野口先生に関しましてはリンクを貼ると、いくつ貼っても足りないので、恐れ入りますが興味をお持ちの方は西野真理のブログを「野口芳宏」のキーワードでご検索くださいませ。
その野口先生を師と仰ぐ皆さんが立ち上げていらっしゃるサイトの一つに
「野口塾ネットワーク」
があります。
そこに、白石さんという方が野口先生の
「遺言連載」
という連載をースタートされました。
そこに野口先生の音楽教育に関する雑感が記されていて、大変興味深かったのでこちらに転載させていただきます。
(※連載に興味をお持ちの方は
【野口芳宏「本音・実感の教育不易論」第73回】今どきの教育と戦前の教育(その1) ─戦後80年の教育の功罪吟味
をどうぞ)
(前略)
③ 音楽科教育
第三には、戦後の教科教育の中で目覚ましい発展、充実を見たのは音楽教育だというのが私の考えである。
私が4年生まで過ごした国民学校では、音楽は専ら「歌唱」であり、オルガンに合わせて歌って楽しむという授業に終始した。さすがに、教科の名称としての「唱歌」という言葉は使われてはいなかったが、そして、戦時下であった国民の日常生活は日を追って窮乏を避けがたい中にあったこともあってか、楽器などというものは絵でしか見たことがなかった。あったのは、せいぜい祭りの「太鼓と笛」ぐらいのものだった。
今は、多くの子供がピアノ教室に通い、音楽の時間に子供が実際に用いる楽器も豊富になり、音楽専科の教員も置かれるようになり、日常生活の中に「音楽を楽しむ」という文化も定着した。
田舎育ちを明かすようだが、「歌」というものは、「酒」の席でこそあったが、酒のない所で大人が「歌って楽しむ」などという姿はついぞ見たこともないような子供時代だったから、現在の音楽の普及は、まさに隔世の感を深くするのである。 以上、まさに私的管見の域を出ないが、実感を伴う戦後教育の功を挙げれば、上記の三点である。むろん、このほかにもその人、その人によって挙げればいろいろとあろうけれど、それらを教示して貰えれば幸いである。
私は現役教員時代も、そして現在も、時々「音楽教育って学校教育に必要なのだろうか」と思うことがあります。この野口先生の文章は、音楽教育に関する答え(?)の一つのように思います。
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