鬼が笑う!来年の美女コンのお知らせ 2023年11月13日(月)

「人生100回のコンサートを目指して」
を宣言していますから、昨日第31回が終わったからと言ってのんびりしていられません。
次回、第32回美女コンは新年明けてすぐ、1月3日の開催です。
皆様どうぞよろしくお願いいたします。


「詩人の恋」西野真理オリジナル日本語訳詩版コンサート(第31回美女コン)振り返り その2 2023年11月13日(月)

「詩人の恋」西野真理オリジナル日本語訳詩版コンサート(第31回美女コン)
振り返り その2(2023年11月12日 日曜日)

コンサートの後半はトークショーでした。
私の軽妙なトーク(笑)の雰囲気を文章だけで味わっていただくのは少々無理がありますが、内容だけでもお楽しみくださいませ。

<後半のトーク はじめに>
皆様、前半の「詩人の恋」お聞きいただきありがとうございました。
また、後半までお残りくださって本当にありがとうございます。
後半はトークショーです。
まずプログラムの表紙ですが、左がハイネ、右がシューマンです。




















さて、今回アンケート用紙をお配りしませんでした。
と申しますのは、今までアンケートを拝見して来ましたが、結局私は褒められたいだけだった気づいて、それはお客様に申し訳ないと思いやめることにしました
それではトークショー、「ドイツ物を歌うことになった経緯」「訳詩秘話」「ハイネとドイツ哲学」の順で進めてまいります。「ハイネとドイツ哲学」と言っても、私自身がわかっていませんので、小学校3年生レベルの解説ということでお聞きくださいませ。

<ドイツ物を歌うことになった経緯>
今からちょうど10年前、51歳のとき、喉を悪くして歌えない1年間がありました。いつも1年生の授業でシューベルトの魔王をやるときは必ず日本語で弾き歌いをしていたのにその年はできなくて、仕方がないので、日本語で歌っている魔王のCDを探していて見つけたものが、松本隆訳詩のCDでした。

松本隆さんは松田聖子等の大ヒット曲の作詞家です。
魔王を聞くつもりで買ったのですが、魔王はいわばそのCDのおまけ。そのCDのメインはシューベルトの3大歌曲の一つ「美しい水車屋の娘」でした。

それがとても良くて、歌えない暇に任せて自分の楽譜にCDを聞きながらその歌詞を書き写し、日本語版の楽譜を自作して喜んでいました
さらに松本隆さんはシューベルト3大歌曲「冬の旅」「白鳥の歌」も訳されていることがわかり、それらも全部楽譜にうつしました。

幸い1年後には喉は回復し、その後シューベルトの3大歌曲すべてを日本語でこの美女コンで歌いました。
音楽大学の中でももちろん、50歳までほとんどドイツ物をやらなかったのに急にドイツ物が増えましたが、とりあえずそれで一旦ドイツ物はおしまいになりました。

1年8ヶ月前、私は中学校教諭を定年退職し、ずっと行けていなかった八ヶ岳声楽セミナーに参加しました。そこからのことはプログラムに書いてあるとおりです。
美智さんが「私弾きます」と言ってくださらなかったら今日の日はありません。

その時点で私はシューマン作曲の「リーダークライス作品39」も一応訳詩を終えていたのですが、その事もついでにお話すると、美智さんは「はい、それもやります!」と言ってくださって、そちらも近年中にコンサートをする予定です。
その後私は「リーダークライス作品24」も訳詩し、これは横浜のピアニストの近藤陽子さんが手を上げてくださっています。

現在「ミルテの花」も訳詩中。これは曲数が多く、26曲。ここ最近はこのコンサートにかかりっきりで、まだ9曲目で止まったままですが、最後まで訳し終えたいと思っています。

ここで1曲歌わせていただきます。
歌は「かんぴょう」です。
(♪歌~)
私はこの曲を美女コンでずっと歌ってきましたが、24回までのコンサートでずっと歌詞を間違えていたことに気づきました。今までお聞きくださった方、大変失礼いたしました。
でも、表面的には正しいんです。と申しますのは、25回目のコンサートの前に歌詞を書き写していた所、1番の歌詞「アノヒモ コノヒモ」を私は「あの日もこの日も」と思って歌っていたのですが、なんと「あの紐この紐」だったんです。今日は正しく歌いました。

<訳詩秘話>
例えば英語でI love you.だと、アイ ラブ ユー と音が3つしか入りません。
今回ドイツ語に日本語を当てはめるときも、それを考えて大変だな思っていましたが、ふと気づいたことがありました。これはあくまでも私の感覚ですがドイツ語は英語とは少し違うように思ったのです。
英語のI love you.に当たるIch liebe dich.は
イッヒ で2音 リーベで2音 ディッヒで2音に感じ、英語の倍、音を入れられると勝手に考えてとても楽になりました。

さて私はこの訳詩、1曲目を今年の2月27日に完成して、最後の16曲目を訳し終えたのが3月4日。2月は28日までなので、6日間で終えたことになります。自分でもびっくりです。
そんなことができた理由を自分なりに分析してみますと

・おしゃべりが好きで言語の感性はそこそこあるらしい
・文章をたくさん書いてきてエッセイ集を17冊出版。でも売れるわけがなく押し入れもいっぱい。そこで現在は紙媒体をやめブログに移ったが、それも最低でも週に2回は更新。そのようなことで、文は書ける。
・教員を38年やったことで、物事をわかりやすく伝えるということは得意

これらがうまく融合してくれたからかなと思っています。

さていよいよ詩も出来上がり、そうなると関定子先生のレッスンを受けようと思うわけですが、先生のレッスンを受けることのできる時間には限りがありまります。ですから自分で修正できることはできるだけしてからレッスンに行こうと思いました。
それは、
「一度で聞き取れない言葉をなくしてからレッスンに行く」
ということです。
でもそれは、歌詞を知っている自分にはできません。
そこで次のような条件の揃う人に一度聞いてもらいたいと考えました。

・楽譜が読めて、ある程度音楽をやっている人
・そして、西野真理の歌を聞くことが苦痛ではない人
・しかし「詩人の恋」を聞いたことがない、歌の世界においては素人に近い人
・さらに、近くに住んでいて、それなりに親しいなど、色々な意味で頼みやすい人

そんな条件そろいません。
でも、揃った人がいらしたのです。
私の20代の頃の教え子で、もちろん今は大変立派になられている田中陽子さん。
彼女は私の要求通り、私の歌を聞いては止め聞いては止めと細かくダメ出しをしてくださって、聞き取りにくい部分の修正をすることができました。彼女に聞いてもらえたことで、関先生に見て頂く前にかなり修正し練習し直すことができ、関先生のレッスンも効率よく進みました。
田中さんに拍手を!(会場に聞きに来てくださっていました。お友達まで誘って)

ここで歌を1曲 「浜辺の歌」です。しかし、作詞は林古渓ですが、作曲は成田為三ではなく
奏楽堂日本歌曲コンクール歌謡部門で私が2位のとき作曲部門1位 廣木良行さんの作品です。
廣木さんにはコンクールの受賞者パーティーで声をかけていただいて
「僕の中では西野さんが1位でした」
と言っていただきました。廣木さん、いい人です。
それ以来のおつきあいです。

そんな廣木さんが中学校の非常勤講師をすることになって「浜辺の歌」で研究授業をするというのご相談を受けた時、私は即座に
「廣木さん作曲家なんだから、林古渓の詩で廣木良行の『浜辺の歌』作ってみれば」
といいました。更に私は要望を付け加えました。
「成田為三は詩の第3節『風の音よ~』を盛り上げているけれど、私は第2節が盛り上がるように感じるから、そのように作曲してほしい」

廣木さんは要求に答え、中学生にも親しみやすい曲調の曲が完成しました。
また廣木さんはこの曲にコードでしか伴奏を付けていらっしゃらないので、お願いするピアニストによって少しずつ伴奏の雰囲気が違うのも楽しみの一つです。

(♪歌~)

<ハイネとドイツ哲学>
ハイネ(1797-1856)は1797年生まれ。ドイツの詩人、文芸評論家、エッセイスト、ジャーナリストです。
1797年にはシューベルトも生まれています。
ハイネは58歳で亡くなっています。(多発性硬化症または梅毒)
ちなみにシューベルトは31歳で亡くなっています。

西田幾多郎記念哲学館でのコンサートということもあって、哲学のことを調べていると、ハイネはヘーゲルと随分接点があることがわかってきました。哲学のことなんてほとんど分からないですが、分からないなりに小学校3年生レベルの説明を試みようと思います。

結論から言えば、ハイネはヘーゲルに大きな影響を受けつつも、批判もしていました。
具体的にいうと、ヘーゲルのいうことがあまりにも抽象的で、実際役に立たないんじゃないかということ。ヘーゲルは人間の感情とか欲望を軽視している、そう考えました。

ここでヘーゲルの「弁証法」に少し触れておきます。
ヘーゲル(1770-1831 11/14 61歳)は1770年生まれ。1770年にはベートーヴェン(1770-1827)も生まれています。
ヘーゲルは61歳のときコレラで亡くなっています。
61歳というのは現在の西野真理と同い年。こんなに若く!
亡くなったのは11月14日。明後日がヘーゲルの命日です。
ちなみにベートーヴェンは58歳で亡くなっています。

弁証法と言うのは、2つの違う価値観が合理的に高まっていくという考え方です。
例えば
「西野真理のコンサートを聞きに行こう」
という人と
「イオンへお買い物に行こう」
と言う人がいます。
でもこの2つが対立するんじゃなくて、これをうまくすり合わせて、そこからさらに次のやり方を見つけていきます。
「西野真理のコンサートのあと、イオンでお買い物して、せっかくだからどこかでお夕飯も食べて帰りましょう」
みたいに合理的でしかも高めていく。
ヘーゲルは合理的に物事を良い方向へ持っていこうとすることが大事と考えましたが、それを恋愛など人間の感情にまで当てはめるのには無理がありました。

ハイネはついにはヘーゲルのことを
「空っぽの弁証法」とか「独裁者の哲学」などかなり厳しく批判するようになりました。

そんな中「詩人の恋」の中で弁証法の考えに基づくのは、第1曲「美しい月、五月に」です。
恋に落ちた喜びを、春の訪れと重ね合わせて表現しました。ヘーゲルの、矛盾や対立から新たなものが生まれるという考え方をハイネは恋愛にも当てはめてみたのです。
逆に最後の曲は失恋の痛みから、全てを棺の中へ収めるという極端な表現。これは、ヘーゲルの哲学が人間の感情や欲望を軽視しているとの批判を反映しているものと思われます。


以上で今日のコンサートとトークショーを終わります
最後にお願いと情報です。
今後のコンサート情報等をぜひメール送信させて頂きたいと思っています。
協力金封筒にメールアドレスを印刷したので、お名前だけ書いて空メールを送信していただけないでしょうか?
ただ、この会場はで通信抑制装置が作動しているので送信は会場外でお願いします。

また私は奇数月に「人生100回のコンサート」を目標に美女コンサート開催しています。普段はこの哲学館ではなく、かほく市宇野気の本町コミュニテイィセンターです。
次回は年明けすぐの1月3日(水)13:40。どうぞよろしくお願いいたします。

歌 「僕の子守唄」

「詩人の恋」西野真理オリジナル日本語訳詩版コンサート(第31回美女コン)振り返り その1 2023年11月13日(月)

「詩人の恋」西野真理オリジナル日本語訳詩版コンサート(第31回美女コン)
振り返り その1(2023年11月12日 日曜日)

昨日第31回美女コンが終了しました。
今日はきっと疲れて遅くまで寝ているだろう・・・なんてことはなく、5時半に目が覚め、郵便局へ行き病院へ行きパンを焼き、そしてやっぱりブログ書かなくちゃ。

それでは第31回美女コン「詩人の恋」西野真理オリジナル日本語訳詩版コンサートを振り返ります。

<時系列の振り返り>
前日 11月11日(土)雨
今思うとポッキーの日だったのにポッキーを買うのを忘れました。それなりに緊張していたようです。
朝から本町コミュニティーセンターへ行って歌もトークも録音練習。
その後、明日の持ち物の準備をし、何だかわからないうちに夜になり、夕飯を食べてから金沢駅へ今回のピアニスト・小林美智さんをお迎えに行きました。かなり冷え込んでいたので、今期初めてニット帽を被りました。

改札から出て来た美智さんの持つ紙袋には賞状の筒が。
「美智さん共演者賞?!」
そう、美智さん今日は岡山で開催された声楽コンクールの伴奏者として出演し、その歌い手さんが1位、美智さんが最優秀共演者賞だったそうです。そのお疲れのまま石川県入り。

宿泊先ホテル(我が家の近く)へ向かう車内で、私が今日の練習で録音したトーク部分を流し、気になる部分を教えていただきました。あとになって、これができたことはとても良かったと感じました。

当日  11月12日(日)雨 外の気温はかなり低め
8時  発声練習
9時  美智さんをホテルへお迎えに行き我が家へ(美智さんしばらく一人で練習)
10時    調律師さんとホールへの代金支払いにホールへ
    ※寒いので予定になかった暖房を入れていただこうとしたら
     「この時期は冷房も暖房も入らない期間で、
          申し訳ないですけど入れられないんです」
     え~~!そんな~~~~   
     幸いホール内はそれほど冷えませんでした。
10時半    合わせ練習
11時半    ホールへ 練習
12時       スタッフ(家族)到着し準備
14時       コンサートスタート(お客さま25名)
     ・前半14:00~14:45
     ・後半14:55~15:30
     ※時間のよみは完璧でした












16時        撤収完了(帰りの車に乗り込んだとき、車内の時計16:00ジャスト)
16:50    金沢駅駐車場到着
17:00  金沢駅混雑!ビル3階の八兆屋で順番待ち(どのお店も混雑)
17:30    入店 金沢郷土料理で打ち上げ
19:08    美智さんサンダーバードで帰宅
     その後和菓子をたくさん買って帰宅

<演奏の振り返り>
まず、今回はアンケート用紙をお配りするのをやめました。
結局私は褒めてほしいだけだと気づき、そんなことのためにお客様に書かせるのも申し訳ないと思って。
そこで、お客様のお言葉を思い出しつつ、またはメール等でのお言葉から少しご紹介いたします

・「詩人の恋」は1曲目しか知らなかったけれど、日本語だったので全部楽しめました(直接)

・クラシックはあまり知りませんが、解説があったおかげで美女コンを楽しむことができました(メール)
 
・透き通った素敵な声で歌われて、以前より上手になられて正直びっくりいたしました。(中略)歌の歌い方変わられた気がします。前はパワフルに力で圧倒されていた気がしますが、今日の歌は、繊細で透き通って、上達できる事を目の当たりにし、元気をいただきました!(中略)ハイネの和訳良かったですよ。知らない言葉よりずっと心に入ってきます(メール)
 ~解説~
  彼女は私の30代の歌までしか聞いていらっしゃらないと思います。「以前より上手くなった」と書いてくださって、私の進歩を直に感じられて嬉しくなりました

・まるで先生の歌と美智さんのピアノが、お話しているかのように感じました。
ピアノが伴奏というよりも、言葉があるかのようなメロディーというか・・・
BGM的な情景を醸し出しながらも、ちゃんと話してる、歌ってる、
そんな印象を強く受けました。

そのお二人の「詩人の恋」
ただのステージが、たちまちそこはハイネの美しい世界。
先生の表情やしぐさからも、よりストーリーが伝わります。
なにより、美しい旋律が心に響きながらも、言葉が入ってくる。

すばらしいと思いました!
「詩人の恋」の魅力が伝わってくる、
そんな西野真理日本語詩による世界初演!
このような歌曲のことを全く知らない私たちにとって、
何曲も続く外国の曲なんてのは、難しそう、聴いてもわからないんじゃないか、
そう思ってしまい、なかなか聴く機会もなかったりするのですが、
今日は、新たな音楽の扉がパーっと開けたようです!
また他の作品も聴いてみたいなと、多くの方が思われたのではないでしょうか。

美智さんのピアノの美しさにも感激いたしました。
指が鍵盤の上を軽やかに走っている?ようです。
また、当たり前のことなのでしょうけれど、
すごくすごく小さな音ひとつも、丁寧に表現されていて、
小さい音なのに、会場に美しく響いている・・・
一体どうやったら、そんな音が出せるのか、
そんなことを考えながらおりました。
~解説~
このメールはコンサートに向けて本格的に練習に入る前に、言葉の確認をしてほしいとお願いした、いわば今回の大恩人・田中陽子さんから

・「詩人の恋」は昼ドラみたいな内容ですが、先生の和訳はどこか可愛らしさ?が垣間見えてよかったです。(中略)先生の歌や小林さんのピアノを肌で感じて本当にリラックスできた良い一日になりました(ライン)
~解説~
彼は私が30代後半に津幡南中学校で担任した生徒の一人で、現在は津幡町の町会議員として活躍中です。「リラックスできた」というのは、議員になってからゆっくりお休みできる日がなかったようで、そんな中コンサートに駆けつけて頂いて、本当にありがたいことです


奥能登国際芸術祭 2023年11月9日(木)

<奥能登国際芸術祭とは?>
以下、公式ホームページより

奥能登国際芸術祭2023    最涯の芸術祭、美術の最先端。
会期 2023年9月23日‐11月12日(木曜定休)
会場 石川県珠洲市全域(247.20km²)
主催 奥能登国際芸術祭実行委員会
実行委員長 泉谷満寿裕(珠洲市長)
総合ディレクター 北川フラム(アートディレクター)

本州の中央から日本海に飛び出している能登半島。
珠洲はその先端に位置しています。
三方を海に囲まれた「さいはて」の地。そんな珠洲には、かつて日本海に開かれた「先端」としての歴史があり、祭りや食をはじめとする豊かな文化が残されています。
現在は不便な「さいはて」でも、視点を変えれば未来を切り開く「先端」になる。この発想が出発点です。 
「奥能登国際芸術祭」は、国内外のアーティストが珠洲という場所に向き合い、土地に根差した作品表現をすることで支持を集めてきました。
そして今秋、3回目となる『奥能登国際芸術祭2023』が開幕します。
アーティスト、市民、サポーターが協働してつくられる現代アートと奥能登の風土が響きあい、五感を揺さぶる時間と空間の体験が生まれます。

これを知ることになったのは2023年7月16日(日)のブログに登場する鈴木さんからです。
(鈴木さんとのことについては、上記ブログをお読みいただくということで説明を割愛させていただきます)
鈴木さんからの情報を簡単に書くと
「奥能登国際芸術祭を上手に周るお得なバスツアーを企画した。行きませんか?」
母も一緒に行くとなるとバスはちょっときつそうなので、そのツアーはお断りしました。
しかし結論から言えば、
「上手に周るツアー」
絶対お得だったと思います。

実は数年前に中学時代の友人で美術関係者の「みっちゃん」がこの芸術祭のサポートメンバーとして参加したということから情報はうっすらありましたが、行ってみようとまでは思っていませんでした。
ところが、鈴木さんからご案内をいただき、実際に鈴木さんが行かれた後で送ってくださった写真を拝見すると、それはそれは魅力的。(実際行って自分で撮った写真は、それとは似ても似つかぬものでしたが)特に
「ピカピカの鳥居」
これだけでも見たい!と思いながら、会期は長いし・・・とのんびりしているうちに、11月12日の最終日はもうすぐそこ。
11月12日は美女コンだから絶対だめ。
11月11日は美女コン前日だから絶対だめ。
11月10日は家にリフォーム業者さんに来ていただくので絶対だめ。
(注:家のリフォームをするのではありません。窓を1箇所きれいにするだけ)
え?今日しかない!
行きます。
突然彼に言いました。
「ピカピカの鳥居見に行こう」
「行きたかったんだ」
11:30 母も誘って出発。
空は快晴。

鈴木さんから頂いていたガイドブックを持ってはいたものの、ろくに場所も知りません。
でもいい、とにかく行ってみましょう。
彼の車についている情報の古いカーナビに翻弄されつつも、なんとか
「ラポルトすず」
に着きました。
ここの受付のお姉さんから衝撃の一言。
「今日は木曜日で、室内展示は全部お休み」
でもいいもん!ピカピカの鳥居は外だから。
お姉さんから色々教えてもらって地図ももらって、大谷地区というところの海岸にある「ゴジラ岩」のところにある「ピカピカの鳥居」へ向かいました。ここから30分ほどのところのようです。最初3km逆方向に走りましたが・・・。

着きました。
メンテナンス中であることと、私の写真の撮り方が下手なのとであまり感激は伝わらないと思いますが、ピカピカです。
↓西野真理撮影















↓公式サイトの写真










これで目的地は終わり。
帰ります。

帰路で塩田を見つけたので入ってみました。(珠洲製塩)
ここのお兄さんがお喋り好きでなかなか楽しくて、お塩の作り方などを詳しく楽しく教えてくださいました。
なんでもここのお塩は、東京銀座でかなり需要があるそうです。
それ以外の注文もひっきりなしでウハウハ!(ウハウハとはおっしゃいませんでしたが、心の声が聞こえました)
~お聞きした範囲のお兄さん情報~
・元金沢市内の飲食店勤務(T屋)。年間休日6日という超ブラックで思い切って転職
・この仕事はちゃんとお休みがある
・夏場に体重が20キロ落ちて、冬に戻る
・海水を塩田に撒く作業は機械。ちょっと向こうに海水を汲み上げるホースが通してある。昔の映像みたいに桶で撒いたりしたら腰と膝をいっぺんにやられてしまうだろう















夏の室内は60℃だそうです。














別の作り方のお塩。














外からみた所















千枚田にも行きました。
今まで2度行きましたが、2回ともライトアップが目的で周囲は真っ暗だったので、明るい千枚田もなかなか素敵でした。












奥能登国際芸術祭まだの方、あと3日ありますよ。




「詩人の恋」と「すきっちゅーの!」 2023年11月8日(水)

今週末、第31回美女コンでシューマン作曲「詩人の恋」を西野真理オリジナル日本語訳詩版で演奏します。














あと4日です。
「詩人の恋」の練習をしなくては。
朝から本町コミュニティーセンターへ行き、9:30のSing幾多郎の準備。
どなたもいらっしゃらなかったので、「詩人の恋」の練習です。
終わりました。
「すきっちゅーの!」いきますか・・・
この曲、Sing幾多郎に1番多く参加してくださっているSさんからの情報。
YouTubeで聞いて、楽譜に書き取っていたのです。
Sさんはお孫さん情報で、若者の曲をたくさん知っていらっしゃいます。
「すきっちゅーの!」も、お孫さんが今1番歌っていらっしゃる曲だそうで、以前アップした「可愛くてごめん」と同じシリーズです。

「現実逃避」という言い方もありますが、「音楽に貴賤はない」のです。
「詩人の恋」も「すきっちゅーの!」も立派な音楽。
↓どう思われますでしょうか?




防災の歌、今後の展開 その2 2023年11月8日(水)

昨日、石川県の防災関係部署からご返信を頂き、大喜びでブログにそのことを書きました。
書いたあとで、
「これは、『防災』と名のつくところに色々アクセスしてみるのはあり!」
と思い、
「そうだ!あの人にメール送ってみよう」

防災士資格取得講習会(資格試験)のときのこと。
講習全体のお世話をしていらっしゃる男性に目が止まりました。
この人に名刺を渡しておけば、なにかある可能性はゼロではないと思い、2日めのお昼休みだったかにお声掛けして、名刺をお渡ししました。するとその方も私に名刺をくださいました。
その時私はこの人を、石川県関係者だと思ったのですが、名刺を見ると
「東京都千代田区砂防会館」
中央から全国を回っていらっしゃるようです。

この人にメールしてみましょう。

いつも日本の防災のためにご尽力いただきありがとうございます。
石川県かほく市在住の歌手・西野真理ともうします。
私は今年の10月、石川県白山市での防災士資格試験を受験し合格することができました。
(その折に名刺を交換させていただきました)
それをきっかけに、音楽の知識・技能を活かしてなにかできないかと考え
「防災の歌」
を、作詞・作曲・歌唱・ピアノでYouTubeにアップいたしました。
ご覧いただけると幸いです。
https://youtu.be/XkKk8eb4naI?si=G8vFn1aEdQt2EkWr

また、講習会・イベント等でお役に立てることがございましたら
おこえかけくださいませ。

するとつい先程、ご返信が!

歌手・防災士 西野真理 様
 
防災士試験の合格、心よりお祝い申し上げます。
「防災の歌」拝聴いたしました。
 
歌詞の中にありました
「自分の身は自分で守る」
「みんなに避難を呼びかける」
「災害知識を身につける」
 
これらは、私どもの中でも大切にしていることです。
災害の知識を身につけ、災害を正しく認識し、正しく恐れることで災害発生時に自分の命を守ることができ、周囲の方を助けることも可能になります。
 
西野様が今回、このように「防災の歌」を作成していただき、周囲の方への啓発活動を行ってくださっていることは、私どもといたしましても、大変ありがたいことだと考えております。
 
私どもは、現在、学校での防災教育にも携わっていきたいと考えております。
機会がありましたら、西野様にお力添えいただくこともあるかと思います。
その時は、ぜひ、よろしくお願いいたします。
 
繰り返しになりますが、この度は防災士試験の合格、おめでとうございます。
今後の西野様の益々のご活躍をお祈り申し上げます。
防災士研修センター 研修運営部 研修運営課 T

直ちに返信しようとしたのですが、その時思ったことがあります。
私は自分が教員であったことを
「歌を売りにする時」
はなるべく表に出さないようにしてきました。
少々言いにくくはありますが、先生だとわかると
「あ~なんだ、先生ですか」
という残念な反応を私は少なからずされてきたからです。歌を聞いた上での判断なら仕方ありませんが・・・。当然のように、先生だとわかった時点で、「歌手」という扱いをしていただけることはまずありません。

しかし、今回の場合、
・YouTubeで歌を聞いていただいている
・返信の文章の中に「学校での防災活動」という言葉があり、またとない「教員歴が生かされる時」のような気がする

そこで次のように返信しました。

早速のご返信、大変嬉しく拝見いたしました。
実は私、現在は歌手活動その他をしておりますが
1年半前まで中学校教諭(音楽)をしておりました。
定年退職後の現在、ライフワークの音楽活動等を気ままにしているという感じです。
また在職中から講演活動や司会等もしており、このたび防災士資格を頂いたことで
音楽と講演をセットにしたものができればいいなと考えておりました。
つい先日は、町内の防災訓練で少しお話したところです。
学校での講演をお考えの際は是非お声掛けいただけると幸いです。

これからもどんどん発信していきます。


防災の歌、今後の展開 その1 2023年11月7日(火)

YouTubeを聞きながら夕飯のだし巻き卵を作っていたら、メールが届きました。

石川県の危機管理監室危機対策課からです。

[回答]
ご連絡ありがとうございます。
「防災の歌」拝見させていただきました。
県では、県民向けに防災の普及・啓発に関する取り組みを実施しており、
特に、9月1日の防災の日を中心に防災をテーマとしたイベントや研修会等を開催しています。
来年度の取り組みについては調整中ですので、
今後、来年度のイベント等協力等について検討してまいります。

危機管理監室危機対策課 (TEL:076-225-1482)

↓こんなメールを送信していたのです

[ご質問内容]
はじめまして、歌手の西野真理と申します。
先日防災士資格試験に合格し、自分のスキルを活かして
「防災の歌」を作詞・作曲・歌唱・ピアノで
YouTubeにアップいたしました。
https://youtu.be/_wCwFcRZTMQ
ご覧いただけますと幸いです。
また、防災関係で何かございましたらお声掛けいただけると幸いです。

退職して2年。
美女コンもSing幾多郎もFM放送もブログの執筆もYouTubeへの動画アップも楽しいけれど、何しろ知名度が低いままで、参加者視聴者等相変わらず少ないまま。
やはり知名度アップの努力、集客努力をすることは大切だと感じつつそのやり方も分からなければ、元来面倒なことが苦手な私は、なかなかそちらに気が向きません。

中田敦彦さんのYouTubeチャンネルで教えていただいたことですが
「自分がしたいことをするのではなく、相手がしてほしいことをする。そうすれば商売はうまくいく。しかし、ほとんどの人はそれをしない」
耳が痛い言葉でした。

そんな時、今回の防災士資格取得。
「防災士・・・使えるかも」
防災関係のイベントや講習会で私のニーズ
「歌う防災士」
の需要があるかも、との思いに至ったのです。

今後の展開にご期待くださいね。

ホームベーカリー買い替え 2023年11月6日(火)

このブログは一つ前の「日立熱器具株式会社」を読みになってからどうぞ

ついにホームベーカリーを買い替える事になりました。
思い返せばこの機械、ホームベーカリーが日本で初めて(多分)発売された時、CMで見て
「いいな~」
と思っていたところへ、ちょうど彼のおじさんが現れて
「職場でこれを見たけど、ぐるぐる回って、焼き立て食べれてすごくいい」
と話してくれました。(おじさんの話していた製品は確か「らくらくパンダ」という商品名だったと思います)
ますますいいなと思い、
「いいな、いいな」
と言っていたら、そこにいた彼のお母さんが
「それじゃ、真理ちゃんのお誕生日に買ってあげる」
と、プレゼントしてもらった物。
前のブログにも書いたように、日立熱器具株式会社製の我が家のホームベーカリー、33年も働いてくれ、さすがに寿命。ここ最近パンの焼き上がりが悪くて、
「もう1回だけ」「あと1回だけ」
とパンを焼き続けましたが、やはりふっくらしたパンが焼けるようにはなりませんでした。




















そこで新しい商品を探すわけですが、残念ながら日立さんはホームベーカリーを製造されていらっしゃらないので、別メーカーを色々ネット検索。
結局ポイントになったのは
「今のホームベーカリーより大きくない」
ということで最後まで候補に残ったのは
・NITORIホームベーカリー 約8,000円
・象印ホームベーカリー   約20,000円
でした。
1万円の違いをどう見るか?
そんなに多機能でなくてもいいので、最初はNITORIに傾きましたが、やはり
・白物家電のブランド力
・毎日焼くことを考えると1万円の回収はすぐ
ということで象印に決めました。
11月5日(月)朝起きるとすぐにネット注文。
翌日の本日午後、もう届きました。
前のより小さい!














早速焼いてみましょう。















前のより小さいのに大きいパンが焼けることになっています。
不思議。















焼き上がりました。























おいしい!
あんまり美味しいので、前のホームベーカリーを買ってもらったお礼に、焼きたてのパンを半分彼のお母さんのところへ持っていきました。

日立熱器具株式会社のホームベーカリー、
今までありがとう。

日立熱器具株式会社 2023年11月6日(月)

日立熱器具株式会社 とは?

<Wikipediaより>
株式会社日立ホームテック(ひたちホームテック、英: HITACHI HOMETEC, LTD.)は、かつて存在した日立グループの企業。

1960年8月に日立熱器具株式会社として設立され、1990年4月に社名を変更した。主に調理家電の製造・販売を行い、1980年代には海外企業への技術供与を行うこともあった。

2004年10月に親会社である日立ホーム&ライフソリューションに吸収合併された。

これが何かと申しますと










我が家でおそらく30年近く働いてくれたホームベーカリーの製造会社です。
・・・え?1990年に社名変更されているということは、この機械、少なくとも33年働いてくれたんですね!ありがとう!!!

この度買い替えが決まり、製造年を確認しようと機械を見ていた所、この名前を「発見」しました。
買い替えにあたって、こんなに長く頑張ってくれたのだから、また日立製品をと思ったのですが、残念なことに日立さんはもうホームベーカリーは製造していらっしゃいませんでした。

「ホームベーカリー買い替え」 に続く

夜間中学校開校説明会 2023年11月5日(日)

確かな記憶ではないのですが、これを発見したのは今年で退職という年だったと思います。いつもお買い物に行くスーパーの掲示板にこのポスターが貼ってあることに気づきました。
どうやら有志で立ち上げられた会のようです。














ポスターを見たあと、その時担任していたクラスでも
「退職したら夜間中学校で教えてみようかな?」
なんて言った気もします。
その時も今も、私は退職後、教員の再任用だとか非常勤講師等で働く気は全く無いのですが、以下のような自分勝手な条件が揃えば、是非働きたいとその時も今も思っています。
①週1回だけ学校に行く
②音楽だけ教える
③カリキュラムとかきつい縛りがない
④変な書類とかいっぱい書かなくていい
⑤成績をつけなくていい
こんな都合のいい働き口などあるはずがありません。言ってみればカルチャーセンターです。しかし、ほんのちょっとだけ譲れば、あんまり成績を気にしないような生徒を教える・・・工業高校の音楽の先生なんていいな、と思ったりしていました。

そんな時見つけたのが↑のポスター。
これはどうやらボランティアらしいけど、やってみるのも面白いかも・・・と思いながら時は過ぎてゆきました。

さて、2ヶ月ほど前のこと、町内の回覧板にこんなチラシが挟まっていました。
今度のものは石川県教育委員会制作。














すぐに行ってみることに決め、石川県教育委員会のホームページから参加申込をしました。

そして今日、11月だと言うのにちょっと初夏くらいの気温の中、会場の地場産業振興センターへ。
受付は2つに分かれていて「一般」「教育関係」。
私は退職していて教育関係ではないので一般のところで名前を探したけれどありません。
もしやと思って教育関係の方の名簿を見ようとした時
「あ!西野先生」
「K林さん、お久しぶり」
私は人の名前をすぐ忘れますが、幸い教育委員会の人たちはみんな名札をつけていらしたので、名前を言うことができました。かつての同僚K林さん、私より10~15歳くらい年下かな?現在石川県教育委員会勤務なんですね。ご苦労さまです。
K林さんはこのことの責任者かなにからしく私が申し込んだことを知っていて
「お申し込みありがとうございます。西野先生が申し込んでくださって、これで音楽の先生バッチリだねとU田さんと言ってたんですよ」
とお礼まで言っていただきました。
ちょうど後ろにやはりかつての同僚だったU田さんも現れ、久しぶりの再会を喜びました。
K林さんに聞けば少し様子がわかるかも、とひらめいて
「私ね、再任用とか嫌なんだけど、成績つけなくて良くて、週1回くらい行けば良くて、カリキュラムも私が自由に決められるんだったら働きたいと思って、そんなこと聞きに来たんだけど、私みたいな人、関係ないかな?」
「ありますあります。成績もそんなにキメキメじゃないと思いますし、その生徒さんたちに合わせたカリキュラムになるんじゃないかな」
何だかいい感じです。

受付を済ませ開始10分前に会場へ入ると、ほぼ満席。1番前の席しか空いていなかったので仕方なくそこへ座りました。すでに着席していらっしゃる県知事・馳浩さんの目の前です。
馳県知事は割にラフなジャケットに運動靴。開会挨拶の後どこか別のところへも行かなければならないとすぐに出ていかれましたが、元気そうで声もとても大きくて、さすが元プロレスラー。

夜間中学校は
・様々な理由により義務教育を終了できなかった人
・不登校等のためほとんど学校に通えなかった人
・本国で義務教育を修了していない外国籍の人など
のために令和7年度に開校されるのですが、会場にはかなり高齢の方もたくさん。学ぶ機会を逃してこのチャンスを逃すまいという向上心に溢れている気がします。
その他夜間中学校については、石川県のホームページ等を見ていただくのが一番わかり易いと思うので割愛しますが、こういう学校ができるという情報を、学ぶ意志のある方々にお伝えすることが私の役目かなとも思うので、今度FM放送でも話そうと思います。

本質的な話題以外で私の1番印象に残ったことと言えば、文部科学省からお越しくださった方の肩書の長さ

文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室室長・小畑康生
肩書30文字!

終了後、ドアを出ると、またしてもかつての同僚2人M本さんとI川さんに会い立ち話。
その二人によると
「結局、勤務時間帯は違うけど学校の先生だし、カリキュラムもいるんじゃないかな」
・・・それならやめます。
お二人には先日アップした「防災の歌」のYouTube動画を聞いていただいてお別れしました。



BBQを見守るノラ猫 2023年11月3日(金)

文化の日、夕飯はBBQになりました。
彼が炭を起こし始めるとノラ猫がやってきました。

サンマを焼きましょう

焼きおにぎりも

ノラ猫は、サンマの頭を食べて去っていきました。
残りの炭で、明日の夕飯のおでんづくり。



防災の歌 2023年11月3日(金)

※このブログは、10月31日のブログ「防災訓練」をお読みになってからどうぞ

防災士資格試験に合格し、防災訓練でも流暢におしゃべりし、ふと思いつきました。
「私がただ自分が歌いたい歌を歌っても誰にも必要とされないし、そもそも西野真理なんて誰も知らない。だったら必要とされそうなところとか、必要とされているところに少し食い込んで歌を歌うのがいいんじゃないかな」

先日の防災訓練の時は、15分の時間潰しだったとは言え、皆さんなんとなく楽しそうに聞いてくださっていたし、思い返せば教員生活のときも生徒たちは音楽の話そのものよりも、音楽史などから派生した歴史や人物の話の方を喜んでいました。
私はもちろん歌を歌いたいわけだけれど、まずはニーズを見極めないと私が歌わせていただける場面などそう簡単に生まれるはずがありません。

ひらめきました!
「防災の歌を作詞・作曲して歌おう」
ただちに歌詞を作り始め、作曲も少し進んだところで、何かの話の流れで彼が
「『防災の歌』歌うとかね」
と言いました。まだ彼には何も言っていなかったのに。
これでますますやる気になって、11月2日、完成いたしました。

歌詞は
「防災士の勉強の時、一番印象に残った言葉をなるべく簡潔に」
をモットーに作ったのですが、最初に出てきたのは
「日本は災害大国である」
次が
「自分の命は自分で守る」
「率先避難者になる」
「防災知識を身につける」
本当にこのまま歌詞にしました。

曲は
・男性女性・大人子どもの誰でも歌いやすい高さにする(低すぎると意外に歌えない)
・メロディーも和音も単純にするが、スタートはちょっと「あれ?」という音から(主和音にしない)
・ピアノ伴奏パートはなるべく簡単に(私が弾けないから)

<防災の歌>作詞・作曲 西野真理
1 災害大国 日本で
  自分の命は自分で守る
  それが防災のスタート
2 災害大国 日本で
  みんなに避難を呼びかける
  それが防災のスタート
3 災害大国 日本で
  防災知識を身につける
  それが防災のスタート


ロイズバス in かほくイオン 2023年11月2日(木)

昨日かほくイオンへ行くと、見慣れぬバスが停まっていました。



 




わ~ロイズのバスだ!
近づいてみると「準備中」
残念。
家に帰って調べてみると、11月2日から。

今日、早速かほくイオンへ。









私はこのバスを、よくハンバーガーとか売ってる移動販売車のようなものだと思っていたのですが、違っていました。お店です。

中に入るとかごもあって、スーパーのようにお買い物するシステム。














久しぶりにプチ贅沢。
いっぱい買いました。














困るのは、買うと食べるということ。






防災訓練 2023年10月31日(火)

10月29日(日)町内の防災訓練が行われました。
<結論>
楽しいです。皆さん参加しましょう!

・・・と、いかにも熱心な参加者のようなことを書きましたが、私達はこれまでこの町に住んでいましたが一度も参加したことがなく、それどころか、こういう行事があったことさえ意識にありませんでした。
しかし、彼が町会長になり二人とも防災士資格を取ったのに参加しないなんてことが許されるはずがありません。

<前日まで>
・壁上部の賞状や写真を取りはずしてファイルに収納(落下防止と見やすさ)
・物置内の整理整頓(今まではあちこちに防災用品が適当に置かれていた)
・玄関に受付準備
・水16リットル購入(炊き出し用)
・長期保存水購入(7年間保存できる)

<当日>
・少し早くコミュニティセンターに行ってお湯を16リットル沸かしておく(西野真理)
・9時:町内の皆さん班ごとに集合場所に集合してからコミュニティセンターへ
・10時:集合完了
    みんなで炊き出しセットを使ってみる
↓これ一箱、15,000円。50人分。

















~中身~
・アルファ米(炊いたあと乾燥させたお米)と調味具合(味付きの乾燥した具)
・調理用具、食器、開封用カッター
・調理の仕方説明書
一箱に8リットルのお湯(15分)または水(40分)

乾燥状態のお米にお湯と具を入れて15分待つわけですが、その間、することがありません。
そこに
「The防災士」
という格好(ミドリのベストにヘルメット、身分証明書首から)の男性もいらしたので








「この時間を利用して防災のなにか話してください」
と促すと、そこは一般人、当たり前のように恥ずかしがられ
「どうぞ、話してください」
と私に振られたので、一般人でない防災士であり歌手の西野真理は、用意してきたように話し始めるわけです。
「歌手の西野真理と申します。先日防災士資格試験を受け、満点で合格しました」
なんとここで拍手をいただきました。
何の準備もなく話し始めたのですが、この時
「防災士資格を持っている人」
ということがほんの少しは効果があったと、あとになって思いました。
もし防災士でなかったら、
「ただ町会長の奥さんってだけで、何しゃしゃり出て喋ってんのよ」
と思う人もいるはず。でも防災士だったから、
「・・・まあ、ありかな」
という扱いをしていただけたのでしょう。
何の資料も持たずに流暢に15分間喋っている間に、できました。防災五目ごはん。


なかなか美味しい!











この経験が一生役に立ちませんように。

このあと、為末大さんの講演会に行きました。

<追記>
・ミドリのベスト等は防災士資格合格者全員に送られてくるようです。そのうち私にも届くでしょうから、その時はまたその姿をアップします。(でもヘルメットは自分で買ったオレンジの可愛いのを使います)
・15分間防災のことをレジメもなく喋ることができ「これ、ありだな!」と感じました。
「歌える防災士」誕生
・「防災の歌」作詞作曲します。乞うご期待(詩はできました)




為末大さん講演会「スポーツを科学する」 2023年10月29日(日)

1ヶ月ほど前、かほく市の公式ラインから西田幾多郎記念哲学で開催されるこの講演会のお知らせが届いたので、私はすぐに申し込みました。先着順でしたが私の受付番号は111番でした。
本日満席。(303席中、関係者席を除き定員250名だったようです)
いいなあ~
私がコンサートを開催する11月12日もこうだったらいいのに・・・

<概要(公式ページより)>
日本で唯一の哲学の博物館である西田幾多郎記念哲学館のあるかほく市で、「走る哲学者」の異名をとる為末大さんをお迎えして、基調講演を行います。講演後には、引き続き為末さんを交え、本市ゆかりの有識者2名と<スポーツ×哲学×まちづくり>をテーマとしてパネルディスカッションを行います。

会場:石川県西田幾多郎記念哲学館(かほく市内日角井1)

※当日は河北台中学校講堂(かほく市遠塚47-1)をサテライト会場とし、哲学館での模様をライブ中継いたします。

日時:令和5年10月29日(日) 13:00~16:00







以下、公演中にとったメモです。
お話の雰囲気というか流れもあり、箇条書きの文字ではうまくお伝えできないかもしれませんが、なんとなくこんなお話だったんだなと思っていただけると幸いです。

<哲学シンポジウム スポーツを哲学する 
            ~地域を盛り上げるヒントを探る~>

為末大(wikipediaより)
為末 大(ためすえ だい、1978年5月3日 - )は、広島市佐伯区出身の男子元陸上競技選手。400mハードル日本記録保持者で、現在はスポーツコメンテーター・タレント・指導者などで活動中。株式会社R.project取締役。株式会社侍 代表取締役。

2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400mハードルにおいて、世界陸上選手権の2大会で銅メダルを獲得。またオリンピックには、2000年シドニー・2004年アテネ・2008年北京と、3大会連続で出場した。身長170cm、体重66kg。

・白シャツに黒のズボン、靴は凝ったスポーツシューズという感じでラフなスタイル。とても感じのいい人

・24歳のときサンフランシスコのジャパンタウンで「禅フェア」をやっていてその時鈴木大拙、西田幾多郎の本を手に取ったのが西田幾多郎との初めての出会い
・その頃はよく分からなかったが、西洋と東洋ではものの見方が違うらしい
・スイミングの本を読んでも泳げるようにはならないのと同じで、東洋の哲学は体験からはじまる

・「スポーツとはなにか」という定義は実は曖昧。一応「ルールが有る・時間と空間に制限がある・勝ち負けがある」ということになっているが、そうすると、将棋もスポーツということになる。逆にサーフィンは入らなくなる。将棋などはヨーロッパでは「マインドスポーツ」と呼ばれている
・為末大さんはスポーツを「自分と環境の間で遊ぶ」と定義している

・スポーツの語源としては
 ラテン語の「デポルターレ」・・・気晴らし 休養する 楽しむ
それがフランスに渡ってディスポルトになりイギリスでスポーツになった
・イギリスでは最初、疑似訓練のようだったらしい
・イギリスではラグビーが盛んだが、やっているうちに「相手の足をちょっと蹴ってもいい」というグループと「蹴ったりしちゃだめだ」というグループがあり、話し合いの結果蹴らないことになった。でも蹴りたい人たちがサッカーを作ったという話もある

・次のオリンピックでは日本のテレビ番組の「サスケ」みたいな「アスレチックスポーツ」が入った。現在オリンピック競技はスタジアムの外に向かう傾向にある
・流れとしては「小スポーツ」「少スペース」「短時間」。例えば3人でするバスケットとか5人でするサッカーとか
・スポーツは境目がはっきりしなくなっている

・為末さんは小さい頃から足が早く、少年野球チームからも声がかかった。入ったけれど打撃も守備も下手。でも足が速いから代走専門で大活躍し、そのチームは地方のベスト8に入った。すると次の年からルールが変えられて、代走は一人1回までになった

・中学生の時陸上で日本一になった。中学の時点で身長も170センチ。でもそこで止まった。そして高校生になるとそれまで勝っていた相手に負けてしまった
・勝っていた時は周りもチヤホヤしてくれいい気になっていたし、負けると人が離れて行って何なんだろうと思う。そんな時社会に影響される自分って何なんだろうと思い始めた
・また自分は広島出身で祖母は被爆者。祖父はメディア関係者。もし自分がアメリカで生まれていたら原爆に関しても違う見方をしていただろう。そういう色々なことから社会と自分との関係について考えはじめた

・ある時、陸上の大会でどんどん人が転んでいる競技を見た。400メートルハードルだった。これなら勝てるかもしれないという理由でハードルを始めた

・1番印象に残っているのはオーストラリア・シドニーオリンピック。このとき五輪の予選で転倒し敗退。この時自分は世界ランキング18位だったが、五輪の決勝順位は他の選手も世界ランキングとかなり違っていた。多くの人が自分を見ている4年に1回の大会でどう力を出すか?つまり心の問題になってくる。でもこういう練習はできない。それで色々な海外の大会に参加し始めた。

・海外の賞金は1位で150万円。5、6位だと30万円。年間多くて15試合、世界ランキングが5~6位で年収600~700万円。もちろん旅費等は自分で出す
・オランダのハーグを拠点にやっていたが、練習は1日60分週4回

・その頃黒人の友人に黒人しかいないクラブに遊びに連れて行ってもらったが、どうしていいか分からないから友人に聞いたら「とりあえず体を上下に動かしてリズムを取れ」と言われたから動かしていたら、自分だけ体でとるリズムが逆だった

・外国で膝が痛くなった時「腱が悪くなっているから、これ以上になったら手術しましょう」と言われた。日本に帰ってきて相談したら「右肩の動きに合わせて膝がねじれているからそのねじれを止めよう」と言われた。また、人間が歩く時体は左右に揺れるが日本人はそれがとても少ない。どっちがいいとか悪いではない

・人間は体を通して学んだことはずっとできる。ドアノブを開けられるとか自転車に乗るとか
・「なにかの役に立とう」なんて思った途端良くないことになる。スポーツをなにかに役立てようとかではなく楽しいからやる。文化の難しい所
・自分も自分の心を捉えたことを追いかけてきただけ。自分が面白いと思うことを遠慮せずやる
・面白い町というのは、一人面白いことをやろうとしている人がいて、それを応援してくれている人が一人いる、というところから始まる

・今一番増えているのは「市民マラソン」。これが始まった時は、一流選手なんて呼んでなかった。市民が出るし、仮装してもよかったりなど、みんなが楽しんでいる
・フランスのワイナリーマラソンなんて、途中ワインを飲んでいる
・今オリンピックに入ってきているものは、町から出てきたもの。この競技環境じゃなきゃできないなんてものじゃない
・まずは遊び感覚で裾野を広げる

・最後に支えになったのは自分が子供の頃楽しかったということ。「勝てる」という理由だけでは難しい
・挫折した時、新しい見方ができるかどうかが大事
・スポーツは人生そのものではない。わかりやすい挫折体験を作りやすい
・挫折の場面ではちゃんとそこまで落ち、悲しむことが大事
・日本ではスポーツは学校とか塾と並んでいる。外国では映画とか居酒屋と並んでいる
・下手の横好きを面白がる感覚で大会をやってみる。その競技を3ヶ月以上やった人は出場禁止とか

以上、講演会のメモでした。
この講演会の帰りに、かつての同僚に会ったのですが
「今日のお話、まりちゃんのことみたいだね」
と言われて、実は私内心そう思っていたのですが、改めて人から言われてとても嬉しい気持ちで会場をあとにしました。

西野真理の色々なお話

災害時の連絡について  2026年8月28日(金)

 災害時、親しい方の安否が気になるのは当然のこと。しかし、そのために連絡を取ることについて、その方のお心がわかるだけに申し上げにくいこともあります。以下は能登半島地震被災体験者・中村弥子さんのFacebook、金子国土交通大臣のXから(7月26日熊本地震について)お借りしました。...