって延命が可能になった
・意思の疎通は、口の動きやまばたき
・寝返りも打てない、ちょっと痒くても掻くこともできないのに、洋さんは「つらい」ということはなかった
・筋ジストロフィーの専門病院は北陸には石川県の医王病院だけ、ここから一番近いのは滋賀県
・この病気だといろんな薬が使えない。これをこちらに使えば、あちらに悪い
・洋さんは何度か呼吸が止まったことがあったが、そのたび自力で呼吸を戻した
・普通の体力の人なら呼吸が止まった時胸部圧迫という方法もあるが、そんなこと絶対できない
・筋ジストロフィーとよく似た病気でALSというのもある
 ※これについては高瀬さんもよくわからないとおっしゃったので、調べてみました。
観点ALS筋ジストロフィー
原因    神経      筋肉
発症年齢   成人        小児が多い
進行   急速     緩やか(タイプによる)
知能・感覚   保たれる     多くは保たれる
治療   進行遅延薬あり   対症療法中心、遺伝子治療研究中

洋さんのご冥福と、難病の治療法が見つかることを心よりお祈りしてこのブログを終わります。


抵当権抹消登記手続き(過去のエッセイより)2025年6月11日(水)

2024年元旦の能登半島地震で家屋倒壊等のため、大事なご自宅の取り壊しをされた方のお話を時々お聞きします。そんな方のお役に少しはたてるかも?と、やや内容は違いますが登記関系の過去のエッセイをこちらに載せてみました。

※これは2013年の紙媒体のエッセイで、現在のブログとは文体が違います。


抵当権抹消登記手続き

※今回のエッセイには、法律的なことや難しい手続きのことが出てきます。それを説明したいと思って書いたエッセイではありますが、西野真理の頭脳を考慮し、万一、これを参考に物事を進めようとされる場合は、十分ご注意ください。これを参考にして失敗された場合の責任は負いかねます。

<銀行からの厚めの封筒>

2013年8月21日、山口県へのお里帰りから帰ると、郵便受けに厚めの封筒が突っ込まれていた。H銀行からのお知らせだ。
開封した夫は言った。
「面倒くせ~!」
私達は30代半ば、家を建てるため銀行ローンを組んだ。その時は
「完済するときは50歳過ぎてるんだなあ~」
と、その年月を途方もなく先に感じたし、自分が50歳になることなんて想像もできなかったが、こうして51歳になってみると、精神的にはあんまり変わっていないことに驚いてしまう。
が、まあとにかく、ローン完済はおめでたい。わ~い終わったと思ったらこれだ。面倒くさそうな手続きをしなくちゃならないらしい。
ローンを組む時、銀行さんは
「もしちゃんとお金返してくれなかったら、そのお家、こっちがいただきますよ」
という書類を、あの時私達に書かせたらしい。
その時の
「こっちがいただきますよ」
を丁寧な言葉で正式にしたものが
「抵当権設定」
ローン完済でこれが要らなくなったので、今度は
「あ、あの抵当権?お金返してもらったし、もう、うちの銀行に関係ないです。『あの家、銀行の抵当ではなくなりました』って手続きしといてね~」
ということで送られてきたのがこの厚めの封筒である。

確かお金借りるときは、お家まで銀行さんから2人くらい来て丁寧に説明してくださったなあ~。「ここにハンコ押してください」とか「ここに、こう書くんですよ」とか準備万端で・・・。

<司法書士へ?>

たくさんの書類の中の説明書に当たるものにこんなことが書かれていた
「・・・一般的に司法書士に依頼する方法で行われています・・・・」
「・・・お手続きを依頼する司法書士の紹介を行っております・・・」
銀行さんと司法書士さんは仲がよさそうだ。

<偉大な日本の義務教育を証明する時>
私は面倒なことが嫌いだ。
でも、私の直感が囁いた。
・こんなこと、いちいち人にやってもらわなければならないということがそもそも変だ。自分でできるはずだ。
・私にだって、30年、日本の公教育をちょっとは担ってきた(音楽だけど)という自負がある。9年間の義務教育を受ければこの程度のことができるように、日本の教育は整備されているはずだ。
そうだ、私が逃げてどうする。日本の義務教育の素晴らしさを証明しなけ
れば。今がその時だ。

<ソプラノ歌手・関定子先生登場>
・・・のようなことを考えるのとほぼ同時に私の頭に登場したのが、私の師でソプラノ歌手・関定子先生である。
先生は数年前にご主人を亡くされたのだが、その時、家の権利がどうとか、そういうごちゃごちゃした手続きを、
「私は全部自分でやったの。やってみたかったの」
と話してくださった。
その時は自分に直接関係ないことだったし、先にも書いたように面倒なこ
とが嫌いな私は
「私だったら専門家に頼むけど・・・」
と思いながら聞いていた。
が、その一方、そういうことを
「やってみたかった」
と言い切る先生を誇らしく感じていたのを思い出したのだ。
先生のそれより、かなり簡単な手続きだが、
「自分でやる!なんか楽しそう!」
と彼に宣言し、書類作りを開始した。
山口県から休憩込み車で9時間かけて帰ってきたその夜の話である。

<ネット情報>
こういう時、インターネットは本当に有難い。
私のように
「自分でやるんだ」
と思って四苦八苦した人たちが、たくさんの情報を提供してくれていた。
あちこち見せていただいたが、感謝を込めて最も参考になったホームページのアドレスを載せておきます。
どうもありがとう。 http://抵当権抹消.net/ 

<書類作りと提出>
情報のお陰で、書類作りはネットを見始めた時間を含めて1時間で終了。
翌朝、金沢地方法務局へ初めて足を踏み入れたが、キョロキョロと挙動不審な私に職員の皆さんとても親切で、待ち時間もなく、ちょっとしたミスがあったが丁寧に教えていただき書類を完成させ、2000円払って収入印紙を買って貼り付け、提出して終了。
専門家に頼むと18,000円くらいかかるらしい。
すごく得した気分の一日だった。
次ページに書類の見本を載せておきます。
ご参考になれば幸いです。

<ご注意>
エッセイ版の時つけた注釈画像入りのものをうまく貼り付けられませんでした。そこで、一旦文章だけ貼り付けて、その下に、JPEGで画像として同じものを載せてあります。
少し小さくて見づらいです。ごめんなさい。


登 記 申 請 書

登記の目的    抵 当 権 抹 消


原   因    平成 ○年○月○日 解除


抹消すべき登記  平成30年3月30日受付 第 2022 号


権 利 者    タヌキ県キツネ市ウサギ町100番地5 猫田猫男

         タヌキ県キツネ市ウサギ町100番地5 猫田にゃん子


義 務 者    タヌキ県アナグマ市ネズミ町1番地

株式会社 動物銀行

代表取締役 熊野熊雄


添付書類

(省略)登記原因証明情報  登記識別情報または登記済証

代理権限証明情報  資格証明情報



平成  ○年 △月 △ 日申請   やまおく法務局 御中


申請人兼義務者代理人

  (申請人)タヌキ県キツネ市ウサギ町100番地5 猫田にゃん子

                      (連絡先 020-222-2222)


登録免許税    金 2,000 円


不動産の表示   別紙記載のとおり


不動産の表示


  (戸建て土地)

  所  在  タヌキ県キツネ市ウサギ町

地  番  100番地5

地  目  宅地

地  積  1000㎡


  (戸建て建物)

所  在  タヌキ県キツネ市ウサギ100番地5

   家屋番号  100番 5

   種  類  居宅

   構  造  軽量鉄骨造スレート葺2階建

   床 面 積  1階 100㎡

         2階 100㎡














初対面・横浜への旅2泊3日 3日目 2025年6月11日(水)

楽しい2日間も終わり、今日は帰るだけ。
昨日は雨の中をかなりたくさん歩き、かわいいかわいい孫の顔もたくさん見て、若い夫婦との楽しい時間もすごし、二人とも早く寝たので早く目覚め、せっかくだから朝のうちに横浜散歩でもしようかと思ったものの雨。それじゃあもう帰りましょうと、7時20分にホテルを出発。

石川県なら朝のこの時間、道路は通勤ラッシュが始まっているのに、赤レンガ倉庫周辺は車通勤者が少ないのか、道はガラガラ。














町田、海老名あたりでおそらく通勤ラッシュであろう少々の渋滞はあったものの、極めて順調。ただ、日本列島が梅雨入りのため、静岡近くまで来たときには見通しが悪くなるくらいの雨。














その後もほぼ雨の中ではありますが、ごく普通に高速を走りました。
しかし心配が1つ。ガソリンです。
計算上、出発前に満タンにすれば家まで大丈夫なはずですが、少々不安。
あと家まで100キロ辺りで彼が眠くてたまらないというので運転を交代。交代した私はエコ運転を心掛け、そこそこの余裕で我が家近くのいつものガソリンスタンドに到着。

楽しい楽しい2泊3日の旅でした。



















初対面・横浜への旅2泊3日 2日目 2025年6月10日(火)

2日目
前回も雨、今回もまた雨。
雨なら雨を楽しみましょう。屋内!
晴れなら元気に歩いた距離かな?雨なのでみなとみらい線で新高島まで行き、日産ミュージアムへ。
ここ、おすすめ!
広くて綺麗で、展示してある車に乗っていいので(ダメなのもあります)テンション上がります。
フェアレディZに乗って大喜び!
他の展示も興味深く、私たちが帰る頃には沢山の観光客が。



次は資生堂ミュージアム。落ち着いた綺麗な博物館。
次のYAMAHAは休館日、その次の京急博物館も休館日。皆様、火曜日・水曜日はお気をつけください。
駅の案内アンパンマンで知ったアンパンマンミュージアムへも行ってみましたが、これはどう見ても子どもさん連れ向けの施設。子どもさん連れで大にぎわい!入るのやめました。
再びみなとみらい線に乗り日本大通りまで行って、開港記念館へ。
この記念館の始まりは「ペリー来航」です!


お腹も空いたし、ちょっと休もうと一旦ホテルへ帰ることにしました。そのホテルの少し手前にあるチョコレート屋さん、前から行ってみたかったのですが、いつも満席だったり休業日だったり。でも今日はちょうど空いていてすぐ入れました。
このチョコレートドリンク、本当に美味しい。入れて良かった。彼はホットチョコレートを飲んでいました。
では、ホテルでしばらく休憩して、お夕飯は「なっちゃん」を眺めながら(笑)娘のお家でご馳走になります。




初対面・横浜への旅2泊3日 1日目 2025年6月9日(月)

娘関係でこのブログに横浜旅行のことを書くのは3回目かな?道中変わった事がそれほど起こるはずもないので、いつも確実にお読みくださる6人の貴重な読者のみなさま、まあまあ同じようなことを書きます。でも、微妙な違いをお楽しみ頂くのも間違い探しのようで楽しいかもしれません。それでは「初対面・横浜への旅2泊3日」始まり始まり。

2025年6月9日朝8時半、初対面旅行に出発。そう、初孫の「なっちゃん」に会うため。
北陸自動車道→
 東海北陸自動車道→
  東海環状自動車道→
   新東名自動車道→ 
    東名自動車道→
     このあとがいつもよくわかりません
とにかくみなとみらいの定宿
「アパホテル&リゾート 横浜ベイタワー」
へ16時19分到着。
途中の特筆事項
①高級車ランボルギーニを初めて見た
in駿河湾沼津
②渋滞中、前のトラックのロック部分が、人差し指で目を隠している人みたいだった

③その渋滞の事故がこれ。
神奈川県に入ったあたり。事故処理車が何台も来ていましたから、かなり大きな事故だったようです。トラックの荷台部分が燃えていたようでした。

さあ、ホテルに着きました。荷物を置いたら、なっちゃんに会いに行きましょう。そうそう、今回のホテルの値段、二人で2泊18000円。(ポイント分割引含む)アパさんありがとう。
別のブログに書きましたが、同じお部屋でも5倍、6倍以上の価格の日があります。

着きました。
まあ可愛い‼️

夕飯は中華街へ。
前回体験で我が家では
「60歳代食べ放題禁止条例」
ができましてので、今回はちゃんとしたお店へ。
結局横浜初回に入って大満足だった「同発」へ。
間違いない美味しさでした。味付けも食材もとてもいいです。しかもこれだけ食べて2人で10950円!お支払いをする時2万円弱かな?と思いながらレジに行ったので、ほんとに驚きました。

しかし!
注文しすぎました。心から反省します。
(でも、全部食べましたよ)
次回へ向けて書いておきましょう。

①最後の一品を注文する時、お店の人から「多くないですか?」と言われました。プロの言うことは聞きましょう。
②主食系は二人で1品にしましょう




Sing幾多郎300回記念 2025年6月8日(日)

今日はSing幾多郎300回記念日でした・・・って言っても、それに気づいたのは夜。
「あ!今日300回目だった」

思えば退職初日の2022年4月1日に始め、ほぼどなたもいらっしゃらないままやり続けて2025年4月で4年目に突入。
どなたもいらっしゃらないという、集客努力不足には反省しきりではありますが、とにかく開催し続ければ、自分自身が練習するというメリットだけは確実にあります。自分で言うのもなんですが、私は確実にうまくなっているのです。
皆様、会員制ではございませんので、どうぞ1度、お歌いにいらしてください。お待ちしています。

『ReHacQ』のプロデューサー高橋弘樹のHR高等学院での授業が凄すぎた 2025年6月6日(金)

 YouTubeチャンネル「HR高等学院の非常識な職員室」より
登録者148万人『ReHacQ』のプロデューサー高橋弘樹のHR高等学院での授業が凄すぎた
を抜粋で書き起こしました

ちゃんと見たい方は↓をどうぞ(面白いですよ)



 
よく見てるYouTube動画の一つ、ReHacQ。特に好きなのが
「なぜ会社辞めたんですか?」
シリーズ。私の全く知らない方々とはいえ、だれもが知るような一流企業やキャリア官僚を早期退職した方に辞めた理由を聞く番組。聞き手はプロデューサーの高橋弘樹さん。

高橋弘樹(たかはし ひろき、198177日 生まれの2025年現在44歳)さんは、元テレビ東京勤務。日本の映像ディレクター、テレビプロデューサーでYouTuber。経済動画メディア「ReHacQ」のプロデューサー、ReHacQの運営やテレビ番組の制作を手掛ける株式会社tonariの代表取締役社長。ABEMAでも勤務し、プロデューサーを務める。


テレビ東京勤務時代には有名な担当番組を数々担当

・「家、ついて行ってイイですか?」
  終電を逃した人の家にタクシー代を払ってついて行き、話を聞く
   私的感想:いろんな人生があるんだなあ~と、どんな人も思わず尊敬したくなる番組
        

・「なぜそこに日本人」
  ほぼ日本人が行きそうもない外国の田舎で発見した日本人に、なぜここにいるのか聞く
   私的感想:たどり着くのも困難な場所でたくましく生きる日本人、ちょっと憧れまし
        た

・「空から日本を見てみよう」
  雲ジイというおじいさんキャラクターが上空から日本を見る
           私的感想:時々地方局でもおそらく番組を買い取って(?)流していたらしいものを見
        ていました。もともと飛行機の窓から下を見ているのが大好きなこともあ
        って、上空から下を見るあのわくわく感、たまりません

・「ヒロユキを砂漠に置いてきた」
 論破王ヒロユキを、論理が通じない砂漠に放り込んでどうなるかを見る

・「テレビチャンピオン」
 その道に特化したマニアを競わせる
  私的感想:石川県では土曜日の午後にやっていた印象。ラスト優勝者決定場面でかかる
       ラヴェルの「ボレロ」ラスト部分がぴったり

 (例)大食い 手先が器用 レゴブロック 和菓子職人 

 その高橋さんがゲストとしてHR高等学院のYouTube動画に招かれてお話された回がとても面白かったので、私の趣味で書きとってみました。


まずHR高等学院について。

HR高等学院

20254月新開校の通信制高校サポート校。オンライン・オフライン両方を活用した通信制の学校。高校卒業資格の取得や大学進学なども視野に入れた教育機関

ここからがHR高等学院のYouTube動画で高橋弘樹さんがご自身で語られたことの抜粋です。

 ◆テレビ東京勤務・番組制作初期(1年目~3年目)

新卒でテレビ東京に入り、最初に関わったのが「TVチャンピオン」。その中で「ゆるキャラ王選手権」などを担当。その時三浦純さんと仕事。三浦さんは「ゆるキャラ」「マイブーム」などの言葉の生みの親。三浦さんは「ゆるキャラ」を図鑑にした。

 三浦さんが定義したゆるキャラの三カ条

・郷土愛にあふれている(例:広島の「ぶんかきちゃん」→頭はもみじ饅頭、胴体は火、真ん中は牡蠣)

・立ち居振る舞いがユニークかつ不安定

 ミッキーとかドラえもんとかはしっかりしすぎている。
  個人的意見:金沢の「百万さん」もゆるくない、どちらかと言えばガチキャラ

・愛すべきゆるさを持ち合わせている

ゆるキャラ200体を集めて運動会を開催するなど、高橋さんはそこから「0から1を生み出す楽しさ」を学んだという。

 ◆三浦純さんからの学び

人が見過ごしているものに美や価値を見出す力に感銘。

例:「寺の門の左右にいる怖い像が邪鬼(ジャキ)を踏んでいる」ことに注目。

その邪鬼は実は仏教以前の神様だったが、悪さに気づいて仏の下で修行しているのではという考察。高橋さんは三浦さんのように「誰も注目してないものに光を当てる姿勢」に大きな影響を受けた。

三浦さんは基本「ふざけているおじさん」

◆若い世代へのメッセージ

・「TikTokで偶然見た動画の奥には、何年も積み重ねられた創作の哲学がある」

・「見たことないものを見せる」ことを恐れずに、自分にしかできない“違和感”を信じてみてほしい

・面白いものは、いつも最初は“変”に見える。

 高橋弘樹さんの結論

どんなクズでもそれなりにちゃんと頑張ってきてるってことと、どんないい人そうなやつでもそれなりにクズな部分があるっていうのは間違いない

大の里横綱昇進お祝いディスプレイin金沢駅 2025年6月6日(金)

昨日金沢駅へ行くと、大の里横綱昇進祝いのディスプレイが設置してありました。
ただそれだけなんですけどね。
でもちょっと嬉しくて写真を撮りました。



農協牛乳イチゴ味 2025年6月3日(水)

昨日初めて飲んだおいしい飲み物のご紹介。

「農協牛乳 イチゴ味」150円

JA全農とちぎ の商品です。
某コンビニで売っているイチゴ味ドリンクよりはるかに安くておいしい!
今日はそれだけのブログです。


2025年6月 Sing幾多郎の予定表 2025年6月2日(月)

 6月Sing幾多郎開催予定カレンダー

 場所 石川県かほく市宇野気ト110-1

   本町コミュニティセンター   〇が開催日

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<毎週日曜日> 

フリーの歌の会(予約の必要はございません)
・9時30分~10時15分(45分間)
 1回お一人 2000円

個人レッスン(各45分) 予約者のみ
 予約・お問い合わせ メール宛先  singkitarooo@gmail.com

<毎週水曜日> 
歌の会(3人以上での予約の方のみ)
・9時30分~10時15分(45分間)
 1回お一人 2000円

個人レッスン(各45分) 予約者のみ
 予約・お問い合わせ メール宛先  singkitarooo@gmail.com






ソーダストリームからドリンクメイトへ 2025年5月31日(土)

2025年5月下旬、家庭用炭酸水製造機が壊れました。
「え~!まだ新しいのに・・・保証期間過ぎてるかな?」
還暦を過ぎると時の過ぎる感覚がどんどん麻痺していることが判明。調べてみるとこれを買ったのは2019年11月。5年半前です。保証期間はとっくに過ぎています。

ここで、家庭用炭酸水製造機を買ったときの文章をご紹介します。こちらは紙媒体でエッセイを自費出版していたころのもので、現在とは文体が違います。

<SodaStream>
炭酸水作り器です。
ペリエは美味しい。しかし、コストコで買うとはいえ1本60円。いちいち空ボトルというゴミが出るのも困るなあと思っていたら、コストコ入口から少し入ったところで、お兄さんがSodaStreamを実演販売していた。
立ち止まって見ていると、お兄さんが親切に(商売だからね)説明してくれた。
「1本のガスシリンダーで、およそ60L、500mLのペットボトル120本分の炭酸水ができます。500mLだいたい20円くらいでつくれますよ。炭酸の強さも調節出来ますし、ゴミも出ません」

 注:炭酸の交換シリンダーはどこで購入しても要返却。返却するとシリンダー分の価格を引いてくれる。コストコの製品は返却すると1本¥700のキャッシュバック有り。2本¥5,198なので¥1,400のキャッシュバックを受けるから、次に買うときは実質1本あたり¥1,899。

本体価格8,680円(炭酸ガスシリンダー1本付き)

ちょっと悩んで、お兄さんに
「あとで来ます」
と言ってその場を去り、その後立ち寄った果物売り場でライムを買った。
13個入り798円。人生初ライムである。
日本人はライムなど買わない。
レモン止まりである。
それなのに日本人西野真理は、57歳11ヶ月でライム初購入。

コストコを1周して買い物を終え、レジを通過したところで彼が言った。
「SodaStream買った?あのお兄さん待ってるよ」
彼はこういうところは律儀なのだ。

彼を待たせてSodaStreamだけを買いに売り場へ戻り、
「白いの(黒いのもある)ください」
と、SodaStreamをもらってレジへ向かった。

「SodaStreamで作った炭酸水に、ライム絞って飲んでいる私」
1万円弱で味わえるこの自己陶酔感。
おすすめします。

↑このエッセイは初めてコストコへ足を踏み入れた頃に書いたエッセイの一部。初コストコから5年半も経っていたことにも驚きました。

さて、ソーダストリームが壊れました。炭酸を入れようとボトルをセットしても、どこからかガス漏れしている感じで炭酸が水に入っていきません。修理のお得意な彼の見立てによると
「パッキンがだめ。冬の間使わなかったから、ゴムが乾いたんじゃないかな」
5年半前の製品に文句も言えません。
買い替えましょう。

<ドリンクメイト>
ここで登場するのが、やはり家庭用炭酸水製造機ドリンクメイト。ソーダストリームを使っていた時、途中からソーダストリーム公式ガスシリンダーではなく、ドリンクメイトのガスシリンダーを使い始めました。
こちらの方が安いからでです。
ただ、ソーダストリームさんは
「ソーダストリーム公式ガスシリンダーを使わないと保証しませんよ」
と公言していらっしゃいましたので、今後ご購入の皆さんは言いつけを守ってくださいね。

そこで今回買い替えるにあたって我が家では
「本体もドリンクメイトにしましょう」
と、即断。

<ドリンクメイト本体購入>
2025年5月29日(木)コストコへ。
ドリンクメイト(白)を購入。(黒いのもあります)
本体(ガスシリンダー1本付き)7588円(税込み) 
ガスシリンダー2本      3438円(税込み)

最後に新旧交代の写真をご紹介します。
<お世話になったソーダストリーム>














<これからお世話になるドリンクメイト>



久しぶりの校歌編曲 2025年5月29日(木)

まずはこちらをお読みいただいて、お読みいただいた前提でブログを進めていきます。

かつて同じ地区でご一緒し、現在は川北町で小学校の校長先生をしていらっしゃるSさんから研修講師のご依頼をいただいたものの、日程が合わず残念!しかし、Sさんのご尽力により日程調整が進み、6月26日(木)にお伺いすることが決まりました。
その後電話やラインで打ち合わせを兼ね、久しぶりの会話も弾み、
「研修前半の小学校6年生指導用楽曲の楽譜や、川北小学校の校歌の楽譜を送ってください」
というところでお話は終わっていました。

そんな昨日の夕方、ラインに気づきました。
「伴奏譜をメールに送らせていただきました。ご確認ください」
???
届いていません。
実はSさん、今回のことで初めて私に連絡を取ろうとされた際、私がダイレクト葉書に書いたメールアドレスに学校のパソコンからメール送信をされたようなのですが、私には届いていませんでした。いつまでたっても返信をよこさない西野真理に、ご自身のスマホから連絡を下さって、無事今回のことにつながったのです。
どうやら今回も同様の事態が発生している模様。

電話をして事情を伝え、ライン添付で楽譜を送信していただいて無事解決。

さあ、校歌です。
これまでもコンサートでお呼びいただいた学校の校歌はすべて歌ってきました。その際することは校歌伴奏の西野真理オリジナル編曲です。なぜそんなことをするのか。ちょっと話は長くなります。西野真理の憶測と毒を含みます。

戦後・1947年、学校が6・3・3制になった時、おそらく多くの学校で校歌が作られました。そのころの日本に作曲できる人材が学校の数だけいらっしゃったとは到底考えられません。数少ない「作曲家」と呼べるような方に作曲を依頼するとなれば謝礼も相当な額になるはず。実際、山田耕筰、平井康三郎、信時潔などもたくさんの校歌を作曲しています。
では、山田耕筰に頼めない学校はどうするか?
「その地域にお住いのピアノを弾ける人、音楽を勉強した人」
に依頼するのです。1947年時点で作曲依頼の候補に挙がるということは、1947年時点で少なくとも40歳以上、日露戦争が終わったのが1905年ですから、その頃以前にお生まれになっているということ。そんな時代にピアノがあって、音楽の勉強ができる環境にあったというのは、地方の名士に違いありません。
頼まれればいやとも言えず作曲された曲、それが校歌です。

そこで問題になるのが和声(伴奏)です。旋律(校歌のメロディー)は何とかなります。実際私も創作の授業をしてきて、
「メロディーのある生徒はいる」
これが実感。私自身は逆で、自分にはメロディーを生み出す才能はないとはっきり言えます。和声感もいいわけではありませんが、音楽大学で勉強した基礎はあります。ですから、私の創作の授業は授業時数の限られている中、先に和声を与えて旋律を作ることをやっていました。
おっと、話を戻します。
皆さんもご経験がおありでしょう。ピアノがあまり得意でない人が、無理やり簡単な和音で伴奏する違和感のある伴奏。
これが校歌にも多用されています。
その無理やりな和声のままで自分で歌うのは絶対嫌なのです。もちろんそれを生徒に指導することは、私の精神衛生上とてもよくありません。何しろ学校にいる間ずっとそれを聞かなくてはならないのですから。

そこで私は、退職するまでに勤務してきた学校のほとんどの校歌を編曲し直しました。
(以下、ほぼYouTubeにアップしてあります)

・岐山小学校(山口県)
・津幡中学校
・津幡南中学校
・内灘中学校
編曲し直さなくてよかったのは
・北鳴中学校(作曲:橋本祥路)
・港中学校(作曲:川崎祥悦)
この2つの学校は新設校。素晴らしい校歌でした。

町歌
・津幡町歌
・内灘町歌
コンサートにお呼びいただいた学校
・萩野台小学校
・目黒区立第一中学校(石川県への修学旅行)
・宇ノ気中学校
・錦城中学校
その他
・飯田小学校(平井康三郎作曲:話が複雑なのでこちらをお読みください)
・石川県民の歌(YouTubeアップ用)
・宇ノ気小学校(YouTubeアップ用)
・石川婦人の歌(1996年に何かで歌わせていただいた)
・西田幾多郎先生を讃える歌(YouTubeアップ用)
・太陽となろう~へき地教師の歌~(僻地教育大会開会式用録音)

さあ、川北小学校校歌です。
やり始めると一気にやりたいタイプ。
夕方に始めて22:30頃に終わりました。










西野真理の色々なお話

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