カント「純粋理性批判」1 2022年2月4日

 NHK 「100de名著」

カント『純粋理性批判』書き起こし 要約版 1

<第1回 近代哲学の二大難問>

1つ目の問題

「存在するすべてのものが因果法則で決定されているとすれば、人間も法則に縛られ自由がないのではないか?」

2つ目の問題

「『私』が認識したことは本当に客観的な世界と一致しているのか?」

この難問に対して2つの立場が生まれる。

 

一つは何事も自分で経験しなければ認識できないという、イギリス経験論。「人間は主観的に経験したものを、ゼロから積み上げなければ、認識を作れない」

という考え。

例えば私は見て触って食べることで初めてりんごという認識が生まれる。

しかし、この考えに立つと人間は主観の外に抜け出せなくなってしまい、自然科学の客観性をも疑う自体に発展してしまう

 

一方「大陸合理論」という学派は人間には合理的に物事の心理を捉える知的能力が先天的に備わっており、それにより認識が作られると主張。

この能力を使えば人間の死後や神の存在に至るまで世界を理詰めで認識できるという。しかし

「意識の中では完全に構築できていても、結局頭でこしらえただけではないか」

と指摘されたら反論の余地なし。

 

2つの学派は対立し哲学そのものが存亡の危機に陥る。

カントはもはや調整不可能と思われた2つの学派の間に立ち「哲学救済策」とでも言うべき本を10年かけて書き上げる。それが『純粋理性批判』。

 

「純粋理性」

=「人間にもともと備わっている認識の力」のこと。

「批判」

=「人間が知り得る限界がどこにあるかを吟味すること」

 (悪口を言うことではない)

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