恵さんからのプレゼント、バジルを添えて  2024年7月19日(金)

昨日の午後、母とイオン散歩から帰って来たあと、郵便物が届きました。仲良しのソプラノ歌手・恵さんからです。ちょっとボコッと膨らんだ感じの郵便物。?。
開封。
まあ!
バジルを添えてお写真撮りましょう。
 




















お手紙には
「美女コンのお祝いに~」
すぐに写真とともにメッセンジャーでメッセージを送信すると、そのご返信にはこう書かれていました。
「私も21日の塚田先生たちとの芸術劇場コンサートでキラキラさせます」
あ!このコンサート、高崎なら近いし(新幹線で2時間)行こうかなって思ってたんだった。でも自分のコンサートで精一杯ですっかり忘れていました。
行くことにしました。
新幹線予約しました。
一つ前のブログに「Sing幾多郎 21日(日)お休み」っていう情報をアップしたのはこのためです。
頂いたプレゼントですか?
おそらく恵さんとおそろいのキラキラのアイシャドーです。

7月後半のSing幾多郎開催日確認(一部変更) 2024年7月18日(木)

7月後半はいつも違う曜日、また今日になってお休みすることになった日もございますので、
お知らせいたします。

7月20日(土)開催
7月21日(日)お休み
7月24日(水)開催
7月27日(土)開催
7月28日(日)お休み
7月31日(水)お休み

よろしくお願いいたします。

西野真理の現実逃避「最上級に可愛いの」とピアニストの努力 2024年7月17(水)

第35回美女コンが終わった途端、照準は9月12日の音友ホール「サハリン島先住民(土蠻)の三つの揺籃歌」・・・の前にこの曲を7月28日富山リラの会の本番で歌うことになっています。その暗譜。あと二週間。私の感覚では暗譜率75%。

昨日は朝6時に起き、自分で歌って録音した「サハリン島~」をひたすら聞き続けました。
しばらくして10時からのFM放送の準備、本番、帰宅。
さあ、いよいよちゃんと声を出して練習しましょう・・・でもここからが西野真理のいかにもお勉強のできなかった人の行動。現実逃避です。

「!そうそう、こないだ歌番組で聞いたアイドルの曲『最上級に可愛いの』、歌ってみようと思って楽譜買ったんだった」
なんの躊躇もなく、譜読み開始。
こういう曲ってリズムとか微妙に難しいし、何より歌詞が多くて大変なんですよ。
なんだかんだで2時間以上かかって撮影終了。

ここで少々の自己嫌悪感が起こってきて天の声です。
「こういう曲に力を注いでいる場合ではないのではないですか!」
「サハリン島~」のために買ったドレスがピアノ部屋においてあります。
着替えましょう。
自分で録音した下手なピアノ伴奏に合わせて歌います。撮影しながら。
『最上級に可愛いの』は50回近く歌ったくせにこれは1回で終わり。とにかくどんな表情で歌っているか見てみなくては。
最低です!
暗譜は思ったよりできていて90%というところでしょうか。しかし、その暗譜に自信がないために、歌詞を探り探り歌っていることが丸わかり。
「困った顔をして歌っているおばさん」
ショック!今日は終わり。

そして次は『最上級に可愛いの』YouTubeアップのための作業。さあアップしようと思ったら気に入らない部分があって撮り直し。
はい、アップしました。
今度こそ現実逃避は終わりにします。

そして、自分はたいして努力もしていないのに、ピアニストの近藤陽子ちゃんにお願いのラインを送信しました。
「カラピアノ、雑音が入ろうが、咳をしようが構いません。とにかくそれに合わせて練習させて欲しいです。お願いします」
ライン送信後はお相撲を見ていました。
大の里勝ちました!(石川県津幡町出身の力士。2024年5月場所で力士になって歴代最短優勝)

さあそろそろ寝ようかなと思っていた23時。ライン着信。近藤陽子ちゃんからです。
「とりあえず」
と「サハリン島~」カラピアノ送っていただきました。
私が現実逃避をし、お相撲を見ていた間に陽子ちゃんは努力してくださっていたのです。
今日からちゃんと練習します。
でもその前に『最上級に可愛いの』せっかくなので見てね!








あわや!フィッシング詐欺被害 2024年7月16日(火)

「AEONカードお客様利用明細」というメールが届いていました。
開いてみると86600円の利用確認。最近イオンで86000円なんて使ったことがありません。でもそのメールにはいかにも
「もしかすると不正に利用されたかもしれないからその確認ですよ」
みたいな書き方がしてあり、私はそれは大変だなと、とりあえずそこをクリック。そこにはIDとパスワードを書き込むところがあり、私は書き込み始めました。
でも?あれ?このメールが届くのならそもそも登録しているはずだし、そうでなければここで新規登録っておかしい、と気づいて入力をやめました。
そしてネット検索。
すると!

イオンカードをかたるフィッシングの報告を受けたとして、フィッシング対策協議会が情報を公開した。誘導先のフィッシングサイトは5月8日16時時点で稼働中であるため、引き続き注意が必要だ。

フィッシングメールの件名は、以下のものが確認されている。これ以外の件名も使われている可能性がある。

  • 【イオンカード】お客様のカードご利用明細の内容をお知らせいたします
  • お知らせ:イオンカード取引制限の詳細情報
  • 【重要】イオンカードからの重要なお知らせ
  • イオンペイ送金の異常事態についてのお知らせです。
【イオンカード】お客様のカードご利用明細の内容をお知らせいたします。
お客様このたびはイオンカードをご利用いただき、誠にありがとうございます。
下記のご利用照会がございましたので、お知らせいたします。


↑私に来たのはまさにこれ!あ~入力しなくてよかった。
この偽サイト、本当にイオンそっくりに作られていて、パット見では全くわかりません。皆様もどうぞお気をつけくださいませ。

第35回美女コンご報告 その3 番外編 2024年7月15日(月)

今回の美女コンのピアニスト近藤陽子ちゃんからお土産をたくさんいただきました。
その中のひとつが
「レンジでできるマーラーカオ」
(袋にはマーラーコウと書いてありましたが、まあいいでしょう)
いくらレンジでできると言っても、結構時間がかかるんじゃないかな~と思いつつ、袋の裏を見ると
「500wのレンジで3分」
え?こんなに早いの?
しかも必要なのは
「お水30cc 卵1コ」
作りましょう。

その様子はYouTubeにアップしましたのでご覧くださいませ。
こんなものYouTubeにアップしているのは小学生くらいだと思いますが、まあいいのです。62歳、やりたいことは何でもやります。


第35回美女コンご報告 その2 本番当日 2024年7月14日(日)

やっぱり寝ずに書き続けます。(書いている途中に翌日になりました)
美女コン当日です。
(このブログには面白いことはなにもありません。ただの時系列の報告です)

<準備~練習>
8時半
会場へ色々持って出発。
普通の人が持っていかないものとしては
・ピアノの椅子 
・昨日彼が作ってくれた譜面台補助版(別ブログをどうぞ)
でしょうか。
電子ピアノのペダルが滑るので、これも彼が滑り防止シートを持ってきてくれて解決。

9時~9時半
陽子ちゃん到着。
昨日気になった曲を少し練習して、私は一旦家へ。
陽子ちゃん一人で練習。慣れない電子ピアノで大変だったでしょう。

11時
二人で会場練習
途中、いつも来てくださる田中陽子さんからお花の差し入れ!














12時
お昼ご飯。息子が作ってくれたおにぎりと買ってきたプリン

<本番>
13時40分開演
お客様7人
・津幡南中時代の教え子Yさん
・かつての同僚M子ちゃんとA子さん
・津幡中時代の教え子田中陽子さんと同僚のKさん
・いつも来てくださる高瀬さん
・重雄さん
当日までに
「都合がつかなくてお伺いできません」
「身内の事情でいけません」
というメールが相次ぎ、まさかの無観客!と心配していたので、心底ホッとしました。

リーダークライス作品24はなかなかいい感じだったと思います。
後半のトークと歌もこれはこれで良かったんじゃないかな・・・と自画自賛、自己満足いっぱいのコンサートでした。
トークについてここに書きたいところですが、今回は20年越しの秘話中の秘話でしたので、ここに書くことはご勘弁ください。なにより驚いたのは、このおしゃべりな私が今までこれを誰にも喋っていなかったということです。















<陽子ちゃんご夫妻帰宅>
お二人とさようなら
・・・5分ほど・・・もっとかも・・・あれ、二人が戻ってきました。M子ちゃんが私達にくださったお菓子の袋を2つとも陽子ちゃんが持っていってしまっていたと気づいたからだそうです。申し訳ない。

その後お二人は高速をずっと帰るコースではなく、安房トンネルを抜けて松本へ抜けるコースで帰宅したそうです。私達も1度そのコースを通ったことがあります。このコースは距離が短いのでガソリンも安上がり。ただ高速より時間はかかるので距離と相殺するとどっちもどっち。トイレとかの心配の多い方は高速のほうがいいかもしれません。ドライブを楽しむという意味では安房トンネルコースもいいですよ。

<終わりに・・・プログラムのこと>
とてもお安く作ってくださる「プリントパック」で注文しました。
こちらは最低部数100枚からなので、現在90枚余っています。
どなたか欲しい方いらっしゃいませんか~~~~?








第35回美女コンご報告 その1 本番前日まで 2024年7月14日(日) 

眠気にブログを書きたい欲求が勝って書いています。(23時回っています)
本日無事第35回美女コンを終えましたのでそのご報告です。

<コンサートまでの簡単な経緯>
・2023年5月にピアニストの近藤陽子ちゃんと「2024年夏にリーダークライス作品24のコンサートを」と計画
・西野真理その後そのことを失念
・2024年2月12日にスマホが壊れ、そのことで陽子ちゃんと連絡を取っていた時陽子ちゃんから「コンサート、7月のいつにしましょうか?」と言われ記憶復活
・その後一気に日程決定
・さらに9月の平井康三郎特集のコンサートも決定

<練習>
陽子ちゃんは横浜、私は石川。合わせはできるだけ何かの用事と合体させて。
1回目 2023年6月26日(月)オペラ「トゥーランドット」鑑賞のため東京へ。その前の時間を利用して練習
2回目 2024年4月22日(月)娘夫婦の結婚写真撮りを見に横浜へ。その帰りの日の午前中に陽子ちゃんの自宅で練習
3回目 2024年5月29日(水)関先生のレッスンをちょうどアシスタントに入っていた陽子ちゃんのピアノで受ける
4回目 2024年6月24日(月)オペラ「仮面舞踏会」鑑賞のために東京へ。それと合体させて塚田先生のレッスンも入れていただき、レッスン前の練習とレッスンを受ける時間と計2回ガッツリ合わせた感じ
5回目 2024年7月13日(土)コンサート前日、会場で

こうして書き上げてみると、意外にやっていて驚きました。
その他にもお互いに録音を送信し合って、それぞれ練習を重ねました。

<前日>
15時、陽子ちゃんご夫妻到着。彼・重雄さんの運転する赤いMAZDA車。以前からMAZDAの赤はきれいだな~と思っていたので、乗っている人を見れてテンションが上りました。
陽子ちゃんたちは思いのほか早くついたとかで、西田幾多郎記念哲学館にも足を運んだそうです。

私と陽子ちゃんは会場で練習、重雄さんは千里浜なぎさドライブウエーへ。なぎさドライブウエーは悪天候の場合閉鎖。でもこの日はお天気が良く走れたそうで良かった良かった。できれば陽子ちゃんにも走らせてあげたかったな。


















<重雄さんのお話>
練習終了時間に重雄さんと私の彼も合流。近所のレストラン・ポムポムポムへ。
さあ、お待ちかねの時間です。
私はずっとずっと重雄さんとの時間を待っていたのです、そう、20年以上。
それは陽子ちゃんが結婚する前のこと。
それがなんのときだったのか覚えていないのですが、とにかくまだ婚約時代の重雄さんと陽子ちゃんがご一緒で、そこへ私も。その時重雄さんが
「宇宙の銀河(?)の渦を数えている」
と知りました。
私はその宇宙の銀河の渦を数えるという行為の何もかも不思議で、そのお話を聞きたくて聞きたくてたまりませんでした。でもその時、お二人とご一緒した時間は短くて詳しくお聞きする間もなくお別れ。
あれから20年以上の歳月が流れ、ついにその日がきたのです!

真理「宇宙の渦のことなんですけど、なぜ数えたんですか?そして、それがどう仕事になるんですか?」(どう見ても頭の悪い人の質問)
重雄「あれは仕事じゃなくて、大学院の先生がその専門だったんで」
真理「あ~私はあれを仕事にしている人なのだと思っていました。仕事ではなく研究だったんですね」(真理・心の声:言ってみれば教授の趣味)

重雄「渦って回転してるんですけど、回転は中心と外側では回転速度が違うから、だんだんずれて来るじゃないですか。ずれてるうちにどんどん渦状態じゃなくなるはずなのに、それでも渦なんですよ。それってまだ解明されてないんです」
真理「へ~不思議ですね」(明らかに頭の悪い人の相槌)

重雄さんは現在半導体の仕事をしていると聞き
真理「半導体って
    んどうたい っていうでしょ?じゃなくて 
   
      は   うたい
       ん ど
   って言ってほしい!そちらの業界の方はそう言いたがってませんか?」
重雄「そんな事ありません。清少納言を
   せ     うな
    い  しょ  ごん  っていうようなもんかな」
真理「そうそう」
   
このような、専門家と頭の悪い人のどうでもいい会話が延々続きました。私は何もわからないけれど楽しくて仕方ありません。何が楽しいのかと言われるとですね・・・そう、わからないことを聞いているということが楽しいのですね、きっと。
そのとなりで、陽子ちゃんと私の彼はきっと
「この二人何喋ってんだろう」
って思っていたことでしょう。

4人ともお腹いっぱいになってレストランをあとにしました。

その2へ続く
(眠くなったので寝ます)


電子ピアノ譜面台 2024年7月11日(木)

電子ピアノや電気キーボードをお使いになったことがある方はおわかりでしょう。譜面台が短くて困るってこと。
↓こんな感じ。だから長い曲の時、譜面の端っこが垂れ下がって四苦八苦。

 















7月14日の美女コンは電子ピアノでの開催。弾いていただく陽子ちゃんに申し訳ないことはもう今さら言うのはやめましょう。でも、楽譜がちゃんと乗らないのは申し訳ないし、私にとっても困ること。なんとかしましょう。
実は学校ではやっていました。この両端に厚紙を付けて伸ばすという工作。でもそれじゃあんまりなのでもう少し見てくれの良い物にできないか・・・。私にはできません。でも自分でやろうとしているふりをしてゴソゴソしていれば彼が動くだろうと見越して、電子ピアノについていた譜面台と、段ボール紙を彼のいるテーブルに置き
「これに、これをこうしてああして・・・ああ、きれいに紙を貼ろうかな・・・」
はい。彼が動き始めました。
それを確認後、私はコンサート会場に練習に行きました。

帰って来ると彼はいませんでしたが、なんだか作られています。
















そろそろお夕飯準備の時間です。彼がピアノ部屋になにか持って入りました。
本当は置く順番が逆ですが、わかりやすくこう置いてみました。これなら楽譜置き放題!


普通に置くとこうなります。






フニクリ・フニクラにまさかのご注文 2024年7月9日(火)

表題通り「まさか」のご注文でした。「フニクリ・フニクラ」。

フニクリ・フニクラ(Wikipediaより)
「フニクリ・フニクラ」(ナポリ語: Funiculì funiculà)は、1880年に作曲、発表されたイタリアの大衆歌謡。
1880年にヴェスヴィオ山の山頂までの登山鉄道(ケーブルカー、イタリア語では「フニコラーレ(Funicolare)」)の「ヴェズヴィアナ鋼索線」が敷設されたが、当初は利用者が少なかった。本作は運営会社が宣伝曲を作ることを考え、同社の依頼を受けた作曲家のルイージ・デンツァが作曲し、ジャーナリストのジュゼッペ・トゥルコ(イタリア語版)(1846年 - 1907年)が作詞したものであり、世界最古のコマーシャルソングともいわれる。「フニクリ・フニクラ」とは、フニコラーレの愛称である。歌詞はナポリ語で書かれており、内容は、登山鉄道とヴェスヴィオを題材としつつ男性が意中の女性への熱い愛と結婚への思いを歌い上げる、というものである。なお、題材となったフニコラーレは、1944年に起きたヴェスヴィオ山の噴火によって破壊され、運行を終了した。

<授業で>
在職中のかなり長い期間、私はこの曲を新入生最初の音楽授業のラストで「5分間鑑賞」の曲として使っていました。(※5分間鑑賞:西野真理が設定した、授業ラストで短くインパクトのある曲を鑑賞する時間。多くの曲を知ってもらおうと思って)
理由は
①たまたま素晴らしい歌唱映像をTV番組から録画できた
 ラッセル・ワトソンというイケメンテノールが陽気に歌うフニクリ・フニクラはそれはそれは楽しく、大人の私が何度聞いても飽きない(実際年間5回・・・1学年5クラスで1回ずつ・・・としても10年で50回。生徒からリクエストされることもあるのでこの倍は聞いている)

ラッセル・ワトソン(Wikipediaより)
ラッセル・ワトソン (Russell Watson、 1966年11月24日 - ) は、イギリス・マンチェスター出身のテノール・ポップス歌手。尚、生年を「1972年」もしくは「1974年」などとするメディアもある。

幼少の頃から両親の流す音楽に親しんではいたが、当初は真剣にプロの歌手を目指すつもりはなかったもよう。したがって、他のクラシック歌手にありがちな「幼少の頃からの音楽の英才教育」は一切経験していない。
16歳の頃旋盤工となり、仕事のオフタイムの折にパブでロックやポップスを歌うのみであったが、観客に「ルチアーノ・パヴァロッティの“トゥーランドット”にある『誰も寝てはならぬ』を歌ってみてはどうか」と勧められ、CDを入手してヴォイス・トレーニングに取り組むことになった。これがラッセルのテノール歌手としての原点である。

②イタリア語だけれど、サビの「ヤンモ ヤンモ コンパヤンモヤ」はわからなくてもすぐ歌える(生徒は授業後歌いながら廊下を歩いていました)
生徒にはカタカナを降ったイタリア語の歌詞カードを渡しました。

<映画出演>
長くなるのでこのブログを「映画関連」で検索してお読みくださいませ。

映画にちょっと出演。その時日本語で歌うことになったのが「フニクリ・フニクラ」。私は自分で訳したものを監督さんにご提案しましたが却下。
その後歌うことはないとは思いましたが、せっかく訳したのだし一応保存してありました。
それを最近訳詩販売を始めるときに「枯れ木も山のにぎわい」と、リストに加えておいたのです。

<ご注文>
そして7月6日、Yさんからのご注文です。
5曲ご注文いただいた内、2曲はオペラアリア、「アメイジング・グレイス」「アニー・ローリー」そして「フニクリ・フニクラ」。
良かったね「フニクリ・フニクラ」。
Yさんからのご注文を受け、久しぶりに見直しリズム割を1箇所見直し。

こういう曲、私が考えるよりも需要があるのかも。今後何を訳すか考える時、こういうものも考えてみるといいかもしれません。

父の命日・叔父三回忌山口県への旅 番外編 2024年7月8日(月)

<訳詩ご注文>
今回の2泊3日の旅の2日目。以前「西野真理訳詩に興味があります」とご連絡くださっていたYさんから正式に5曲購入したいとご連絡をいただきました。嬉しいな。せっかちな私ですからすぐにでもお送りしたいところです。しかしその時は山口県。事情をご説明し、帰ってから再度ご連絡ということにさせていただきました。

帰宅し夕食が済むと早速ご注文いただいた曲を確認。すると、少し手直ししたほうが良い部分を発見し、その作業に着手。こういう時は疲れているとか関係なくできてしまいます。お送りできなかった1日があったからこそ考えることができ、せっかちな私のミスを防いでくれました。(今日になってさらに手直し。良かった~~~~)
父と叔父に改めて合掌。

改めて考えてみると、訳詩完成時点では自己満足感で満たされていて、実際にどなたかにお買い求めいただけるとは考えていないかった気がします。しかしこのように実際にご購入希望をいただくと、
「お代金をいただく以上ちゃんとしなくちゃいけない」
と真剣さが違ってきます。今後はたとえ実際に売れなくても「売る」という心構えをしなくちゃいけないなと思わせていただいたご注文でした。

<防災訓練>
7月7日は防災訓練。我が家は町会長でもあるし私達は防災士。本当は色々しなければならないのですがこういう事情ですから仕方ありません。その分、事前準備はしっかりしていきました。
救命蘇生法の説明と安否確認タオル提示数書き込み表
(教員時代の技術が役立っています)













父の命日・叔父三回忌山口県への旅 三日目 2024年7月7日(日)

さあ、石川県へ帰りましょう。
気温予想34度。完全防備です。




















でもその前に、母の実家のお墓へ。
こちらのお墓は、以前の一つ一つだったものを、2年ほど前に共同墓地っぽくお寺の敷地内に移転したもの。とてもお参りしやすくなりました。





































<富海>




















防府東インターを入ってすぐの富海SAへ。お手洗いへ。
ちょうどいいので一つ話題提供。
これをお読みの方の中で55歳以上の方なら南沙織の「誰もいない海」ご存じでしょう。あの詩に出てくる海は防府市の「富海」が舞台なんですよ。
本当は海の写真を撮りたかったのですが、SAからは全く見えません。

<トラブルその3>
なにごともなく帰るはずだったのですが、またしてもトラブル。私のミス。
山陽道→播但道→中国道→舞鶴道→北陸道
で進む予定。その播但道へ入るのを間違え、播但道ではなく播磨道へ入ってしまいました(涙)
あれ?こんな道通ったっけ?車ほとんどいないし・・・





















進むこと10分。間違いに気づきました。でも最近高速道路は親切でこういうおバカさんのために
「間違えた人はゲートでお申し出ください」
って看板が出ているのです。
ゲートのインターフォンでお申し出しました。
「すみません、道間違えました」
「はい、係員が行きますのでお待ち下さい」
2分後。係員さんからの事情聴取。と言っても
・どこから何時ころ入って
・どこへ行く
程度ですけど。
そして
「それじゃ、ETCカードを抜いてください。ゲート開けますからその道を右に行って・・・ここへ戻ってきてもらったらまたゲート開けますから、ゲートを入ったらまたETCカードを入れてください」
無事戻りました。

でもね
播但道・播磨道
似てませんか!!!(言い訳)

播但道・福崎南で給油。166円/リットル。しかも行きで入れたときの割引QRコードが使えて164円/リットル。高速道路内のガソリンスタンドは202円/リットル!







































あとは順調に家まで。

到着は18時半頃。イオンのレストラン街で食事して帰りましょう・・・と思ったら
・・・日曜日のイオンを甘く見てはいけません。混雑。諦めて家で食べることに。
家ではまさか私達がこんなに早く帰ってくると予想していなかった息子が、自分の分の夕飯を作っていました。その息子の作ってくれたおにぎりと唐揚げを分けてもらい、それにおそばをプラスして夕食終了。

楽しい2泊3日の旅でした。

父の命日・叔父三回忌山口県への旅 二日目 2024年7月6日(土)

今日は父の命日。
叔父の三回忌。
ホテル近くのお花屋さんでお花を買ってお寺へ。10時集合でしたが9時半にはついてしまい、若い住職さんとしばらくおしゃべりをしていました。住職さんには私がYouTubeをやっていることを話していて、最近始めたYouTubeショートも見てくださっていると聞き、嬉しくなりました。

91歳の叔母と従姉妹・従兄弟、私達家族総勢7名で三回忌は無事終了。このためにきたのですからこの部分をしっかり書くべきかもしれませんが、この部分には変わったことは全くありません。皆さんのご想像どおりです。

<コンプライアンス>
そうそう一つ、住職さんから聞いた「最近だな~!」というお話。
このお寺は曹洞宗。曹洞宗といえば
修行で座禅を組んで、後ろをウロウロしているお坊さんに時々肩をバンッ!!!
ですね。
これ、今コンプライアンス的にだめなんですって!

<92歳のお友達>
親戚一同でお昼を一緒に。ただ母は年に1度なので92歳のお友達の家に行くことになりました。そのお友達も92歳で一人暮らし。やはり私の知っている92歳よりうんと若い気がしました。

























<トラブルその2>
母以外で創作イタリアンのお店「ラ・コッタ」で楽しく昼食開始・・・のハズが、あれ?葉子ちゃんは?
「葉子、車のキーが見つからなくてお寺で探してるからちょっと遅くなりそう」
結局見つからないまま昼食会にタクシーでやってきてみんなで昼食。
・持っていった花束の中?
・持っていった果物の箱の隙間?
・車のシートの隙間?
思いつくところは散々探したけれど無し。
昼食後もう一度葉子ちゃんはお寺へ。

「持って行った保冷バッグの外ポケットにありました」
あってよかった。

<三田尻港の思い出>
母をお友達の家に迎えに行くまでの中途半端な時間、どこへ行こうかな?最近話題になっている山口市の瑠璃光寺?ちょっと時間が足りません。そこで三田尻港へ行くことにしました。ある思い出の確認へ。

それ私が小学校1~2年の時。学校で「社会見学」という時間があり、わたしたちはバスに乗せられ港へ行きました。バス遠足というほどの場所ではなく、お弁当を持っていくというのでもなく本当に見学。学校からせいぜい20分ほどです。
その頃の日本は高度成長期。当時の防府市は「カネボウ」「協和発酵」の全盛期。しかも公害規制が強化される前。赤白の煙突からは煙もくもく。そして港は?その状況を見せておこうという学校の教育目的だったのでしょう。




















港につくと先生が
「公害で港は今こうなんだよ、見てご覧」
臭い海はタポ~ンタポ~ン~ドロドロ・・・溶けたチョコレートのようでした。
今も私はそれが強烈に目に焼き付いています。

そして現在・・・良かった。臭くもないし普通の色でサラサラです。
(ただしこの場所があのときのそこがどうかはわかりません。もっと工場の近くだったかも。ここは野島へ渡るフェリー乗り場)




















<合唱団のお友達>
母は92歳のお友達と4時間ほど過ごしたあと、次は合唱団のお友達5人と夕食の計画。お友達はホテルまで来てくださいました。平均年齢80歳?
皆さんで写真撮影。





















この写真はすぐプリントアウトして皆さんにお渡ししました。
このホテルではスマホからデータ送信してプリントアウトできる機械が無料で使えるのです。こういうのって後で送ろうと思うと結構面倒。この場で見れてこそ楽しいのです。
「皆さん冥土の土産にしてください(笑)!」
とても喜ばれました。
その後母たちはホテルのレストランで夕食を食べ、母の楽しい半日は終わりました。


父の命日・叔父三回忌山口県への旅 一日目 2024年7月5日(金)

<旅行計画>
故郷・山口県に実家と呼べるものはなくなったとはいえ、年に一度父のお墓参りくらい行こうと計画を立てました。ちょうどそのタイミングでそういうことにとても几帳面な従兄弟から「お墓参りにこちらへ来るなら、一緒に叔父さんの三回忌も」と声をかけてもらい、そうすることになりました。父と叔父、同じような時に旅立ってくれてありがとう。
また、あと半年で92歳になる母も、せっかくなので友人に会うことに。なかなか充実した旅になる予感。

<運転好き>
山口県までは、9時間のドライブです。
運転?彼が。
一応書いておきますが、私が駄々をこねて「絶対車で行く!」と言っているわけではありません。彼は運転が好きなのです。結婚してからほぼ毎年山口県へ行き、その他法事等も含めると少なくとも40回は山口県と石川県を車で往復しています。そのほとんどを彼が運転する車で。一度だけ彼の体調が悪かった時、私が、帰りの全行程運転したこともあります。
そんな彼ですが、旅行が好きなわけではないようなんですね、これが。以前何かで「新幹線に乗って・・・」みたいな計画を私が立て始めた時は全く乗り気ではなかったのに、「車で行く?」と言った途端、それならって感じになりましたから。

<2024年7月5日(金)>
朝8時半出発・・・の予定でしたが色々しているうちに9時。よくあることです。
長期予報では梅雨で曇り空、ドライブには最適の天候のはずでした。なのにギンギンの晴れ!「熱中症警戒アラート」まで出ています。
来週コンサートを控えている私は日焼け対策万全で車に乗りました。

ドライブは特別なこともない予想でしたから、そんなときのために、つまりブログのために停まるSAごとに写真を撮っておくことにしました。大正解。本当に特別なこともなく無事到着しました。

<トラブルその1>
敢えてトラブルを探すと、ありました、ちょっとだけ。
現在ガソリン、ものすごく高いんです。特に高速道路内は。一般道では170円ほどなのになんと200円超え!
そこで(これは昨年のブログにも書きましたが)高速道路の乗り継ぎで一旦高速を降りるコースを選択。降りた一般道で給油する作戦です。
降りると言っても中国道から山陽道へバイバス的に播但道を使えるようにうまく作ってあるので実質的には降りた感はないのです。しかし、敢えて本当に降りてしまいます。
そこで小トラブル発生。昨年降りたICは福崎南だったのに福崎と間違え、昨年見つけたガソリンスタンドを探すのに手間取ったこと。
とまあ、この程度のトラブルで無事山口県に到着です。
あとはSAの写真をご覧ください。

敦賀から舞鶴道に入ったところ
朝ご飯代わりに食べたお気に入りのファミマのプリンアラモード。「こんなものばかり食べている」と、62歳にもなって母に叱られています
社(やしろ)SA

ラーメンを食べました。甘め。

福石SAでトイレ休憩。兵庫県のようです。
間違えました。岡山県です。

宮島SAから見る厳島
ものすごく小さいけれど、よく見ると有名な鳥居が見えます。
宮島は広島県のかなり山口県寄り。ここから故郷まであと95km
この双眼鏡だと、ちゃんと見えますよ
もみじ饅頭ソフト
10年以上前に食べた時はもみじ饅頭1個丸ごと入ってかなり量多め。今回半分になっていて、ちょうどいい量です。
生まれ故郷周辺
夕飯。母はトンカツ定食完食。これが健康長寿の秘訣

二日目に続く

過去の呉先生に関するエッセイより 2024年7月4日(木)

<はじめに>
なんとなく呉先生を思い出して、以前の呉先生に関するブログを読み返していました。するとその中の
八ヶ岳声楽セミナー発表コンサート出演と、翌日の呉先生との面会 2023年9月21日(木)
に私が「別エッセイに書いてあります」と記載している部分があることに気づきました。そこでこれまで呉先生とお付き合いのあった方で、以前のことを少しでも知りたいと思われる方があればと、そのエッセイをこちらに貼り付けることにしました。
なぜ「エッセイ」かと申しますと、2020年までは紙媒体でエッセイ集を出版していたからです。エッセイはPART17までありますが、紙媒体の販売にはあまりに無理があり、押入れはエッセイ集でいっぱい。そこでその後ブログに変更したのです。

2020年2月(西野真理エッセイ集PART17より)
「先生と一緒に想い出として語れる日の来ることを祈って書き残すエッセイ」
※現在のブログと語尾表現が違います

<ピアニスト・呉恵珠>
東京都出身。
野呂愛子、松原みどり両氏に師事。藤原歌劇団、日本オペラ協会、二期会、民音などの専属ピアニストとして、多くの名指揮者のもとで研鑽を積む。
その後フリーとなり、国内・国外の著名な声楽家のリサイタルやレコーディングなどで活躍中。2002年からは毎年メゾの女王フィオレンツァ・コッソットのリサイタルでの伴奏を勤め、コッソットからも「私の長いキャリアで、自分と同じ心を共に感じてくれる初めてのピアニストと出会った。ケイは最高のピアノ伴奏者」と絶対的な信頼と賞賛を得ている。
繊細かつ、オペラの雰囲気を表出するダイナミックな演奏で聴衆やメディアからも高い評価をうけている。

<指導者・呉恵珠>
西野のお聞きした記憶によれば、レッスン箇所は石川・沖縄・熊本・福岡・徳島・仙台・大阪・静岡・広島・岡山。そこへ一人荷物を抱えて出向き「激烈レッスン」を行う。レッスンは主としてピアニスト・歌い手に対するものだが、希望に応じて管楽器や指揮者への音楽レッスンも行う。
レッスンやコンサートが続く場合は、荷物を各レッスン場所のホテルからホテルへ送り、自宅へ帰ることなく継続することも多い。
細い体からは考えられないエネルギーの持ち主。

<食通・呉恵珠>
美味しいものを食べること、美味しいものを作ることが大好き。
各レッスン会場では地方の美味しい店を多数把握。レッスン前後には、激烈レッスンのときとは打って変わった陽気さで、レッスン生とともに食べ歩くことが大好き。
食に対する嗅覚が鋭く、TV等で得た情報から「これぞ!」と思ったものはメモしてそこへ行ってみようという好奇心も旺盛。そしてそこは有名であろうとなかろうと間違いなく美味しい。
おしゃべりも大好きでそこの店主とは必ず仲良くなる。

作る方だが、各地方で買い集めた食材が大量に自宅冷凍庫に保管してあるらしく、それらで毎年おせち料理等を作るのだと聞く。残念ながらご自宅でご相伴にあずかったことはないが、以前福光声楽サマーセミナーの時いただいたカレーとパスタは、文句なしの美味しさだった。

<病気の経緯(弟さんからお聞きした内容)>
2019年12月13日(金)福岡で声楽伴奏のコンサート出演の際、2曲めで倒れる。客席に生徒さんの旦那様でお医者様がいらしており、その方の連絡で福岡市内の病院へ。脳出血。
1週間後、開頭手術を行い血液を取り除くが、全部は取れなかった。
容態が落ち着いた2020年2月初旬、東京赤羽の「赤羽リハビリテーション病院」へ転院。
この病院を選んだのは、1階ロビーに自由に弾いていいグランドピアノが置いてあることも理由の一つ。

<東さんからの情報(電話・メール)>
2019年12月15日
熊本時代からの先生の愛弟子・東園さんの電話が第一報。

その後どうしようもないまま、東さんからの連絡を待つ日が続いた。

2019年12月16日
あれから 熊本の呉先生lessonを手配してくださる方が 
病院にいってくださって、わかったことは
演奏会 1曲目を弾かれ終わって
その後 2曲目に意識を失って運ばれたそうです
脳出血だそうで また 来週 水曜日か木曜日に 手術をするそうで これを受けても どうなるかは言えません。っていうことでした。
 
来週手術と言うことは今は比較的安定しているのかと言う推測で、しかし 面会謝絶だそうです。 今 先生頑張ってらっしゃいます
 
2019年12月24日
呉先生、手術成功して意識戻ったそうです。
良かった~
ただ、右半身は麻痺しているそうです。
年内は集中治療室、また落ち着いたら弟さん連絡くださるそうです。

2020年1月10日
熊本の友達が今日から また 弟さん病院に来られるということで病院に行かれたそうです。
インフルエンザや感染の恐れがあるため 呉先生には会えなかったそうです。
弟さんと話したところ
先生はアイスクリームを食べられるほどになっているようです。
子供がえりもあるとか…。
 
うちに来られるお客様が言ってたんですが、自分も同じような症状で倒れられて 手術してすぐは 色んな事を忘れていたそうで子供がえりされてたそうです。
リハビリで徐々に思い出してくるとか…
 
そして もう少し経過が良くなったら福岡のリハビリ専門の病院に移られるということなのでしばらくは 福岡なのだと思います。
 
そんな 連絡を頂きました。
 
2020年2月1日
呉先生、2/4退院なさるということです。それから どこの病院にうつられるかは分かりません。また 連絡待ちですが…。
だいぶ 回復されているご様子で嬉しいですね。
 先程メール頂いたもの転送します。
  
呉先生、体調は大分回復にむかっている様子で、一般病棟に移りましたが、朝倉医師会病院の建物構造の問題で病院に入れないこと、呉先生にはお会いできない状態でした(1/13情報)。
 
又、更に連絡があり、2/4に退院することになり、東京の病院に移動されるとの情報がありました
2/4の朝8時半に伺えば会えそうです…とのことです
 まだ東京のどちらの病院に転院されるのかお聞きしていないので、わかりましたら、またお知らせいたします

2020年2月4日
熊本の友人が早朝、退院のときに行ってくれました!右半身に麻痺が残るもののしっかりされていて、名前も呼んでくださったそうです。本当に良かった。また、東京の病院を聞いてお知らせしますね

<お見舞い日の決定>
東さんから情報をいただくものの、又聞きのさらに又聞きは危険だと思い、多くの方がご心配であろうことは判るものの、やはり、自分でお見舞いに伺ってから皆さんに連絡をしようと決めた。

ちょうどそんなことを思っていた時、
「この3人(東園さん、藤井ひろみさん、西野真理)と金沢でコンサートできればいいなと思うんだけど、どう?」
と、呉先生が声をかけてくださったメンバーの一人、ひろみさんから
「2月22日土曜日にちょうど東京へ行く用事があるので、いっしょにお見舞いに行きませんか?」
という連絡を頂いた。

ちょっと迷っていたが、2月21日金曜日の夜に私もメンバーの一人である日本歌曲の会「瑞穂の会」のコンサートが東京・紀尾井ホールで開催されることを思い出した。この会には先生の指導していらっしゃるメンバーも多いし、これを聞いた翌日にお見舞いに伺うのはとてもいいと思い、ひろみさんとご一緒することに決め、先生の弟さんに電話をして、22日の14時にお伺いすることになった。
電話で弟さんから
「お見舞いに来ていただくことは構いませんが、元気な頃の姉を知っている方は結構驚かれると思います」
とお聞きしたときは、なにか覚悟を決めなければという気持ちになった。

一番お付き合いの長い東園さんがお仕事の関係でご一緒できないことだけが残念だった。

<お見舞いへ>
強風だがお散歩にはちょうどいいお天気の東京・半蔵門のホテルで目覚めた私は、午後までの時間つぶしに皇居周辺1周のお散歩、迎賓館見学にでかけた。
この頃「コロナウイルス」感染拡大が問題になっていて、駅などはいつもどおりだが、人気観光地であるはずの迎賓館はガラガラ。観光バスは1台も停まっていなかった。

電車内のマスク着用率は西野真理の観察で約75%。

13時30分、赤羽駅着。タクシーで赤羽リハビリテーション病院へ。
病院でひろみさんとひろみさんの旦那様と合流していよいよ病室へ向かった。
(ひろみさんの旦那様は前回レッスン前夜、お夕飯をご一緒されて、先生とすっかり意気投合。「恵ちゃん・幹ちゃん」と呼び合う仲)

<お見舞い報告メール>
ここからの文章は、お見舞い後、新幹線の中でレッスンメンバーにお送り
した報告メールを元に、補筆・再構成したものです。

西野真理です。
本日、藤井ひろみさんと、ひろみさんの旦那さまと一緒に呉先生のお見舞いに行ってきました。長文になりそうなので、まず結論から書きます。詳細からは、お時間のあるときにどうぞ。ただし、あくまで、西野真理の感じ方(希望的観測を含む)とご理解ください。
 
~結論~
・完全復帰は無理だが、数年後に舘野泉さんくらいにはなれると信じたい
 
~2020年2月22日現在の西野真理が拝見した正直なご様子~
・言葉が出ないし、ほぼ聞き取れないが、相手の話の理解はできている
・右半身完全麻痺
・左手でピアノが弾けるが、まだ力は入りづらそう。しかし音楽性は完璧。
 ※このリハビリ施設には1階ロビーにグランドピアノが置いてあり、自由に弾ける。「それがあるからここを選んだ」と弟さん。
・一人で車イスに乗ることはできないが、体は起こせる
・車イスに乗るとき、自分で靴をはける(動かない足に片手で入れられる)
・開頭手術の傷跡がおでこと髪の生え際に残ってはいるが、ほとんどわからない
 
~病気の経緯~
12月13日のコンサート2曲目に倒れ、福岡の病院へ。
1週間後、頭の血を取り除く手術。(開頭)完全にはとれなかった。
2月になって、こちらの病院へ。
 
~お見舞い詳細~
14時過ぎから15時、小一時間の訪問でした。
お会いしてすぐ先生は私達を認識してくださった様子でしたが、言葉が出ないため私はどう接していいかわからず、また、話せない先生相手に私の言葉も出なくなりました。でも、先生にちゃんと表情があること、顔の色艶が良いことがとても嬉しくて、
「先生良かった!」
と言うと、言葉にはならないけれど
「私はもうだめなのよ」
みたいな感じの表情や仕草をされたように見え、どんどん涙が出てきました。私が泣いたりすると先生が
「私はそんなに悪い状況なんだ」
と思わせてしまいそうで、一生懸命涙を止めようとするのですが止まりませんし、私もさらに言葉が出ません。
それを見ていらした弟さんから
「相手の話はわかっていると思いますよ」
と言われたので、私もひろみさんもどんどん話し始めると、確かに全部わかっていらっしゃるなと思えてきました。
ひろみさんの旦那様・幹ちゃんもたくさん話しかけてくださいました。幹ちゃんとお話するのが一番嬉しそうに見えました。
しかし、私たちの名前や、きちんとした言葉が先生の口から出ることは最後までありませんでした。

お話をする時、先生はそれぞれの手を握ってくださるのですが、少しずつ冷静になってくると、私の手を握る先生の左手の握力がごく普通であることに気づきました。そこで
「先生の左手は、普通の人の左手とは違います。左手だけでもかなりの曲が弾けるじゃないですか。レッスンでも左手のことすごくおっしゃってましたよ。石川県で今年の夏、8月10日にコンサートすることになってましたよね。もちろん8月は無理ですけど、完全じゃなくても、まずここの1階ロビーでコンサートしましょう」
みたいなことを言い始めた辺りからすこしずつ表情がよくなった気がしました。私がそう思いたいからそう見えたのかもしれません。

しばらくすると、先生がドアの方を指すような手を振るようなしぐさをされたので、そういえば結構長く居るし、
「もう疲れたから帰って欲しい」
とおっしゃりたいのかなと思ったら、弟さんが
「ピアノを弾きたい気持ちになったみたいだ」
と、介護の人を呼んで
「ピアノを弾く気になったみたいなので、車椅子に乗せていただけますか」
と頼んでくださって、先生を車椅子に乗せてもらい、1階ロビーへ行くことになりました。
私達が病室に入れていただいたはじめのうちは、こちらを向いてくださるし、手も握ってくださるけれど、ずっと少し斜めになったベッドに横たわっていらっしゃる状態でした。
だから私は、体を起こすことは出来ないものだと思っていました。
ところが、ピアノを弾くために車椅子に乗ることになった途端、自分で体を普通に起こして、靴も自分で履かれました。
本当に驚きました。

ピアノの前に座るとすぐに、なんの曲だかわかりませんが、バイエル中級程度の左手パートを弾き始められました。とても嬉しそうです。
そこで
「先生、『故郷』弾けませんか?」
と、ちょっとだけ旋律を私が弾くと、言葉ではないけれど
「ああ、あれね」
みたいに反応して、左手で旋律込みで伴奏っぽいものを弾き始めてくださったので、ひろみさんと私とで歌いました。ロビーの患者さんやご家族、職員の方も聞いてくださっていることが感じられます。

これはいけると思い
「浜辺の歌」
を提案すると、これもOK。私が
「FDurで」
といえば、ちゃんとFで弾いてくださいます。
それから
「花」
を提案すると、?なぜか3拍子。
でもそれがかえって楽しくて、またひろみさんも私も、そこはまあ、それなりにプロ。臨機応変に対応して、世界でも珍しい3拍子の「花」を見事に演奏し終えました。
3拍子がお好きなようなので「おぼろ月夜」も弾いていただきました。
「先生、3拍子がお好きなんですね。今度コンサートでやることになってた『日記帳』の楽譜持ってきます。あれ、3拍子だから」
アンサンブルピアニストとしての血が動き始めたようで、表情もどんどんよくなられたように見えました。弟さんがこの病院を選ばれたことは大正解だったと思います。
ただ、車椅子がピアノを弾くには低過ぎて力が入れにくいようにお見受けしました。なにか座面において高くして弾きやすくしてあげたかったなあと残念でなりません。

もっともっと居たかったのですが、次の身体機能回復のリハビリ訓練時間になったので失礼する事にしました。

<終わりに>
このエッセイは先生と
「あの時、こんな状態だったんだね」
と笑って話したいと思い書きました。
回復を心よりお祈りします。

訳詩見直し月間 2024年7月4日(木)

 このブログは 
「アデライーデ」全面改良 2024年6月30日(日)
をお読みになった前提で進めます。

気合を入れてこれまで訳詩した150曲近くの楽曲中、先生にレッスンしていただいていない半分を見直すことに決めました。今月を「見直し月間」と決め、新しい楽曲には手を出さないことにします。(・・・あっ!ブラームスあと2曲だけやらなくちゃ)
ポイントは
①アウフタクトの部分
②スラーで繋がれた一音節
③それらをやりすぎない。ときに例外も作る
特に③はある意味大事で、「詩人の恋」のときアドバイスいただいた①を「リーダークライス作品24」で頑張りすぎ、「リーダークライス作品24」のレッスン後、最初に作った方に戻した部分が何か所もありました。

早速先日から夢中になっていたブラームスは見直しを終え、ベートーヴェンを3曲。シューベルトを1曲見直しました。そうしてみると無駄な言葉が整理され、スッキリ聴きやすい歌詩になってきました。
幸運だったのはシューマン作曲の「トランプ占いをする女の子」。これはとても長い歌詩で大変だったとはいえ、内容は楽しくお気に入りでした。これを見直すのは相当大変だなあと思っていたら、この曲には①②がほとんどなく、微調整で済んだこと。

そして最高に幸運だったこと。見直そうとしているものは、現在までにご購入者がどなたもいらっしゃらないということ。

オペラ歌手っぽい人 2024年7月1日(月)

ずっとずっと思っていました。音楽関係者以外の方へ自己紹介する時の言い方。
もしピアニストなら、主に活動する場面がクラシックであれポップスであれ
「ピアニストやってます」
で問題ないですし、相手の方もそれで納得されるはず。
しかし歌手の場合はそうはいきません。
「歌手です」
と名乗り、そのお相手が
「演歌?」
などの反応をされた場合です。
「あの~なんていうか、まあクラシックの・・・」
「あ!オペラね」
「いや・・・オペラやってるわけじゃなくて・・」
こんな感じ。

①音楽大学を出たての時
「音楽のジャンルは色々あって、私の場合はイタリア歌曲やフランス歌曲、日本歌曲を主に歌っています。オペラアリアを歌うことはありますがオペラ歌手かと言われれば、オペラ歌手ではありません」
相手は???
②つい先日まで
「みなさんがオペラと想像されるような歌を歌っています。でも実際オペラのステージに立つことは殆どありません」
ちょっと長めですが、一応これで過ごしてきました。

ポップスのジャンルではない、いわゆる「声楽」を学んで来た人の殆どは、実際にオペラのステージに立ってはいません。あの舞台に立てるのは、選ばれた、私から見れば様々な意味で雲の上の人です。「様々な意味」というのは、実力はもちろんですが
・オペラの稽古に時間をかけることができる
・チケットノルマをクリアできる
・身近にオペラ団体がある
・オペラができる場所(に通える範囲)に住んでいる
これらをクリアするのは私だけでなく多くの声楽を学んできた人にもかなり難題です。

ですから私のような
・クラシック的な声楽を学び歌っている
・現在オペラのステージに立っていない
・いろんなジャンルの歌を歌っている
場合、その自己紹介に困ることはなんとなくおわかりいただけたかと思います。

そしてつい先日、見つけたのです。
「オペラ歌手っぽい人」
これ、今お気に入り!
きっかけはYouTubeショートに手を出したときのこと。
YouTubeでは歌唱動画タイトルとして多くの人が
「歌ってみた」
をお使いです。
私も使ってきました。しかしこれでは今まで長々書いてきた私の歌唱ジャンルが伝わりません。
「『歌ってみた』・・・『オペラ歌手が歌う』って時々あるけど私は『オペラ歌手』じゃないし・・・オペラ歌手っぽくはあるけど・・・!」
オペラ歌手っぽい人、このフレーズしばらく便利に使います。



「アデライーデ」全面改良 2024年6月30日(日)

※今回のブログは音楽関係者にしかわからない記述が少しあります。でもそれを関係者以外の方にわかってもらうように書くのは私には無理。ごめんなさい、そのまま書きます。

6月24日、塚田先生に「リーダークライス作品24」のレッスンを受け、訳詩した詩をどう楽譜に割り振るか、またしても新しい気づきをいただきました。またしてもというのは「詩人の恋」のレッスンをしていただいたときもかなり改良すべき点が見つかり、帰宅後それまでに訳したものをかなり見直したからです。

前回の気付きは
「アウフタクトに言葉を詰め込みすぎない」
でした。そしてそのことに気をつけつつ、その後の訳詩を進めました。(ただ、それに気をつけすぎたという反省も現在しています)

今回の気づきは
「一音節がスラーで繋がれているところは、日本語にしたときも母音を分けないほうが、元々の音楽の雰囲気が出る」

大変な事になりました。
多くの曲にこのような箇所があります。
まずは最近やっているブラームスから手を付けることに。
例えば
「しずかにし」
と割り振っていたところ
「しーずかーニシ」
と、スラー部分を引きずるように割り振り直しました。
こういう箇所、ものすごく多いのです。

ブラームスが一段落したので、昨日はベートーヴェンの「アデライーデ」。
大変でした。
いっそ最初からやり直そうかと思ったくらいです。でも、訳詩そのものは悪くない(西野真理個人の感想です)ので、文字数を減らすことで対応しましょう。
・・・結局最初からやり直すのとそう変わりません。
でも今、やりきってとてもいい気持ちです。
来年の美女コンでこれ、歌います。
あっ!ベートーヴェン「5月の歌」と「君を愛す」も直さなくちゃ(汗)



 

祝・YouTubeチャンネル登録数1600 2024年6月30日(日)

今朝YouTubeの管理ページをみると登録者数がついに1600人になっていました。




















登録くださったお一人お一人、ありがとうございます。
「1600程度で喜んでるの?」
と思われるのは当然です。芸能人や有名YouTuberの皆さんは桁が万ですから。

登録者数が最近少し増えた理由は多分「YouTubeショート」を始めたから。
YouTubeショートは最長1分の縦長動画です。(前にも書きましたけれど、もう一度少し書きます。詳細はそちらのブログをどうぞ)
YouTubeはそのシステム的に
「人気の動画はどんどん紹介され、人気のないものは下へ沈んで目に触れなくなってしまう」
ようになっています(多分)。私のはほぼ沈んだそれ。そのようなことに不満を持った使用者が私以外にも大勢いらしたことでしょう。実際時々来るYouTubeからのアンケートに
「登録者の少ないYouTuberの動画も紹介してほしい」
と書いたことがあります。
そこでYouTube側が出してきたのがTikTokに似たYouTubeショート。
最初は全く興味はありませんでした。しかしこのままじゃだめだと思い、突然始めました。
ショートの視聴回数は大体500回。私の動画を短時間であれ500回見られるのはすごいことです。その500回の中からどなたか一人でも西野真理普通のYouTubeに興味を持っていただければ十分です。過去の動画で「ミヨー作曲 タバコの輪(西野真理訳詩)」なんて、1年前に投稿したのに26回しか見られてませんから。
登録者・視聴者が増えなくてお困りのYouTuberさん、ショート、一度お試しください。

伊福部昭「サハリン島先住民の3つの揺籃歌」その4 ステージに向かってスタート 2024年6月29日(土)

※このブログは「伊福部昭~その1」から全部お読みになっている前提で進めます。

出演が決まってすることといえば・・・
ドレス選び。
ポワポワ、ヒラヒラ、豪華!みたいな衣装が着れる雰囲気の曲ではないので、ネット検索に検索を重ね決めました。出演が確定した2日後の6月9日に。検索ワードは「エスニック ドレス」。この画像は本番が終わってからブログに写真をアップさせていただきますのであと2ヶ月半お待ちくださいませ。

現在結構真面目に練習しています。
録音しては聞き録音しては聞きの繰り返し。

そして昨日6月28日は関先生富山レッスン。
この日のレッスンは7月28日開催の富山リラの会コンサートのドレスリハーサルが主な目的。私が歌うのは西野真理日本語訳詩版・シューマン作曲「女の愛と生涯」から4,5,7。そしてユーミン作曲「やさしさに包まれたなら」。シューマンは暗譜がまだしっかりしていない事がはっきりわかりました。また関先生のアドバイスで訳詩を少し変更することに。レッスン受けるって大事!(訳の変更は帰宅後ご購入者にすぐお伝えしました)

レッスンも終わり、先生はお帰りの時間です。
その時先生が
「今度音友で歌う曲、一度ステージにかけとかないと怖いわね。リラの会の曲、それに変更して」
ユーミンの曲を伊福部昭の曲に変更することになりました。
(この部分私は結構笑えます。皆様いかがですか?)

さあ、大変なことになりました。まだ2ヶ月半あると思っていたのに1ヶ月です。
でも、ご安心ください。私は運を持っているのです。
この日アシスタントピアニストをしてくださった池原陽子さん、いつもなら愛知県へすぐお帰りになるのに、今日は富山のご実家にお泊りということで時間に余裕があり、終了後もなんとなく残ってくださっていました。
池原陽子さんは7月の富山リラの会コンサートのピアニスト。ですから7月の合わせと9月本番の練習を兼ねる形でここで練習させていただけることになりました。彼女は初見演奏完璧。その場で楽譜を渡してすぐ練習開始。

帰りの車内、帰ってから、そしてこのブログを書き始めるまで、ほぼその録音を聞いていました。
がんばろう!
↓先日オペラ「仮面舞踏会」を聞きに行った時プログラムに挟まれていたチラシ。事務局からまだ送られてきていないので、私が持っている唯一のチラシです。





7月のSing幾多郎と7月の美女コン 2024年6月26日(水)

2024年7月のSing幾多郎開催日と7月美女コンのご案内です。
沢山の皆様のご参加、ご来場をお待ちしております。





















オペラ「仮面舞踏会」鑑賞ドキュメンタリー 2024年6月25日(火)

これを書き始めたのは、帰りの高速バス車内、朝の5時22分。有磯海SA休憩のあと、間もなく富山駅というあたりから。もうこれ以上寝ていられないし、車内は暗くて訳詩もできないし・・・あっブログ書けばいい!というわけで始めました。

私が乗っているのは3列シートのバス。現在の体勢は、頭からショールを被り、スマホの灯りが周囲に漏れないよう気を付けています。・・・と、気を付けているうちにバスは富山駅到着。車内は点灯したので、ショール外します。富山駅を出たらまた被りましょう。
あら!隣の方が富山で下車。ショール被らなくてよさそうです。バスはこのあと高岡駅経由で金沢駅。到着予定時刻7時15分。
それでは6月23日から順を追ってのドキュメンタリーです。

<6月23日  スタートから予定変更>
何日か前のブログで「完璧な予定完成」と自慢していましたが、早くも崩れ去りました。
東京行きは宇ノ気駅から電車で金沢駅まで行くことからスタート予定でした。かほく市から金沢駅へは総合的にみて車と電車どっちもどっち。でも時間の確実性や、駐車場がいっぱいだったときのことを考え(実際2度ほどそれで冷や汗をかきました)、電車を選択。
しかし23日、石川県全域の豪雨で七尾線は運休。夜になって一部復旧したものの、翌日は間引き運転が決定。仕方ありません。金沢駅までは自分の車で行きましょう。
おっと、お天気を確認しておきましょう。・・・東京は35℃予想。予定していた服装も変更。
結局道路も駐車場もガラガラで30分の余裕で金沢駅へ到着。

<新幹線車内>
新幹線車内ではブラームスの訳詩1つとりあえず完成(月の光)。いつものことですが実際に声に出してみると結構変更が必要になりますが。
(結局ここから先のブログは自宅で書きました)

<上野公園>
池袋でピアニストの陽子ちゃんと合わせをしてから、オペラ前に塚田先生のレッスンに伺うので、上野で下車。合わせの11時には1時間以上余裕があるので久しぶりに上野公園へ行ってみることにしました。
↓キャリーバックはたしかに危険




















↓上野駅で福井県PR中、いいな~恐竜はインパクトがあって




















私がいつも利用していた出口は「上野公園口」。東京芸大を受けた時(落ちた時)、奏楽堂日本歌曲コンクールに落ち続けた時、何度ここを歩いたことでしょう。

久しぶりの公園口はすっかり変わっていました。
改札を出てすぐ正面は東京文化会館だったのに、その位置がずれ正面は上野動物園に。しかも改札のすぐ前の道路に横断歩道があったのがなくなって(道路が潰されて?)そのまま公園に行けるようになっていました。これは素晴らしい。

奏楽堂まで行ってみましょう。

公園内もかなり変わっていました。カフェがができ、トイレも増え、過去にはホームレスの方のテントがあったのも一掃され、とてもきれいです。
でも奏楽堂はそのままで嬉しくなりました。
入ってみたかったけれど今日は休館日




















掲示板が電子になり多くの言語に対応していました




















<池袋>
西武百貨店の地下食品街でピスタチオアイスを食べました。

<合わせとお昼ご飯>
11時から2時間、スタジオフォルテで陽子ちゃんと真面目に練習。
中野のイタリアンでパスタ。

<塚田先生レッスン>
シューマン作曲「リーダークライス作品24」を西野真理の訳でみていただきました。
先日は大阪で小林美智さんと同じく「詩人の恋」をみていただき大きな成果がありました(西野真理個人の感想です)。今回も同様。塚田先生やっぱりすごい。ドイツ語がわかって、ドイツ語で歌えて、日本歌曲はもちろん歌えて、しかもピアニスト。
私は塚田先生にこそドイツリートを日本語で歌ってほしいと本気で思っています。塚田先生は歌手名として高津佳を使っていらっしゃいますが、そうではなくて、塚田佳男として歌ってほしいのです。

そこで、レッスン後先生に真面目に言いました。
「先生、先生みたいな人こそ、私の訳でドイツリート歌ってほしいんです。私の訳で楽譜お送りします。何がいいですか?『ミルテの花』?『詩人の恋』?『リーダークライス作品39』?」
先生、それなりに乗り気に見えて
「リーダークライス作品39」
へえ~そうなんだ。「詩人の恋」かと思ってました。
そこで帰って早速お送りしようとしました。でも、ちょっと待った。これ、塚田先生にレッスン受けてからのほうがいい!これは小林美智さんといずれやりましょうということになったいるので、近日中に美智さんとご相談して、レッスン受けます。

先生と陽子ちゃんの3人でレッスン以上におしゃべりに花が咲き、美味しいお菓子とお茶もいただき・・・おっと、そろそろオペラに行かなくちゃ。

↓中野駅近くで見かけたバニラバス。時々全国放送で話題になっていたけれど、地方の人間にはなんのことだかわからなかったので見れてよかった。ところで何のバス?














<オペラ 仮面舞踏会>

関定子降板

















マリア・カラスは世紀の大歌手であることは間違いないけれど、53歳で亡くなっていて、歌手として活躍していたのは51歳まで。あの美空ひばりも52歳で亡くなっています。
一方関定子は2024年現在78歳。60歳過ぎてオペラの主役をやっていることも相当珍しいのに、70過ぎてからなんて、毎年のように奇跡の積み重ね。

降板は当日発表でした。
しかし私は6月11日、すでに知っていました。
堀内さんからの電話と、関先生ご本人からのショートメールで。お二人共私が遠くからこのために来ることを知ってくださっていて、そのためのご配慮でした。
堀内さんとの長電話を終えたあと、流石に私もショックで、関先生にどう返信しようかと悩んでいたちょうどそこに息子が。そこでつい息子に
「ショックなことがあった・・・関先生が・・・」
すると間髪を入れず息子は
「死んだの?」
縁起でもないと思われる方も多いでしょうが、私はこの一言でとても元気になりました。
そうです。関先生は生きているのです。今回はちょっと大事とっただけ。

私はほぼそのまま返信しました。
「関先生 さきほど堀内さんから『地方からくるやつには教えといてやろう』とお電話を頂いたところです。電話の後キッチンにいたら息子が来たのでつい『ショックなことがあった・・・関先生が・・・』と言ったところ、『死んだの?』と言われ、あっ、死んだわけじゃなし、今回大事とっただけ!と急に元気を取り戻しました。先生のお言葉『やれる時、やれるようにやればいい』『登り口は色々ある』を思い出しています」

本番はそれはそれは上質で、文句なし。
少々贔屓目にお一人だけ紹介するとすれば、最後に上司を刺し殺すレナート役のバリトン清水良一さん。今回のシリアスなものからトゥーランドットではコミカルな役まで何でも来い。音程も正確、演技もうまい。なぜ贔屓するかといいますと、彼とは9月12日に音友ホールでご一緒することになっているから。こんな人と一緒のステージに立たせていただけるなんて幸せなことです。

関先生から「お友達に」と私の分を含めて4枚チケットを頂いていたので、私、娘、川崎の陽子さん(山口県時代の友人)、詩人の横山さんに。皆さん喜んでくださって良かった!
麻田さんともお会いでき(関定子のCD発売会社の社長さん)、西野真理のYouTube動画をお孫さんがみてくださっていると言っていただいて、別の意味で気分爆上がり!

~オペラ「仮面舞踏会」これ以上ない簡単な解説~
ヴェルディ作曲のオペラ
自分の奥さんが、自分の上司と浮気していると思い込んだ男が、上司を刺し殺す。上司が絶命する前に、それは勘違いだったとわかる。
(※今回関定子は奥さんアメーリア役の予定だった)

ところで代役はどうしたの?当然の疑問ですね。
5月に別団体が同じ演出家・大島尚志先生で仮面舞踏会を上演。そのアメーリア役の田島秀美さんに代役を依頼。こんな幸運なかなかありません。

<夜行バス>
バスタ新宿から出発。





















新宿まではピアニストの陽子ちゃんと友人の陽子さんもご一緒。
バスタ新宿は新宿南口の目の前ですぐわかりました。
待合室に着くと、思ったよりもかなり多くの人でびっくり。
ここで、これから初めて利用される方へのご注意です。
行先ごと、ゲートがA、B、C、Dと示されています。私はDで、Dのドアのところへ行けばそこがすぐバスのりばだと思っていました。しかし、ゲートを出るとそこからが長い長い。みなさん、時間に余裕を持って待合室から移動してくださいね。




















22:50発、富山・高岡・金沢・福井行のバスはほぼ満車のように思いました。
発車し注意説明が終わると間もなく車内は真っ暗。眠れなかったら訳詩でもしようかと思っていましたが絶対できません。窓も全面カーテンで遮られ景色も全く見ることができません。
お腹が空いたので(お夕飯を食べる時間がありませんでした)川崎の陽子さんから頂いたお菓子を夕飯代わりに食べ、翌朝も朝食代わりにお菓子を食べました。陽子さんありがとう。

今回の最大のミスは次のこと。
「ビーチボールを忘れた」
私はいわゆる「反り腰」で、椅子と体の間に隙間が空いて、長時間の椅子に耐えられません。ですから新幹線や飛行機に乗る時は子供用のビーチボールを持っていきます。収納は楽だし、椅子の状態に合わせて膨らまし方を変えるだけ間隔を調節できます。
今回はこれを忘れたせいで背中の痛いこと痛いこと。そのせいで何度も目を覚ましました。

<帰宅>
7:15金沢駅到着予定がかなり順調で7:00着。結果的に自分の車で金沢まで行って良かった、ということになりました。
また最近では現金を使うことが少なくなっていて、今回の東京でも現金は全く使いませんでした。
ただ一か所だけ絶対現金という場所があって、私はそのためにだけバッグに現金を入れていました。金沢駅の駐車場です。
さあ、駐車料金の支払いを・・・あれ?精算機変わってる!クレジット使えるようになってる!交通系ICカードも!
「ピッ」
現金使用一切無しで24時間が終わりました。

7:45自宅到着。
夜行バス:新宿から8時間55分。6000円(しかもホテルに泊まらなくていい)
新幹線 :東京駅から2時間半。14380円

夜行バスは間違いなく安いですし、ホテル代はいらないし、翌日が丸々使えます。着替えやお化粧品などの荷物がいらないのもとてもいい。ただし、私は10時からのFM生放送をしたあと11時から14時半まで爆睡していました。

<終わりに>
西野真理の24時間日記にお付き合いいただきありがとうございました。
関定子の今後の歌手活動と塚田佳男・日本語で歌うドイツリートが楽しみです。

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