第30回美女コン・風呂敷秘話(2006年オペラ「ちゃんちき」関連)20236年9月25日(月)

 このお話は、2006年にオペラ「ちゃんちき」に出演させていただいたときのものです。一つ前のブログ「第30回美女コン秘話」との関連で、掲載することにしました。

※このお話はエッセイとして自費出版していたもので、現在のブログの文体とは違います。

 

ちゃんちき

 <はじめに>

これがちゃんちきです。楽器です。チンドン屋さんが使っていると書けばイメージわきますか? 灰皿みたいですね。

 

<オファー>

「ちゃんちき」というオペラがあるなんて、毎度情けないことだが私は知らなかった。

2005年10月3日に堀内さんからかかってきた電話に、これも毎度おなじみで話を聞く前に
「はいやります。空いてます」
と答えた。
「そうかいそうかい」
と笑いながら詳細・・・じゃない、あらましを教えていただいたところによると
 ・團伊玖磨作曲の「ちゃんちき」というオペラ
 ・来年の10月20日
 ・全幕ではなく抜粋版。まだどこをやるか、はっきり決まっていない
 ・もう一人のソプラノで、私の子供役「ぼう」は、篠原美幸さん(以前2回共演)
・男性歌手はこれから声をかける
そして西野真理の役名は
『化けた美人』
フフフフフ「美人!」
 
<譜読み>
その日のうちにインターネットで楽譜を検索すると「在庫あり」。すぐに注文。
後で聞くと他のメンバーはかなり苦労して色々な楽譜屋さんに問い合わせたという。運が良かった。
1週間ほど後に届いた楽譜を手にすると、まだ1年も先だというのに急にあせった気持ちになってきて
「とにかく音をとってしまわなくては!!!!!!!」
と、譜読みをはじめた。

ここで告白するが、童謡や中学生用の簡単な曲以外、私は必ず引き受けた曲、やろうとした曲の最初の音取りの時
「あ~・・・・・・できないよ~こんな音いつまで経ってもとれないよ~。引き受けるんじゃなかった・・・・・」
と、絶望的な気持ちになる。
しかし、これも必ず3回目くらいから音に慣れてきて
「な~んだこれ、意外とやれるかも」
と、心が楽になってくる。
このパターンを何度も経験してきたので、自分の中ではこの気持ちの繰り返しが恒例行事になっていて、「ちゃんちき」の初音取りの時、やはり絶望的な気分になりながらも
「3回目にはきっと先が見えるからね」
と、もう一人の私が励ましてくれていた。
 
<ストーリー紹介>
 ここで簡単にストーリーを紹介。
 (台本は水木洋子さん。映画や漫画の原作をされている方)
 
狐の「おとっさま」はその息子「ぼう」が、いつまでも甘えん坊で独り立ちできないことに困りながらも、懸命に化け方などを伝授します。
そんなある日、「おとっさま」と「ぼう」は「美人」に化けてかわうそ夫婦をだまし、ご馳走にありつきます。(このとき「おとっさま」が化ける「美人」役が西野真理。「ぼう」は変身後も同一人物が演じます)
はじめはうまく騙すのですが、結局かわうそ夫婦には判ってしまいます。かわうその「かわべえ」は気づいていないふりをして、狐に仕返しをします。魚の獲り方を教えてほしいという「美人」に
「氷の張った湖に穴を開け、我慢してそこに尻尾を突っ込んでいればどっさり魚が獲れる」
と。

それを信じ実行した「おとっさま」の尻尾は氷から抜けなくなり、そこに現れた人間につかまりそうになるところを、尻尾をちぎって逃げます。
命からがら逃げたものの「おとっさま」の意識は遠のいていきます。独り立ちできないでいる息子の「ぼう」は、そのシーンで父親から親離れの時を迎え、幕となります。
 
題名でもある「ちゃんちき」は宴会の場面や、要所要所で効果的に使われるが、その「ちゃんちきスト」は「夕鶴」でフルートを演奏する宗方さんが担当。
 
<驚きのチラシ>
今回の演奏会では「ちゃんちき」ともう一つ「夕鶴」というオペラの抜粋版もプログラムに組まれていた。(「夕鶴」は團伊玖磨作曲の民話「鶴の恩返し」のオペラ版)
今回その「夕鶴」役が中澤桂先生。
音楽関係者以外の方のために一応ご説明すれば、中澤桂さんといえば、音楽の世界では何の説明も必要のない大御所。今これを書きながら、中澤先生のことをご説明するということにすら恐れ多さを感じるほどの方である。しかも「夕鶴」は中澤先生が過去に100回以上、日本のみならず海外でも演じてこられた作品なのである。


ある日郵送されてきたその演奏会のチラシを見てびっくり!!!!!!!!
私の顔写真が中澤先生の下にあるではないか。
大きさも先生と同じ。
恐縮・・・・・・しながらも、嬉しくて100人以上の方にチラシを郵送させていただいた。
もちろん、チケット販売のためではあるが、その目的以上の喜びがあった。
 
<中澤桂先生>
中澤先生の話題になって感情的に止められなくなったので、中澤先生の話を続行。
70歳を過ぎていらっしゃるのに雰囲気は少女のようだ。
歌声は天使のようだ。
舞台での所作は上品で美しく、「夕鶴」の鶴そのもの。泣ける!
ご自身では最高の時期を過ぎていると思っておられるかもしれないが、とんでもない!「衰え」というものを感じさせない。
とても狭い楽屋なのに嫌な顔一つされず、下っ端の私たちに緊張感を与えられることなく、常に笑顔で優しく、私がずり落ちるドレスに安全ピンを止めようとしていたときなど
「お手伝いしましょうか?何か止めるくらいならできますよ」
と声をかけてくださったり。そのとき私は恐れ多すぎてダッシュで逃げそうになったが何とか平静を装い、留まった。うお~緊張した~。 
ついでに書けば、プログラムのプロフィール欄の写真も中澤先生の下だった。
拡大コピーして貼っておこうかと思う。
もう一つついでに書けば、やはりどうしても
「いっしょにお写真撮っていただけませんか?」
とは言えなかった。残念。あ~やっぱり言えばよかった。残念残念残念残念。

<風呂敷>
そうそう、中澤先生にほめていただいたことを書いておかなくては!
この日の一週間ほど前、娘と買い物に出かけたとき、呉服店のショーウインドーで大きな風呂敷を見つけた。
前から衣装を包む風呂敷がほしいと思っていたのだが、見つけたそれは大きさも値段も模様も希望にぴったり。すぐに買って帰った。
その模様というのが
「紺地にススキ 大きな満月 白ウサギ」
購入するときなんとなく「ちゃんちき」のイメージだなあとは思っていた。
 
当日少し早めに到着したホールで、たった一つの舞台装置である椅子に洋風の布地がかけてあるのを見て、私は演出の大島先生に申し出た。
「あの~私、衣装を包むのにこういう風呂敷使ってるんですけど、これ、椅子にかけるっていかがでしょう?」



















大島先生は満月の部分がちょうどうまく客席に見えるように工夫してくださり、採用決定。
「あの風呂敷私の!」
って皆に言いたくてたまらなかったけれど、本番が終わるまで我慢した。

本番が終わり楽屋でいよいよ自慢げにそのことを話し始めると、中澤先生もそれを聞いてくださっていて
「あら、そうだったの。『ちゃんちき』にぴったりね。あんなちょうどいい柄、探そうと思ってもなかなか探せないわよ」
こうして書いてみると、特別ほめられたわけでもないみたいだが、私にとってはとても嬉しいお言葉だった。
 ※中澤桂先生は2016年にお亡くなりになりました。

<食べ物>
 稽古や本番のとき、誰とはなしに持ち込むおやつも楽しみの一つである。今回のおやつは
・チーズケーキ 
・コルネ 
・みたらし団子 
・草団子 
・おせんべい
・あんころもち 
・黒ゴマ生八橋
これ、一日分じゃないですよ。
どのおやつも私は人の1.5倍くらい食べた。
そうそう、おやつだけでなく、夕食も堀内さんにご馳走になった。
・ハンバーグ
・エビカツ丼
エビカツ丼という食べ物をこのとき初めて食べたが、とてもおいしかった。
 
本番の楽屋には、私のエッセイによく登場する欣子さん差し入れのカツバーガー。とても有名なお店のだそうで、とってもおいしい。2つ食べた。
 
打ち上げはお寿司やさんで
・お刺身
・ぶり大根
・お寿司
・あさりのお味噌汁。
食べたことを私は本当によく覚えている。
このくらい楽譜も覚えればよい。
 
ちなみに本番前はホール近くのお蕎麦屋さんでおそば。
クイズ:私はなにを食べたでしょう?
答えはこのエッセイの一番最後に書いておきます。
ヒントは「今回の役」
 

<High H>

すごくエッチ・・・・・ではありません。高い「シ」の音のことです。

今回のオペラでは最後の最後に私のパートに高い「シ」の音がでてくる。

今まで
「私にはHigh Hは必要ない。そういう曲は歌わないし、そういう仕事も来ない。そういうものはバリバリのソプラノに任せておけばいい。その音で勝負する気はさらさらない」
という、言い訳としか言いようのない気持ちで過ごしてきて、まさに
「罰が当たった」
と、しょんぼりしていた。
練習して出るのは、何か猛獣が首を絞められたような声。出ない時もしばしば。
「困ったときの関だのみ」
関先生のレッスンにすがりついた。
ご指導いただいている最中は何とか出る。でも帰ったら出ない。
「またレッスンに行けばいい」
・・・・・という甘い考えはばっさり切り捨てられ、先生のご都合のよいときは私の地域のお祭りで行くことができず、こちらから伺えそうなときは先生ご自身の演奏活動が詰まっていた。
結局1度きりのレッスンでそれっきりになってしまった。
泣きそうになった。
 
東京での初めての稽古は猛獣声だった。
これ、もう、泣きそうだとか言っている場合ではない。とにかく練習して出すしかないのだ。
上向いたり、下向いたり、喉を詰めたり開いたり、考え付くあらゆるパターンで練習してみると
「あれ?この辺かな?」
という場所が少しずつ判ってきた。それを何日か続けるうち
「少し前の音からずりあげていけば、その音にたどり着くかもしれない」
と、「ずり上げ唱法」(今考えた名前)を始めた。
これが私にはわかりやすい方法だったようで、少し出るようになり始めた。
 
2回目の東京での練習は2回のうち1回は×。次が△。
 
あと1週間で何とかしなければならない。
「ずり上げ唱法」で何とかその音には行くものの、ずり上げ部分はどう考えてもいらない音であるし、100発100中ではない。
尊敬する教育者の野口芳宏先生に以前お聞きした
「100発100中ではじめて技術という」
という言葉がいつも頭に浮かんだ。
 そこで、とにかく私の考える「バリバリのソプラノ」の声真似を始めた。
声帯を精一杯絞めて、なんとかそういう声に近づこうとしてみた。バリトン歌手の真似が大好きな私が今まで一番やらなかった方法だ。
 これがちょっといい感じ。
 このまま練習を続けた。
 
3回目(本番前日)の練習では、4~5回その音を出したが、一応全部出た。角の取れた△位の出来だろうか。
向こう側で聞いていて下さっていた、かわうその女房「おかわ」役の天田さん
 ※天田さんはかわうその女房・年増かわうその「おかわ」役のメゾソプラノ歌手。「美人」にデレデレする「かわべえ」に「おかわ」が恨みつらみを歌うシーンでは、会場大爆笑はもちろん、本番中の私も本気で笑ってしまった。
が拍手をして下さっていた。とても嬉しかった。
 
実はこのHの音、舞台から袖に入って「影歌」として歌うことに楽譜上ではなっていて、私もそのことに大きな安心を感じていた。最悪の場合、発声練習のように、どんな醜い顔でも格好でもして声を出せばよいと。
ところが、本番前のゲネプロで大島先生から
「西野さん、そこ、袖に入らずに舞台の端で歌うことにしましょう」
と、先生にとってはさりげない、私にとっては最大級の変更をされてしまった。
当然反論も出来ず、やるしかないなと覚悟を決めた。
この日、今までの中では最も安定した声が出るようになっていた。
 
<楽しいひとコマ>
ゲネプロ前に
「バーンスタイン、小澤征爾をアシスト」
という輝かしいプロフィールをお持ちのピアニスト・相庭尚子さんの生ピアノで
「ラジオ体操第2」
を皆でやった。
 なぜかって?
「ラジオ体操第2」は團伊玖磨さんの作曲で、相庭さんが團伊玖磨さんから直接いただいたという楽譜をお持ちくださったからだ。

※相庭さんは2010年にお亡くなりになりました。55歳の若さでいらっしゃいました。
 
<ゲネプロ後のひと時>
本当はこんなことしている場合じゃないのだろうが、本番前に軽くショッピングを楽しんだ。
というのは偶然発見した神楽坂の「ねこグッズショップ」の話を猫好き天田さん
にしたところ、
「是非行きたいわ」
ということになり、緊張して時間を過ごすよりずっといいなと二人で出かけた。

ホールから徒歩5分ほどのその店に入ってみると、私が道路からチラッと見て想像したよりはるかに多くの猫グッズがあり、二人とも
「あれ見て見て!」
「かわいい~」
「やっぱりこっちにしようかな」
と、今思い出すと本番前とは思えない緊張感のなさで買い物を楽しんだ。
結局天田さんは黒い布地にエナメルっぽい黒で大きく猫の顔の書かれた(耳の部分が上に出ている)大きめのバッグと、姪御さんにプレゼントされるという茶色のバッグ、猫のシール。私は白っぽい布地にたくさんの猫のかかれたバッグと、猫のシールを買い、ホールへ戻った。
天田さんは買ってすぐそのバッグを使用されたのだが、それを篠原さんが発見して楽屋でまた盛り上がった。
 
<本番>

いつもはピアニストである塚田先生が今回は語りで登場され幕開き。その他割愛部分も先生の語りによってつながれた。先生の「名調子」はちょっと真似できないすばらしさ。相庭さんのピアノはそれ一台でオーケストラ。指揮者もかねた名リード。

私の出演する最も楽しい場面(かわうそを誘惑したり、騙したり、宴会ソングを歌ったり)ではお客様もよく笑ってくださってとっても嬉しい。

畑中良輔先生も最後のご挨拶で
「皆さんよく歌ってくださいました」
なんて言ってくださり大感激。 
 ・・・・・・・・で、「High H」ですが、一応出ました。
 
※畑中先生は2014年にお亡くなりになりました

<セーフ>
終了後、楽屋に顔を見せてくださる方とお話している最中、関先生のお顔を発見したときは、突然涙が出そうになったが、グッとこらえた。
お客様との楽しいひと時が終わって、さあ打ち上げへという時になって、やっと関先生とお話できる場面がやってきた。
「今日はありがとうございました。あのHもまあなんとか・・・・」
「セーフ!!あれは、セーフよ」
 
 先生!先生のセーフは私にはブラボーに聞こえます!
 関先生はこういうときの表現が本当にうまい。
 今回の決意:セーフに甘んじず、これからもちゃんと練習を続けよう。
 
<恥ずかしい場面>
さて、私たちの本番の後は、中澤先生の「夕鶴」。中澤先生もすばらしいが「与ひょう」役の川上洋司さんも、とにかく張りのある超美声ですばらしい!感動。
 
さて「ちゃんちき」のメンバーは
「今回は、アンコールなしだし、それぞれにカーテンコールするから、出番が終わったら着替えていいよ」
といわれており、そのつもりで普段着に着替えてごく普通の観客状態で楽屋から拍手を送っていると
「『ちゃんちき』のメンバーも、もう一回出てきて!」
「聞いてないよ~~~~!!!!」
普段着で舞台へ出るあの恥ずかしさ。
今思い出しても恥ずかしいです。 
 
<おわりに>
一応、無事に終わったということで、今回のエッセイに「落ち」はない筈だったが、そうはいかなかった。
 
小松空港に到着し、駐車場から出ようと駐車券を差し込むと
「コノ券ハ使エマセン」
「え~!!!!」
わけが判らず、半分パニック状態。後ろに次々車が並び始めた。
落ち着いて思考できない。
車のドアを開けて係員呼び出しボタンを押したが誰も応答してくれず、さらに焦る。
そのとき、もう一枚駐車券が目に入った。
「あっ!今入れたの、前回の券だ」
ああよかった。 
その時になってやっと機械のほうから
「お客さんどうかしましたか?」
と声が聞こえた。それに答えようとしたとき、開けたままのドアから強い風が入ってきて、ひざの上においた千円札を吹き飛ばした。
 
今回の決意PART2
「終わった駐車券はすぐ捨てるようにしよう」
 
 
<クイズの答え>
  狐そば


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