金沢ひがし茶屋街へ 2024年1月30日(火)

2024年元日の地震による被災者の皆様、その救済のために県外から多くの方が石川県入りしてくださっている中、少々ためらわれる面もありましたが、思い切って金沢ひがし茶屋街へ行ってきました。
理由は3つ

・震災のため石川県全体への風評被害が広がり、大きな被害のなかった金沢市内や周辺の温泉地も観光客のキャンセルが続いている。
・91歳の母をひがし茶屋街へ連れていきたいが、ここ数年混雑で大変。今なら観光客が少なく母でも歩きやすい
・冬場には珍しく好天

駐車場にはすんなり入れ、想像以上に観光客が少なくて驚きました。
金沢ひがし茶屋街で周囲に他人が写り込まないこんな写真、今でなければ決して撮れません。











































金沢ひがし茶屋街で最高の立地にあるこのカフェ波結、いつものお昼なら大行列。
そこに並ばずに入った上に、ゆっくり食べて、しばらく外を眺められるなんて、今しかありません。
↓抹茶づくし膳(私)















↓抹茶温そうめん(母)















↓抹茶ぜんざい(彼)















のんびり外を眺めています















日本の皆様、石川県へどうぞお越しくださいませ。

杉良太郎さん 2024年1月30日(火)

本日FMかほくの生放送でお話しした内容をブログでもご紹介します。
(お聞きになりたい方はYouTubeで「FMかほく 西野真理」で検索を)

<杉良太郎さんのこと>

今日は先日ボランティアのために石川県入りしてくださった杉良太郎さんについてお話いたします。なぜ私が杉良太郎さんにつてお話するのか、それはほんの僅かですが西野真理と杉良太郎さんに接点があるからなのですが、それについてはお話の後半にさせていただきます。

~まずはヤフーニュースの情報から~

歌手で俳優、杉良太郎(79)さんが19日、能登半島地震の被災地である石川県金沢市の避難所で炊き出しにきてくださいました。
場所は高齢者や障害者らを対象に、安全な地域のホテルなどに移る2次避難に向けて一時的に受け入れる1.5次避難所の「いしかわ総合スポーツセンター」。

杉さんはスタッフのみなさんと一緒に、温かい肉うどんとイチゴの昼食を、「体を大切に」などと声をかけながら配膳してくださいました。避難者の皆さんは温かい食事を味わい、また、その食事は全国から集まった支援チームのスタッフのみなさんにも振る舞われました。









杉さんは1995年の阪神・淡路大震災などでも現地で支援活動を展開。2011年の東日本大震災では特製カレーなど計2万食の炊き出しをされました。今回の炊き出しの食材として、兵庫県南あわじ市のたまねぎや、千葉で自ら栽培されているさつまいもなどを調達。東日本でも提供された豚汁は「妻で歌手の伍代夏子さんのレシピ」だそうです。

視察では輪島市の高齢者夫婦と会話し、2次避難を望む妻と帰郷したい93歳の夫の話に耳を傾け、車いすの女性(88)は人気時代劇「遠山の金さん」などで活躍された杉さんと握手をし感涙。〝女性ファン〟に囲まれる一幕もありました。

杉さんは「半年、1年と震災のショックが続くと、精神的苦痛につながる」と被災者を思いやる一方、個人の支援については「できることは限られているが、災害に遭ったら家がなくなり、身内が亡くなることもある。皆さんで『明日はわが身』と話し合うだけでもいい」とし、有事の備えも指摘されました。また、今回の訪問では支援物資も調達。フェイスタオル600枚、スエット上下200人分、車いす座布団200セット、生理用品などもご用意くださいました。









<それでは過去の出来事から>

それは2016年8月6日放送のNHKスイッチインタビューという番組。

この番組は異なる分野で活躍するそれぞれの分野の超一流の2人が、お互いにインタビューし合うという構成で、私はいつも録画しては見ていました。録画する理由は2つ。1つはその番組の時間をつい見逃してしまうこと、もう一つは学校の道徳の授業で使えそうだから。ですから「この人の物語が見たい!」というピンポイントではないので、今回の杉良太郎さんのことも大スターだということ以外ろくに知らずに録画を見始めました。
見てびっくり。
杉良太郎さんってただの大スターどころじゃなかったのです。

~書くことが多すぎるのでWikipediaから抜粋~

杉 良太郎(すぎ りょうたろう、1944年(昭和19年)8月14日 - )は、日本の俳優、歌手、慈善家。元財団法人日本・ベトナム文化友好協会理事長。

法務省特別矯正監、外務省日本ベトナム特別大使、ベトナム社会主義共和国ベトナム日本特別大使、厚生労働省肝炎総合対策推進国民運動特別参与・健康行政特別参与、ハワイ州ホノルル市名誉市長、シンガポール日本文化協会名誉会長、麻薬追放協会会長などの肩書を持つ。
兵庫県神戸市長田区宮川町出身。
100人以上のベトナムの子の里親となる。
特技は合気道、段位は養神館合気道5段。栄典・表彰歴としては緑綬褒章受章、紫綬褒章受章、平成28年度文化功労者など。


そんな番組ですから、すぐに生徒に見せやすいように短く編集し道徳の時間に見せることにしましたが、
「ただ見せるだけじゃもったいない。感想を書いてそれを杉良太郎さんに送ろう」
と決めました。
というのは、杉さんは沢山のボランティアを体力だけでなく相当な身銭を切ってされているにも関わらず
「売名行為」
だなんて、呆れるようなことを週刊誌に書かれたりされたそうなのです。
少々不遜な言い方になりますが
「杉さんを褒めてあげなくちゃいけない。それも私なんかじゃなく、次代を担う子どもたちに褒めてもらおう。杉さんだって未来のためにやってくださってるんだから」
これを実行したのは金沢市立港中学校の3年5組担任のとき。
道徳で生徒の書いた感想文をもしかすると失礼な文章もあったかもしれませんがそのままNHKに送りました。
その時の経緯をエッセイにしてあったので貼り付けます。

~ここからしばらくは西野真理「美女エッセイPART14」からの抜粋~
※ブログとは文体が違います
(前略)
そんなことはすっかり忘れていた9月28日、見知らぬ人からmailが届いた。

西野 真理様

杉良太郎秘書のSと申します。
このたびは子供達の感想文をお送りいただき、
誠にありがとうございました。
NHK SWITCHインタビューのスタッフが弊社に届けてくれ、杉本人に渡したところ、大変喜んでおりました。
 
残念ながら、年度内に金沢に行く機会がないのですが、もし金沢に行く機会があれば、中学校に寄って感想文を書いた子供達に会いに行きたかった、とも申しておりました。
私共スタッフとしても杉の回を授業に使っていただけましたこと非常に嬉しく、心より感謝申し上げます。 取り急ぎ、メールでの御礼で恐れ入りますが、心より御礼申し上げます。

<Sさんへの返信>

S様
金沢市立港中学校で3年5組の担任をしております西野真理です。
先ほどはメールをいただき、驚き大変喜んでいます。
NHKの番組だけでなく、TV番組という膨大な人・資金がつぎ込まれたものは一教師の力では表現できるはずのない多くのものを与えてくれ日ごろから何かいいものはないかと録画しては確認しています。
とはいうものの、それらのすべてが、いいものであっても授業に直結するというわけではありません。
その中にあって、先日の杉さんの番組は杉さんをよく知らない子供たちであっても、十分心に響く内容であると感じました。
そこで大変失礼ではありましたが、お医者様の部分はほぼカットし、杉さんの部分を生徒に見せることにしました。
生徒に見せる前には
「時代劇とか歌で活躍されている一流芸能人の杉さんという方が震災の後、自腹を切ってボランティアに行かれたんだけど、心無い人からは『売名行為』だとか言われちゃったんだって」
程度の軽い解説をしただけです。
いつもは道徳のワークシートに感想を書いて発表する、というような授業です。しかし、私自身、番組を拝見した後
「これは、たくさんの人が杉さんを褒めてあげなくちゃいけない、励ましてあげなくちゃいけない」
と強く思ったので
「これ見終わったら、杉さんへお手紙書くのよ。で、送るから」
というわけで今回のような形をとらせていただきました。
生徒の書いたそのままの文章を、ほとんど点検もせずお送りしたので、ひょっとすると失礼な部分もあったかと思いますが、どうぞご容赦くださいませ。
杉良太郎さん、スタッフの皆様のますますのご活躍をお祈りしております。
いただいたメールは明日の朝、生徒に報告します。
明日の朝がとても楽しみです。

<Sさんから再び>
Sさんからのmailに
「子供達に会いに行きたかった」
という、リップサービスとはいえ嬉しい表現があり、このmailだけで私も十分感動したし、生徒たちも嬉しそうだった。
このことは私の御礼mail返信で終わった事になっていた年末12月21日。Sさんから再度mailが届いた。

西野 様

先日は感想文をお送りいただき、誠にありがとうございました。
貴中学校に寄らせていただきたいと思いながらもなかなかスケジュールがとれず、年末となってしまいました。
 
生徒の皆様が3年生ということもあるので、年明け1月中旬以降のところで、是非、訪問させていただき、感想文を書いてくださった生徒の皆様にお会いしたいと思いご連絡させていただきました。
うまくスケジュールが調整できるかまだ、わかりませんが、候補日時を調整させていただきたく存じます。
受験前の時期でもありますし、授業の邪魔にもなっても良くないと思いますが、ご意見いただければ幸甚でございます。
もし、道徳の授業がございましたら、その時間に行くのも良いかと考えております。
ご多忙のことと存じますが、ご意見お聞かせくださいませ。

<学校長への打診>
却下。

<Sさんへのお返事>
流石にmailでは失礼かと思い、返信はお手紙にした。

H28年12月23日
S様
                   金沢市立港中学校教諭 西野真理

寒暖の差が激しい日々が続いておりますがお元気でお過ごしでしょうか。
この度は、中学生の感想文に暖かいお言葉をお寄せ頂き大変感激しております。
さて、本日は大変残念なご返事をさせていただかなければなりません。
S様からのお申し出を学校長に伝えましたところ
「ちょうど高校受験で慌ただしい時期に、私としては許可できません」
とのことで、私にはそれ以上校長にお願いすることはできませんでした。
本当に残念です。
私としては「ほんの少しの時間だけでも」と思うものの、校長の気持ちも判らないではなく、複雑な心境です。

道徳の授業で使わせていただいた映像は今も大切に持っておりますし、もうすぐ55歳を迎える私ですが、残り5年の教員生活で、今後も学級担任をさせて頂く限りはまたあの映像を使わせていただき、杉良太郎さんのご活動やお気持ちを伝えていきたいと思っております。そのときにはまた、生徒の感想を送らせてくださいませ。(でも、どうぞお気遣いなく)

終わりになりましたが、先日は文化功労賞の受賞、おめでとうございます。
杉良太郎さんのような方が、なんの見返りもなく活動を続けてこられたことが公に認められることは、今後も活動をされるお立場にとってだけでなく、その恩恵を受けられる方にとっても、素敵なことだと思います。
皆様のご活躍を今後も楽しみにしてまいります。

以上「美女エッセイPART14」抜粋

<2022年、教員最後の年>
今考えても、この時の校長の判断はどうかと思うなあ。

さて、話は現在(2022年)に戻って、私は今年(2022年時点)で教員生活が終わり。3年生を担任しているし、やはり杉良太郎さんのスイッチインタビューは見せたいと思い、道徳で見せることにしました。

もちろん前回同様、杉良太郎さんに感想を送りました。前回と違うのはNHKではなく杉良太郎さんの事務所に直接送ったこと。

すると、感想が着いたと思われるほんの数日後、秘書のSさんから杉良太郎さんのお言葉を添えたメールを頂き、さらに昨日、杉良太郎さんの写真を使って作られた「オレオレ詐欺撲滅ポスター」や小冊子などが入った小包までお届けいただきました。

今回の校長も教頭もとても喜び、もちろんポスターも貼っていいし、小冊子は図書室に置かせていただくことになりました。前回、杉良太郎さんが訪問してくださるというお申し出をお断りした件も話したところ

「私ならOKだけど。受験前ならなおさら将来のことについて話してもらえばいいんだから」

同感!

<ここからは2024年現在のこと>
この度杉良太郎さんが石川県入りしてくださったので、私は事務局のSさん宛に御礼のメールを送りました。
するとご丁寧にSさんからご返信をいただきました。

いただいたメールの内容は すぐに 杉にも伝えております。
本当は 半島の孤立集落まで届けに行きたかったのですが、
今回は断念し、1.5次避難所での支援にとどめました。
 
できること、やるべきこと 次々と現地の状況も変わっていると思います。
少しでも多くの方が できることをできれば と思います。
このたびはメールを ありがとうございました。

忘れ物 2024年1月29日(月)

今日は1ヶ月に1度のコストコ買い出し日でした。
トイレットペーパー・ペーパータオル・くるみ・サーモン・チーズケーキ・ハイローラー・お肉あれこれ・・・等色々買って家に帰り車からおろして、さああとは、お肉を小分けにして冷凍庫に入れる作業という時、彼が
「シュミテクトは?」
あれ?買ったはずのシュミテクト5本セットがありません。
レシートにはカウントされているのでレジは通ったはず。
「レジの人が私達のかごに入れ忘れたんじゃないかな」
お店の人のせいにする気満々です。ってことは、レジの人の足元とかに落ちているはず。

コストコカスタマーセンターに電話しました。
全部自動音声入力方式です。

コチラハコストコカスタマーセンターデス。コノデンワハ10ビョウゴトニ10エンカカリマス。ジドウオンセイニシタガッテ%#%$’Fノトキハ1ヲ、%%O)`{"$){ノトキハ#ヲオシテクダサイ

という感じで1だったり#だったりを押しながら
「今日 シュミテクトを どこで落としたかわからない この電話番号の西野真理」
ということを入力して30分も経たないうちにコストコからお電話。大変明るい丁寧な声で
「カートの中に残っていました」
「ごめんなさーい!」
「取りに来られましたら出口カウンターのところへ。この商品医薬部外品ですので、忘れ物などの場合はその商品は廃棄という規則になっています。来られましたら少しお待ち頂いて、新しい商品をお持ちします」
「え、そんな!私が忘れたんですからそのままでいいです」
「いえ、そういう規則ですから」
駐車場でカートから車に移す時、カートのものを私が彼に渡し、彼が車に詰め込むのですが、その時私がカートから出すのを忘れたのです。

取りに行きました。
カウンターに行くと、向こうの方に私のシュミテクトらしきものがあり、対応してくださったお姉さんが、
「少々お待ちください」
と、明らかにシュミテクト売り場の方へ走って行き、新しいシュミテクトを持ってきて私に渡してくださいました。














本当に申し訳ございませんでした。
この時、ついでなので母を連れて行って、母はクロワッサンとスープを買いました。

平沢進作品「論理空軍」 2024年1月27日(土) 

ご想像のとおり、平沢作品だと聞いて頂ける方が多いので、頑張って平沢作品アップしてみました。

平沢作品との出会いは2022年4月10日
「お料理行進曲」
のYouTubeアップでした。
そのコメント欄に「やまだたろう」さんから

こんにちは 素敵な歌声ですね
原曲は通りぬける賑やかな印象ですが独唱でもその力強さが聴こえて聞き心地が良いです。
是非お勧めしたいのが平沢進さんの「SWITCHED ON LOTUS」と「賢者のプロペラ2」という2曲です。これからも動画楽しみにしています。

というコメントを頂いたのが始まりです。

そもそも、「お料理行進曲」を歌うことにしたのは、この曲が好きではありましたが、特に急いで歌おうとしていたわけではなく、このアニメの作者に関するちょっとした勘違いが元でした。その説明を兼ねてその時の概要欄を貼り付けます。

2022年4月7日 藤子不二雄A さんが88歳でお亡くなりになりました。
その報道を聞いて、勝手に「キテレツ大百科」が藤子不二雄Aさんの作品だと思い込みこの曲を急いでアップしました。ところが今日、4月10日、アップした動画に「これは藤子F不二雄さんですね」とチヨコレイトバニラさんが教えてくださいましたので、慌てて削除し、字幕を入れ替え再アップしました。ありがとうございました。
最初のものを見てくださった61名の皆様ごめんなさい。
ちなみに藤子不二雄Aさんの作品は
『忍者ハットリくん』、『怪物くん』、『プロゴルファー猿』です。

そういう経緯で、平沢進がどんな人なのか、どんな曲があるのか、全く知らないままYouTube検索して聞き、「賢者のプロペラ2」をアップしました。
すると、非常に熱心な平沢ファンと思われる方々から、普段の私のYouTube動画にはありえないほどコメントや「いいね」が届きました。(といっても、2桁です)
平沢進さんはどうやら相当熱心なファンをお持ちのアーチスト。調べてみると平沢さんは2024年現在69歳。坂本龍一さんと同じ系列の人のようです。(西野真理の勝手な解釈)

平沢作品、何度も何度も書いてきましたが
・楽譜なし
・カラオケなし(YouTubeには)
・歌詞の意味がさっぱりわからない

はじめのうちはそれこそ、散々ネット検索をし、独自で平沢作品のピアノを弾いていらっしゃる方の音源をお借りしていたのですが、それも数が限られていて、せっかくリクエストしてくださる方があっても諦めざるを得ませんでした。なにより、採譜するのが困難(面倒)なのです。音が頭に入ってきません。

ところがある日、
「ちゃんと伴奏譜作らなくても、コード弾きでいいんじゃない?」
と思いつき、そういう視点で曲をよく分析すると、平沢作品のコードはとても単純にできています。単純なのに独特。すごいことです。
また、単純ですが今まで私が使ったことのないコード進行。面白い!

そういうことで精神的にやりやすくはなったのですが、平沢作品の特徴であるメタリックな音を私が作れるはずもなく、ただピアノでコード弾き伴奏をつけているだけですから、平沢ファンの方からはあまり良く思われないんじゃないかという不安は正直ありました。でも、温かい気持ちでお聞きいただくということでやってしまいましょう。

というわけで今日は
「論理空軍」
という、やはり歌詞の意味が全くわからない曲をアップしてみました。




サムライマック 2024年1月26日(金)

このブログは「人生初ビッグマック 2023年12月27日」をお読みになってからどうぞ。

昨年末のビッグマックが還暦過ぎても意外にOKだとわかり、本日はもっと上(何が上なんだか)を狙うことにしました。「倍ビッグマック 650円」です。

かほくイオンに着きました。
マックに着きました。
メニューを見ました。
倍ビッグマックはありませんでした。

そこで、メニューをじっくり見たところ
「サムライマック 580円」
なるものがあり、倍ビッグマックとどれくらい違うかわかりませんが、これを注文してテイクアウト。

家につきました。
かわいいいちごのナプキンに乗せてあげましょう↓



















お肉は分厚いですが、ちょっと寂しいので、レタスをはさみましょう。










なんだかいい感じになりました。
還暦を過ぎた胃袋でも普通にいけます。
皆さん、サムライマックをお求めになる時はレタスのご準備を。


ホシザキ食器洗浄機 2024年1月24日(水)

 業務用小型ホシザキ食器洗浄機。一応業務用としての販売です。


さて、話は30年以上前に遡ります。
当時学校生協のおすすめ品として
「ホシザキ家庭用食器洗浄機」が販売されて、我が家は早速購入しました。
購入ポイントは
1回の洗浄時間が6分で、
最後のすすぎ水で次の洗浄。どんどん洗える。
熱湯で洗うので、乾燥機能なしだけれど
出すとすぐ乾き省エネ。
(給湯器からお湯をとるので「お湯を沸かす」という時間がそもそもない)
ということでした。
現在もいくつかメーカーで食器洗浄機が販売されていますが、どれも1回1時間ほどかかるらしく、お昼にちょっと自分だけラーメンを食べお茶を飲んだ時、ホシザキに慣れしまっていると、1回が1時間もかかる食器洗浄機で洗う気にはなれません。

↓現在の我が家のホシザキ食器洗浄機の様子。ちょっとサビも見えます




↑このマーク、ご覧になったことあるでしょう

そういうわけで、1つ目の食器洗浄機が壊れ、次も同じものを買い、その次もと思った時、なんとホシザキさんは家庭用から撤退してしまいました。私は本当に困ってしまい、ホシザキさんへ
「どうか家庭用をもう1回作ってください」
とメールしました。
すると、ホシザキさんからご丁寧にお電話をいただき、若いお姉さんが
「ホシザキはもう家庭用は作りません」
と話してくださいました。たった一人のこんなメールにお電話を頂いて申し訳なく
「こんな一消費者にお電話まですみません」
と言うと
「社長が電話するようにって・・・」
いい会社です。でも、家庭用は作っていただけません。

その後我が家では更に2回、ホシザキ家庭用食器洗浄機を購入しました。
ヤフオクでです。しかも中古でしかも新品より高い値段で。
それくらいこの商品は素晴らしいのです。
また、家庭用はメンテナンスだは続けてくださっているので、中古で買ったそろそろあぶなそうなこの商品、修理にも来ていただき、なんとか首の皮一枚で使用を続けています。

「あ~これが壊れたらどうしよう・・・」
それが我が家のぼんやりとした悩みだった半年ほど前、なんとホシザキさん、小型の業務用食器洗浄機を発売!
大きさは家庭用に比べて奥行きが8センチ長くなっただけ。
私は勝手に次のように想像しました。
「業務用メーカーの我が社としては、家庭用に販売網を広げるのはもう懲り懲り。でも、家庭用で使いたい消費者から一定の要望があることも承知している。だから、オープンに家庭用として販売するのではなく、あくまでも『小さな業務用』として今までの家庭用食器洗浄機とほぼ同じサイズで食器洗浄機を販売しよう。これを商売をする人以外で買う人がいるとすればそれはご自由に」
(↑西野真理の想像文章です)
ありがとう!星崎社長!現在の食器洗浄機が壊れたら、すぐ買います!
258,570円・・・ちょっとお高いですが・・・うん、すぐ買います。

平沢進作品「ハルディン・ホテル」 2024年1月22日(月)

「平沢進」
この名前をご存じの方に今まで会ったことがありません。
ところがつい先日息子に聞いてみると、
「ああ、結構有名だと思うよ」
とあっさり。
「え~~!知ってたの。今まで誰に聞いても知ってる人いなかったのに」
というわけで意外に身近に知っている人がいたということですが、それは今日のお話には関係ありません。でも一応書いておきました。

私のYouTubeは見る人も少なければコメントを頂けることも少ないのですが、たまにコメントをくださる方のかなりの割合を占めるのが平沢ファンの方です。
そして昨日もやはり平沢ファンの方。
「カムイ・ミンタラ」
という今年の1月16日にアップした作品のコメント欄に
「ハルディン・ホテルを歌っていただけませんか」
とリクエスト。
先ほどの
「カムイ・ミンタラ」
もやはりリクエストでした。でなければ私が平沢作品を知る機会はありません。

なんども書いてきましたが、平沢作品は楽譜がほぼ出版されていません。(多分)
つまり自分で採譜するしかないので、とても面倒です。できたらやりたくありません。
面倒なのは曲だけでなく、歌詞も。歌詞の意味がさっぱりわかりません。
でも、つい、手を出してしまいました。
採譜からアップまで約6時間。
ぜひお聞きくださいませ。
ただ、この西野真理簡易伴奏編曲版、オリジナルとは相当感じが違いますので、ぜひオリジナルもお聞きになってみてくださいね。


<追記>
アップした夜、再生回数を見てみると17。私の動画がアップ後6時間以内に17回も再生されているのは多い方です。そしてそれだけでなく、高評価ボタンが7つも押されているのです。こんなこと今まで一度もありませんでした。高評価ボタンを押してくださったおそらく平沢ファンの皆様、ありがとうございました。


「障子」の元々の意味 2024年1月20日(土)

今日初めて知ったことがあります。
「障子」
って、紙を貼ったあれですね。
違うんですよ!
先に結論

「障子」(Wikipediaより)
障子(しょうじ)は、現在の和風建築では明かりを通すように木枠に紙、主に和紙を貼っているものを指すが、元々はさえぎる道具の意味で、現在のドア、戸、カーテン、ブラインド、衝立、屏風、襖までも含む。
障子の「障」にはさえぎるという意味、「子」とは小さな道具という意味がある。 つまり障子とは文字の通りさえぎる道具のことである。

なんです。紙が貼ってある無しは関係ありません。ですから住宅関連業者さんなど専門家はガラスだろうが紙だろうが、引違いになっているそれらのものを全部「障子」と呼び、皆さんのお家のガラスの入ったアルミサッシの窓、あれは「ガラス障子」です。

これを知るきっかけになったのは、我が家の窓取替工事。
築後30年近く経ち、100歳まで生きるとしてあと39年この家に住む時、暑さ寒さ対策として窓ガラスをちゃんとしておいたほうがいいのではないかと考え、思い切って
「マドリモ」
という商品に付け替えることにしたのです。
これは二重窓とかではなく、今ある窓枠をそのまま使って、その中にもう一サイズ小さい樹脂枠を取り付け、ガラスももっと厚い物にするという、壁などを壊さずにできる窓の取り替えです。(西野真理の解釈。正確なことはYKKのホームページを)

そのために直感的に訪問した石友ホームさん。
(石友ホーム正式名:株・石友リフォームサービス)
行ってみると、その対応をしてくださったのは、私がかつて内灘中学校で勤務していた時の生徒の干場さんでした。また、現在国のエネルギー対策事業(?)として、防寒防熱対策工事に補助金が出る事もあって話はスムーズに進みました。
そして今日がその最終確認の日。
工事責任者の今岡さんもご一緒に窓を確認していただいたのですが、玄関横の小さな窓を見ていただいた時のこと。
今岡さん「この障子を~」
この言葉を聞いた私は、この窓全体に目隠し用葉っぱ模様シールを貼っていたので、これを障子と勘違いされたのかと思い
西野真理「これ、障子じゃなくて窓ガラスです」
とりあえずこの場はスルー。
でも、それを隣で聞いていらした干場さんは、この専門用語を説明したくてウズウズしていらしたに違いありません。

2階に上がり、1部屋目の窓の確認をしているその時
干場さん「あの・・・この窓のことなんですけど、建設業界では、こういうものを全部『障子』っていうんです」
西野真理「え~!」
干場さん「こういう引違いになってるものはみんな障子」
西野真理「紙が貼ってある無し関係なく?」
干場さん「はい。紙のことじゃなくてこういうふうに引き違う窓枠というかこれらが障子」
西野真理「あ・・ガラスの入った障子、紙の貼ってある障子・・・」
干場さん「小さい頃から『障子破るな』とか言われているからみんなあの紙の貼られたものを障子だと思っているだけで、本当はこれ全体が障子です」
西野真理「嬉しい!専門用語知れて」




175R「旅立ちの唄」 2024年1月19日(金)

朝のテレビ番組「ラヴィット」に175Rというバンドが登場し「旅立ちの唄」という曲を歌い始めました。175Rは名前は聞いたことがありますが初めて見ましたし、この歌ももちろん知りません。(175R:いなごらいだー と読みます)
パソコンで作業をしながらただ耳に入ってきただけなのですが
「これはいい!」
すぐに歌おうと決め、ネットで楽譜を購入しようと検索しましたが、販売されていません。
採譜します!

9時半からお昼までかかって採譜、コード伴奏付け、ピアノ伴奏録音を終え、午後から歌の練習をして16時すぎにYouTubeアップを終えました。
なぜここまで一生懸命したのか?それは、この曲のメロディーも歌詞も、震災後の復興に取り組んでいる今の石川県にぴったりな気がしたからです。
ただ、175Rさんは速いテンポで溌溂と演奏していらっしゃいましたが、私はこの曲、ゆったりと歌い上げることができる力を持った曲のように感じたので、そのように歌ってみました。175Rファンの皆様にはお気に召さないかもしれませんが、こんな演奏の仕方もあるという温かい気持ちでお聞きいただけると幸いです。

<追記>
~1月21日(日)~
1月19日録画分を貼り付けていましたが、1月21日朝聴き直してみるとあまりにひどいので、今後取り直して出来次第貼り付けます。

撮り直しました







手作りクリームチーズ? 2024年1月19日(金)

結論からお知らせいたします。
これは決してフィラデルフィアクリームチーズやKiriクリームチーズのかわりにはなりません。ましてやナチュラルチーズでもカマンベールチーズでもプロセスチーズでもありません。

以前からよくYouTubeのおすすめ動画に
「手作りクリームチーズ」
が出てきていました。
見てみると、とっても簡単。

①牛乳を60℃くらいに温める
②酢を入れて少し混ぜて5分くらい置く
③酢とタンパク質が凝固する
④フェルトタイプのクッキングペーパーで濾す
 (出てきた水分はホエーという、なかなか栄養価の高いものらしい)
⑤3時間位置いて、よくねって出来上がり

昨晩、やってみました。
すぐできました。
ちょっと食べてみました。
「味の薄い、水分の抜けたヨーグルト」















朝になりました。
そのまま捨てるわけにもいかず、パンに塗ってみました。


















味の薄い水分の抜けたヨーグルトパン。
!!!蜂蜜をかけてみましょう。














味の薄い水分の抜けたヨーグルトパンに蜂蜜をかけたものになりました。

飯田小学校校歌 2024年1月17日(水)

※このブログは、一つ前の「TVニュースで安否確認とその後の展開」をお読みになってからどうぞ

ラインで楽譜をいただきました。
さあ、音取りです。
あれ?・・・
手書きのその楽譜はどう見ても専門家のものではありません。記譜もあちこち間違えているし、実際音を出してみると
「平井康三郎がこんな音使うはずがない!」
という和音がそこここに。
以下、西野真理の想像です(でも、多分ほとんど正解だと思います)

過去、この小学校にはピアノの得意な先生がいらっしゃらなかった。そこで、どなたかが一生懸命音を省いて、なんとか最少の音で弾けるように楽譜を工夫した。

その気持ち、ピアノの不得意な西野真理、よくわかります。でも、大学時代和声の成績はまあまあ良かった西野真理ですので、簡単に音を省いちゃいけないことはわかるのです。
「その省き方、違です!」(敢えての方。方法という意味で使ってみました)
これ、文章で説明するのはなかなか困難ですが、ちょっとだけ触れてみましょう。
例えば ド ミ ソ という和音。下から順に ド ミ ソ。
この、「下から順に」が大事なのです。
これが 下から順に ソ ド ミ にすると、音の機能が違ってくるのです。ましてや
「『ドミソ』から1つとって、ソ だけ入れとけばいいかな」
なんて、絶対だめ!

つまり、今回頂いたどなたかが頑張ってお作りになった簡易楽譜は、こういうことが多用されている上に、多分、元の楽譜を写し間違えていらっしゃいます。
平井康三郎先生に申し訳ない!

ということで、元がどうだったかわからないまま、平井康三郎先生に怒られないようにと思いながら、なんとかコード伴奏を作りました。

さあ、ピアノ伴奏を録音して、歌って、YouTubeアップです。
そこで私としてはなかなか用心深く、飯田小学校のホームページを見て、歌詞を確認しようとしたところ、そこにはこんなことが書いてありました。

・曲調は、快活な2拍子、優雅・荘重な4拍子を合わせたものになっている。
・調べは、明るく力強いニ長調である。

なんですって?ニ長調?
私が頂いた楽譜はハ長調です。
逆にこれですべて理解できた気がしました。
きっとその時簡易楽譜をお作りになった方は、こんなふうに思っていらしたはず。

できるだけ簡単な楽譜にしてあげなくちゃ。この曲ニ長調?シャープが2個もついてる。まずはシャープなしのハ長調に移調してあげましょう。

音を省いた上に移調。それはミスも起こります。
これはやはりオリジナルニ長調でやるべきでしょう。
早速楽譜をニ長調に書き直しました。
でも・・・もしかするとこちらの学校ではすっかりハ長調のものに慣れていらっしゃるかもしれませんし、そもそも平井康三郎オリジナルのピアノ伴奏で歌いたいという気持ちもあって、私はピアニストの小林美智さんにも連絡しました。
「オリジナルの楽譜が見つかったらピアノの録音お願いします」
美智さんからすぐに
「私のピアノでほんの少しでもお手伝いできるかもと思うと嬉しいです」
とあたたかいご返信をいただきました。

動画が完成し、YouTubeにアップ完了。
校長先生にご報告です。

校歌の歌唱とピアノ伴奏をYouTubeにアップしてみました。
少しご説明いたします。
頂いた楽譜は音もかなり変更されていましたが、そもそもの調性も本来ニ長調のものがハ長調に変更されていました。
それに気づいたのは、歌詞を確認しようとホームページを拝見したところ校歌の解説に「調べは明るく力強いニ長調である」とあったからです。
作曲家は調性にこだわりがあり、ニ長調は解説にあるように明るく力強い感じを出したい時に使われることが多いようです。こんなときですし、平井康三郎が「明るく力強く」との思いで作曲されたであろうことを考えて、もとに戻してみました。しかし、それでは子どもたちが歌いにくいのであれば、ハ長調に変更いたします。 

校長先生からご返信

ありがとうございます。ニ長調で結構でございます。

あ~良かった。


TVニュースで安否確認とその後の展開 2024年1月17日(水)

1月15日の夕方、NHKのニュースを見ていると、能登半島のほぼ先端付近にある小学校再開のニュースが流れ、生徒を前に「みんな無事で良かった」とお話になる校長先生。その先生のお名前テロップには
「四十住基子校長」
四十住さん、ご無事だった!
(↓これは日テレNEWSのアーカイブ画像のパソコンの画面写真)












発災直後から、被害の大きかった地域にいらっしゃる知人(主としてかつての同僚)の顔が浮かんでいましたが、その一人が四十住さんでした。しかし、長くお会いすることもない、いわゆる「年賀状付き合い」程度なのに、こんな時に安否確認なんて、迷惑以外の何物でもありません。

実は四十住さんがご無事でいらっしゃるのではないかということ、ほんの少し想像できていたのです。
それもTVニュースのおかげです。
TVで四十住さんのお住いの地域を取材した映像が流れた時、大きな被害のあったお宅で80歳ほどの女性がインタビューを受けられていて、そのテロップには「四十住」の名前。この地域にはもしかするとたくさんあるお名前かもしれませんが、私は珍しい名前だと感じていたので、
「この人は基子さんのお母様かも知れない」
と、そうであることを願っていたからです。
ニュース映像には大変な状況のお宅が映し出されてはいましたが、インタビューを受ける女性はお元気そうで、お宅もなんとかお住まいになれるのではないかと思えました。
そのニュースがおそらく10日~13日。
そして15日に御本人の映像。

これで嬉しくなった私は、少々ご迷惑かとは思いましたが、思い切ってメールを送信してみました。

西野
大変な状況でご心配しつつもご連絡を控えておりましたが、先ほどニュース映像でお姿を拝見し、安心しました。今はお手伝いすることもままなりませんが、なにか私でお役に立てることがありましたらお声掛けくださいませ。まだまだ大変な毎日、どうぞお体にお気をつけくださいませ。私は現在定年退職し、歌の活動をしています。

四十住
ありがとうございます。演奏会をお願いしたいです。避難所全体がいいのかな?いかがですか?

西野
もちろんです!

・・・
と、まさかの展開。もちろん道路状況や明らかに優先順位の低い私の活動などは、もっと先になるとは思います。このことは今後、避難所運営の方とのお話し合いでということになっています。

そこで私はさらにお願いしてみました。

西野
いつでも構わないのでちょっとお願いがあります。
飯田小学校の校歌を歌わせていただき、私のYouTubeにアップさせていただけないでしょうか?ラインを繋いで頂いて楽譜を写真で送ってくださるだけで構いません。
現在の小学生に聴いて頂きたい、一緒に歌って頂きたいということと、地元を心配していらっしゃる卒業生の方にお聞きいただけるかもと。
もう一つの理由は、ホームページで拝見しましたら、作曲者が平井康三郎さん!でびっくり。是非歌ってみたいと思ったからです。
お忙しいところ申し訳ありません。決して急ぎませんので。

その後、楽譜を送信していただけることになり、現在楽しみに待っているところです。
飯田小学校での演奏会が小学校のみなさんにとって一番いい時に開催できますように。

非常時のデマ情報 2024年1月16日(火)

2024年1月16日のFM放送でお話した内容です。

<ネット上のデマ情報について>
大きな事故や地震などの災害が発生すると、インターネット上ではメールやSNSなどで、被災状況や被災者支援のための情報など様々な情報が大量に飛び交います。しかし、こうした情報の中には真偽のわからない、いわゆるデマ情報が含まれています。
今日はこうしたデマ情報についてです。
なお、この情報は日本データ通信協会の迷惑メール相談センターのサイト、NHKWEBニュースからの情報が元になっています。

災害時は不安な状況が続き、情報が錯綜しデマや誤った情報が拡散しやすくなります。根拠があやしい情報のメールやメッセージを受信しても、未確認の情報はむやみに拡散せず、一旦自分の中で保留して、デマかもしれない情報の拡散に加担しないよう注意しましょう。

2016年4月熊本でも大きな地震があり、地震直後からSNS上では、「動物園からライオンが放たれた」「○時間以内に大きな地震がまた来る」などの悪質なデマが書き込まれ拡散しました。ライオンに関するデマでは、動物園の職員が問い合わせ対応に追われたということです。ライオンに関するデマ投稿者は、後日、偽計業務妨害の疑いで逮捕されることになりました。

災害発生時においては、人々は、不安な状況が続く中、少しでも役に立つ情報を得ようとします。そして、「役に立ちそうな情報」を見つけると、「みんなに伝えるべき情報」と考え、情報の信頼度にかかわらず、友人や知人へ伝えようとします。
災害時のこうした拡散しやすい状況と便利なツールが重なり、災害後にデマが広がりやすくなっていきます。

<NHK NEWS WEB からの情報>
今回の能登半島地震でも「デマ」や「フェイク」情報が拡散されました。

実は、広がりやすい情報には、災害からの時間経過ごとに「パターン」があることが分かっています。
災害時に発生しやすい流言の“パターン”とは?
兵庫県立大学の木村玲欧教授らのグループは東日本大震災や熊本地震など過去に起きた18の災害で実際に出てきた453の流言(デマ・根拠のない情報など)を分析。
災害時に発生しやすい流言の「パターン」についてまとめています。

1.発生直後~被害確認時
これまでの災害では、発生直後には「災害がまた来る」という根拠のない情報が非常に多くなっていました。

「●月に再び震度●の揺れがやってくる」とか「●●(場所)で水蒸気爆発が起きる」といったもので、4割と最も多くを占めました。

「災害の原因を憶測する情報」も広まりやすい傾向がみられました。

そして、被害情報が入ってくるようになると今度は、「事実ではない被害情報」や「2次被害」に関する情報が広がり、3割に達しました。

今回の地震でも、“人工地震が原因”とあおる根拠のない情報や、偽の「救助要請」、それに「外国系窃盗団が能登半島に集結」といった偽情報がSNSで広く拡散しました。

2.災害対応時
さらに時間がたち、救助や支援などの対応が始まると、「政治家・著名人の発言・行動」や「公的機関による支援」に関わる根拠のない情報が拡散する傾向にあったといいます。

例えば、「●●(政治家)が●●という発言をしたそうで、資質に欠けている」とか、「物資の投下がなされるようだ」といった情報です。

木村教授は、このような情報に接した際は、真偽を慎重に確認してほしいとしています。

3.復旧・復興時
さらに復旧・復興が進んでいくと、今度は「被災地での生活」などに関する根拠のない情報が広がりやすいといいます。

「あす●●(場所)にいけば何でももらい放題だ」といった物資の配給に関するものや、「病院に行っても手当てしてもらえない」「国道の代替ルートが開通した」などの施設利用に関するもの、それに「避難所を出たら仮設住居への入居資格がなくなる」といった内容です。

木村教授によりますと、デマなどの流言は、「不安」などの感情が多くの人に共有される中で広がりやすくなります。
このため、多くの人が不安に思う「被災地での生活」に関する根拠のない情報が広まりやすい状態が、これからしばらくの間、続くと考えられるとしています。
広げないためには、私たち一人ひとりが慎重に情報を見極め、安易に拡散しないことが大切だと木村教授は指摘しています。

4.心構え
大きな災害時には根拠のないうわさや誤情報が必ず広がると認識してください。そして、不安な気持ちになっても落ち着いて、冷静な目で情報を見るようにしてください。
そしてもし、真偽の分からない情報に接したら。
公的機関など、信頼できる発信元から出た情報か確認し、安易に拡散しないようにしましょう。
被災者のために知らせてあげようという“善意”の拡散が、かえって不安を広げることにならないように。みんなで協力して、地震災害を乗り越えていければと思います。


18年の時を超えて 2024年1月15日(月)

昨日(2024年1月14日)18年越しで過去に書いたエッセイを登場人物の身内の方にお渡しすることができました。
お渡ししたエッセイは2007年に自費出版した「美女エッセイ PART7」。
お渡しした中でお読みいただきたかったのは
「地域女性会デビュー 副題:がんばれHばあさん」
です。
そう、このHばあさんの身内の方にお渡ししたのです。
身内の方のお渡ししたというのは、つまりそういうことです。
















あとでそのエッセイを貼り付けますが、Hばあさんとお知り合いになった時、どこにお住まいとか、どんな人なのかとか何も知りませんでした。そのうち少しずつ情報は入ってきて、息子さんはレストランのコックさんであること、そしてそこには息子が時々行っていて、とても美味しいと言っていたこと。
そしてその後それほどの時を経ず、Hばあさんがお亡くなりになったこと・・・
そのレストランも、レストランが入っていたスーパーが閉店したためなくなってしまいました。

Hばあさんを勝手にエッセイに登場させたまま時は流れ、昨年彼が本町町会長になり、町内の班長さんに配付物等を持っていったりしているうち
「◯◯班の班長のHさんは前に△△でレストランやってた人だよ」
「・・・え?じゃ、Hばあさん、その人のお母さんなんじゃない?」
いつかお渡ししたいと思っていたエッセイをHさんにお渡しできるかも。
・・・徒歩2分ほどの場所にお住まいなのですから、さっさとお渡しに行けばいいのですが、なんとなくこれと言ったきっかけがありません。

そんな2024年1月14日、町内に若いSご夫妻が引っ越して来られて、ご丁寧に町会長の我が家へもお菓子箱を持って挨拶に来てくださいました。私達はここに引っ越してきた時、ご近所にご挨拶はしましたが町会長さんに挨拶なんてした覚えはありません。立派ですね。
その時彼はSさんから
「私達の入る班の班長さんはどなたですか?」
と聞かれ、彼は
「Kさんですよ」
と答えました。

その後私達はドラッグストアに買い物へ。
買い物を終え、袋に買ったものを詰めている時彼が言いました。
「あ!!!間違えた!!!S夫妻の班、Kさんの班じゃない。Hさんの班!!!」
彼はすぐにKさんに電話し事情を説明。するとKさんは外出中で、KさんからKさんの奥さんへ電話で事情を説明。SさんはきっとKさん宅にもお菓子箱を持って行かれたはずです。
予想は的中。
しかし間一髪、在宅中だったKさんの奥さんは、お菓子箱に手をつける寸前。彼は事情を話してKさん宅からお菓子箱を取り戻し、彼と私はそのお菓子箱を持ってSさん宅へ。
しかしあいにくSさんはお留守。すると彼は
「あそこHさん家だからエッセイ持っていけば?」

Hさんの家へ行くまでのことがやけに長くなりましたが、こうして無事Hさんに18年越しでエッセイをお渡しすることができました。Hさんは
「今もお母さんを覚えてくださっている人がいるんですね」
と涙ぐんでくださいました。
エッセイ書いててよかったなと思いました。

それでは18年越しのエッセイ、貼り付けます。(ブログとは文体が違います)


地域女性会デビュー  副題:がんばれHばあさん
                2006年9月
 
やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない
やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない
・・・・・・と、いくら思っても無駄で、私の住んでいる宇野気・本町では、
「ずーっと、その年度の班長さんをやる家の奥さんが女性会の役員することになってるので・・・。今年だけ入って、来年はやめても大丈夫」
いつからずっとか知らないけれども、その説明をしてくださった方も同じ理由で昨年度入会されていたそうで、大人気なく
「私は絶対入りません!」
というほど勇気もなければ事を荒立てる気もないので、平成18年度私は宇野気区女性会の役員をすることになった。
女性会とは以前「婦人会」と呼ばれていたあれで、何年か前から「女性会」という名称に変わったらしい。
名称が変更されていたことを私はそのとき初めて知ったのだが、そのことはかなり私の心を和らげた。正直なところ「婦人会」という名称には相当な違和感というか、抵抗感があったからだ。
結論から言えば「女性会役員」の仕事はたいしたことなく(ただし、部長さんは結構ある)私がやるのは以下のことだった。

①今年度の会員募集・・・・・前からの会員さんに声かけただけ。6人ほど。
②昆布の販売・・・・・はっ?なにこれ?自分で買いに行けばいいじゃん!でも、買っている人の話によると、とってもいい昆布らしい。
   →春頃注文とって、3件ほどに届けて終わった。
③ちふれ化粧品の販売・・・・これもスーパーで売ってるでしょ。
   →夏頃注文とって申し込み1件だけ。 
    そのついでに、老人ホームに寄付するタオルも集めた。   
④盆踊りの練習・・・・元河北郡の3町が合併して、新しい盆踊りの曲を作ったということで、あちこちで練習会が開かれたらしい。これを教えてくださっていた先生たちは毎日あちこちの会場を回られたというから、どんなに大変だっただろう。私は2度参加したが、覚える気がないのと運動神経のなさで、当日も前の人のを見ながらやっと踊った。
⑤女性会バス旅行の募集・・・・チラシを配っただけ。私は用事があって不参加。
⑥秋祭りの料理つくり・・・・これが今回のエッセイのメイン。後述。
⑦女性会会誌に載せる文章書き・・・・・まかせろー!今まで書いたエッセイの中から適当なものを提出予定。

さて、メインの⑥です。
秋祭り、今年は9月17日(日)。
前日の夕方18時から集会所で煮物つくりをすることになっていた。
部長さんはさらにその前日から、牛筋の串刺しをされるという。というのは、その
大量の料理をかなり前から一手に引き受けてくださっているHさんという方のお宅でその作業をされるからだそうだ。
部長さんから聞いたところによると
「何も心配は要らない。Hさんがおっしゃるとおりにすればいい。手は早いし、味付けもうまいし。ただちょっと口は悪いけど。野菜の切り方とか、言うとおりにしなくてはいけない」
まだお会いしたことはないがHさんのその様子が目に浮かぶ!
「こういう『仕切りばばあ』がいてくれなくてはこういう行事は動かないのだ。任せたぞHばあさん!」
私は勝手に心の中でエールを送った。

夕方18時、集会所へ行った。
殆ど終わっていた!
やや腰が曲がってはいるものの、てきぱきと働き続けるHばあさんの姿がそこにあった。周りにいる女性会のメンバーたちも、まあ、なんと言うか、立ってるだけって感じ。もちろん私も並んで立っていることになった。
・・・・・・が、せっかくなので私のした仕事を列挙してみよう。
・牛筋1本味見
・サトイモ味見
・厚揚げ味見
・ぜんまい味見
・昆布味見
・酢の物を食べる
(これは余った野菜でHばあさんがパパパと作ってくださったもので                         
 「まかない料理」って感じ。あっ、これ、仕事じゃない・・)
これらが見事に全部おいしい。Hばあさん、もしかしてお料理屋さんとかやってたのかなと思ってそこにいる人に聞いてみると、ずっと主婦だそうだ。
・おつまみの袋をおろす
・床にあったおなべを、机の上に置く
・ビールを冷蔵庫に入れる
・床をちょっと拭く

ああ、よく働いた。
Hばあさんはものすごく働いた。
「来年私はおらんかもしれん」
とHばあさんは言っていたが、おそらくこの言葉を何年も前から言い、そして、これから何年も言い続けるのだろう。
Hばあさん、死ぬことは許されないぞ!

翌朝6:45から煮物をお重箱に詰めて、私の女性会の仕事は終わる。

(2024年の追記:この翌年、女性会そのものが無くなりました)





防災点検  2024年1月15日(月)

昨日(2024年1月14日)町内会の防災点検が行われました。参加者は町内の防災士。
私が防災士の資格をとっていなかったらもちろん参加していませんし、1月1日に地震がなかったら、防災士の資格を持っていても「ま、私一人くらいいいかな」と軽い気持ちで参加していなかったかもしれません。

防災点検の内容は
・井戸水汲み上げ手動ポンプの使い方
・ガソリン発電機の使い方
・テントの張り方(発電機保護用)
・防災備品の置き場所確認
です。












手動ポンプですが、これは昔祖父母の家にあったので使ったことがありました。でも、子供の頃ですからハンドルを上下させれば水が出るくらいに思っていましたが、急に使うとそうではないのです。上の空いた部分から「誘い水」(ペットボトルに入れて近くにおいてある)を入れて、ポンプの中を真空にするという作業が必要です。
















次にガソリン発電機ですが、手順はぶら下げてある取扱説明書に書いてあるとおりやれば大丈夫・・・のはずですが、やはり実際やってみようとするとスムーズには行きません。また、使用中はガソリンの排ガスが充満して、もしこれを非常時に人の近くで使うと、かなり不快というか毒性を感じるのではないかと思いました。





























テントですが、これはガソリン発電機に雨がかからないようにするためのもの。
こちらはなかなか良くできた製品で、コンパクトに畳め、広げるのも楽。

点検そのものは小一時間で終わりましたが、その後の雑談は、この町内で大きな被害はなかったとはいえ、非常時のことについて実体験に基づいて思いつくことを提案したり問題点を指摘したり。
この点検が一生役に立たないことを祈るばかりです。

悲観は気分、楽観は意思 2024年1月12日(金)

私が今一番気に入っている言葉
「悲観は気分、楽観は意思」

いくら自分が気に入っているからとはいえ、現在避難所やご自宅で大変な思いをされている皆様に投げかけるのはどうだろうかと思った言葉です。
そんな時、大きな被害のあった穴水町の2人の友人とのやり取りの中で、思い切ってお伝えしてみたところ、このお二人から前向きなご返信をいただけたので、ブログでご紹介することにしました。

<穴水町がご実家で、かつての同僚Mちゃん>
大変な状況の中、穴水町からお母様を連れて金沢のマンションへ避難。
良く無事で帰ってきてくれました。























その後ラインのやり取りの中で
「毎日自分の未来のこと考えて悲しくなるの」
とMちゃんが書き込んだその後、この言葉を送ってみました。
すると
「よし!楽しいこと考える!」

<現在穴水のご自宅で避難生活を送る、歌のお仲間Kさん>
昨日電気は復旧したものの、それまでは
「江戸時代のような生活」
だったとか。
それでも未だ断水状態。
そんな彼女が↓のようなメールを送信くださいました。

穴水はみんな毎日元気に頑張っています❗
お水も毎日たっぷり給水があります❗❗
お心遣い本当にありがとうございます🙏🙏

これを読んで私は下のように返信しました。

Kさん
最近私が気にいっている言葉があります。
「悲観は気分。楽観は意思」
でも実際、私がもし大変な状況になってこう出来るのか怪しいのですが、
Kさんはまさにこれを実践していらっしゃいますね。
素晴しい❗

それに対してKさんからさらに

よい言葉を教えて頂きました❗❗
早く歌えるようになりたい❗❗

ピアニスト・呉恵珠先生 2024年1月11日(木)

近所のホームセンターへ楽譜をコピーしに行き、ドアを入ろうとした時電話の着信がありました。画面には呉先生の弟さんのお名前。
「西野さん、驚かずに聞いて欲しいのですが・・・」

私達の呉恵珠先生は元旦にお亡くなりになりました。
葬儀等は身内で済ませ、今日から関係者に連絡を始められたそうです。
私がやっとのことでお聞きしたのは
「苦しまれること無くお亡くなりになりましたか?」
すると
「元旦に施設で求肥のお菓子が出たんですが、それを喉につまらせて・・・窒息ということですから、苦しかったんじゃないかと思います」
施設の方も、お餅だと喉に詰まるからというご配慮だったのでしょうが。
呉先生、ピアノのセンスもさることながら、味覚センスも超一流。お正月は美味しいもの、お召し上がりになりたかったことでしょう。

弟さんからは
「一切のお香典、お花等ご遠慮申し上げます」
とのことでした。

世界中の皆様、呉先生のピアノ、聴いてください。
(歌は、やはり私の師匠・関定子)
こんな素敵な「夜明けのうた」他にないと思います。










羽田空港、JAL機と海上保安庁機炎上した事故の映像で思ったこと 2024年1月11日(木)

 2024年1月1日、能登半島地震が起こったその日、TVが地震映像で持ちきりのその2時間ほど後、TV画面に羽田空港で日本航空(JAL)機が海上保安庁機とぶつかり、炎上した事故のニュースが流れました。
TV画面を見ながらわけが分からなくなりました。

現在2024年1月11日(木)朝。
余震も少なくなったところでJAL機・海保機衝突事故の映像を見ながら思ったことを書いておこうと思います。
私が最も強烈な印象を受けたのは、映像よりも音声でした。
事故が起こり飛行機の窓から炎が見えるその状況の中で子どもの声が響きます。
小学校1~2年生の男の子?のように感じられるお利口そうなその声はそれほどトーンの高くない声でこう言います。
「はやくだしてください!はやくだしてください!あければいいじゃないですか!あけてください」


私はこの子のこの言葉が、機内の大人たちを少し冷静にしてくれたように思います。

ちょっと想像してみました。もし私がそこにいたら
「早くドア開けてよ!!何グズグズしてんのよ!!!」
と、最高の声の高さ、最高の音量、最高の機嫌の悪さで叫んだでしょう。
仮に叫ぶのを我慢できたとしても、心のなかでは間違いなくこう思っていたはずです。
そして、我慢の限界を超えそうなその時に、この子この声。
これを聞いてハッと我に返ります。
「あ!こんなこと言っちゃいけない。CAさんたちが最善の方法を乗客に指示しようとしてくださっているはず」
しかもこの子はとても丁寧な、お育ちの良さそうな言葉遣いで、「叫ぶ」の一歩手前といったテンションです。
もしこの子がこう言わなかったら、これを言ったのが大人だったら、口々に同じことを皆が叫び始めたでしょう。
この子のお陰で大人たちは理性を保て、CAさんの指示を聞く耳を持てたのではないでしょうか。
現場に居たわけでもない私が言えることでもないのですが、あまりにも印象的な音声だったので書いてみました。


共感疲労(2024年1月9日のFM放送「Sing幾多郎」より) 2024年1月9日(火)

つい先ほど本日のFM生放送を終え帰ってきました。
その放送の内容を書きますので、読むより聞きたいと思われる方はYouTubeで「FMかほく 西野真理」と検索してご覧くださいませ。

<2024年1月9日のFMかほく生放送「Sing幾多郎」より>
皆さまこんにちは 2024年1月9日 FMかほく、Sing幾多郎のお時間です。この番組のパーソナリティは石川県かほく市在住の西野真理がお送りしております。
このたびの能登半島地震により、お亡くなりになられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された方、ご家族や関係者の皆様に心からお見舞いを申し上げます。
また、被災者の救済と被災地の復興支援のためにご尽力くださっている方々に、深く敬意を表します。

災害に見舞われたこの地域では、未だに厳しい状況が続いていますが、多くの方の温かいご支援と励ましのおかげで、少しずつ前進していると感じております。被災者の皆様、そして遠くから応援してくださっている皆様へ、心より感謝申し上げます。

今日の番組が、少しでも心の支えや情報の架け橋になれれば幸いです。

さて、冒頭でもお話した通り、甚大な被害をもたらした1月1日の地震、テレビの映像等様々の情報を見るにつけ、胸の締め付けられるような思いです。
情報を共有し、心を寄せることはとても大切ですが、その情報渦の中にいると、「共感疲労」を起こすということが言われています。
今日は、共感疲労についておはなしいたします。
この情報ソースは、ヤフーニュースの中から臨床心理士の石上友梨のお話に基づいています。

■共感疲労とは?

共感疲労は、他人の苦しみや悲しみに対する過度の共感によって引き起こされる心が疲労した状態のことです。つらい状況にいる人の苦しみや悲しみに共感するあまり、自分自身の心まで疲れてしまいます。

現在は、インターネットを通じて世界中の情報をリアルタイムで知ることができるため、様々な悲しいニュースに触れる機会が多くなります。そして再現なく情報が流れてくるため、情報の過剰な摂取により、心理的な負担が増大し、心のバランスを乱す可能性があります。

■共感疲労をしやすい人

感受性が強い人や、他者に気を使い、他者を優先しがちな人は共感疲労しやすいと考えられます。感受性が強いと、他者の気持ちや言動に敏感になり、他の人よりも多くのことを感じ取り、それを自分のことのように感じる場合があります。そして、自分よりも他者を優先するため、自分のセルフケアは二の次で他者の心配ばかりしてしまうでしょう。

■共感疲労を軽減するための対策  情報の制限

悲しいニュースや過度に刺激的なコンテンツを見る機会を減らすことで、心の負担を軽減することができます。
ニュースやSNSの使用時間や1日に見る回数を制限する、SNSでセンセーショナルな映像は制限をかけるなど、精神的な余裕を確保しましょう。
特に、「ながら見」を特に小さなお子様のいらっしゃるご家庭では制限してみましょう。

■■セルフケアの実践
日常生活において、適度な運動や良質で十分な睡眠、バランスの取れた食事を心がけることが重要です。
また、趣味やストレス解消法に時間を割くことで、心をリフレッシュさせることができます。

■■境界線を意識する
自他の境界線としっかりと意識することも重要です。
自分の問題と他者の問題は分けて考え、その中で自分が他者に対して出来ることを考えてみましょう。自分自身の健康があってこそ、他者をサポートすることができることを忘れないようにしましょう。

■■サポートを得る
身近な人につらい気持ちを打ち明けてみましょう。自分一人で抱え込まず、周囲に相談することで軽減する場合があります。身近な人に話しづらい場合は、心理カウンセリングなど専門家に相談してみることもオススメです。

ここで今日の音楽です。
今日は震災後割と早い段階のテレビ放送で
「こういうときは『アンパンマンのマーチ』がいいそうですね」
とお話していらっしゃったのを聞き、早速録音して今日の放送でお送りすることにしました。その画像は1つ前のブログにありますので、ここにはピアノ伴奏を貼り付けます。






この曲は西野真理のYouTubeに歌唱動画とピアノ伴奏もアップしております。子どもさんが一緒にお歌いくださると嬉しいです。

さて、このような情報を得た私が具体的にしたことは、1月3日に予定していたコンサートを開催することでした。そこで前日にブログで「コンサートを西野真理自宅で開催します。申込締切は本日夕方6時」と告知しました。
当然のようにお申し込みはなかったので、自宅のレッスン室で開催し、その様子を録画してYouTube配信しようと思っていました。

ところが当日、1月3日の朝、いつもコンサートにご来場くださるTYさんから次のようなメールをいただきました。

朝から失礼いたします
今日のコンサートもう締め切りましたか…

この地震により、
実家の屋根瓦が落ち、
今日の雨に備え、昨日はブルーシートさがし。
川北のホームセンターでやっと手に入れ、
応急処置を夫と同級生のMくんにしてもらいました。
両親は、我が家へ来てもらい、
せまい断水中の家に大人4人静かにおります。

夫の実家は、あの志賀町で…
窓ガラスも壁も一気に崩れ落ちてしまい
住める状態ではないそうで…
義母、義兄、義弟は避難所にいます。

そんなこんなで、
途方に暮れたり、泣きたくなったり、
笑って話すなんてできない…
血圧があがってるのか、頭は痛くなるし、
もはや目眩なのか地震なのか、わからないくらいです

コンサート、ないんだろうな…
そう思って、先程ブログを見ました。
あら!ご自宅で!

こんなメンタルだからこそ、1時間だけでも
音楽に満たされていたい…

もし可能ならば、お伺いしてもいいかしら。
もちろん、当日なので…
無理はもうしません。
もしよろしければ…
ぜひともよろしくお願い申し上げます。

このメールで「有観客開催」が決定しました。
さらに、TYさんと1対1のコンサートを妄想していた時、いつも来てくださるTさんからもご来場のお電話。
そして開会10分ほど前には、以前老人会のボランティアコンサートにお声かけくださったOさんが、そして開会10分後には老人会の方がもうお二人。まさかの5人のお客様+母。
ご来場者のTさんは、私が断水で困っているだろうと、ポリタンク5本分の水までお持ちくださいました。しかし我が家の断水はその数時間前に解消されていたので、今も断水中のYさん宅へポリタンクごと貰われることになりました。

狭いレッスン室の中でしたが、私の作詞作曲した「防災の歌」の世界初演も含めて無事コンサートは終了しました。

その後TYさんからお礼のメールをいただきました。

今日はコンサート、
ありがとうございました!

歌声をききながら、気持ちに関係なく涙が出そうになったり、目をつむって美しい響きを感じるのに夢中になったり、静かに現実に起きてることを考えていたり、防災の歌を楽しく歌ったり。

いつものコンサートの時とは、いろいろ自分自身の感じ方が違う今回でしたが、私にとってこの時間は、心が自分のところに戻ってきて、おだやかな心でいられた貴重なひと時となりました!

このあとは様々な曲の感想を書いてくださっているのですが割愛いたしますが、一つそのまま読ませていただくとすれば、西野真理作詞作曲の「防災の歌」のことでしょうか。

それではその部分を続けます。
やはり「防災の歌」でしょう!
さすがです✨
考えられたメロディラインにコード進行。
あっという間に観客巻き込み型にできちゃう仕組みが最高!
防災のことを歌っているにも関わらず、防災!防災!と何度も言っているにも関わらず、思わず「防災」のことを忘れて、歌うことに夢中になっていた自分に笑ってしまいました…笑

元旦に起きた震度7の大地震。
まさに日本は災害大国ですね。
こんな時に、開催しないよねって思っていた第32回のコンサート
開催してくださり、ありがとうございました!

こんな時…
途方に暮れ、ふと涙があふれ、イライラとし、笑うに笑えない、
そんな時だからこそ、
24時間のうちの1時間だけでも、自分のために時間を使いたいと思ったのです。
この不安定な感情を、気分転換することによって、少しでもおだやかにしたかったのです。
不安な思いから、少しでも解放されたかったのです。

このコンサートのひと時、心満たされました♡
お水をたくさん分けていただいたり、感謝の気持ちでいっぱいです。

<美湾荘のお話>
そしてもう一つ、今回テレビを見ていて私がある意味最も心打たれたインタビューについてお話いたします。

TVニュースで和倉温泉「美湾荘」でのインタビューの様子です。

カメラに映し出された旅館の中はどこから手を付けていいのかわからないような大変な状況です。その中でインタビューを受ける男性も「自力で再建不可能なんじゃないか」と。
しかし、このあと男性は更にこう続けられました。
「北陸には安全の確認できる温泉地・観光地もございますし、そういったところにまで風評被害が及ぶことはあってほしくないと強く思っています」
ご自身がこれほどの被災者でありながら、旅行業界を思い、被災していない人には絶対に口にできないことをカメラの前で冷静にお話になる姿は、ここ数日の報道の中でも特に胸を打たれるものとなりました。

<リスナーさんから>
このブログを書いている時、FMかほくからリスナーさんからのメールが転送されていることに気づきました。

まりさん、1月9日の放送を今拝聴しています。
共感疲労についてのお話、とても参考になりました。
私は県外の在住です。
様々に情報が飛び交う中で、
自分にできることは何か、そしてそれが善意の押しつけになるのではないか、など、考えが行ったり来たりしてしまいます。
1/3のコンサートを開催されたお話、そして、アンパンマンの歌にとても勇気づけられました。
まりさんも、どうぞご自愛くださいませ

わたしの番組にはほとんどリクエストなどないので、とても嬉しく感じました。

アンパンマンのマーチ 2024年1月8日(月)

1月3日の美女コンは
「こんなメンタルだからこそ、1時間だけでも音楽に満たされていたい…」
というメールで決断し、自宅を会場にコンサートを実施しました。

地震発生の数日後のこと、なにかの報道番組で
「こういう時は『アンパンマンのマーチ』がいいそうですね」
と聞き、すぐに「アンパンマンのマーチ」をYouTube配信しようと決めました。
実はこの曲、以前YouTube配信されているカラオケをお借りして一度アップしているのですが、お借りしたカラオケだと自由に使う事ができません。
そこで、子どもさんたちも自由に使っていただけるように、カラピアノも自分で弾いてアップすることにしました。私にとっていちばん大変なのはこれですが頑張りましょう!もちろんちゃんとは弾けないのでコード弾きの簡易伴奏ですが。

まず1月7日にからピアノをアップ。そしてそれに合わせて今日は歌をアップです。
ピアノさえ弾けてしまえばこっちのもの・・・と思っていたのが大間違い!!!
「アンパンマンのマーチ」超むずかしいです!
そういえば以前カラオケでアップしたときもそう思ったのだということを思い出しました。
音が細かくて、きちんと音が入ってくれないのです。
40回ほどの録り直しを経てやっとアップ。
アップ後もう一度見直して
「あ~~~音ちょっと間違ってる・・・」
録り直し更に10回。
これでもまだ「う~ん・・・」という感じですが、とりあえずこの歌を聞いたり歌ったりしてくれる子どもさんが一人でもいてくだされば嬉しいです。








1月のSing幾多郎 2024年1月7日(日)

14日は防災士の講習があるためお休みいたします。

かわりにその前日13日(土)に開催いたします。

20241月の予定(1月7日現在)

◯が開催日 

 

 

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美女コン

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西野真理の色々なお話

お山の大将ピアノ伴奏 2024年11月25日(月)

このブログは 野口芳宏先生記念碑「師道の碑」除幕・祝賀パーティー 2024年11月23日(土) をお読みになってからどうぞ。 ↑そういうわけで、野口先生にもぜひ「お山の大将」をお歌いいただければいいなと思い、ピアノ伴奏をYouTubeにアップしてみました。いつも書いていますがピア...