ショック・ドクトリン②(書き起こしシリーズ NHK「100分で名著」より)2023年6月14日(水)

 書き起こしシリーズ NHK「100分で名著」より

ショック・ドクトリン (THE SHOCK DOOCTORIN)

副題:慘事便乗型資本主義の正体を暴く

著者 ナオミ・クライン

解説  堤未果(ジャーナリスト)

聞き手 伊集院光

 第2回 国際機関というプレーヤー・中露での「ショック療法」

<はじめに>

戦争や災害などで国民がショックを受けている隙に急激な経済改革を進める政策「ショック・ドクトリン」。この手法の裏側に迫ったジャーナリスト、ナオミ・クラインは、中立であるべき国際機関や、中国・ロシアがショック・ドクトリンを推し進めていたことを突き止める。

アメリカの新自由主義理論から生まれたショック・ドクトリンはどのようにして思想もイデオロギーも超えて世界を席巻していったのか。その謎に迫る。

 

<国際機関が推し進めたショック・ドクトリン>

1997年7月アジア経済を揺るがす出来事が起こる。

アジア通貨危機。欧米の投資家グループが待機資金を一気に引き上げたことで、タイの通貨バーツが暴落。そこからインドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国へと危機が波及した。

新自由主義のリーダー的存在アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンは

「自分はいかなる経済措置にも反対であり、事態の正常化は市場に委ねるべき」

と主張。

欧米各国、そして国際通貨基金(IMF)もアジアを救うための融資や補助金を提供する気配を見せない。そこには次のような理由があった。

 190カ国が加盟するIMFでは意思決定を行う投票権がそれぞれの国の出資額の割合によって決められている。出資額が一番多いアメリカが事実上の拒否権を持っていた。また、IMFにはフリードマンを支持するシカゴ・ボーイズが数多く在籍していた。

アジア通貨危機は悪化を続け、特に韓国は財政破綻の寸前にまで追い込まれていた。

そんな中IMFは韓国政府にある条件を受け入れるなら融資を行うと持ちかけた。

ワシントン・コンセンサスというこの条件は

・基幹サービス事業の民営化

・社会支出の削減

・完全な自由貿易の実現

といった新自由主義の政策に基づくものだった。

さらにIMFは、当時韓国大統領選挙に立候補していた主要候補者に
「当選したあかつきには融資条件に従う」
と一筆書くことを確約させた。

韓国では労働組合が非常に強く、フリードマンの経済政策を導入することは政府としては厳しい状況だった。しかし、背に腹は変えられず、韓国政府は条件を飲み融資を受けることを決めた。

 IMFとの交渉が成立した1997年12月3日を韓国の国民は
「国民的屈辱の日」
と呼び、政府を批判した。

IMFは対インドネシアとも交渉を成立させた。その結果、アジア各国で多くの民間企業が欧米の大企業に安く買い叩かれ、「企業買収バザー」とメディアが報道するほどの事態となった。

国際労働機関(ILO)によれば

この期間に失業したあものは2400万人という驚異的な数に及び、インドネシアの失業率は4%から12%へと跳ね上がった。「改革」がピークに達していた時期のタイでは1日に2000人1ヶ月で6万人が失業した。

韓国では毎月30万人もの労働者が解雇されたが、これもIMF主導による全く無意味な政府予算削減と金利引き上げの結果だった。

=堤=

IMF自体の構造が、アメリカがすごく発言権が強いし、この時たくさんシカゴ・ボーイズも入り込んでる。

IMFが「民営化をしなさい、そうすればお金を貸してあげます」そういうふうにしてしまった。とにかく自由に参入できるように徹底的に保護を外させた。

 =伊集院=

「自由」という言葉の響きが、アメリカ側のやりたい放題という意味の「自由」に聞こえてきますね。

 =アナウンサー=

選挙の時、一筆書かせるなんて、そこまでやるんだという驚きがありますね。

 =堤=

そこまでやると、無法地帯に近いと思うんです。選挙はやってもいいけれど、その後自分たちで国造りをするのはこのルールでやってねと、国を人質に取ったようなものだった。

 =伊集院=

これってもう、侵略戦争みたいなもんじゃないですか?経済力を使って国をアメリカのやり方に変えていくやり方に聞こえますね。

 =堤=

ほんとにそうですね。IMFという国際機関を、救済してくれる機関だと信じていた人たちにとってこれは疑問。

 =アナウンサー=

だからといって失敗とはならないんですね?

 =堤=

何をもって失敗とするかというのは、どの立場から判断するかによって180度変わります。(IMF側から見れば)一時期、失業率が上がるとかあったけれども、最終的には沈静化しましたよね。だから、間違いではなかったと。

 =伊集院=

IMFについて勉強したときに、日本もすごくお金を出しているはず。この時日本はどうしてたんですか?

 =堤=

日本は中曽根政権でした。あの頃日本は民営化元年。「民営化はいいことだ」と信じていた。

 <中国が行ったショック・ドクトリン>

1980年鄧小平率いる中国共産党政府は、積極的に新自由政策を取り入れるため、フリードマンを中国に招待していた。鄧小平はそれから3年後、中国市場を外国資本に開放。さらに労働者の保護を削減する政策を実行する。

その上でおよそ40万人の人民武装警察を創設する。
「反対勢力を弾圧することが極めて重要であったためだ」
とクラインは述べている。

また国家の資産が売却されるにあたって、党幹部とその親族が最も有利な取引をし一番乗りで最大利益を手にできるようになったと分析した。

 経済改革により中国では物価が跳ね上がり、失業者が増え、格差が拡大。その結果、共産党幹部の腐敗や縁故主義に対する批判の声も大きくなった。

さらに反民主主義的プロセスによる改革、失業の危機への不満が高まると抗議デモが起こり北京天安門広場に学生や労働者が集まり始めた。そして1989年6月4日天安門広場のデモ隊に人民解放軍の戦車が突入。これが、多くの死傷者・逮捕者を出した天安門事件。

武力によって鎮圧されたことにより、衝撃と恐怖のショック状態が中国全土に作り出された。

その後中国共産党政権は更に経済改革を推し進めていく。

 中国を世界の「搾取工場」、すなわち地球上の殆どの多国籍企業にとって、下請け工場を建設するのに適した場所へと変貌させたのはまさにこの改革の波によるものだった。中国ほど好条件の揃った国は他になかった。低い税金と関税、賄賂のきく官僚、そしてなにより低賃金で働く大量の労働力。しかもその労働者たちは残忍な報復の恐怖を体験しており、適正な賃金や基本的な職の保護を要求するというリスクを冒す恐れは、長年にわたってないと考えられた。

 =伊集院=

一話目のチリの事例で言うと、社会主義に寄って行っている国に対して、自由主義のアメリカが影響を与えたいというのは100歩譲ってわからないではないけど、今回は自由主義と共産主義。相容れないもののはず。

=堤=

ショック・ドクトリンというのは国対国、イデオロギー対イデオロギーで見るとわからなくなっちゃう。欲望で一致するんです。その時求めているものが一致すると、手を組むことができる。事件が起きたあとに、誰がどこに利益が集中したのか、入口と出口を見るとお金の流れでこれが起きている。

 =アナウンサー=

鄧小平はフリードマンを招待しましたよね

 =堤=

元々民主主義の国ではないので、中国でこれをやるとスピードが速い。だからフリードマンからしてみても「気持ちがいいくらい自分の理論をこんなにスピーディーにやってくれるんだ」。

武装警察を作ったことで、継続的に恐怖を生み出すことのできるインフラもつくった。だからものすごくスピーディーに市場が開いていった。

共産党の幹部なりその関係者の利益はとても大きくなった。

そこでおかしいという声が上がったので、天安門事件は起こる。

天安門事件で、学生という風に報道されていますが、この本を読むと結構労働者とか教師とかいろんな立場の人が参加した。民主的ではないプロセスでこんなにもスピーディーに切り捨てをやるというのはおかしい。民主的なプロセスで情報も公開してやっていってほしいという声があった。

 =伊集院=

抗議に対して天安門事件を見せつけることでショックの上塗りていうか、気づいちゃった人もショックで屈服させられる。しかもこれだけインターネットの時代になっても6月4日は検索できないようにしたりとか、要するにみんなに小さなショックを与え続けて諦めさせるということに関しては、相当得意技ですね。

 =堤=

フリードマン理論はある意味徹底的に妥協なくやったわけです。中国のマーケットを開いてほしかった。10億人のマーケットがあるので、財界・多国籍企業からすればとてもいい環境があるわけです。Win-Winなんです。

 <ソ連で起こったショック・ドクトリン>

1991年ソ連のゴルバチョフ大統領は停滞していた経済を立て直すため改革を進めていた。およそ15年かけて主要産業は国家の統制下に置きながら自由主義を取り入れようという計画。

しかし欧米各国は急進的なショック療法をすぐにやるべきと計画を一蹴。IMFや世界銀行からも見放され、ゴルバチョフは四面楚歌になってしまう。

そんな中台頭したのがゴルバチョフの側近、エリツィン。

1991年11月、エリツィンは一気にソ連を崩壊させ、ゴルバチョフを辞任に追い込む。

IMFや世界銀行はエリツィンを熱烈に支持。ソ連の崩壊で国民をショック状態に陥らせた隙に、新自由政策を推し進めるようにアドバイスを行っていった。そしてロシア版シカゴ・ボーイズが国有企業およそ22万5000社の段階的民営化を実施。貿易自由化、価格統制廃止を行っていった。

 エリツィンは大胆にもこう約束した。「半年ほどは事態が悪化する」が、その後は回復に向かい、近い将来ロシアは世界で四本の指に入る経済大国になる、と。だが、この「創造的破壊」とも言うべき論理がもたらしたのは、ごく僅かな創造と進む一方の破壊だった。わずか1年後、ショック療法の打撃は壊滅的なものとなっていた。

 インフレで貨幣の価値が下がり、何百万という中産階級が老後の蓄えを失い社会保障はカット。多くの労働者がどん底の生活苦に突き落とされた。国民の不満は頂点に達した。

1993年10月、反エリツィン派により議会はエリツィンの弾劾決議を可決。しかし、エリツィンが軍を動かし、議会を攻撃すると議会側はあえなく降伏。エリツィンは大統領の座を奪い返した。議会攻撃という巨大なショックで国中が騒然となった隙にエリツィンとロシア版シカゴ・ボーイズたちは過激な民営化計画を強行していった。

 ロシアの石油企業などが10分の1の値段で外国企業に売られ国有資産の大整理が行われた。その中でシカゴ・ボーイズたちと手を組んでいたロシアの新興財閥・オリガルヒが莫大な利益を手に入れた。

一方民衆は貧困にあえいでいた。大量の失業者が生まれ一日あたりの生活費4ドル未満の貧困ラインを下回る生活をおくる人が7400万人にのぼった。

これに対してクラインは次のように述べている。

「まるで富裕層と貧困層が別の国どころか、別々の時代に生きているようにさえ見える」

 =堤=

私達日本人は、「エリツィンは民主主義のために戦った」とかポジティブなイメージを聞いてきたと思う。でも中の人に言わせると「エリツィンははじめから民主主義を解体したオリガルヒ財閥側だった」。財閥の側だったということはIMFとかアメリカとか西側のシカゴ・ボーイズたちと相性がいいんです。民主主義を解体してマーケットを開くために全力で外から応援する、ということで西側メディアもエリツィンをものすごく持ち上げた。

 =伊集院=

ゴルバチョフがやろうとしていたゆっくりとした推移のほうが、国民が納得した形で行ったんだと思いますね。

 =堤=

ショック・ドクトリンはスピードが大事。ゆっくりやってられない。長期計画の民主化のためにお金を貸してくださいと言ったのをIMFは無下に断るんです。だから完全にゴルバチョフは四面楚歌で、エリツィンが出てくる。

私達は日常的にスマホを見ていて速いじゃないですか。これはショック・ドクトリンにしてみたら最高の環境なんです。常に私達情報が入りすぎてゆっくり判断する時間がないんです。それがチャンスなんです。速度を落とさないとショック・ドクトリンは次々に来ますよ。

人生初グランドゴルフ体験 2023年6月11日(日)

今年4月から2年間、本町町会長を引き受けることになった西野家(経緯については2022年10月17日あたりのブログをお読みくださいませ)。コロナが一段落したことで様々な行事が復活。グランドゴルフ大会もその一つで、運営だけでなく出場もすることになりました。

私はグランドゴルフもゲートボールもやったことはありませんが、よく聞くのは
「ゲートボールはチーム戦で、ルール的に相手に意地悪をするようにできている」
ということ。
一方、グランドゴルフにはそのようなルールはなく、簡単に言えば
「個人戦の玉入れ」
これなら運動の苦手な私にも人に迷惑をかけずにできそうです。
私は
「体を動かすこと」
は大好きなのです。
しかし、いわゆる
「運動神経」
というものからは見放されていて、小学校からずっと学校の体育の成績は5段階評価で
「2」
でした。
教員生活でわかったことですが、実技教科の場合、真面目にやっていれば大抵の場合「1」ではなく「2」はつけるので、私は一応真面目にはやっていたのです。でも悲しいかなセンスがありませんでした。

さて、そんな私が初参加したグランドゴルフ。結論から申し上げますと、
「この競技なら個人が下手でも一緒にプレーする皆さんにあまり迷惑をかけずに済む」
という当初の予想通りであることがわかりました。
100歳まで生きる予定の私や、私同様運動のセンスはないけれど体を動かすことが好きという人にはとても良い競技です。

2023年6月11日(日)の朝。
雨です。
小雨決行の予定ですが、どのくらいの小雨かは町会長である彼の判断。
天気予報によれば開始時間の13時には止む予定です。
12時。前日まで準備した景品や道具を車に積み込んで小雨の中グランドゴルフ場へ向かいました。











小さなかほく市で家からそう遠くもないのに初めて足を踏み入れました。海が見え起伏に富み、コンパクトにまとまったなかなかきれいなところです。
またここは、24時間営業(?)で、大会で予約している団体などがいない限り、いつ誰が使ってもいいようです。














準備に集まってくださった役員の人達は口々に
「雨止むかな」
「天気予報じゃ上がるはずだけど」
実際、この日は午前中に別の町会がグランドゴルフ大会を開催予定だったのですが、そちらは中止になっていました。

13時。
雨は上がり、やや湿度は高めですが、いい感じの曇になりました。(途中から暑くなった)
彼の開会挨拶です。
この挨拶文、彼が考えたのですが
「これでいいかな?」
と案を見せられた時、とても良くできていて問題はなかったのですが
「もし心配なら、こんな時こそチャットGPTに書かせてみればいいよ」
とアドバイスし、実際に書かせてみました。
指示は
・グランドゴルフ大会の開会挨拶文を200文字で書いて
↓
・150文字にして
↓
・天気が小雨であることを入れて
↓
・大会のために尽力してくださったかたへの感謝のことばを入れて
↓
・ユーモアを交えて

・・・とチャット形式で指示を追加していくと、どんどんいい感じになっていきます。
同じことをGoogleBardにさせてみましたが、チャットGPTの圧勝でした。
でも最初に彼が書いたものが勝ちました。

競技が始まりました。
・参加者は23人
・全部で4つのグループ
・16のホールがあり、休憩を挟んで2回行う
・6人ほどで一緒に回るが、それぞれの個人戦
・74歳位の方が一番多く、この人たちはベテランで用具は個人持ち
・61歳の私でも年少者。私の道具は町会から借りたもの

初体験の感想
・想像以上に球が転がらない。私の1打目は常に他の人の半分の距離
・ベテランの人たちは軽く打っているように見えるのにかなりの距離球が転がる
・ベテランの人たちはなんだかいいクラブを持っている
・ベテランの人たちは、いろんな小道具を持っている(球を挟むものとか、コインみたいなものとか)
・ベテランの人たちは数をちゃんと数えている。私は常に自分が何打目かわからなくなってしまうのに、私の分まで数えてくれている
・ベテランの人たちは基本的に全くダメな西野真理の動きに耐えられなくなって、途中で指導を入れてくださる(そもそも、持つ手の上下も違っていた)
・植え込みの中に入ってしまうと、1回休み(私は4回も入れた)
・それぞれ何回打とうが勝手だが、上限7回までカウント。それ以上はカウントしない。私は10回打ってやっと入ったのが2回。でも「7」でカウント。とても親切なゲーム。
・学校の体育の成績がずっと「2」だったことが正しいと証明された
・人に迷惑をかけず、ハードでなく楽しめるいいゲーム

結果
・一緒に回ったTさんはお上手だなと思っていたら、女性部門で1位
・彼はホールインワン賞をもらったが、他にも4人、また2回もホールインワンした人もいた
・詳しい結果は教えていただきませんでしたが、多分私は最下位だったでしょう














その他
・かほく市には「高松グランドゴルフ場」というのもあって、そこはもっともっと広くて、公式グランドになっている。そこには全国からかなりの人が集まって大会が開催されるらしい
・結果集計はベテランの人が「手集計」「手ソート」してくださっていた。こんな光景何十年ぶりに見ただろう。スマホに入っているエクセルでやってあげようかと思ったが、これが楽しみなのかもしれなと思い、黙っていた。

↓日焼け対策に買ったポンチョ風のトップス。芝の色と同化。














ショック・ドクトリン①(書き起こしシリーズ NHK「100分で名著」より)2023年6月10日(土)

 <久しぶりの書き起こしについて>

久しぶりのNHK「100分で名著」の書き起こしです。

この番組は全部録画予約しているのですが、面白いと思っても書き起こしたいと思うものとそうでないものが当然あり、しばらくそういう物がありませんでした。

そして久しぶりに出会ったのがこの「ショック・ドクトリン」です。昨日録画したものを見て、今日の早朝から書き起こしを始めました。

書き起こしシリーズを始めた時は、それこそ一言一句書き起こしていたのですが、そこまで必要でない部分もあるので、西野真理の判断で要約しつつ書き起こすことにします。

今日のものが1話目なので、放送ごと順次ブログにアップしていきます。


 書き起こしシリーズ NHK「100分で名著」より

ショック・ドクトリン (THE SHOCK DOOCTORIN)

副題:慘事便乗型資本主義の正体を暴く

著者 ナオミ・クライン

解説  堤未果(ジャーナリスト)

              ~Wikipediaより~

父は放送ジャーナリストのばばこういち、母は詩人の堤江実。弟はアニメーションアーティストの堤大介、夫は参議院議員の川田龍平。

米国の大学院で国際関係論を学び、ニューヨークの証券会社勤務時に、9・11同時多発テロ事件を間近に見る。以後、ジャーナリストに。著書に『ルポ 貧困大国アメリカ』(2008年)、『政府は必ず嘘をつく』(2012年)など。

聞き手 伊集院光

 

第1回 「ショック・ドクトリン」の誕生

<はじめに>

戦争・テロ・クーデター・自然災害・パンデミック…ショッキングな出来事が尽きることのないこの世界。こうした大惨事をチャンスとばかりに劇的な経済対策を断行する。それが「ショック・ドクトリン」。

規制緩和・民営化を合言葉に強行された経済改革の裏側をジャーナリスト、ナオミ・クラインが暴き出した。

ショック・ドクトリンは世界経済、そして日本にどんな影響を及ぼしているのでしょうか。その光と影に迫る。

 

<著者とこの本について>

2007年に出版された本。著者は現在も活躍しているカナダ出身のジャーナリスト、ナオミ・クライン(1970年カナダ・モントリオールのユダヤ人活動家の家に生まれた)。1970年代から現在に至るまでの世界経済の裏側を暴いている。タイトル通り結構ショッキングな内容が書かれている。

 

堤さんは2001年9月11日ニューヨークでアメリカ同時多発テロ事件に遭遇した。その後、アメリカ社会の急変とアフガニスタン、イラク攻撃など一連の紛争とメディア報道のギャップに強い違和感を覚えジャーナリストの道を目指した。徹底した調査報道を行いメディアに発信し続けている。

 

<ショック・ドクトリンとは>

ナオミ・クラインの造語。副題は「慘事便乗型資本主義の正体を暴く」。

ショック:大きなショックを受けて頭が真っ白になってしまう

ドクトリン:政策 この本の場合は過激な経済政策   

 

ショックを受けて私達が頭が真っ白になっているような時、通常なら反対が多すぎて入れられないような過激な政策を一気に入れてしまう。

日本語でいうと「火事場泥棒」

 

<著者がショック・ドクトリンという言葉を生み出したきっかけ>

2005年8月、アメリカ南部を直撃したハリケーン・カトリーナ。ルイジアナ州ニューオリンズは市内の80%が水没し多くの人々が家を失い避難生活を強いられていた。

ナオミ・クラインはジャーナリストとして被災地を取材。その時ある共和党議員の言葉を聞き違和感をおぼえたと記している。

「これでニューオリンズの低所得者用公営住宅がキレイサッパリ一掃できた。我々の力では到底無理だった。これぞ神の御業だ」

ニューオリンズ屈指の不動産開発業者も、これとよく似た意見を述べていた。

「私が思うに、今なら一から着手できる白紙状態にある。このまっさらな状態は、またとないチャンスをもたらしてくれている」

要するに公営住宅の再建計画を潰してマンションを建設しようという案だ。数キロメートル先に、未だ被災者が取り残されている現実も忘れそうになる。

 その後クラインはニューオリンズの公共事業に民間企業が一斉に参入していく様子を目の当たりにした。この状況を「慘事便乗型資本主義」と定義しその考えのルーツとなる人物を明らかにした。

 

<経済学者 ミルトン・フリードマン>

フリードマンは
「政府が介入せず全く規制のない状態にあれば、市場は自らバランスをとる」という新自由主義政策を説いた経済学者。今日のグローバル経済を導いた人物とも言われている。

 クラインはフリードマンの理論を論文から引用している。

「現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが、真の変革をもたらす。危機が発生した時に取られる政策は、手近にどんなアイデアがあるかによって決まる。我々の基本的な役割はここにある。すなわち現存の政策に変わる政策を提案して、政治的に不可能だったことが政治的に不可欠になるまでそれを維持し、生かしておくことである」

 

<経済的ショック療法>

フリードマンはこの手法を
「経済的ショック療法」
と名付け、世界各地で実験をしてきたとクラインは言う。

クラインは経済的ショック療法について、心理学者ユーイン・キャメロン(1901~1967)が1950年代に行った心理学的ショック療法との類似点を見出した。

 それは精神疾患の患者の古い病的な行動様式を破壊するため、電気ショック・LSDを与え白紙状態にする治療法です。その上で「あなたは良い母親です」といった録音テープを繰り返し聞かせ、正常な状態に戻すという方法。

 クラインはフリードマンの経済理論はまさに心理学的ショック療法の社会実験版であると考えた。

危機によって国民が白紙状態にされる中でフリードマンの経済理論の3大ルール
・規制緩和
・民営化
・社会保障の削減
が強制的に行われていたことを暴き出していった。

 =堤=

この手法は大変魅力的なんです。「民営化します」「ビジネスにします」「無駄をなくして効率化します」というのは短期的にはたしかに利益が出る。ところがその後はわかりません。もしかしたら長期には綻びが出るかもしれない。企業は綻びが出たら撤退します。公共というのは綻びが出ても撤退できない。税金を使って20年先50年先まで面倒見ますよというのが公共サービス。でも民間が運営していたら撤退してしまいます。だからこわいんです。企業は撤退しても次のところへ行けばいい。責任がないんです。

 みんながチャレンジする、平等な機会を与えるとそこではじめてうまくいきます。競争原理が働きみんなが豊かになっていく。企業は儲かる。経済は一時的であり活気が出る。ただし、社会保障を切られたあと、こぼれ落ちた人はどうなるか、その視点がここでは欠けている。

フリードマンが特別強欲だったというわけではないんだけれど、とても儲かるドクトリンなので、財界とか国民を都合よく統制したいという政府が悪用した、という感じ。

 =伊集院=

機会が均等で競争で勝ったやつが生き残る。これからっていう若い世代はこの理論を「そのとおり!」って言いそうな気がする。体力が右肩上がりだって思ってるころは、自分も「勝ち組」になるって信じてやまない。自分が「勝ち組」になるのに邪魔なのは、負けたのを人のせいにして弱音を吐いてる人・・・ぼくも20代ころはそんな考え方だった。

 =堤=

フリードマンはものすごく学生に人気があったんです。すぐ結果を出してすごく成功したい気持ちが若い人にはあるので。

<1970年 チリ>

1970年南米チリ。この年チリでは大統領選挙が行われ、社会主義を唱えるサルバトーレ・アジェンデが圧倒的支持を受け当選。史上初の自由選挙による社会主義政権が誕生した。

アジェンデ大統領は国内の天然資源やインフラの国有化を進めるが、これに対しアメリカの企業が危機感を抱く。チリの銅山の株式の7割をアメリカの企業が所有していたから。

 利益が失われるかもしれないとアメリカの財界人たちは当時のアメリカ大統領ニクソンに訴える。ニクソンはチリから銅を購入することをストップ。経済的な妨害工作を行い、さらにチリの軍内部に送り込んだCIA工作員を動かしアジェンデ反対派に軍を掌握させていく。

 そして1973年9月、戦車が大通りで発砲。陸海軍率いるピノチェト将軍がクーデターを起こす。アジェンデ大統領は死亡。ピノチェトが独裁政権を打ち立てる。

 反対派とされるおよそ13500人の市民が逮捕・拘束され、そのうち数千人がサッカースタジアムで拷問・虐殺された。実はこの独裁政権成立の裏側ではあるグループが経済改革を進めていた。「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれるフリードマンの愛弟子達である。

 

<チリのシカゴ・ボーイズ>

遡ること20年前。1950年代、アメリカ政府はチリのエリート学生をシカゴ大学へ留学させるプロジェクトを開始。シカゴ大学教授だったフリードマンが彼らを教育した。
チリに帰国したシカゴ・ボーイズはアメリカに協力し経済改革案をピノチェトに提示。
・公営サービス民営化
・価格統制の撤廃
が行われ、国内市場が海外企業に開放されていった。
 この結果、チリ国内の上位10%の富裕層の収入が一気に80%も増大し短期間で莫大な収益を上げた。こうした状況をアメリカをはじめたとした西側のメディアは
「チリの改革は大成功でありチリの奇跡である」
と報道した。
しかし一方で、次のような結果を招くことになった。

 <チリ国内の混乱>

1974年チリのインフレ率は375%にも達したが、これは世界最高の数字で、アジェンデ政権下での最高時の2倍にあたる。パンのような基本食品の価格は天井知らずに高騰し、他方、失業者は増える一方だった。「自由貿易」実験によって、国内には安い輸入品があふれていたからだ。国内企業は競争に負けて閉鎖を余儀なくされ、失業率は記録的に上昇、飢えが蔓延した。

 =堤=

アメリカはチリの学生を奨学金を出してアメリカに呼び寄せた。ただしシカゴ大学一択。ここでフリードマンがしっかり教育する。そのままその子達が自国に帰ると結構な高い地位に付く。そうすると楽なんですね、近づいた時に。

これに味をしめたアメリカは、世界中にシカゴ・ボーイズを作ります。日本にもいます。

(西野真理がCHATGPTで調べたところ、麻生太郎、安倍晋三の名前があがってきました)

 ショックというのはいろんな形が取れるんです。「不安」でもいいんです。もうすぐ日本が破綻するから危ないですよ、とか、隣の国が攻めて来ますよ、でもいいんですね。恐怖で柔軟に全体を見れなくなるときがチャンスなんです。その時に入れられたものというのは、わたしたちが立ち止まっていゆっくり考えることができない。

なんだか随分外国資本が入ってきて日本のものがなくなっているな、とか、あとで気がつくんですね。

 <イギリスのショック・ドクトリン>

独裁政権のみならず、民主主義国家でもショック・ドクトリンは行われました。

1980年代イギリス。当時の首相マーガレット・サッチャーはフリードマンの愛弟子でありチリでの経済改革を成功例として評価していた。しかし民主主義国家イギリスでは高いレベルの合意が必要であるため、チリのような急激な改革は難しいだろうと考えていた。

そんな中、イギリス領フィークランド諸島にアルゼンチン軍が侵攻。フォークランド紛争が勃発。

3ヶ月に及んだ戦いでイギリス軍が勝利。すると低迷していたサッチャーの支持率が25%から59%へ急上昇。

勢いに乗ったサッチャーは国内での戦いへと突き進む。

 1984年、炭鉱労働者がストライキに入ると、サッチャーは炭鉱労組との対立を対アルゼンチン紛争の延長と位置づけ、容赦なく敵と戦うべきだと訴えた。

「フォークランドでわれわれは外からの敵と戦わなければならなかった。そして今、内なる敵と戦わなければならない。こちらの敵のほうがはるかに手強く、また自由にとっても同じくらい大きな脅威なのです」

 炭鉱労組との戦いは激しいものだった。まるで内戦のような様相となった戦いに、サッチャーは勝利。イギリス政府は電話・ガス・航空会社・鉄鋼など公共事業の民営化を強行していく。その結果、政府と大企業が密接に結びつき、経済政策が企業側に有利に進められることになった。こうした国家を
「コーポラティズム国家」
と呼び、クラインは次のように分析した。

 「コーポラティズムは膨大な公共資産の民間への移転(往々にして莫大な負債を伴う)、とてつもない富裕層と、見捨てられた貧困層という二極格差の拡大、そして安全保障への際限ない出費を正当化する好戦的ナショナリズムを主な特徴とする。このようにして生み出された巨大な富のバブルの内側にいる者にとっては、これほど収益性の高い社会構造は他にない」

 =堤=

普通の先進国、民主主義の国家ではショック入れられないと思われていたんですが、たまたまフォークランド紛争があって、ここにショックができた。国民の関心がみんなそこへ行きます。外に敵ができると政権与党の支持率は高まります。サッチャーの支持率はすごく下がっていたのにV字回復です。そしたらそのショックが続いている間に次の敵、既得権益の労働組合、これは敵ですよ。そしてショックを続かせるために警察に労働組合の反対運動を鎮圧させて恐怖を作ります。恐怖が続いている間に民営化をしてしまう。それをして成功したのがサッチャー。

 コーポラティズム国家

ショックを起こす、もしくはショックに乗っかる、そして過激な自由主義政策を入れる。最後に出てきて利益を上げるのは企業。企業としては政府とできるだけ密着していたほうが色々スムーズに進むわけです。だからシカゴ・ボーイズが政府の政策を決めるところに入っている。そうなると企業のための政策を通してくれるので楽。だから限りなく癒着して二人三脚でやっていく。何を略奪するかと言うと公共のための予算を民営化して企業に流す。協力し合うわけです。コーポラティズム国家というのはフリードマン理論、シカゴ・ボーイズによってあちこちで増えてきた。

 

尾田萌々香さんリサイタル(奈々帆さん) 2023年6月9日(金)

尾田萌々香さん(奈々帆さん)のピアノリサイタルを聴いてきました。

これに足を運ぶことになった経緯のご説明代わりに、まず、私が尾田奈々帆さんにお送りしたメッセンジャーを使ってのメッセージをお読みください。

はじめまして。石川県在住の西野真理と申します。2018年に金沢の音楽祭で演奏されたモーツァルトK545があまりに素敵で今もよく覚えています。あの時評論家の方が「宝石箱をひっくり返したような」と表現されたことも。

もし石川県にいらして、演奏されていらっしゃる、また歌との共演にご興味をお持ちならと思い(私は声楽関係者です)、今日になってネット検索を思い立ちFacebookでお見かけしたので失礼ながらメッセージを送信させていただきました。どうぞますますお元気でご活躍くださいませ。

その後奈々帆さんからご返信をいただき、現在は音楽以外のお仕事をされながら演奏に取り組んでいらっしゃること、そして6月に石川県で妹さんのリサイタルに出演されるという情報を頂き本日を迎えたというわけです。

<尾田さんが通われていたピアノ教室のブログより>
お教室の卒業生 尾田萌々香さんが、第二回須田音楽奨励賞受賞を記念してリサイタルを開くことになりました。
尾田萌々香さんは、現在 お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科・比較社会文化学専攻・音楽表現コース博士前期課程2年でピアノ演奏の研鑽を積んでおられます。
今回は、お姉さんである東京藝術大学を卒業した尾田奈々帆さんをゲストに迎えて、ソロの演奏に加えて姉妹連弾も演奏されます。

Program
ショパン/バラード第2番 第4番
セヴラック/組曲「セルダーニャー5つの絵画的練習曲ー」より
ドビュッシー/月の光 喜びの島
ガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー

さて、コンサートですが、とても楽しんで演奏されていて、私まで楽しい気持ちになりました。
音楽以外のお仕事に就かれている奈々帆さんですが、ぜひ欲張ってピアノもお仕事も続けてほしいと思います。







体の痛みでお困りの方へ 2023年6月9日(金)

 加茂整形外科の資料です(加茂先生に掲載の承諾済み)

石川県小松市にある整形外科で、普通に保険診療です。

今まで間違っていた痛みの医学

慢性の痛みとは「癖になった痛み、習慣になった痛み」です。

痛みに関わる主な臓器は実は脳なのです。脳の癖や健康状態は当然痛みに関係します。

痛みは脳や体に記憶される。心理・社会的因子も考慮し早めにアプローチを。(脳は痛みに敏感になり、体は筋肉にしこり、短縮を残します)

痛みが記憶される前に除痛を。

痛みは小さい火のうちに消しましょう。火事にしてはいけません。

痛みを我慢してはいけません。

痛みを小さい火のうちに消さなかったことが、あとで慢性の難治性疼痛に繋がります。(大火=線維筋痛症)

痛みは筋肉を緊張させ筋肉の緊張が痛みを起こすという悪循環が始まります。(不安傾向の人、環境、医師の説明や態度)

痛みが広がることがあります。

痛みは特異的な疾患(リウマチ系、痛風系、感染症、帯状疱疹後神経痛、悪性腫瘍)を除いて次のようなことで起こります。

  • ケガ(打撲、捻挫、骨折など)
  • 伸張性収縮(筋肉が伸びたときに力を入れる:下り坂の膝、ぎっくり腰の腸腰筋など)
  • 繰り返し動作(使いすぎ:テニス肘など)
  • 長時間の固まった姿勢(デスクワーク、運転など)
  • ストレス(くいしばり、握りしめ、背中や腰の張りなど)

ケガの治療(骨折、靭帯損傷、肉離れなど)と痛みの治療は別問題です。痛みの治療を積極的にしないとケガが治っても痛みが続くことがあります。痛みの治療はケガの治療にいい影響を及ぼします。

間違っていた慢性の痛みの原因

  • 神経が圧迫を受けると痛みやしびれが生じる(椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症)
  • すり減った軟骨や半月板、つぶれた椎間板、切れた腱板が慢性の痛みの原因だ

このような変化(椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄、軟骨、椎間板、半月板、腱板)は中高年の健常者でも6割以上にみられます。

私は痛みの治療で局所麻酔を使っています。局所麻酔は最も安全で確実な薬剤の一つです。痛み止め(一時押え)というイメージを持つ人がいますが、痛みの悪循環を止める、自然治癒のきっかけとなる重要な治療と思ってください。

慢性痛は脳に大きな責任があるので複雑になります。

ガーシーって? 2023年6月7日(水)

 ガーシーって?(東谷義和)2023年6月5日逮捕までのお話

<はじめに>

西野真理の勝手なイメージは

「『ガーシー(以下G容疑者・略してG容 と記載)』というなんだかチャラくて悪そうな人が、人の秘密をYouTubeで喋りまくって、それなのに国会議員になって、なのにドバイに逃げて、1度も会議に出なくて、国会議員をやめさせられて、結局逮捕された」

でも、何をした人なのか、実はちゃんと知りません。知らないのにマスコミの言葉だけを真に受けて、精神的にはいつの間にか一緒に批判する側に回っています。

これはダメなんじゃないか・・・という反省を何百回もしてきました。

反省のきっかけは、15年以上前の殺人事件です。

TV画面上明らかに悪そうに映し出される男性。殺されたその本人も問題を抱えている感じ。様々なメディアが
「こいつが犯人でなくて誰が犯人なんだ」
という口調で、私ももちろんそう思いました。
しかし結局、殺人犯はとっても善人そうな身内の叔父さんで、止むに止まれぬ事情で殺人に及んだ、というような事件でした。

それ以来、ニュースを見るたびに

「この人が犯人ではないかもしれない」「別の理解があるかもしれない」
と思って見るようにしているつもりではいるのですが、これがなかなか難しくて、つい、報道どおりに受け取ってしまいます。
今回も当然、両面から考えようとは思ったのですが、G容の報道されるその容貌や話題の大きさからすっかり反省は忘れて
「悪いやつ」
扱いしていました。

今日は反省も込めて、大変よくまとめてくださっている中田敦彦さんのG容についてのYouTubeを時々西野真理の個人的感想等をはさみながら、要約して書き起こします。

<まずはG容の善悪両面の簡単なまとめ>

~善~
・政党助成金が6年間で12億円もあるってことを、何も知らない国民に知らせた
・国会に出なくてもできる質問は、それなりに提出していた
・問題になっているジャニーズ事務所性被害問題についてYouTubeを用いて当事者に話
を聞き発信したのはG容が初。それまでマスコミも国会も取り上げてこなかった

~悪~
・事情はともかく、個人の相当な秘密をYouTubeで拡散した
・国会議員になったのに、1度も議会に出なかった
 ※ただし、これについては思うことが2つあります。
  ~田中角栄~
  過去に田中角栄という国会議員さんがいらっしゃいましたが、この人も晩年病に倒
  れたままで当選し、議会には出席していらっしゃらないのでは?とこの報道の初期から
  思っていました。
      ここでお断りしておきますが、私は田中角栄さんを嫌いどころか恩義を感じています。
  なぜなら、角栄さんは50年以上前(?)に学校教員の給料を上げてくれた人だからで
  す。私の両親は教員で、そのことがなければ私は音楽大学へなど行けず、今こうしてい
  ないかもしれないからです。

  そこで・・・
   ☆GoogleBardに聞いてみました☆
    田中角栄は、1972年から1974年まで第61代内閣総理大臣を務めました。1974
    年に辞任した後も、衆議院議員として活動を続けました。しかし、1983年にロッ
    キード事件で逮捕されたため、国会の議会にはほとんど出席することができませ
    んでした。逮捕から1993年に死去するまで、国会の議会に出席した回数はわずか
    18回でした。
    田中角栄は、晩年には病気で入退院を繰り返していたため、国会の議会に出席する
    ことが困難でした。また、ロッキード事件で逮捕されたため、国会での活動が制限
    されていました。そのため、田中角栄は、晩年には国会の議会にほとんど出席する
    ことができませんでした。

   ~出席しなくても活動できる道~
   世の中には難病を抱えたかたもたくさんいらっしゃって、そのような方が国会議員の
   職を得、議会に出席しなくても国会で発言できる方法があるというのは良い事なので
   はないでしょうか

<中田敦彦YouTube大学とその出典>
中田敦彦 YouTube大学より
 講談社 「悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味」 伊藤喜之 著
  ※伊藤喜之:朝日新聞社でガーシーの取材をしていた記者。その密着取材の内容を朝
   日新聞に掲載することを止められたため新聞社をやめ、フリーランスになって出し
   た本。

<出生から上京まで>
1971年兵庫県伊丹市生まれ。
G容の父親は高校教師だったが、定時制高校勤務になった時代、昼間にパチンコへ行き始めたことからパチンコ依存症になり、闇金に手を出した。借金が膨らみ父親が勤務する学校へも取り立て屋が来たりしたため父親は職を追われ、自殺。

G容は阪南大学を卒業後ダイハツに入社。営業の才はあったが、教えられた売り方と違うと怒られたため、会社をやめ、自分で車のディ-ラーを始める。
車販売とイベントを組み合わせた売り方で大人気になり大成功。収入も莫大になったが、その収入をキャバクラと闇カジノで使い果たす(約2億)。ただしG容自身は、自身の生まれ育った環境がハードボイルドだったため、自分が特殊だという感覚はなかった。

G容は再起を図り、再度車販売を始める。
今度は走り屋向けの車を作り、これが評判になり成功し儲かる。その頃知り合ったのがロンドンブーツの田村淳さん(当時22歳・G容24歳)や島田紳助さん。
羽振りがよく、芸能人の知り合いも増え、可愛い女の子を連れて行くとお金をくれるような人がいたバブリーな時代でもあったことで、またまた儲かる。
田村淳さんに上京を進められ上京。
1年ほど田村淳さんと同居していた。

<上京から>
上京すると芸能界の友人もますます増加。
そんな時、羽賀研二さんの「BiKiNi」というTV番組があった。その番組の女の子にG容と友達がその殆どに手を出した。それに怒ったある芸能事務所社長から
「東京を出ていけ」
と言われ一旦大阪へ帰るがまた東京へ戻る。

東京へ戻るとお笑いコンビのアメリカザリガニの平井さんと共同経営でバーを開く。これも評判がよく全国に店舗を拡大。

ちょっと横道にそれ、西野真理の思い出を語ります。
この「アメリカザリガニ」さんというコンビ、私は高く評価しています。と言ってもたった1度TVで拝見しただけなのですが。
アメリカザリガニさんのTV出演を拝見したのは、なにかのコンクールで上位に入った時のこと。深夜まで少々の興奮で眠れずにいた時、なんとなくホテルでTVをつけたままにしていると「ノンストップ1時間」という番組が始まりました。1時間途中CMなど一切はさまず1つのコンビが喋り続けるというのです。これをまさか1時間見続けるとは思いませんでしたが、このトークがとてもレベルが高く、私は結局1時間見続けてしまいました。そのお笑いコンビが「アメリカザリガニ」でした。

話を戻します。
その1店舗、西麻布店に俳優やミュージシャンが多く集まりさらに人脈が拡大。
そんな中2017年にG容は芸能事務所「everfree」を作り、更にはアパレルブランド「QALB(カルブ)」も立ち上げる。G容はもともと漫画家に憧れていたこともあって、服のデザインも自分でしていた。
バーとアパレルの相乗効果でこれも大ヒット。アパレルの公式ブランドは新田真剣佑(あらたまっけんゆう)さん、山田孝之さん。2019年にはガールズアワードにも出展。ガールズアワードの主催者は後に大揉めする楽天の三木谷さん。QALBステージの総合演出は山田孝之さん。
そんな芸能人に可愛い女の子を紹介するアテンドとして裏社会で大活躍し始める。なぜ芸能人から信頼されたかと言うと、
・G容はとても口が堅い
・芸能人と女の子がトラブルになったときはその仲裁を行う
・自分ではその女の子たちに絶対に手を出さない(自分が遊ぶのは東京以外)
アテンドの世界にはお金をもらって紹介する「プロアテンダー」というのもいるらしいが、G容の場合はお金がほしいと言うより「頼まれたら断れない」ということだったらしい。

<莫大な借金>
このように相当お金は儲けているのにそのすべてをギャンブル(バカラ賭博)に使ってしまう。でもまた戻ってきてまた稼いでまたギャンブルで溶かすの繰り返し。不死鳥と呼ばれていた。
しかしそうは言っても、2019年ころには莫大な借金を抱えるようになっていた。新田真剣佑さんから6000万円、それ以外も合わせると3億円の借金。

<詐欺疑惑>
借金が膨らんだG容は
「BTSに会わせてあげるよ詐欺疑惑」
と言われるような、スターに会わせてあげるとかキャスティングできるという話を持ちかけ、そのキャスティング料を先にもらって、結局キャスティングできないという事態が起こった。当然
「キャスティングできないなら返金してくれ」
と言われるができない。なぜならキャスティングはするつもりだったが、もらった端からギャンブルに使うという極度のギャンブル依存症に陥っていたから。

<ヒカルさんキャスティング事件>
「YouTuberのヒカルさんをキャスティングしてあげる」
という話を持ち込んだが、やはりそれもできなかった。
そのことで詐欺じゃないかという被害者からの苦情がヒカルさんの方へ持ち込まれた。
それを聞いたヒカルさんは正義感から
「これは告発しなきゃいけない、明らかに詐欺じゃないか」
ということになった。
ヒカルさんは被害者からの相談をYouTube動画で発信した。(この動画は削除済み)
これによってG容はとんでもない詐欺師だということになりG容は完全に生活が破綻し、それまでG容の周囲にいた芸能人の友達のほとんどすべてが音信不通になった。

<逃亡>
そんな時、G容に電話がかかってきた。
発信者の電話番号は「06」から始まっていて、特徴的な番号。しかも自分は東京にいるのになぜ大阪・・・G容は
「大阪の警察だ」
と直感的に理解し、その足で空港に向かった。
「ドバイへ行こう」
G容は空港でスマホからSIMカードを抜き位置情報が取られないようにした。

<ドバイの秋田さんのところへ>
秋田新太郎さんという昔のギャンブル仲間がそのときドバイにいた。
秋田さんは1985年生まれ。ネオヒルズ族の一人で太陽光発電で巨万の富を得て一躍有名になった。しかしその後の事業拡大で資金繰りが悪化。あるとき警察から
「銀行から不正融資を受けたのではないか」
ということで逮捕され、執行猶予付きの実刑。
この逮捕には納得がいかなかったらしく、海外へ行くことを決断。シンガポールでお寿司屋さんを経営、ドバイでレストランを開いて大成功。
G容の詐欺疑惑が出た時、いままで親しくしていた仲間だと思っていた人たちから秋田さんへ
「G容は終わったな」「いつかはそうなっると思っていた」
のような手のひらを返したメールがたくさん来た。秋田さんは同じ仲間内だった芸能人たちがG容に世話になっていたこともよく知っていたし、また、自身も納得行かない逮捕をされたことなども相まってG容に同情。
そんな秋田さんなので、みんなから連絡が来なくなった時
「大丈夫?」
と連絡をくれた。そして
「もしどうしようもなくなったら、ドバイにおいでよ」
と言ってくれていて、G容はそれを思い出した。
飛行機代は親戚に頼んで振り込んでもらった。
ドバイに着いたが、振り込んでもらったお金は飛行機代だけでなくなってしまい、空港から秋田さんの家までは2時間歩いて行った。

<示談に?>
G容は返金して示談にし、逮捕されないようにしようと考えていた。
とは言えBTSの件では6000万円は必要。
さすがにこのお金を秋田さんにお世話になろうとは思っていない。
じゃあどうする?

<暴露系YouTuberへ>
ここでYouTubeのアイデアが出てきた。
これを提案された時G容は
「いやだ」
と言ったらしい。そんなことをしたら二度と元に戻れないから。
そこで秋田さんは
「暴露しなかったら元に戻れるとでも言うのか?もう君と友達の関係は壊れてる。暴露してお金を稼いでそのお金で返金すればいいんじゃないか」
と提案。
そんなときG容の誕生日が近づいていた。
G容は
「もし誕生日に誰かから連絡が来たら暴露をやめよう」
と思っていたが、実際誕生日になってみると、ほとんど連絡が来なかった。
「本当に終わっていた。利用されていただけかもしれない」
そこで腹をくくり、暴露に向かった。
2月17日にドバイでYouTubeチャンネルを開設。タイトルは
「ヒカル 手のひら返ししたやつ 聞け!」
主役級の多くの俳優さんの秘密暴露によって、10万登録くらいに行けばいいなと思っていたら、4月7日には100万登録を突破した。

その時点でBTS被害者とは示談が済んだ。
なぜかと言うと麻生泰さん(美容外科・YouTuber・創価学会員)がYouTubeからのお金は振り込まれるまでにまだ時間がかかるので、示談金を建て替えてくれた。(この動画配信で1億円ほどの広告収入があったらしい)

<示談で終わりではなかった>
ここで終わりでも良かったのではないかと思われるのに、なぜその後の展開になるのか?
詐欺罪というのは「非親告罪」。被害者が被害届を出さなくても警察が捜査できる。だから、示談で済む場合もあればそうでないこともあるが、これがよくわからない。
G容は
「被害者の示談書を警察がまともに受け取る素振りがない。どうやら警察は被害者に電話して、示談書を出さないでくれと言っているようだ。被害届を受けて捜査をすることによって、G容のYouTubeチャンネルを潰したいから、と被害者から聞いた。おそらく暴露によって怒った芸能事務所が警察に圧力をかけているのではないか」
と言っている。
これはあくまでもG容の言葉で、真偽の程は定かではない。

<NHK党・立花さんからの打診>
NHK党の立花さんからG容に出馬の打診。
最初G容は断る。この立場で出馬したらものすごい反感を買うことはわかっている。
そこで立花さんは3つのメリットを持ち出して説得。

①G容に3億円あげます
 =理由=
  国会議員になると政党助成金が政党に入る。それには条件があって下のどちらかを満たせばいい
   1 国会議員5人を有する政治団体
   2 国会議員を有し、得票率が2%以上の政治団体
 
 立花さんは政党助成金についても不満を持っていて
 「数多く候補を立てた党が儲かる、つまりすごく強い党がお金を集めやすい仕組みになっている。新規参入がすごく厳しい選挙制度」
ということを国民に伝えたいと思っている。
そこで、政党助成金について物議を醸すために、最短効率で政党助成金をもらうために
は超インフルエンサーが一人選挙で受かれば政党助成金がもらえる。
なんと6年間で12億円。
だから票の見込めるG容が出れば受かるかり、政党助成金が12億円もらえる。その中から3億をあげましょう、ということ。

②不逮捕特権。国会議員は議会開設中は逮捕されない
G容は日本に帰りたがっているが、今このまま日本へ戻れば警察に逮捕されてしまう。国会議員になれば不逮捕特権が使える。
  
③影響力を取り戻す
YouTubeであんなに暴露したのに、マスコミは後追い報道をしなかった。YouTube登録者数も120万人で止まった。ここで国会議員になればもう一度話題になって、伝えたいことを伝えられる。

<出馬・当選・除名>
立花さんに説得されたG容は出馬を決めるが、出馬に当たってもっと大きいネタをということで出てきたのが、楽天・三木谷さんの暴露ネタ。G容は「M氏」と表現していたが、三木谷さん側がTwitterで反応したことによって三木谷さんじゃないかということになった。

・その暴露ネタの翌日6月30日、G容のTwitterが凍結される。
・7月10日、参議院選挙に当選。
・7月13日、YouTubeアカウントが全削除
・その後もう一度新しいチャンネルを作るが10時間後に削除
・G容は8月からはオンラインサロン「GASYLE」を作って暴露活動を続け、冬辺りにカウアン・オカモトさんと性被害告発の動画を作成
・2023年3月参議院議員除名処分

最初から除名ではなく懲罰(国会会議場で謝罪)が与えられた。
ところが日本に帰ると捕まるかもしれないのでそれはできない。不逮捕特権があるとは言え、いろんな理屈をつけられ逮捕される可能性はある。
そうこうしているうち、3月15日除名になり、これで逮捕特権がなくなった。
(過去除名者は2人いる。1950年と1951年)

除名翌日3月16日に逮捕状が出る。
詐欺罪ではなくYouTubeで暴露された俳優さんたちへの「常習的脅迫(おどし)」「威力業務妨害(仕事のじゃま)」。

しかし、海外にいるので逮捕できないので外国から帰ってこさせるために
①旅券(パスポート)返却命令(旅券を国に返しなさい)
②返さなければ一定期間(4月13日)後、旅券の効果無効になる
③旅券が無効になると外国に不法滞在していることになる
④外国で身柄を拘束される可能性が高まる
⑤身柄が拘束されると日本政府は引き渡してくれと申し出ることができる
G容は現在ドバイのゴールデンビザを持っている。これは一定の条件を満たすとくれるのだが、これがあると10年間滞在できる。しかし、旅券を失効するとどうなるかは曖昧。

<逮捕>
UAE・ドバイで食事に行くためG容が車に乗ったところを入管職員に連行される。事実上の強制送還。2023年6月5日。午後5時45分ころドバイから成田空港に到着した時点で逮捕。

以上、中田さんのYouTube動画に西野真理の感想なども交えながら書き起こしてみました。
間違いなどあるかもしれませんので、中田さんの動画そのものや、ネット検索等でお確かめくださいませ。

Sing幾多郎6月の予定 2023年6月7日(水)

 6月の予定をお知らせいたします。

毎週 日曜日と水曜日開催

9:30~10:20 (開場9:15)

  お問い合わせ 

 singkitarooo@gmail.com
                       (ご予約の必要はございません)

  ・個人レッスンのご希望がございましたら上記へお問い合わせください

 

<歌の会「Sing幾多郎」>

・合唱団ではない歌の会です   
・歌のプチレッスンがあります
・ビブラートのかけ方を学び、
 その技術を使って歌います 
・ジャンルにかかわらずいろいろな曲を
 どんどん歌います(リクエスト歓迎)
・「ややクラシックよりのカラオケ教室」という雰囲気

場所  石川県かほく市宇野気ト110-1

    本町コミュニティセンター

   (お菓子の八講屋さん後ろ・司スポーツさん横)

時間  9:30~10:20(開場9:15)

参加費 1回 1500円(当日受付にて)

参加資格 高校生以上110歳以下

・基本は月単位でのお知らせ

・原則、毎週水曜日と日曜日に開催
 参加は毎回自由ですので
 個人向けのご案内はございません
 必ずブログでご確認の上お出かけくださいませ
 特別な記述のない場合は開催です
 ※ブログには日々の様々な事が書かれているため、
  サイト内検索で「Sing幾多郎」と入力していただくと
  関連記事が出てきます

 

<開催できないことが予想される場合>

・主宰者の急用・急病
 →この場合も極力1日前までにはブログでお知らせいたします
 ・本町コミュニティセンターを本町町会が使用する
  →センター利用のお約束として、町会使用の場合は
  そちらを優先することになっています

チャットGPT VS GoogleBard 2023年6月6日(火)

ブログに何度かチャットGPTについて書いてきました。
それと並行して同じような生成AIであるGoogleBardも話題になっていて、使ってみようと思いつつ、
「きっとチャットGPTと似たようなものだから」
と放置していました。

2023年6月6日朝8:10時点、西野真理が使ってみた結論
文章でチャットGPTの勝ち、最新情報ではGoogleBardの勝ち

対戦①
先日チャットGPTに書いてもらった「修学旅行生向けコンサートの企画書」を、同じ指示の仕方でGoogleBardにかいてもらう。

チャットGPTの勝ち。
GoogleBardは私の指示した箇条書きの条件をなぞっただけ。ただ、気に要らないので3度書き直させたところ、一応スッキリしたものができました。

対戦②
「奏楽堂日本歌曲コンクールについて教えてください」

GoogleBardの勝ち。
チャットGPTは「2021年までの情報しかないので」と、答えてくれませんでしたが、GoogleBardは今年5月の優勝者の情報まで答えてくれました。

対戦③
シューマン作曲「詩人の恋」の西野真理オリジナル日本語歌唱訳詩を作った。それを◯◯出版から出版できないか という企画書を作ってください。

これはチャットGPTの圧勝。素晴らしい企画書を作ってくれました。
一方GoogleBardは「私は大規模言語モデルで、幅広い質問やメッセージに対してテキストを生成することができますが、その人物については十分な情報がないため、お手伝いできません」でした。

みなさま、両方を上手に使い分けると、とっても便利です。

需要と供給 2023年6月5日(月)

YouTube動画投稿でいつも考えさせられるのは「需要と供給」ということについてです。
中田敦彦さんの商売に関するYouTubeでも
「必要とされていることをすれば必ず成功する。でも人はそれをしない」
と(いうようなことを)おっしゃっていました。
確かに!
私には耳の痛い限りです。

・歌の会「Sing幾多郎」は、合唱団、いっそカラオケ教室ならたくさん来てくださるかもしれません

・FM放送では、自分の歌った歌ばかり流さず、リスナーさんのリクエストにも答えて曲を流せば、リスナーさんが増えるかもしれません

・YouTube動画では再生回数で歴然なのですが、あんなに自信がなく「ひょっとして使いたい人がいらっしゃるかも・・・?」くらいの気持ちでアップしたピアノ伴奏動画が物によっては4000再生を超え、現在もどんどん回数を伸ばしています。
また「平沢進作品」「うっせえわ」「可愛くてごめん」など、Jpop関係の曲を投稿すればすぐに100再生は超えます。
一方、私の最近お気に入りの「越天楽今様」なんて、未だに50再生届きません

でも、やりたいことをやりたい気持ちが勝ってしまうんですよね。

西野真理反省の日は続く(本当は反省していないの見え見え)

中田敦彦さんが松本人志さんを語ったYouTube動画について 2023年6月4日(日)

私がYouTubeを見始めたのは、わたし自身がYouTubeに動画を投稿し始めたときとほぼ同じ。ですから、YouTube視聴歴はまだ3年です。ですが、退職して自堕落な生活をしている今、下世話なものから教養モノまでたっぷり楽しませていただいています。

さて、そのYouTubeに先日、中田敦彦さんが松本人志さんについて語る動画を投稿されました。もちろんすぐ拝見しました。簡単に言うと、
「松本さんは多くのお笑い大会の審査員をし過ぎ」
みたいなことでした。
私の感想は、
「動画は面白いし、この動画で損した人は一人もいない」
です。

その後中田さんの動画に対する様々な意見の動画がアップされました。私は全く見ていませんが、中田さんがこの動画を投稿すれば賛否両論沸き起こることはわかりきっていたことです。ですからこの動画のお陰で反論であれ同意であれ、何かしらの動画をアップすれば、今までより見てもらえるチャンスが増えるのです。今、お笑い会にそれほど大きな話題はないのでYouTuberさんたちにとって絶好のネタです。
西野真理でさえこうしてそれをネタにブログを書いているのですから。

ということでこのやり方、ほかの業界にも利用されるかも。
でもそのためには中田敦彦さんレベルのYouTuberと松本人志さんレベルの業界トップが必要ですが。

題名のない音楽会2023「夢響」申し込みました 2023年6月4日(日)

「募集」
というワードにこれほど即座に反応できるって、すごいですね、わたし。

今日も自主練のSing幾多郎を終え、午後は録り貯めた「題名のない音楽会」を見ていました。
いつもは最後の演奏が終わるとさっさと止めて削除してしまうのですが、そのときはパソコンで7月の美女コン資料を作りながらだったので、止めないままテレビ画面は流れて行っていました。すると
「一度でいいからオーケストラで歌いたいあなた・・・」
何年か前にも応募し落選した、テレビ朝日「題名のない音楽会」の人気企画
「オーケストラとちょっぴり共演させてあげますよ」
の募集。

すぐパソコンで検索しました。
すぐ出てきました。
開催日時とかそんなことは一切書いてなく、直接応募フォームです。
そして名前だとか年齢だとか応募理由を書いた最後に
「動画(自己PRと演奏)」
とありました。前回の応募フォームにはありませんでした。きっとオーディションの前に絞り込むのでしょう。
動画なら500本以上即座に準備できる私ですが、自己PRとなると・・・3月に津幡中学校の卒業生へのお祝いメッセージを撮影しましたが、それにぴったりではありませんか!
それを貼り付けて、はい、送信。
あ!あの映像「演奏」してない。
ま、いいか、・・・いやもう1回送ろう。
先程の動画に「オトナブルー」の歌唱動画をくっつけたものを作って、はい、送信。

ちなみに、前回は
「『魔王』をオーケストラで歌ってみたい」
で応募し、落選はしたけれど、その番組の番宣CMで私の映像が3秒ほど流れました。今もその映像、取ってあります。
今回は、最近訳詩をライフワークにしていることもあるので
「自分で訳詩したオペラアリアをオーケストラで歌いたい」
(曲:モーツァルト作曲 オペラ「フィガロの結婚」からNon so piu cosa son)
にしました。
この曲って、私が東京芸大を落ちたときの曲。
さあ、いつ連絡来るのかな~

これを書き終えたあとに、もう一度検索してみると、募集要項が出てきました。
あ~まずい!
この動画と同じ曲をオーケストラと歌うことになってる。
つまり、この動画がオーディション。
明日撮り直して、もう一回送ろう・・・
まてまて、前にNon so piu歌った動画あったっけ。
それくっつけてもう一回送ります。
・・・・
いやいや、「オトナブルー」をオーケストラで歌うほうが楽しいかも。
応募曲名の方を変更することにします。

「オーケストラと夢をかなえる音楽会~夢響2023」出場者大募集!

憧れのオーケストラと一緒に演奏したい!
そんな皆さんの夢をかなえる人気企画が4年振りに帰ってきました。
楽器・歌・指揮 なんでもOK。
「一度でいいからオーケストラと共演したい!」というあなたの夢がいま実現します!
応募資格はあなたの熱い想いだけです。

出場者選考方法

下記の応募事項をご確認の上、自己PRと演奏を収録した動画を応募フォームにてお送りください。その動画で選考審査を行い、
審査に通った方のみ、応募時と同じ曲でオーケストラと共演することが出来ます。

応募資格・条件

・オーケストラと一緒に演奏したい方(指揮・歌を含む)。
 作曲のみなど、ご本人が演奏に携わらないものは不可とします。
・複数人での応募も可能です。
・未成年者の方は、保護者の同意が必要です。応募フォームの「保護者の同意」欄にチェックしてください。(確認のため、ご連絡させて頂く場合があります。)
・「夢響」開催日は8月2日(水)、東京オペラシティです。
 この日にご参加いただける方が対象となります。

 複数人でご応募の方は応募時のメンバー全員での参加が条件です。
・応募の動画は放送に使用する場合がございます。
 エントリーを受け付けた時点で、動画の使用を承諾されたものとさせて頂きます。

申込・審査方法

演奏動画で選考審査をします。応募に必要なものは下記の通りです。
A.応募フォーム
  上記の応募事項をご確認・ご了承の上、
  応募フォームに必要事項の全てを入力して下さい。
  複数人で応募の方は代表者の方のみの記入で問題ありません。
B.映像
  ① 30秒以内目安で自己PRをお願いします。
  ② 1分以内目安で演奏している映像をフルサイズで撮影。
  【楽器および歌で参加希望の方】
   演奏は無伴奏、伴奏つきのどちらでも構いません。
  【指揮を希望される方】
   CDもしくはピアノ伴奏などの音と合わせた動画でご応募ください。

申し込み締め切り 2023年6月18日(日)23:59

*注意点
・審査に通過した方は、6月26日(月)までにメールにてお知らせいたします。

動画注意点

・撮影は明るくししっかり顔が見えるよう撮影してください。
・動画を送信いただく場合はMicrosoft Edge、Google Chrome 最新版のいずれかのブラウザをご利用ください。
・送信できる動画のサイズは2GB(2000MB)以内です。
・フルHD画質(1080p)以下での動画撮影を推奨いたします。
 4K動画での撮影の場合、動画サイズが大きくなり応募できない場合がございますのでご注意ください。



ズッキーニの受粉 2023年6月4日(日)

昨年の今頃も同じことを書いていたかもしれません。
ズッキーニの受粉です。
ズッキーニには雄花と雌花があって、授粉が行われないとちゃんと大きくなりません。
自然界ではそこのところうまくできていると思いこんでいたら、一昨年、雌花ばかり咲く時期と雄花ばかり咲く時期があってとても困りました。その途中で
「花粉を冷凍しておいて使えばいい」
と思いついてやり始めたところ、なんだかうまく行っているようです。
昨年もその方法でうまくいき、そればかりか、翌年(つまり今年)に備えてか風雨を大量冷凍することにしました。
保存には眼科の先生から頂いたドライアイ用目薬袋がちょうどいいしたくさんあるのでそれを使うことにしました。









そして今年です。
最初の1輪はやはり雌花。
ズッキーニよ!そんなことで困る西野真理ではありませんよ。私には大量の冷凍雄しべがついているのですから。
早速授粉に取り掛かり、そのズッキーニは現在順調に大きくなっています。

その数日後の昨日。








おわかりですか?
なんと、雌花と雄花が同時に同株に咲いたのです。
ありがとう、ズッキーニの神様。
私はありがたく新鮮な雄花を雌花に受粉させました。


1964年東京オリンピックの歌 この日のために 2023年6月3日(土)

今日は朝から7月開催の第29回美女コン解説資料を準備していました。
その時今更ですが気づいたのは、あんなに歌ってきた(多分美女コン史上最多 )「かんぴょう」の作曲者である福井文彦の作品を他に知らないのです。なぜ「あんなに」歌ったかといいますと、第24回までの美女コンでは、毎回オープニング曲を「かんぴょう」にしていたからです。パソコンで調べればすぐなのに、今まで調べようともしていませんでした。申し訳ない。

そこで調べてみたのですが、残念ながら知っている曲はありませんでした。
福井文彦についても知っていることはなく、せっかくなので書いておきますと
(Wikipediaより)

・1909年(明治42年)10月31日~1976年5月13日(66歳没)
・宮城県仙台市生まれ
・現在の国立音楽大学ピアノ科を卒業。作曲は諸井三郎に師事。
・テノール歌手 藤原義江の専属ピアニストとしてアメリカ、ヨーロッパ公演に同行
・東北地方に「校歌」などとして多くの楽曲を残した音楽家の一人
・東北大学を経て宮城教育大学で教授を勤め、1974年(昭和49年)に退官。その間に宮城
 県を中心とした東北各地で中学校・高等学校の「校歌」を数多く作・編曲し、現在も200
 曲以上が歌われている 。

知っている曲はなかったものの
「1964年の東京オリンピックの歌を作曲している」
と書いてあったので、YouTubeを検索すると音声が出てきました。
楽譜はないので、朝から書き起こし、簡易伴奏を考え、ピアノ伴奏を録音し、歌唱動画をアップしました。
1964年、私は2歳だったので聞いていたかもしれませんが、全く覚えのない曲でした。
でも、なんだか当時の日本全体がオリンピックに向かってわくわくしている気分を感じさせてくれる曲です。



修学旅行取り扱い旅行会社へアタック(百合ちゃんからのオファー) 2023年6月2日(金)

石川県へ修学旅行へいらっしゃる中学生の皆さん向けのプチコンサートを修学旅行取り扱い旅行社へ提案してみることにしました。
ダメ元ですが、何もしないより可能性はあります。
そして今朝(2023年6月2日)、つい先程旅行会社6社へ企画書を送信してみました。
そう、企画書はチャットGPTに書いてもらったのです。チャットGPTがなければ仮にこのことを思いついていても、実行に移せなかったかもしれません。

さて、思いついた理由ですが、実際に6月22日、ある東京の中学校のみなさんが修学旅行で石川県へいらっしゃる際にプチコンサートをさせていただくことになっているからです。コンサートが決まった時点ではこういう展開は全く考えていなかったのですが、暇になると色々思いつくものですね。

ではなぜ東京の中学校からお声がかかるのか。
それにはある出会いがあったからです。

それはおそらく2002年頃、私が金沢市立北鳴中学校に勤務していたときのこと。
私の隣の席の若い国語の先生・百合ちゃんとの出会いです。
百合ちゃんは北海道出身ですが、以前アルバイトで石川県に来たことがあり、その関係で石川県で中学校の国語科講師をすることになりました。
その時私は河北郡の中学校から金沢市へ異動になり、やり方の違いに戸惑い、かなり不平不満を内に貯めていたときだったと思います(多分外に出ていました)。
そんな私を20歳近く年齢が下の百合ちゃんはとても助けてくれて、翌年東京都で正式採用になり、彼女は東京へ。お付き合いは1年だけでした。
しかしその後、百合ちゃんの結婚式に参加させていただいたり、たまたま東京へ行っていた時、百合ちゃんの出産御見舞に病院へ行ったり、石川県旅行の時お会いしたり、一緒にオペラを見たりと、20年近くたった今もなんとなくお付き合いは続いていました。

そんな2022年のクリスマス、百合ちゃんからライン。
「今度私の学校、石川県に修学旅行なんですけど、宿泊先のホテルで歌っていただけませんか?」
最高のクリスマスプレゼント、即OKです。

今日は6月2日、いよいよコンサート月に入りました。
最初は金沢市内のホテルで歌う予定だったのですが、場所の関係もあって翌日の宿泊先、石川県加賀市の「ホテル百万石」のステージで歌わせていただくことになりました。
百合ちゃんから電話で
「北島三郎とかもそのステージで歌ったらしいですよ」
その言葉がなんとなく頭に残っていました。
「ホテルって、そういう需要があるのかも」
そう思いついたときはホテルに直接打診してみようかとも思ったのですが、ホテル側の需要はやはり
・有名人
・演歌歌手
・タレントさん
「クラシック音楽関係者で無名」
なんて人間にはまず興味を示されることはないでしょう。

一方私の売りは
・クラシックからJポップ、教科書の曲まで幅広く歌える
・教育関係のお喋りができる
・見た目を派手にでき、生徒の関心を引ける
・修学旅行の内情、生徒の嗜好はそれなりにわかっている
・カラピアノコンサートを開催し始めたことで、単独でもコンサートができる
ことです。

このことを売らずして今後の西野真理はないでしょう。
このことを売ってもないかもしれませんが、とにかく人生楽しく、何にでも挑戦し続けます。
今後の展開にご期待くださいませ。

今更ですが、チャットGPTに書いてもらうと・・・ 2023年6月1日(木)

5月27日に「詩人の恋」「リーダークライス作品39」「リーダークライス作品24」について「出版社にダメ元で『西野真理オリジナル日本語訳詩』お問い合わせ」をして見たことをブログでご報告しました。
その後2社から「概要と企画書と原稿を提出しなさい」と返信が来て、1社に返信してそれっきり動きはありません。

今朝になってふと
「そもそも出版社への持ちかけ文章もチャットGPTで作ればよかったんじゃないかな?」
と思いつき、実際どんな文章が生成されるのか、試してみました。

<チャットGPTへのお願い文章>
(「リーダークライス」は省きました)

「詩人の恋」のオリジナル歌唱用訳詩を作ったので出版してみたい、という内容を出版社に持ちかける文章を200文字以内で作ってください。

<自分で出版社へ送った文章>

はじめまして。西野真理と申します。

私は主として日本歌曲を専門に歌ってまいりました。(奏楽堂日本歌曲コンクール第2位受賞者)そんな私はライフワークとして外国歌曲等を自分で日本語に訳して歌うということをほそぼそとやってまいりましたが、最近「詩人の恋(全曲)」「リーダークライス 作品39(全曲)」「リーダークライス 作品24(全曲)」の訳詩を終えました。今まで通りほそぼそと自主コンサートやYouTubeでと思っていましたが、「ダメ元で出版社に持ちかけてみては?」と歌の師匠からご助言頂き、お問い合わせ差し上げる次第です。ご興味をお持ちくださいましたらご連絡くださいませ。

<チャットGPTからの返答>

「詩人の恋」のオリジナル歌唱用訳詩を作成しました。この詩は感動的なメロディと共に響くことでしょう。心からの想いを込めて綴ったこの作品を世に広めるために、貴社の協力をお願いしたく思います。詩人の恋の美しさと情熱を多くの人々に伝えるチャンスです。ご興味を持っていただければ、詳細な内容やサンプルをお送りいたします。ぜひこの素晴らしい詩を世に広めるお手伝いをしていただけないでしょうか。心よりお願い申し上げます。

さすがチャットGPT、抜かりのない文章ですね。
ですが、こんなにきちんとまとまっていると、それに手を加えることが私には難しいですし、当然ですが西野真理っぽさは微塵もありません。

今回たまたまですが、最初の依頼文を自分で考え、「企画書」のような事務的な文章をチャットGPTに書いてもらったことは役割分担としてとても良かったように思います。
今後チャットGPT的なAIをうまく自分の「部下」として使えば、人生、更に楽しくなりそうです。

西野真理の色々なお話

横浜市イギリス館コンサート その22 2026年10月24日(土)当日ドキュメンタリー

横浜市イギリス館コンサート、お陰様で楽しく終了いたしました。それでは当日を朝から振り返ります。 <当日朝 2026年10月23日(金)> 3時半に目を覚まし、4時半にも目を覚まし、でもちゃんとすぐ寝て、いよいよ6時過ぎ起床。 彼と一緒にホテル内のコンビニへお昼ご飯のお買い物。 <...