西田幾多郎記念哲学館でデカルトについてなにかあるというラインがかほく市から来ていたので昨日行きました。(2023年6月24日(土) 13:30~15:30)500円です。
筑波大学の津崎良典先生による「デカルトによる<修練>の哲学」という講座です。
その時は、今日また続きに行くとは思っていませんでした。なぜなら翌日の講座は午前10時からの開講で、この時間は私の歌の会「Sing幾多郎」の開催時間だからです。
でも、幸か不幸か、そう、幸です。どなたもいらっしゃらなかったので、片付けもせず会場に鍵をかけて、記念館へ向かいました。
今日もその講座のおぼえているところ、興味のあったところだけをレジメを見ながら書いていきます。
デカルトによる<修練>の哲学②
高邁の精神を享受する
※非常に抜き出ている様・志などが高く衆にぬきんでている
<デカルトの死>
デカルトの教えを受けたいと思ったスウェーデン女王・クリスティナから招聘されるが、デカルトはあまり行きたくない。
理由
・子供の頃から病弱。いつも咳をしていた
・学校でも朝寝坊を許されていたほど朝が弱い(寄宿舎生活)
・寒いのが嫌。スウェーデンは10月になると雪が降る
・お城は石造りで寒い
それでもクリスティナはどうしてもデカルトを呼びたくて軍艦をオランダによこす。(デカルトはフランス人だが人生の多くをオランダで過ごした)
1649年10月ストックホルムについた。
デカルトの住んだストックホルムのガムラスタンはアニメ映画「魔女の宅急便」の舞台の着眼点の一つと言われる町並み。
デカルトは1950年1月から講義を始めるが、多忙なクリスティナために講義開始は朝の4時とか5時。寒いし朝早いしで、デカルトの体には相当きつかったらしく、肺炎を起こして同年2月11日、ストックホルムで死去。54歳。
デカルトの遺体は共同墓地に入れられ、1666年に掘り起こされて、フランスへ移送。
(当時の共同墓地というのはおよそ名のある人が葬られる墓地ではない)
<暗殺?と噂されるわけ>
2000年。『デカルト暗殺』という本が出版される。(アイケ・ピース作 山内志朗訳 大修館書店出版)
・デカルトはカトリック、クリスティナはプロテスタント。デカルトはクリスティナにカトリックへの改宗を勧めたのではないか?
・クリスティナは女王だから、国のトップが改宗するなんてとんでもない
・クリスティナはデカルトの死後、国外へ出てカトリックへ改宗している(その後スウェーデンに戻ろうとしたが失敗)
・デカルトも共同墓地に埋葬されるなどいい扱いをされていない
・クリスティナはローマで逝去。遺体はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に葬られた
<デカルト全書簡集>
エリザベト・フォン・デア・プファルツとデカルトとの哲学的文通。
※今日の講師・津崎良典先生も訳者の一人
プファルツ
・1618年生まれ
・ドイツ西武のライン地方の領土を失ったプファルツ選帝侯・フリードリヒ5世の長女。
・才媛
・オランダのハーグで悲惨な亡命生活
現存している書簡は730通あまり。
全書簡を日本語訳。今日尺社たちは世界で2番めの「偉業」と自負している。
(そりゃそうですね。ご立派です)
これは国から120万円の補助を受けている。実際出版には150万円くらいかかった。
<聞き間違い>
津崎先生が青山学院大学でフランス文学を教えていたときのこと。
「情念論」という本について教えていたら、ある学生が
「『ジョン・レノン』っていいですよね」
と感想を述べた。
それ以来、滑舌よく喋ろうと思っている。
もうしわけないけれど、今回の講座で一番笑える!
多分ずっとおぼえていて、ネタにしそう。
<基本情念>
すべての情念は
驚き、愛、憎しみ、欲望、喜び、悲しみ
この6つの基本情念の組み合わせ。この順番が大事。
「驚き」を第一の「基本情念」とすることがデカルトの独創。
しかし、西田幾多郎は
「哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」
と書いている。
(「西田幾多郎全集」 第5巻)
<高邁とは>
意志を決して捨てまい、という確固不変の決意を自分自身のうちに感得すること。
さて、この部分ですが、最後の質問コーナーで質問させていただきました。
「『感得』できない人はどうすればいいのでしょう?自分にもそういうことはあると思いますが、例えば、オリンピックで銀メダルをとっても『感得』できない人はどうすれば良いとデカルトは言っているのでしょうか?」
私の質問としては、あくまでも
「デカルトは感得するためにどうすればいいと言っているのか、その方法」
を知りたかったのですが、先生は
「デカルトならどいう言うと思うか?」
と取られたようで
「それはここに書いてある『自ら最善と判断するすべてを企て実行する』こと」
のような回答でした。
つまり、感得できないということは、まだまだ訓練(?)が足りない・・・という風に私は受け取りました。
私の質問への答えとしては
「デカルトはその方法は言ってない」
ってことでしょうが、先生はそこには触れていらっしゃいません。
このブログはこれで終わるのですが、
この私の質問が、次のブログへとつながることになります!
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